06/06/15 22:04:54 670G3eJK
>>168
太宰治の千代女という短編小説の中に、内地に渡った朝鮮人が出てくる。
少女(12歳)が練馬の春日町に行く途中に迷って、丁度出会った朝鮮人(空き瓶回収業かな)に道を尋ねる。
>リヤカアに、サイダアの空瓶を一ぱい積んで曳(ひ)いて歩いている四十くらいの男のひとに、最後に、おたずねしたら、
>そのひとは淋しそうに笑って、立ちどまり、だくだく流れる顔の汗を鼠(ねずみ)いろに汚れているタオルで拭きながら、
>春日町、春日町、と何度も呟(つぶや)いて考えて下さいました。それから、こう言いました。春日町は、たいへん遠いです[#「遠いです」は底本では「遠いてす」]。
>そこの練馬駅から東上線で池袋へ行き、そこで省線に乗り換え、新宿駅へ着いたら、東京行の省線に乗り換え、水道橋というところで降りて、
>とたいへん遠い路(みち)のりを、不自由な日本語で一生懸命に説明して下さいましたが、どうやらそれは、本郷の春日町に行く順路なのでありました。
>お話を聞いて、そのおかたが朝鮮のおかたであるということも、私にはすぐにわかりましたが、それゆえいっそう私には有がたくて、胸が一ぱいになったのでした。
>日本のひとは、知っていても、面倒なので、知らんと言っているのに、朝鮮の此(こ)のおかたは、知らなくても、なんとかして私に教えて下さろうとして汗をだらだら流して一生懸命におっしゃるのです。
>私は、おじさん、ありがとうと言いました。
当時の認識からしたら、別に差別をしているつもりはなかっただろうと思う。貧困層としての差別はあっただろうけどね。