09/06/24 12:19:47 O
結局、逃げか職業選択の自由かどうかなんて、見る側の視点で変わるいい加減なものでしかない。
男性看護師が病院を辞めて会社員になるのを「逃げ」とみるか「職業選択の自由」とみるかは、その人の心のもちよう。
その根底に「男も女と同様に看護師として働くべし!」という考え方があり、その考え方が「その男性にも職業選択の自由がある」という至極当然の話を凌駕したとき、「男は逃げた」という見方になる。
逆に「女も肉体労働をすべき」と言う考え方が「女に職業選択の自由」を越えたとき、「女が逃げた」ということになる。
要するに「職業を選ぶ」も「逃げた」も、他人が勝手に他人に対して思うことで、主観で変わる言葉遊びレベルのものでしかない。
だから未だに「女が逃げた」という『客観的』な証拠も証明も皆無。
ひたすら『俺は』女が逃げたと思う。『俺は』女が肉体労働しないのはおかしいと思う。…と『主観』を繰り返すのみ。
そして、それを見抜かれて「(客観的な)証拠をだせ」と迫られてファビョりだす。
男が馬鹿とは決して思わない。女性でもそうやって自分の主張でしか話せない視野が狭い人がいるのも知ってるし。
ただ、「女が」「女が」と性差別にもちこみたいなら、こういう足許掬われるような馬鹿は、逆効果でしかない。