10/01/28 08:26:47 /iYKaJ6S
以前、JRAでは、ヤングジョッキーズワールドチャンピオンシップを3月の中山競馬場で行っていた。
欧米から6名が来日、日本の6名の若手騎手と合わせて12名が、2日間4レースでポイントを競うのだが、
小牧太騎手は地方競馬の代表として参加していた。
前の年、兵庫県園田で181勝し、全国でも第2位の成績でこの地区のリーディングジョッキーになっていたが、
27歳のときだった。
都内で歓迎パーティーがあり、23歳でヨーロッパ代表のデットーリ騎手や日本の武豊騎手など
華やかな顔ぶれの中にあって、彼はホールの片隅にポツンとひとり立っていた。
近寄って言葉をかわしたとき彼は、サラブレッドに乗って芝生を走ってみたかったのですと語っていた。
園田競馬は当時、アラブのレースをダートで行っていたのだ。このときは第4位、1位はデットーリ騎手で、
前年の第1回に続いての優勝だった。
先日彼と顔を合わせたときにこの話を持ち出したところ、彼もよく覚えていて、あのヤングジョッキーの後、
園田を辞めてもいいと思ったぐらいの衝撃を受けたと語っていた。
芝生でサラブレッドの手綱を取り、欧米のバリバリの若手たちと腕を競うことができたのだから想像に難くない。
あれから11年たった平成16年にJRAの騎手となったのだが、すべては、あのパーティー会場から始まったのだ。