10/03/22 13:36:15 DO4pJGT+
>>423 つづき
次、第45回衆議院議員総選挙(2009年(平成21年)7月21日の衆議院解散に伴い、同年8月18日に公示、8月30日に執行)
URLリンク(ja.wikipedia.org)
争点・焦点
『自公連立政権の継続か、民主党中心の政権に政権交代するか』
『麻生内閣の信任』
ねじれ国会
前回の選挙以後、内閣総理大臣が小泉純一郎→安倍晋三→福田康夫→麻生太郎と総選挙を経ることなく交代。この間、2007年7月の第21回参議院議員通常選挙で自由民主党および公明党から成る連立与党が敗北、いわゆる「ねじれ国会」の状況となった。
2009年に入ると、総選挙と東京都議会議員選挙(7月12日投票)との近接を避けたい公明党への配慮から、与党側では5月までの解散もしくは夏以降の解散が模索され、最終的には8月以降に選挙が実施されるという見方が大勢となった。
この間、麻生個人の首相としての資質の問題[3]や、かつてない速さで悪化する経済情勢に加えて、ねじれ国会における野党の審議拒否・審議引き延ばしのために迅速な景気対策がとれなかったため、麻生内閣の支持率は10%台まで落ち込んでいった。
2009年3月に西松建設違法献金事件で民主党代表小沢一郎の公設第一秘書が逮捕、この影響で一時支持率は持ち直したものの、日本郵政社長更迭問題で鳩山邦夫を総務大臣から更迭、宮崎県知事東国原英夫擁立をめぐる自由民主党内の混乱などで再び支持率は下降。
自由民主党の反麻生派が両院議員総会を開催して麻生を辞任させようする動き(麻生おろし)が障害となっていたが、
党幹事長の細田博之は7月17日昼の記者会見で、両院議員総会は開催せず、代わりに、21日午前11時半から両院議員懇談会を開くと発表し、麻生おろしは事実上封印された。これで21日の解散が確定した[9]。
(引用おわり)
1)この選挙の民主党の勝利=自民党の敗北の最大の要因は、麻生だ
2)麻生で戦う限り、自民党の勝利の目は無かったと思う
そういう意味で、極力麻生政権のまま選挙を戦おうとした小沢の作戦は見事だが、それは敵失あってのこと
麻生が辞任するか麻生おろしが成功していたら勝負は、どうなっていたか分からないと思う