09/06/04 06:29:41 m9f/r3dC
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「ボクの名前はカッコマンエビル。分かりやすくいうなら、悪のカッコマン……さ」
最強無敵ロボ・ネクソンクロガネ張りの登場をした悪の神速飛翔ロボ・シロガネソニック。嘲りを含んだ声が告げたそのパイロット
の名を聞いて、セイギベース4に戦慄が走る。
恐るべき悪の総本山・ワルサシンジケートからの刺客。シロガネ四天王いちのスピード、カッコマンエビル!
セイギベース3司令室の大型モニタは、神速飛翔ロボ・シロガネソニックを様々な角度から捉えた映像に埋め尽くされていた。
銀翼と化した両腕で虚空を抉る、機械仕掛けの鳥人。美しい機体だったが、不気味な悪意のような気を全身から発している。
「黙れッ! 今のお前に、カッコマンを名乗る資格はない!」
はぐれ研究員・龍聖寺院光は手にメガホンを握り締め、怒りを露わに叫んだ。正確にはそれじたいは拡声器ではなく、屋外のスピー
カー設備に音声を入力する装置である。
カッコマン。もしくはカッコウーマン。
武闘派市民団体・E自警団が、擁する巨大ロボットの専属パイロットとなった者に託す呼び名である。それは、伊達や酔狂でという
以上に、正義のヒーローとしての自覚を彼らに促すものでもあった。
悪がカッコマンを騙るなど、許されることではない。
「ほう」
研究所外にこだまする龍聖寺院光の怒鳴り声を聞いて、カッコマンエビルはことの奇遇さを笑った。
「ここの責任者はあなただったんだね。武御雷光華琉(たけみかづち ひかる)姐さん」
「それは昔の偽名だ馬鹿め!」
「博士落ち着いてください」
大型モニタに跳び蹴りをかましそうな剣幕の龍聖寺院光を、田所正男は必死に止めた。さりげなくはぐれ研究員の若気の至りが暴露
されていたが、現在とさほど変わるものでもない。
「それより博士! あなたは彼のことをご存じなのですか?」
田所正男は尋ねる。口振りから二人が旧知の間柄らしいことは明らかだった。
「ああ、間違いない。悪のカッコマン……カッコマンエビル! 昔の名を森本カッコマン! かつてネクソンタイプを手土産にE自警
団を裏切った、裏切り者だ!」
龍聖寺院光は、憤怒のあまり自らの表現の重複にも気づいていないようだった。メガホンがみしみしと軋んでいる。
「フッ。その名前はとうに捨てましたよ」
「カッコマンは捨てられなかったようだがな」
「これはおかしなことを。ボクは今でもこんなにカッコイイというのに」
冗談めかしたカッコマンエビルの声には、正義の代名詞とされるカッコマンへの皮肉の響きがあった。
はぐれ研究員・龍聖寺院光と、元森本カッコマン・カッコマンエビル。話題は彼らにしか分からない貶し合いへと発展していく。
映像を介さない音声だけの応酬には、しかし互いの呼吸を体で覚えているような軽妙さがあった。田所正男の知らない、彼らの黄金
時代の残り香なのだろう。完全に二人だけの世界が構築されていた。
(カッコマンエビルか……)
自分以外の全てを嘲弄するような、妙に癇に障る喋り方をするこの青年も、かつては愛と勇気を胸に巨大ロボットを駆って、巨大な
悪と戦ったのだろうか。
会話に入っていけない田所正男は、ひとり拳を握り締めた。
取り残された孤独感、カッコマンエビルに対する悪印象、ある種の嫉妬にも近い負の感情が、このとき彼の胸の奥にわだかまってい
たことは否定できない。