09/06/21 23:06:20 zBUNMCpS
6/15
このように優秀性を発揮した機士に代表されるパワードスーツ兵器だが、大きな謎があった。
一つは、誰がどのようにしてこのような兵器を発明したのか全く不明である事。
もう一つは、パワードスーツの搭乗した当時、人類はまだ蒸気機関車の黎明期にようやく手が届くという程度の
文明しか持っていなかったにも拘らず、パワードスーツというオーバーテクノロジーを手に入れることが出来たという事。
最後の一つは、パワードスーツを初めとして、この世界でそれらの発達した兵器の製造を担っている
「セントラル」と呼ばれる企業組織について、誰もその詳細を全く知らないという事だ。
そして、その機士という兵器、現代の甲冑を身にまとい北海道は函館を守るために日々訓練している少女達が存在した。
「……全員、そこに正座!!」
コンピューターソフトによる訓練シミュレーションプログラムが終了し、ソフトの自動採点の結果が
Bマイナスという厳しい評価だったことよりも何よりも、訓練中の様々なことがマルヒトのパイロットである
葉倉 玲(はくら れい)の怒りを有頂天に到達させていた。
一つ、僚機であるマルフタのパイロットである井沢 咲也(いざわ さくや)は無駄に弾を撃ちまくる。
一つ、砲兵班のマルナナのパイロット、野礼寺 初李(のれいじ はつり)は攻撃圏外からミサイルを撃つ。
一つ、極め付けに、予定のポイントで攻撃するタイミングが早すぎる。 あまつさえ、自分ことマルヒトと、マルフタが
退避を完了してないのに巻き添えにする。
おかげでマルヒトは大破・戦死判定、マルフタは脚部大破、脱出判定…
「これがシミュレーションじゃなくて本番だったら、私死んでたのよ? そんなに私を殺したいわけ?
敵じゃなくて味方を撃ちたいわけ? だいたい、事前に作戦内容を3回も念入りに説明したよね?
何聞いてたの? 聞いてなかったの? それとも私の説明が足りなかったの? 馬鹿なの? 死ぬの?」
201: ◆kNPkZ2h.ro
09/06/21 23:07:25 zBUNMCpS
7/15
一列に並んで正座させられている陸上自衛軍第28連隊の第4中隊の面々は、顔を下に向けてシュンとしていたり
頭をポリポリ書いていたり、何を怒られているのか理解してなさそうなキョトンとした表情をしていたり、
私は何もしていないのに…と迷惑そうな顔をしていたりと様々だった。
中隊といっても玲を含めて14名、せいぜい2個分隊相当の人数しかいない。
そのうち、機士は8台しか無いので戦闘に出られるのは半分だけで、残りは整備班とか、機士のトランスポーター(輸送車)の担当だ。
戦闘に参加してない(シミュレーターを見ていただけ)のに正座させられた上にお説教もされて不満顔の整備班だがこれも連帯責任という物である。
部隊は規律と結束が必要なのだ。
「えー…でも敵は全滅できたわけだし…ほら、麗は尊い犠牲という奴で」
「私はまだ尊い犠牲とかになるつもりは無いの! それとも今度はあんたが87式に乗って偵察と囮をする!?
でもって味方に撃たれて見なさい! このスカポンタン! 幕の内!」
「ま、まくのうちゆーなー!」
言い訳をしようとして、逆にどなりつけられて涙目になりながらうーうー抗議しているのは暮内 麗美(くれうち れみ)。
重歩兵型の89式機士、符丁マルサンを担当し、一応中隊の隊長を任命されているが隊長としての威厳はあんまり無い。
幕の内という彼女のあだ名は配属初日の顔あわせで名前の暮内を「幕の内」と読み間違えられたのが原因だ。
そして、今のところ中隊長である麗美よりも、先に第4中隊に着任して訓練を始めていた玲の方が「最先任」であり立場が上だ。
中隊長というのは本来、幹部(士官)である。
しかし、軍隊というのは階級よりも「先にいた先輩」の方が立場が強いと言う事がある。
経験者である最先任は中隊長や小隊長の補佐をするサブリーダーであり、時には中隊長に代わって部隊を取りまとめる陰の実力者である。
202:創る名無しに見る名無し
09/06/21 23:10:32 gv19nYhT
支援
203: ◆kNPkZ2h.ro
09/06/21 23:10:37 zBUNMCpS
8/15
加えて、中隊長といっても麗美は配属されたばかりのド素人。
最先任の役目には新米隊長を厳しくも優しく叩き上げて一人前に鍛えることも含まれている。
玲の麗美に対するそれも、中隊長に早く立派になって欲しいという愛の鞭である…はず。
「まあまあ玲、そのへんにしとこーよ。 仮にも中隊長様がかわいそうだ」
「真璃、あんたは82式の装備が打ち合わせと違ったみたいだけど、またシミュレーション設定を勝手に弄ったの?」
助け舟を出そうとした桐嶋真璃(きりしま まり)、マルナナのパイロットが玲に問い詰められて慌てて白々しく目を逸らす。
真璃は作戦内容の用途や役割よりも、自分の好み・趣味で装備を選びたがる傾向がある。
この間も、迅速な機動力と陣地転換を求められる訓練で82式に重量のかさばる105ミリ砲を装備させ、足が鈍って
敵の砲撃で逃げ切れず大破判定をくらっていた。
「せ…戦争は火力だと私は思う! ランチェスター大先生も言っていた!」
「そうね、戦争は火力ね。 ついでに言えば弾幕ね。 でもって敵、『ワーム』は装甲は固いから小銃弾は効かないけど
20ミリ機銃や40ミリ機関砲は有効だから、それらによる銃弾の雨を浴びせるのが一番いい。
単発の威力が大きい105ミリは魅力的なのは私もわかる。 でも徹甲弾を撃つよりも、榴弾の方が効果的。
…そういえば私、今回は105ミリ砲弾を食らって戦死したようだってシミュレーションソフトは分析しているのだけど
真璃、あなた私を狙って撃ったとかそういうのは無いよね? いくらなんでも、味方を狙って撃ってるとかは無いよね?」
玲が般若の様な恐ろしい表情で笑いながらじっと見つめてくるので、真璃は顔を絶対に正面を向けることが出来ない。
しかし、玲は横に回って嫌でも真璃と顔を合わせようとする。 怖い。
ダラダラと嫌な汗が真璃を襲った。
「玲…あんまり真璃を虐めるのはよしなさいよ。 真璃だってわざとやったんじゃ無いんだろうし」
「有理、マルヒトとマルフタのそれぞれの大破判定に合わせて、整備班に両2機の徹夜の完全整備を申し付けようか?」
「OK、真璃の責任ね! 全部真璃が悪い!」
麗美を助けようとして自分の薮蛇状態になってしまった真璃を助けようと整備班の真門 有理(まかど ゆうり)が
口を挟もうとするが、同じように薮蛇になる事は速攻で回避した。
真璃と有理は親友同士ではあるが、玲の怒りの矛先が我が身にも及ぶようなことだけは御免こうむるようだ。
そして真璃は「うらぎりものぉ…」と泣きそうな顔になりながら呟いていた。
204: ◆kNPkZ2h.ro
09/06/21 23:11:33 zBUNMCpS
9/15
「いい!? 兵隊はそれぞれの勝手な判断で動いちゃいけないの!! 一人がチームワークを乱したら、全員が危険になる。
自分が正しいと思う考えを持つなんてのは、綺麗さっぱり捨てなさい!! それは大抵の場合、間違ってるから。
間違った行動を間違ってると気付かずに延々と続けるのが、敵よりも厄介な敵なの。 自己判断よりも、部隊の方針に従うこと!!
以上、解散!!」
小一時間ほど説教されて、痺れた足や軋む腰をさすりながらめいめいが立ち上がる。
機材を片付けて、掃除して、着替えてシャワーを浴びたら休憩時間だ。
休憩時間が終わればまた訓練がある。 軍隊とは訓練に次ぐ訓練の連続だ。
戦時下とあれば、尚更である。
そう、この時代の日本は今、戦争状態にあった。 敵は『ワーム』と呼ばれている。
ワームは80年ほど前に地球上に出現した謎の生命体群であり、人類に敵対行動を取る全世界共通の敵だ。
その正体は宇宙人であるとも、どこかの国が開発した生物兵器であるとも噂されるが、よくわかっていない。
6本あるいは8本の脚を持ち、2m~8mの様々な大きさと種類をもち、頑丈なうろこ状の皮膚の表面には
16個の目の様な感覚器官を持つが、視覚は持たず聴覚・嗅覚、そして赤外線を探知して周囲の環境を把握している。
ワーム同士の主なコミニュケーション手段は一種のフェロモンであり、分泌物質の匂いで意思疎通を行う。
彼らを一言で表現するなら、まるで陸上生活に適応して歩行するタコに似ている。
ワームの目的は、土地の占領だ。
人類に戦いを挑み、その土地の人類を皆殺しにして占領し、そこに共生している菌類の様な植物を移植する。
それを栽培してワームは食料を獲て、そして繁殖している事がわかっている。
ワーム達の繁栄には、共生植物を植える土地が必要ということだ。 同時に、共生植物の養分にするための動物の死骸も。
人間も、その他のあらゆる動物をワームは捕獲し、殺して引きちぎり、共生植物の胞子を植えつけて苗床にする。
ワームにとって人類は敵であり、同時に肥料というわけだ。
日本がワームと本格的な戦争状態に突入したのは、中華民国がワームに破れ台湾に逃げ込んだ30年前からだ。
東アジアはほぼワームの制圧下に置かれ、日本は大陸にあった植民地を失い朝鮮半島まで勢力を後退した。
日本、ユニオン、社会主義連邦の共同による総攻撃もワームの侵攻を食い止めることが出来ず、大陸から完全に撤退したのが20年前。
そして、ついに本土に上陸したワームとの総力戦が開始されたが、大陸撤退戦後に戦力を改編し
防衛に力を注ぐ形で特化した自衛軍はワームの侵攻をよく食い止め、一進一退のこう着状態を作り出すことに成功した。
ワームは上陸するたびに海に追い落とされ、島国日本はその地理的状況を優位に活かし初めて人類にとっての一定の勝利を生み出した。
205: ◆kNPkZ2h.ro
09/06/21 23:12:37 zBUNMCpS
10/15
だが、ワームは突如として西日本からの上陸戦を切り替え、東・北日本への撹乱行動とも言える上陸作戦を仕掛けてきた。
北海道と本州を分断するための津軽海峡制圧戦もその一つである。
本土との連絡を閉ざされた北海道駐留の陸上自衛軍第2・第5・第7師団と第11旅団は窮地に立たされ、
不足する兵員を補充するためについに学生を兵士として動員する政策を北海道地方政府に提案する。
この動員には志願という建前で多くの16歳以上の学生が戦争に身を投じたが、その中にはごく少数の女子学生兵士の姿もあった。
「…まあ、自衛軍の軍人さんたちも、女子が軍隊に志願してくるなんて想定してなかったんでしょうね」
グラウンドの片隅に設置された水飲み場で口を拭きながら一息つくと、整備班の八橋 由香里(やつはし ゆかり)が玲に声を掛けてきた。
水飲み場の周りには運動着を着た中隊の全員がぜいぜいと息を付きながらへばっている。 地面に倒れこんでる者もいる。
10kmのランニングをしただけでこのザマだ。 兵士にとって最も重要な体力が足りない。
それほど苦しそうにしていないのは、彼女らより半年も早く訓練を受けていた玲と、由香里。
元々運動のできる咲也とかぐらいで初李や有理といったインドア派はもう死にそうになっている。
女子というのは体力的に男子より劣るものだ。 だから、兵士としては余り役に立たない。
立つとしても、後方任務等が関の山で、歩兵なんかには通常は配属されない。
しかし、戦う意気に老若の区別なく、志願にも男女の別は無いという建前で学生への呼びかけを行った自衛軍は
彼女達を受け入れざるを得なかった。 結果、持て余している。
「…だからなんなの? 適正があろうと無かろうと、私たちはもう兵士。 与えられた本分を果たすだけでしょ」
玲は平然と…平然を装ってそういうが、由香里はちょっと困ったような苦笑いをして玲に言う。
同い年なのに玲より8センチも背の高い由香里は第4中隊が設立されて以来の同僚だ。
当初、第4中隊には男子・女子合わせて中隊の定数を満たすほどの人員がいた。
学生動員といっても、学生に本気で戦わせるつもりはない。
彼らは一定期間の訓練の後、後備として駐屯地の警備や一般市民の避難誘導に使われるはずだった。
しかし、前線での消耗が大きく人員の磨耗が予想よりも増えてしまったため、急遽第1~第3中隊に大幅に人員を引き抜かれてしまったのである。
本来の中隊長(成人の、正規教育を受けた幹部)も、中隊長の戦死した第3中隊へと移動してしまった。
その後に配属されてきたのが、玲と由香里以外の現在の中隊の人員たちである。
206:創る名無しに見る名無し
09/06/21 23:20:25 gv19nYhT
あるぇ……さるさんバイバイか?
大丈夫かー?
207:創る名無しに見る名無し
09/06/21 23:46:28 H77HV0Mp
>葉倉 玲(はくら れい)の怒りを有頂天に到達させていた。
ブロント語……?
208:創る名無しに見る名無し
09/06/21 23:59:24 aihB4jXB
というか投稿規制避けるためにももうちょい短いレス数にまとめた方が…
一レス、20行ぐらいが平均だし
ここは60行までは大丈夫なんだから
とりあえず40行ぐらいは使って次のレス行った方が良いよ
感想は全部投稿終わってからー
209: ◆kNPkZ2h.ro
09/06/22 00:03:18 FX4CjC2L
11/15A
学生兵士の麗美が中隊長を任命されているのも、その辺の関係で正規軍人を回す余裕がないからだ。
ちなみに、関係ないことだが麗美は玲より5センチも背が低く中隊で一番のチビである。
「真璃、貴女が軍に志願した理由って何だったかしら?」
由香里が唐突に、へばっている真璃に対して問いかける。
真璃は億劫そうな表情で、顔だけ向けて答える。
「えー…? 奨学金がでるからとか? まあ大学に上がるまで生きてればだけど。
うち貧乏だから、学校に行く金ないんだよ」
真璃の実家は雑貨店で昔は函館に観光に来る人々を相手に商売をしているが、ワームが松前半島に上陸し
本州との行き来を分断してから観光どころではなくなったために経営難に陥っていた。
由香里は次に、4台ある89式機士のパイロットを担当しているうちの一人の宵町 留美(よいまち るみ)に質問した。
「軍隊に入ればお腹いっぱいご飯が食べられるって聞いたからー」
210: ◆kNPkZ2h.ro
09/06/22 00:04:31 FX4CjC2L
11/15B
幼児の様な屈託のない笑みを浮かべて留美は答える。
留美も家の財政事情は良くなく、留美の住んでいた道北では一部食料品が配給制になっているため
家族の多い留美は食い扶持を減らす意味でも軍隊に志願したのだった。
「私は機士とか格好いいと思ってたし、触りたかったからかな。 乗れないのは残念だけど」
そう答えるのは整備班で、軍事オタクの川城 翠(かわしろ みどり)。
実家は自動車整備工場であり、機械オタクでもある。
彼女が機士に乗れないのは、車酔いしてしまうからだ。 機士は歩いたり走ったりすると結構揺れるのである。
「あたしはワームをやっつけるためよ! エースパイロットになって、タコの怪物どもをギッタンギッタンにしてやるんだから!!」
「私は散乃ちゃんに引っ張られて…」
勇ましい動機を叫ぶのは氷川 散乃(ひかわ ちるの)。 ロボットアニメやヒーローアニメが好きな、脳がお子様。
ご希望通りに89式のパイロットだ。
その散乃に付き合わされて志願したのはサイドポニーの髪型が可愛らしいにも関わらず、名前の字は女の子らしくないという
コンプレックスを抱える気弱な少女、泉沢 大(いずみさわ ひろ)。 通称だいちゃん。
皆に可愛がられる整備班のアイドルである。
211: ◆kNPkZ2h.ro
09/06/22 00:05:39 FX4CjC2L
12/15A
有理は女子高にいたが、妙に血気と結束にはやる同級生達がクラス丸ごと軍に志願するというので自分も志願せざるを獲なかった。
しかし、何故か自分以外は違う連隊の方に配属されてしまった。
初李は親が自衛軍の将校だったので、体力の無いにも関わらず世間体というので志願させられた。
対照的に麗美も親が自衛軍に所属しているが、彼女は自分からワームと戦うために志願した。
咲也は戦災孤児で、身寄りも無く施設も受け入れ先が少ないため軍に志願するしかなかった。
他にも、音楽大学に進みたいけどお金が無いので真璃同様奨学金目当てという歌川 美鈴(うたがわ みすず)…89式パイロット
好きな男子が志願したため自分も志願したけど、相手が別の中隊に配属されてしまった蛍原 理玖瑠(ほとはら りくる)…整備班
なんだかよくわからない内に「あなたも志願するでしょう?」と勝手に決められてしまった小沢 早苗(おざわ さなえ)…89式パイロット
皆が皆、望んで軍に志願したわけでも、兵士になりたかったわけでも無い。
様々な理由でここにいる。 無理に訓練した所で、命がけで戦えと言って従う方が少ない。
「加えて、たった14人で中隊なんて実質上の『書類上だけ存在する幽霊部隊』…真面目になってやっても馬鹿を見るだけよ?
必死に焦らなくても私達にまともな戦闘任務なんて来ないでしょうね。 もう少し気楽にやってもいいのじゃないの?」
…実際、第4中隊は第1~第3中隊に引き抜かれなかった「余り物」の人員で構成されている部隊だ。
歩兵には必須の装備である機士も8台しか無い。 かといって通常型パワードスーツも無い。
212: ◆kNPkZ2h.ro
09/06/22 00:07:29 FX4CjC2L
12/15B
自衛軍の駐屯地には余裕が無いからと、部隊が駐屯しているのも生徒が疎開して無人になったので徴発した函館市内の高校の校舎である。
言い渡されている任務も「主力部隊の前線が打ち洩らした敵の浸透部隊が函館市内に侵入するのを阻止せよ」であるが、
今のところ出動命令が下された事は無い。 常に待機任務である。
「だからって、訓練をおざなりにしていい理由なんか無い」
玲は不機嫌そうに、自分のタオルを引っつかんで校舎の昇降口へと歩いてゆく。
由香里は、何かに苛立っているかのような玲のそんな後姿を心配そうに見送ったあと、疲れきった表情でいる中隊全員の顔を見回した。
(散乃とか、一部のお子様脳は回復も早かったのか立ち上がって整理体操を始めていたが)
「…私たちは素人もいい所なのよ? こんなペースで訓練につき合わされていたんじゃ、皆が持たないのに」
シミュレーションでも基礎体力練成でも、玲は厳しい。
中隊の最先任として、素人ばかりの中、成人の正規軍人の教官すらいない状況で数少ない、半年分だけ早い経験者として
全員を引っ張っていかなければならないと使命感に燃えているのかもしれないが、それにしても焦りすぎる。
何が彼女を急き立てているのか由香里には理由がわからなかった。
213: ◆kNPkZ2h.ro
09/06/22 00:09:38 FX4CjC2L
13/15A
午前中は教本片手に座学による講義と、実践に即した状況でのシミュレーション。
午後は体力づくりのためのランニングや、小銃での射撃訓練。
これを繰り返したら一日は終わり、日の落ちる頃にはクタクタである。
お風呂に入って汗を洗い流し、当番の者が夕食の準備をする。
暇な者は自分の洗濯物を洗うとか掃除をする。
軍隊生活は共同生活が基本だ。 全員が一つ屋根の下で同じように生活し、規則どおりに寝起きする。
が、それでもそれぞれの自由裁量で出来る部分が無いというわけではない。
特に、大人の軍人がいない第4中隊では規律はそれほど厳しくなく、少女らそれぞれの感性に任される部分も少なくなかった。
「I can't stop listening to Night Bird~♪
Sing a song with a Curse IF I stop my nars
Crazy night I just want to listen to a terder curse?
Through the night I just want the voice」
「お、今日の夕食当番はみすちんだったか」
真璃が歌声と漂ってくるいい匂いにつられて食堂兼調理室になっている、元家庭科教室を覗くと美鈴が歌いながらシチューを作っているところだった。
214: ◆kNPkZ2h.ro
09/06/22 00:12:08 FX4CjC2L
13/15B
「材料は缶詰の戦闘糧食だけどね♪ ただ缶を湯煎して出しただけじゃつまらないし、そのままの缶詰糧食って
あんまり美味しくないしさ…ちょっと工夫したらどうかなって」
「いや、いいと思うよ私は。 みすちんって結構いいお嫁さんになりそうだよな」
軍隊生活での数少ない楽しみは食事だ。 暖かく美味しい食事は兵士の士気を維持するのに必要でもある。
そんな会話をしていると、匂いをかぎつけて留美、散乃らもドヤドヤと入ってくる。
食べ盛りの女子たちは食べ物のにおいにはかなり過敏である。
「シチューの匂い…今日はシチューなのかー」
「あたし、みすちんの作るごはん好きだよ! みすちん料理うまいもの!」
「はいはい、あと5分くらいで出来上がるからね。 真璃、そこの棚からお皿出してくれる?」
騒がしい欠食児童たちを抱えて、美鈴はまるでお母さん役の様だ。
やがてまた一人二人と食堂に人が集まり、めいめいに皿を取ってシチューを盛り付け、訓練から解放された楽しい夕食の時間を過ごす。
友人と談笑したり、一人でゆったりと食事をしたり。
散乃と留美がお互いの皿の肉を取り合ってふざけながら走り回り、大ちゃんと理玖瑠が叱って制止したりする一幕もあり。
215: ◆kNPkZ2h.ro
09/06/22 00:15:41 FX4CjC2L
14/15
夕食後は消灯時間までの間が自由時間になる。
自主訓練するのもリラックスするのも個人の自由だが、だいたい休んでいる。
空き教室の一つにソファーやテレビなどを持ち込んだ談話室か、共同の寝室のベッドの上でゴロゴロするのが慣例だ。
ファッション雑誌などを見ながら髪形はあれがいい、服はこれがいいと話しているのは咲也や美鈴、麗美。
ボードゲームに興じている初李と有理、横から観戦している真璃。
早苗は実家に電話をしているし、散乃や留美は相変わらずはしゃぎまわってテレビを見ていた理玖瑠に怒られる。
軍事情報誌のバックナンバーを読みふけっていた翠が、ちょいど理玖瑠が散乃に投げつけて外れたクッションが運悪く当たった。
ふと、由香里は玲の姿が談話室にも寝室にも無いので大ちゃんに尋ねたが、彼女も知らないと答えた。
「…こんな所にいたら、風邪を引かない? 湯冷めしちゃうわよ?」
由香里が玲を見つけたのは、校舎の屋上だった。
玲は手すりに体を寄りかからせ、西の方角の赤く燃える夜空の端をじっと見つめている。
南側には、函館山の方角にキラキラと宝石を並べたように輝く函館市内の輝きが見える。
電力不足で大分その輝きは、平時の4割といった程度に少なくなっていたが、夜景の美しさはまだまだ損なわれていない。
だが、玲の目はその美しい夜景にではなく、ワームとの戦線がある、今も自衛軍の主力が戦い、侵攻を阻止しているであろう
北斗市の方面に向けて注がれていた。
216: ◆kNPkZ2h.ro
09/06/22 00:20:45 FX4CjC2L
15/15A
耳を澄ませれば、砲火の音が風に乗って運ばれてくるのが聞こえるだろう。 その方向には、戦場がある。
函館市内から3キロと少ししか離れていないが、すぐ目と鼻の先に兵士が戦い命を落とし、それと引き換えにして市民を守っている。
そして、玲たちも守られている。
第28連隊の大勢が、半年前に共に志願して入隊し、訓練を共にしてきた学生兵士達も、彼らの後ろにいる全てのものを守るために戦っている。
「あそこにいるのは、戦友なんだ…」
玲は、何かに憤るようなそれでいて悲しげな声を絞り出した。
「私も一緒に戦うはずだったんだ…みんなと…」
由香里は、玲の肩にそっと優しく手を乗せた。
第4中隊は余り物だ。 他の学生兵士の全員は、今あの燃えるような赤い空の下で戦い、傷つき、命を散らしている。
玲は、悔しかった。 許せなかった。 自分たちだけが、戦わずにここにいる事に。
戦う事や死ぬことを賛美するつもりは無い。 だが、共に過ごし、共に訓練し、共に笑いあった仲間が死んでゆくのに
自分だけが『余り物』として戦場に行くことなく、生きている事に玲は例えようの無い罪悪感の様なものと、
そして自分が『余り物』として引き抜かれずに中隊に残された。
217: ◆kNPkZ2h.ro
09/06/22 00:23:48 FX4CjC2L
15/15B
仲の良かった友達も、ほのかに憧れていた男子も、見知った全てが他の中隊に異動になり、玲と由香里だけが中隊に残された。
校舎と、訓練機材と少数の機士だけとともに取り残され、教官もおらず、ただ待機を命じられる日々。
後任の中隊長は適当に任命された学生兵士で、新たに配属された学生兵士を入れても中隊はわずか14名。
全員が女子。 自衛軍は、玲たちに戦わせたくなかったのかもしれない。
欺瞞だとわかっていても、女子を戦場に出したくなかったのかもしれない。
だが、玲は思う。 それなら何故、志願なんかさせたのか。
「どうして…どうして私達だけが? この国のため、家族や街を守るためって勇んで志願したのに…
一緒に訓練した仲間たちが死んで行ってるのに…どうして私達だけは、仲間と一緒に戦えないの?
皆を見捨てて、自分だけ安全な所にいろっていうの? どうして?
ねえ由香里…どうしてなの…教えてよ…」
涙を滲ませ、嗚咽交じりの声で慟哭する玲に由香里は、かけてやる言葉が見つからなかった。
ただ、玲の震える背中をそっと抱きしめてあげる事しかできなかった。
(続く)
218: ◆kNPkZ2h.ro
09/06/22 00:25:50 FX4CjC2L
投下終了 支援感謝
そして連投規制に引っかかった…
気付いても気付かなくてもどうでもいいことだが
登場人物の名前を考えるのが大変だったので
某ゲームのキャラクターから捩って使用しています
>>208
急遽、投稿を再分割
書いてるときはそんなに長くなってるように思わないのに
投稿する時は難儀するとは…
>>207
そんなつもりは無かったが自然とそんな言葉が出てきてしまった
ちょっとのブロントネタにも反応するのは本能的に長生きするタイプ
219:創る名無しに見る名無し
09/06/22 00:34:15 0aUtts4I
投下乙です。さっきは途中でレスしてしまいすみません。
ただ作中のネタという訳でもないブロント語に突っ込まずいられない。
220:パラベラム! の人 ◆1m8GVnU0JM
09/06/22 00:57:30 xzs0oSbi
つまり◆kNPkZ2h.roさんは生粋のブロンティストということ。スミカ・ユーティライネンです(´・ω・`)ノシ
いいですねぇ、こういう学校みたいな雰囲気、好きですよ。
あ、自分もスパロボ参戦してもよろしいでしょうか?
設定のほうは、本編のほうが一段落したらになりますが……
221:創る名無しに見る名無し
09/06/22 01:13:50 IsUxaS+k
>>218
誤解されてるw
やってほしかったのは逆
レス一回に20行の文章を書くんじゃなくて
レス一回に40行ぐらいの文章を書くこと軸にして(そうすると大体長くても50行ぐらいで収まる)
書いていくと、レス数が少なくて済むよという話だったのw
大体、24、5行で次のレスに行ってたから、もうちょっと1レスで行数使って書き込めば
7~9レスで収まったんじゃないかなとw
内容は現代に近いリアルモノで確かにガンパレとかオルタを思い出した><
ベタだけど、面白いね
222:創る名無しに見る名無し
09/06/22 01:22:33 IsUxaS+k
>>221の書くというのは分割するときのカキコの時の意味ね
223: ◆46YdzwwxxU
09/06/22 04:57:36 12YB/ohE
私には参戦を撤回する意志はありません
参戦作品があんまり少なければ、二つのうちどっちかをキャンセルしたかもしれないけど、そんなこともなさそうですし。
スプリガンについてはあとで利用できそうな設定をまとめておきます
>>218
軍隊って大変そうだなァ・・・と思いつつ。
触s・・・ゲフンゲフン、ワームの嫌らしさとセントラルの胡散臭さは異常。
224:創る名無しに見る名無し
09/06/22 08:57:24 xNuhf5Ww
おお,バリバリリアル系ktkr!
描写が面白いけど、ちょっと登場人物多くて把握しづらいかも。ちょっと絞った方がいいかと思ったり思わなかったり
225: ◆gD1i1Jw3kk
09/06/22 11:56:25 Ll0wex67
登場人物の名前がアレだけど、こっちもナフィアの外見を小悪魔同然にしてあるから人の事は言えないか。取り敢えず自分は熱心な桐嶋真璃×野礼寺初李派。
機士は全高4mだから姫路での超重装甲強化服と同じ大きさか。機士と重装甲強化服の設計開発思想も似ている。歩兵が等身大のパワードスーツである軽装甲強化服を纏う軽歩兵へ完全に代替されて生身で戦う事が完全に無くなった時期。
軽歩兵でも技術的には大重量の武装を持たせられるものの、体格的に無理があった。そこで軽装甲強化服より大型で圧倒的な性能を誇る全高3mのパワードスーツ、最初の一式重装甲強化服が開発された。
重装甲強化服は市街地、大きな建物内、砂漠、極寒の雪原、丘陵、山岳、森林、泥濘地、水中(海中)など地球上のあらゆる戦場でも戦え(宇宙と深海でのみ専用の装備を装着しなければならない)
兵装によって対地、対空、対艦、対潜などありとあらゆる敵に対応出来、簡易的な工場機械ともなる人間以上の器用な手先と大重量の荷物を短時間で簡単に運べるパワーによってどんな細かい作業もさせられる、究極の人型汎用兵器である。
軽装甲強化服を着た上で着用するのが前提なので、重装甲強化服でも入れない閉所や屋内での戦闘も全く問題無い。
以上の条件を満たすのに全高3mで十分だった事と、大きさ、重量による輸送の問題などによって、三式重装甲強化服と同時期に一機のみ開発生産された全高4mの試製超重装甲強化服は圧倒的な性能を誇りながらも役立たずの失敗作として、
清水静専用機として改造、復活されるまで海上都市姫路の倉庫に誰からも忘れられて数十年間埃を被っていた。
重歩兵(重装甲強化服)は戦場において主力の兵器ですが、最強ではありません。戦車が陸の王者として君臨しています。確かフロントミッションが似たような設定だったはず。
一時期は重歩兵が主力かつ最強であり各種戦闘車両が消滅しかけた事があったものの、地形に合わせて自在に形状を変化させる自在軌道、自在車輪の採用、対重歩兵用に近接戦闘能力を徹底的に強化した事で生き残った。
ここら辺の設定はスパロボ企画の方ではあえて無視した方がいいだろう。
海上都市連合「正統日本」陸軍主力戦車
全長15m 重量100トン
武装
150mm3連装戦車砲×1
50mm機関砲×2
10連装6.25mm機関銃×4
500cm超振動極熱刀×4
その他長針弾、短針弾多数装備。重装甲強化服の腕を改造した大型マニピュレーターを二基搭載。
重装甲強化服同様に思考制御とコンピュータ補助で操縦する一人乗り。
3連装戦車砲による速射と最大3目標同時攻撃は絶大な威力を発揮する。性能強化が行われる前は懐に入り込めばその時点で重歩兵の勝利が確定したが、今では近付く程危ない。歴戦の戦車兵は熟練の重歩兵ですら「人狩り」と呼び恐れる程である。
226:創る名無しに見る名無し
09/06/22 16:28:02 3e1fM/PH
ストパry) グシャ!
227:創る名無しに見る名無し
09/06/22 19:16:30 TP1NOCGJ
ああ自分も投下したいけど書く時間がない…
しかし少女のみで編成された部隊かぁ
自分は現職の施設MOS持ちの普通科隊員(真っ先に突撃して障害を除去します)
ですけど、WACですら腫れ物扱いされる事が多いのでそういう部隊があったら
扱いは難しいだろうね
228:創る名無しに見る名無し
09/06/22 19:19:20 hTuVkBe2
そういや
警察ロボとか土建ロボとかやったとして
程よく量産されてたり相応に壊れ易ければ
リアルロボ扱いになるんじゃろか
229: ◆46YdzwwxxU
09/06/22 19:27:59 12YB/ohE
設定だけこさえてもいまいちでした・・・
ネタバレになりそうだし、スプリガンの方は近いうちに一気に完結させちまいます
結局鱗属の出番は作れなさそうだけど
>>228
スーパーリアルの区分も難しいですよね
あれは機体のスペックなのか人間ドラマの比重なのか・・・
姫路さん家あたりはスーパーに見えるw
230:tueun ◆n41r8f8dTs
09/06/22 19:52:50 h3QgORXo
自分もスパロボ風SSには参加続行ですよー
ただ今回のエピソードをまず完成させて、一段落ついたらって事で
>>228
パトレイバーは間違いなくリアルロボだとは思いますw運用方法等で
当初はタウエルンはリアルというか、ほのぼの系の話にするつもりだったんですよ
でも他の作者さんの作品に触発されて、いつの間にか今の路線に
231:創る名無しに見る名無し
09/06/22 19:53:06 IsUxaS+k
そもそもスーパーリアルを提唱したスパロボすらもうそんなもの無くなったといってるしなー
232:パラベラム! の人 ◆1m8GVnU0JM
09/06/22 20:15:39 xzs0oSbi
設定的にも、ゲームのステータス的にも微妙なラインの作品が増えてきてますしね
233:創る名無しに見る名無し
09/06/22 21:12:03 hP8i9ool
てか、もとから「っぽい」ものとして使ってただけだしな
見た目ガンダム的な系譜がリアル、マジンガー的な系譜がスーパーってだけ
234:創る名無しに見る名無し
09/06/22 21:19:44 oBxcx08H
ロボを「ヒーロー」として扱うか「兵器・工業製品」として扱うかの違いが
スーパーとリアルの違いではないかと思ったり
そしてその間に明確な区別の無い中間存在もあるし
235: ◆gD1i1Jw3kk
09/06/22 21:44:43 evj4fVE7
Gガンとかかな、リアルとスーパーの中間。リアルよりもスーパー寄りな気はするが。
236:創る名無しに見る名無し
09/06/23 01:45:32 AMCoAB9g
最近ココに流れ着いたんだけど、ss投下してもいいですか?
何か、クロスオーバー企画やってるみたいだけど、参戦する意志無しの方向なんで、どうしたもんかと…
237:創る名無しに見る名無し
09/06/23 01:52:40 p8syjYBh
ばっちこい
238:創る名無しに見る名無し
09/06/23 01:58:29 vdq/SUaN
>>236
参戦は別に全員やるってわけじゃないから全然OK
239:創る名無しに見る名無し
09/06/23 02:01:17 AMCoAB9g
了解、サンクスです
今日にでもまとまったらその分投下させてもらいます
240:創る名無しに見る名無し
09/06/23 05:11:35 TVERJCcY
>>218
>>200で初李さんの機体がナナになってますけど、ハチでいいんですよね?
241: ◆gD1i1Jw3kk
09/06/23 16:32:35 5k0K+jNa
スパロボでよくある冒頭の3D戦闘シーンを想像して書いてみた。
全部書くと七月になっちゃいそうだから書けた最初の方だけ投下。
242:スーパー創作ロボット大戦OP映像風
09/06/23 16:33:39 5k0K+jNa
多元世紀元年、世界は崩壊した。
多元世紀一年。幾多の異なる次元の世界が交わり合って一年が経ち、世界の混迷は極限にまで達していた。
歪んだ闇の世界を破滅から救う為戦い続ける者達がいる。
本当に世界を救えるのか、最後は誰にも分からない。
未来は誰にも見えず、ただ目の前だけを見つめて突き進む。
限界知らずの戦いで、未来を阻む敵をブチのめし切り開く。
Si Vis Pacem, Para Bellum―汝、平和を欲さば、戦への備えをせよ
243:スーパー創作ロボット大戦OP映像風
09/06/23 16:36:19 5k0K+jNa
かつて百万人は住んでいたであろう都市は、廃墟となったビルが墓標のように林立するゴーストタウンになっていた。日々数え切れない程の車が行き交っていた道路は荒れ果てていた。縦横無尽に亀裂が走り、クレーターが幾つもあり、底の見えない穴が点在している。
在りし日の活気を全く感じない都市の荒れ果てた道路に、四体の鉄の巨人が静かに立っていた。
強固な装甲に包まれた無骨なデザインの巨人の名は「対鋼獣用人型兵器」……通称ヴァドル。地球上に蔓延る鋼獣という異形の怪物に対抗する為に開発された、戦闘用ロボットである。
骨組みとなる強化金属フレームを人工筋肉と擬似神経で覆い、ソコにパイロットの神経をダイレクトに接続する事で、あたかも自分の肉体を操るように機体を操縦出来る。
ダイレクトに神経を接続する仕様の為に以前は操縦時の負担や接続を切った後の疲労感など問題もあったが、別の世界の兵器に使用されている思考制御+コンピュータ補助操縦技術を一部導入した事で大幅に改善された。
モーターやエンジンを積まない最新の動力システムを搭載している為に、ヴァドルは全体的にシャープなシルエットをしている。
ヴァドルは全長10メートル程で、やや足が短く、逆に手が少し長い。流線型の装甲タイルが人口筋肉を覆っており、甲冑を纏っているというよりは直接体に鉄板を打ち付けたような容姿をしている。
加えて、僅かな手足のバランスを覗けば殆ど人間に近い造型をしている事や、駆動が静かで滑らかな事から、ヴァドルからはロボットという機械っぽさがあまり感じられない。
隊長機を意味する「00」とプリントされたヴァドルは、砲身だけで4メートルはあるシールド付きの大型ライフルを手に、腰には鉈に近い形状のブレードを装着していた。
四機は何処から攻めてきても対応可能な菱形の陣形で敵を待ち構えていた。隊長である瀬名龍也を先頭に、右後方に一号機を駆る副隊長のディーネ、左後方に二号機のリート、三機の後方、隊長機の真後ろにエルツの三号機という配置。
荒野から都市へ野獣型の鋼獣の大群が迫ってくる。龍也達の世界における人類最大の天敵。人類の生存を脅かす幾多の脅威が存在するこの多元世界において人類最大の天敵とまでは呼べないかもしれないが、今でも脅威に変わりはなかった。
ヴァドルの胸部前面に位置する、衝撃を吸収するゲル状の液体に満たされたコクピット内で、無数のコードが繋がったパイロットスーツとヘルメットを身に着けた男―瀬名龍也は告げた。
「各機へ。作戦を開始する」
『一号機了解』
『フン……。二号機、了解』
『さ、三号機了解です』
244:スーパー創作ロボット大戦OP映像風
09/06/23 16:38:08 T8/tTHT1
それぞれの返事と共に各機との通信が切れ、一斉に攻撃を開始。隊長機と一号機のライフル、二号機と三号機のマシンガンが火を吹く。放たれた砲弾は二足歩行あるいは四足歩行、個体によって姿形が大きく異なる野獣型を次から次へ屠っていく。
四機の巧みな連携攻撃に接近すら出来ず野獣型は一方的に殺戮されていく。優勢でありながらも油断など全くしない。鋼獣の恐ろしさは彼らが最も骨身に染みて理解している。足元に響く微少かつ異常な聞き慣れた音。
「散開!」
龍也の叫びに三号機のみが少し遅れてその場から飛び跳ねる。ヴァドルの足元が盛り上がったかと思うと、地面から巨大な黒い柱が四つ立ち上り宙に舞った。 全長20メートルを越える黒色のソレは、体の大半が口で出来た奇妙な生物だった。
巨大で禍々しい顎を持つ、太く短い胴の、バランスの悪い魚のような容姿をした怪物、土竜型の鋼獣。他の三機は回避と同時に至近距離で攻撃を浴びせられたが、動作が遅れた三号機は持っていたマシンガンを食われてしまった。
魚の様に水中から飛び出した土竜型の一体、三号機を襲った個体は、空中で身を捻り、三号機のヴァドル目掛けて急降下した。
他の三機が攻撃しようとするが間に合わない。三号機の回避も既に遅い。
彼ら四人に手立ては無く、どうする事も出来なかった。だが、戦っているのは彼ら四人だけではない。土竜型が巨大な口を開き、ヴァドルに喰らい付く。その寸前。土竜型の側面に強烈な一撃が撃ち込まれた。
バターに熱したナイフを沈み込ませるように土竜型の体を容易く貫いた砲弾は体の中心で爆発。絶大な振動波と特殊熱によって、三号機を襲おうとした土竜型は塵すら残さず分解蒸発した。
四機の顔が同時に同じ方向を向く。時速150kmで凸凹の荒れた道路を整地された地面のように滑走する、ヴァドルより遥かに小さい人型兵器。
全高4m、基本重量2トン。海上都市姫路守備隊重歩兵小隊隊長、清水静の駆る清水静専用超重装甲強化服改。
土竜型を葬った左肩の50mm折り畳み式狙撃砲を元に戻し、右手に持った主兵装である25mm重機関砲をエルツの三号機に放り投げながら、無駄の無い流水の如き動作で背中の鞘から300cm超振動極熱刀を抜刀する。
245: ◆gD1i1Jw3kk
09/06/23 16:38:48 T8/tTHT1
取り敢えずここまで。
246:創る名無しに見る名無し
09/06/23 19:54:40 TVERJCcY
精力的だなあ・・・
細かい議論は参戦作品が出揃ってからにするとして
今は議題をまとめつつ俺も妄想に励んでおくか
247:瞬転のスプリガン(6) ◆46YdzwwxxU
09/06/24 05:00:53 hp4ula9q
「あれは……」
成層圏の果てから徐々に高度を下げ、地上からも視認できるようになった浮遊物がある。
半天の水色を塗り変える、ぞっとするような白。不可思議なことに、地上側を向いた底面には薄っすらとも陰
が生じていない。光を透く幽霊のようだった。
一体の生物としては到底信じられない巨大さ。それが歴とした鳥影だということにも、ことねはしばらく気づ
けなかった。
羽毛は群雲、炯眼は肥えた月。
先に目撃した甲属魔族達はまだしも分かり易い怪物だったが、これはもはやその存在じたいが一種の異常気象
に等しい。
岩から削り出したような手でひさしを作り、延加拳の天農は空を仰いだ。遮光器を常用する彼には意味がない
はずだったが、遠くを見渡す仕草として体が覚えていたのだろう。
「禽属の魔族か。それも大物だ」
「とりぞく」
ことねは意味を察しながらも、何とはなしに鸚鵡返しに呟いた。強力なエーテルブラストの影響で鳥肌が浮い
ていたが、今度は気にするようすはない。
魔族を大別する四大属の一、禽属の「禽」の正確な読みは「キン」である。天農がここで敢えて「トリ」とい
う言い回しをしたのは、先刻の反省がまだ辛うじて心に残っていたからだった。
「魔界の生き物である魔族には、ケモノ、トリ、ウロコ、コウラの四つのグループがある。このうち鳥の仲間に
似た姿をしているのが、禽属だ」
そこで自分自身を納得させるように、「中身は全くの別物だがな」と付け加えた。
「数が少ないが一体一体が恐ろしく強力で、音速の数倍から十数倍というスピードで空を飛ぶ、敵に回すと一番
厄介なグループでもある」
説明に不安を煽られ、ことねは不安げに視線を遠くへやった。
昆虫の魔族らが激戦の末に総崩れになったらしいことは、天農から聞いていた。そこに出現したのが、恐らく
は彼らよりも強いという、あの鳥の魔族である。
連戦にでもなればと思うと、気が気ではない。
「スプリガンさん、だいじょうぶでしょうか」
「今のスプリガンでは勝てない」
天農はきっぱりと断じた。
「互いに攻撃が当たらず引き分けか、やられるだけのワンサイドゲームになるだろうな。だいたい、禽属とは相
性が悪すぎる」
禽属魔族の攻撃は、もっぱら超高空もしくは高空からの広域エーテルブラストに限られる。戦闘中において降
下するという状況が有り得ないため、徒手空拳では攻撃が届かない。
流派超重延加拳としては、極超音速という速さを乗せた機体そのものを砲弾と化して射ち出す対空の技“昇車
(のぼりぐるま)”が考案されてはいる。
しかし、地形に恵まれなければ照準合わせすら困難を極め、発動できたとしても足場のない空中では直線的な
動きにならざるを得ない。同等以上の速度で自在に空を舞うことのできる禽属魔族にはまず命中しないだろう。
実戦で使用するには、大幅な改良が必要だった。
(エーテルドライブの出力がもう少し上がれば、あるいは空を飛ぶこともできるだろうが……)
銃火器もなく飛行能力もない現状のスプリガンには、最初から勝ちの目がないのだ。
「そんな……」
ことねは胸の奥から漏れそうになる絶望を閉じ込めようというのか、小さな手で口許を覆った。この世の終わ
りのような顔だった。
(果報者だな、スプリガンさん)
自分がひとまずの安全圏にいることは彼女も分かっているはずで、気にしているのはむしろスプリガンの安否
なのだろう。それが天農には微笑ましい。
(さぁて。それで、どうするかね?)
雲行きの怪しさを肌に感じながらも、天農はにやにやと締まりなく笑うばかりだった。
248:瞬転のスプリガン(6) ◆46YdzwwxxU
09/06/24 05:02:23 hp4ula9q
今回はここまで。短すぎですねすみません。
しかし、いつも場面転換で切っている都合上、ここできります。
ネクソンの方は・・・難航しています。
ただ、珍しく真面目にやった戦闘シーンがようやく終わったので、
前半だけは来週中までに投下できそうな感じ?
249:創る名無しに見る名無し
09/06/24 16:17:16 zdyZ+WxY
>>248
乙であります
全く人をじらすのが得意なお方だぜ。ネクソン共々続きに期待しております
しかしいつまで経ってもスプリガンがその内合体するんじゃないかと思ってしまう俺は生粋の合体フェチ
250: ◆gD1i1Jw3kk
09/06/24 16:24:18 5Ypz0jSa
>>248
ネクソンクロガネ、あの苦境をどうやって凌ぐのか、今から楽しみです。
OPの続き、投下します。
251:スーパー創作ロボット大戦OP風2
09/06/24 16:25:19 5Ypz0jSa
清水静の超重装甲強化服改が装備している頭部両側の長針弾発射機と左腰の10連装6.25mm機関銃は、本来は放たれた敵弾を迎撃する為の間接防御専用兵器。
主兵装である25mm重機関砲をヴァドル三号機に渡したので、針の穴を射抜く精密さと高度な情報解析と計算で迫り来る高速の多目標へ同時迎撃が可能な間接防御専用兵器を攻撃に使用。
鋼獣に浴びせられる横殴りの豪雨同然の猛射撃は一発一発が急所を貫く必殺の一撃。高い防御力を持つ鋼獣だが、体の全てがそうではない。
弾丸自体に誘導機能があると思わせる程の正確無比な精密射撃で、振動熱効果を伴う長針弾の急所への滅多刺し、6.25mm振動熱徹甲弾が脆い箇所から進入し貫通、口径の十倍以上の穴を穿つ。
ヴァドル隊のライフルとマシンガン、25mm重機関砲から放たれる25mm振動熱徹甲榴弾が加わり、地獄への片道切符大配布は更に果て無く激しくなる。
清水静は射撃を行いながら全速前進し、右手に構えた300cm超振動極熱刀で次から次へ鋼獣を流し斬る。生身の人間ならかすっただけで全身が消滅する刀身を全力で叩き込まれた鋼獣の全てが原型を留めず体積の半分以上を失い、
薄い緑と紫色の蒸気を立ち昇らせる固体とも液体ともつかぬぐちゃぐちゃな泥状の残骸と化す。
地面を覆い尽くすように鋼獣の死骸が散らばり、見渡す限りに生きた敵の姿は無い。
攻撃が止みわずかな静寂、先頭に立ち戦った清水は後ろへ振り返ると300cm超振動極熱刀を構え直し、全速のローラーダッシュで一直線に向かう。ヴァドル隊の隊長、瀬名龍也へ。
一号機から三号機全てがライフルとマシンガン、25mm重機関砲の砲口を隊長機に向ける。高く跳躍した超重装甲強化服改の握る刀の切っ先が真下を向く。
龍也のヴァドルが全力で飛び跳ねる。同時に龍也のヴァドルが立っていた地面に大きな亀裂が走り大きく盛り上がり、特大の土竜型鋼獣が姿を現す。
全体の全てが地表に出る前に、全体重とフルパワーを込めた過負荷出力の300cm超振動極熱刀を頭蓋に根元まで突き刺し、周囲を取り囲むヴァドル四機の十字砲火が叩き込まれる。
巨大土竜は上半身が消滅して下半身が乾いた砂のように崩れ去った。地面に着地した清水静は過負荷出力に耐えられずボロボロになった刀身を柄から取り外し、予備刀身と交換。鋼獣は全て倒した。しかし、休む間も無く新たなる敵が現れる。
空を飛ぶ獣を模した機械兵器、鋼獣(メタルビースト)。十体と数は少ないが、極めて高い戦闘力を持つ恐るべき敵。ヴァドルが砲口を向け、清水は刀を構え直す。その時、鋼獣(メタルビースト)を討つべく一体のロボットが現れた。
悪魔的なフォルムを持つ10m超の漆黒の鎧。黒峰潤也が駆る黒い謎の鋼機(メタルアーマー)リベジオン。その肩に黒髪赤眼、黒衣を纏った外見年齢二十歳程の男、魔王ラウディッツ・バルディウスが両腕を組み仁王立ちになっている。
一機と一人、二つの魔王は鋼機(メタルアーマー)に対して尋常ではない殺気を込めた視線で睨み据えていた。
252: ◆gD1i1Jw3kk
09/06/24 16:27:59 5Ypz0jSa
以上。
この後、スプリガン、タウエルン、パラベラム、ネクソンクロガネを出演させる予定です。
253: ◆gD1i1Jw3kk
09/06/24 16:33:57 5Ypz0jSa
間違えた。最後の行、鋼機(メタルアーマー)じゃなくて鋼獣(メタルビースト)。
254:創る名無しに見る名無し
09/06/24 23:00:47 zdyZ+WxY
人、いないな。どうしたんだろう?
255:tueun ◆n41r8f8dTs
09/06/24 23:30:21 xcBPEcQL
いますよwただまだちょっと投下には時間が掛かりますorzごめんなさい
>>247
スプリガンがどう行動を起こすか気になりますね……
投下乙です
>>251
上のレスから凄いっす!
描写が細かいから脳内に映像が浮かびますねー。wkwkしますよ
256:創る名無しに見る名無し
09/06/24 23:35:32 iD1UkPO/
>>236です。話の導入部分がなかなか纏まらずに四苦八苦…
とりあえず絵でも描いてイメージ先行でのらりくらりと進めてますが、初投下は週末くらいになりそう;
257:パラベラム! の人 ◆1m8GVnU0JM
09/06/25 00:33:06 lsIg/ufd
>>247
乙であります
上空からの広域エーテルブラスト……なんていやらしい攻撃なのかしら
次回も楽しみに待ってますw
>>251
ウヒョー!
二つの魔王って何か痺れますね!
そしてついにパラベラムの出番が……他の二作とどう絡むのか、楽しみで仕方ありませんw
あ、おせっかいかもしれませんが、段落の初めは一文字分空けたほうがいいですよ
>>256
ゆっくり、満足できるまで書き込むのもアリですよ
とか言ってる自分も、邂逅篇は次で終わりなのになかなか纏まらない……
258: ◆gD1i1Jw3kk
09/06/25 22:28:59 Mc4VvR18
>>255
どうもありがとうございます。
タウエルンは次の次くらいで出せそうです。
>>257
パラベラムの人達は次の次、タウエルン+ショウイチと一緒に出す予定です。
オートマタと自動人形をバッタバッタブチ倒しまくるつもりなので、御期待下さい。
自分の妄想設定ですが、このOP風ではタウエルン本編の話で既にパラベラムの人達が合流していて、村の人達は一人も死なずシュワルツ一味を撃退してます。
しかし、死んだと思っていたシュワルツが彼らの前に現れ……。
一条 遥「げぇっ、あの最低野郎、生きてたんだ!?」
259: ◆46YdzwwxxU
09/06/26 04:34:39 o2sxwX8Q
レスどうもです
うまいこと進んだのでネクソンの第六話前半は今日明日中に投下します。
いろいろと期待に添えそうもないことだけは謝っておこう・・・。
>>249
最終回仕様としてトレーラーと合体する「大スプリガン」の設定を作ったことがありましたが、
きれーに没りました……。劇場版でもやらない限りお蔵入りだろうなー。
>>252
おつかれさまです。
私以外がスプリガンをどうするのかは興味ありますね。
でも、どうせなら参戦表明したのは全作品出して欲しいな!
>>256
絵もお描きになるんですかー
260:最強無敵ロボ・ネクソンクロガネ ◆46YdzwwxxU
09/06/26 14:41:18 o2sxwX8Q
※
紺色の靴下を履いた足を恐る恐ると伸ばして、悪山エリスは廊下の暗がりをまた一歩だけ前進した。
進めば進むほど闇が濃度を増していく、窓のない通路だ。
もっともエリスの慎重さは、見通しの利かない足元を不安に思ってのことではなかった。そこは彼女が幼少の頃から出入りしている
悪山研究所の内部であり、その気になりさえすれば目を瞑っていても行き来できる。
仰々しい言い方をすれば、悪山エリスは今、隠密行動中なのだった。
(抜き足、差し足、忍び足……)
その足どりからは、わずかな物音も立てまいと神経を尖らせているようすと、また歩行という連続した動作を細分化して相手にそれ
と認識させまいという徹底振りが窺えた。多くの肉食動物が狩りで用いる戦法でもある。
(抜き足、差し足、忍び足……)
魔法の呪文のように心の中で繰り返すと、少しだけ動悸が楽になった気がする。古びた床が立てる軋みの音さえ、今の彼女には恐ろ
しい。こうしてこそこそとしていることじたいが、ある種の裏切りのようで後ろ暗い。なけなしの勇気でもう一歩。
(抜き足、差し足、忍び足……)
白磁のような両腕が大事そうに抱えているのは、料理の載ったトレイだった。ラップを押し上げる直角二等辺三角形は、手製のサン
ドウィッチである。具には彼女なりに趣向を凝らしてあった。
悪山エリスの向かう先には、木製の扉一枚を隔てて、彼女の祖父が築き上げた“男の城”が広がっている。大雑把に資料の収集や設
計図の作成などを行う書斎と、さらに奥にはさまざまの機械の唸る研究開発室、そのまた向こうに巨大ロボットの保管や整備などを司
る格納庫などが存在する。
その男の名は、悪山悪男。毎週毎週大型肉食恐竜型のロボットを手作りしては、ロボヶ丘市を恐怖のどん底に突き落とす、悪のマッ
ドサイエンティストだ。
細心の注意を払って足音を忍ばせ、エリスはようやく地獄に通じる門に辿り着いた。
そこで困り顔になる。
ここまでの静粛性は完璧だという自負がある。これが潜水艦同士の海中戦なら、もう敵は死んでいるも同然だ。ましてや最近少し耳
の遠くなった悪山悪男が、接近に気づけるはずはなかった。溺愛する孫娘のこととなると彼はしばしば人類の限界を越えるため、絶対
とまでは言い切れないにせよだ。
だが、ここに来て、今回のミッションにおける最難関が立ちはだかった。
建てつけの悪さから、よく開け閉めに難儀する引き戸である。祖父が巻き起こす爆風のせいで歪んでいるのではないかとエリスは見
ているが、それは今はどうでもいい。
経験上、その戸板はびくともしないか大きく動くかの極端で、開くときは必ずそれと分かる音を立てるのである。
(どうしよう……)
しばらく途方に暮れて呆然と扉を眺めるうちに、エリスは端から光が漏れていることに気づいた。
真正面からでは分からなかったが、角度をつけると数ミリメートルほどの隙間が生じている。
(中、見えるかな?)
悪山エリスは桜色の唇をわずかに窄めて息を吸ってから、ぴたりと潔く止めた。
そのまま青み掛かった瞳を壁に寄せて、そっと中を覗き見る。
261:最強無敵ロボ・ネクソンクロガネ6 ◆46YdzwwxxU
09/06/26 14:44:22 o2sxwX8Q
戦慄した。
(深夜に包丁を砥ぐ鬼婆を目撃した旅人の気分です……)
他者の共感が得られるかはともかく、我ながらなかなか的確な比喩だとエリスは思う。ざんばらと白髪を振り乱し、三白眼を血走ら
せた祖父のようすには、まさしく鬼気迫るものがあった。エリスにとっては、優しい祖父が“悪のマッドサイエンティスト”であるこ
とを改めて思い知らされる光景でもある。
予想よりもずっとひどそうな状態に、エリスは聞こえよがしに溜め息を漏らした。ありのままを確かめられれば、もう存在に気づか
れようと構いはしない。もっとも切羽詰まった彼はそれにも気づいていない。
ここ数日の悪山悪男は、まるで何か悪いものにとり憑かれたように、自らの“城”に篭っていた。ちょうど悪山研究所に珍しい訪問
者があり、最強無敵ロボ・ネクソンクロガネがシロガネ四天王と戦いを繰り広げた、その翌日からだ。
そこでの悪山悪男の活動内容はエリスが訪問する度に違ったが、今回は書斎の隅の古びた学習机に黄ばんだ大学ノートを広げ、何や
ら書き殴っていた。まるで別種の生物のように背中を丸め、洟を擦りつけんばかりに紙面に顔を近づけるのは、彼のいつもの流儀だ。
握り締めるような鉛筆の持ち方も、行き詰まると上端を齧る悪癖も、もう矯正のしようがない。
悪山悪男は試行錯誤に没頭するあまり、寝食を忘れていた。愛孫であるエリスの手料理は欠かさず平らげていたが、どこか燃料を補
給するような作業的な食事だった。睡眠時間にいたっては、まるごと削っている節がある。
とはいっても、それだけならば、悪山悪男にとっては別段珍しいことでもない。エリスとしても、毎度のことに呆れながら世話を焼
いていればよかったのだ。
しかしエリスは、祖父のようすにいつもと違う雰囲気を嗅ぎとっていた。
(おじいちゃん、ちっとも楽しそうじゃない……)
趣味人に特有の熱意も、明朗さも、今の悪山悪男からは感じられないのだ。エリスにとっては、そんな祖父は見るに堪えない。それ
では彼女が悪山悪男の悪行を黙認する“共犯者”でいる意味がないではないか。
サンドウィッチのトレイを片手に持ち替え、それなりの勢いをつけてノックを鳴らす。反応を待たずに戸を引くが、すぐにつかえて
しまった。こうなると手渡しは難しい。エリスはそのことに心のどこかで安堵していた。
「おじいちゃん? お昼ご飯、ここに置いていきますから」
「おう」
差し入れには生返事を返しておいて、悪山悪男は顔も向けずに言葉を継いだ。
「今日も、街へ行くのか」
「はい」
悪山悪男は渋い顔をした。
今のロボヶ丘市は明らかな“危険地帯”だ。下手に外を出歩こうものなら、それこそ命の保証はできない。
エリスがそれを承知の上で、市街にある住居と郊外の悪山研究所を往復し、また暇を見つけては中央商店街などにも足を運んでいる
ことを悪山悪男は知っていた。
命をどぶに捨てるような行為だ。言語道断だとは思うが、何を言ってもエリスは聞く耳を持たない。
「……気をつけてな」
結局は、今日もそう言い含めることしかできなかった。
こんなこともあろうかと悪山悪男が贈った謹製のリボン・護身用自動伸縮装飾帯は、10メートル級の戦闘用ロボットくらいなら八
つ裂きにできるはずだった。油断はできないが、今はそれに頼むしかない。
262:最強無敵ロボ・ネクソンクロガネ6 ◆46YdzwwxxU
09/06/26 14:46:31 o2sxwX8Q
遠ざかっていく愛孫の足音を寂しがりながら、悪山悪男は唇を震わせるように独白した。
「……あの子は、がっかりしとるじゃろうなぁ……」
彼女がわざわざ危険を冒す理由に、彼はうすうす勘づいていた。ずいぶんと婉曲的に“お願い”をするものだと思う。
「しかし、しかし。この保険だけは間違うわけにいかんのだ」
悪山悪男は筆を置き、今し方ようやく出来上がったばかりの図面に目を通す。
鉛筆の硬さは2Bで、筆圧は強い。消しゴムも下敷きも使わない彼のノートは、ひどく黒ずんで汚らしい。
古今東西の文字を彼自身にしか分からない法則に従って崩し、また複雑な設計図を脈絡もなく挿入するために、そこに踊るものの正
体は判別不可能。世界第九位の狂博士である悪山悪男本人か、かつてワルサシンジケートを震撼させたというかの巨大頭脳以外には。
悪山悪男は息を吐く。休んでいる時間はない。サンドウィッチを摘まんだら研究開発室に直行だ。
ワルサシンジケートの魔手がエリスに及ぶであろう、あと数日のうちには完成させなくてはならないのだから。
「ワルレックス系列最凶最悪の機体となる、この“ダイノスワルイド”だけは……!!」
悪のマッドサイエンティスト・悪山悪男の嗄れ声には、悪魔に魂を売り渡さんばかりの切実さが篭っていた。
それは、まだ影も形もないはずだというのに。
機械仕掛けの暴君竜の咆哮が遠雷のように聞こえたのは、果たして気のせいだったのかどうか。
第6話 戦慄! シロガネ四天王再び現る!
※
最強無敵ロボ・ネクソンクロガネのカメラアイ下に配置されたビームドライバが亜空間から転送する金属粒子は、極めて不安定な存
在であり、わずか数秒で地上から完全に消滅する。ネクソンクロガネストームが地表に施した鈍色の厚化粧も、今では薄っすらと色褪
せたものになっていた。
未だに残留する顆粒を蹴立てながら、ぶつかり合う二体の巨大ロボット。
それが最強無敵ロボ・ネクソンクロガネと、悪のロボット軍団・シロガネ四天王との壮絶な戦いの始まりを告げた。
「ネクソンクロガネパンチ!」
「何のッ!」
最強無敵ロボ・ネクソンクロガネの放った必殺パンチが、剛力無双ロボ・シロガネマッスルの分厚い胸部装甲に押し戻される。巨大
ロボット一体分はあろう重量差と、超ネクソン白鋼の強靭さのために、衝撃が伝わるより先に肩が後退してしまうのだ。
激しい反動に痺れながらもネクソンクロガネはその場からさらに右の拳を突き出すが、今度は片手で受け止められた。追撃の左も同
じく。戦いは、両手を組んだままに互いを圧倒しようと押し合う、剛力対決の様相を呈する。
だが、田所カッコマンは失念していた。
敵はシロガネマッスル、“剛力無双ロボ”なのだ。
「筋肉は隆々! 仕掛けをごろうじろ!」
拮抗できたのも一瞬のこと。シロガネマッスルの赤い入れ墨が力強く発光。重量と駆動力の差で押し負け、最強無敵ロボ・ネクソン
クロガネの踵が大地を削った。
「こんの、馬鹿力め!」
両腕を捻り上げようとする動きを察し、田所カッコマンは真っ向勝負を放棄。ネクソンクロガネは自ら背中から倒れ込むと同時に片
脚でシロガネマッスルの胴を蹴り上げ、相手の勢いを利用して投げ飛ばす。
「男の真筋勝負に柔術まがいの受け流しとは、不粋千万ー!」
宙を舞う四天王いちのマッシブ。
綺麗な放物線とはいかず、後頭部から地面に激突。金属粒子のカーペットを滑って粉塵を巻き上げた。
「いや、しかしあれもまた美しき筋肉の躍動といえるか、ううむ……!?」
仰向けに倒れたシロガネマッスルの中で、ニック・W・キムが腕組みをして唸る。声に苦痛の響きはなく、とぼけているようにさえ
聞こえた。受け身をとったようすもないというのに、大した損害も見られない。
263:最強無敵ロボ・ネクソンクロガネ6 ◆46YdzwwxxU
09/06/26 14:48:21 o2sxwX8Q
「寝てな、おっさん!」
シロガネマッスルのタフさに悪態を吐く暇もなく、音速飛翔ロボ・シロガネソニックの急襲を迎える田所カッコマン。
内蔵兵器を起動。背面装甲のハッチを左右二箇所展開し、VLS(垂直発射システム)を引き出す。
「ネクソンクロガネミサイル!」
超音速巡航ミサイルを射出。損傷はおろか命中すら望むべくもなしと、着弾を待たずに自爆させる。
轟音と閃光を目眩ましに身を翻し、暗躍する百発百中ロボ・シロガネスナイパーとの隔たりを踏破。ネクソンクロガネパンチの強打
を浴びせる。
鉄拳の芯に異物感。
陽炎のように立ち昇る薄緑の毛髪。
狙撃手の護衛に就いていた一騎当千ロボ・シロガネブレードが割り込み、迎え火の剣を当てていたのだ。女騎士の凶刃が中指と薬指
の間に侵入し、そのまま手首、前腕と竹のように両断していく。超ネクソン黒鋼の装甲などあってなきがごとき、常軌を逸した切断力
だった。
田所カッコマンは改めて自覚する。これまでのように頑丈さに物を言わせた戦いは、もうできないのだと。
これは死闘。命を懸けた、本当の意味での“潰し合い”。
「許せ、ネクソンクロガネ……!」
地獄にでも付き合うと応える巨人の聲を、確かに聞いた。
故に最強無敵ロボ・ネクソンクロガネは止まらない。半分に割れた拳をシロガネブレードの顔面に突き刺す。鋭すぎる切れ味のため
に剣では抵抗にならず、速さはほとんど減じていなかった。斜めに斬り飛ばされた腕の半分が空中で回転するのを、田所カッコマンは
横目に見た。ロボットの痛みをパイロットが引き受けることができれば、どれだけ楽か。
拳を振り抜くまま、最強無敵ロボ・ネクソンクロガネが回し蹴りの体勢に移行。
衝撃に頭をぐらつかせながら、切り裂きジャンヌが金切り声を上げる。
「この子、調子に乗ってッ!」
「どけ、ジャンヌ」
シロガネスナイパーのライフルが火を噴く。狙いを過たず、閉ざす暇のなかったネクソンクロガネのミサイルVLSに銀の銃弾が滑
り込む。重装甲で跳弾し、内部機構に深刻なダメージ。それでも怯むわけにはいかない。
まさかりを振るうがごときネクソンクロガネの蹴撃を、切り裂きジャンヌは機体を沈ませて躱す。抜け目なく関節に剣を突き入れ、
歯車を狂わせようとするが、逆に刃を折られそうな気配を察したか断念。
「中身も化け物なの!?」
「ネクソンクロガネは、アーマーとフレームが未分なのだ」
解説しながら、スナイパーガマンが引鉄を絞る。
最強無敵ロボ・ネクソンクロガネの左カメラアイを狙った魔弾は、わずかに逸れて下のビームドライバに着弾、その機能を奪う。こ
れでネクソンクロガネビームの威力が半減。
(またひとつ、追い詰められたか……!)
シロガネマッスルとシロガネソニックが復帰。超音速で飛行できるシロガネソニックが先行して到達し、衝撃波の刃を放つ。
先読みしていた田所カッコマンが、回し蹴りの動作中に密かに振り撒いていた金属粉により、ネクソンクロガネストームが発動。シ
ロガネソニックが爆光に呑まれる。
「またかよ!?」
「学習しろ、エビル!」
スナイパーガマンが怒鳴る。マグネシウムなどの燃焼に、あわや命にも等しい視力をやられるところだった。
「してるさ! 見た目は派手だけど、超ネクソン白鋼ならいくらでも耐えられるってね!」
「そうじゃない! お前の役目は撹乱だ! いらぬ攻撃に我々まで巻き込むんじゃない!」
「はああ!?」
シロガネ四天王、一体一体は確かに強力だ。最強無敵ロボ・ネクソンクロガネに優るとも劣らないだろう。だが、一度も揃ったこと
がないというだけあって、彼らの連携はうまくない。
(四対一だと思うな。これは一対一の四連戦。ただの、消耗戦だ!)
広い背中で爆風を受け、地上の帆船となったネクソンクロガネが、猛然とシロガネスナイパーに掴み掛かる。
スナイパーガマンはゼロ距離射撃を試みるが、響いたのは銃撃音ではなく警告音。
「銃口に異物? ……ちぃっ!」
防塵仕様でない現装備の四天王ロボに、ネクソンクロガネストームは脅威だった。
「このスナイパーガマンを一芸だけの男と思うな!」
シロガネスナイパーがライフルを持ち替え、銃把の仕込み針で首筋を穿とうとする。死神の大鎌のように銃身が風を切る。
田所カッコマンが内蔵兵器ネクソンクロガネバルカンを起動。空中の金属粉で暴発。同じ牽制を食うスナイパーガマンではないが、
今度は最強無敵ロボ・ネクソンクロガネの側が爆発を制動に利用、躱しようのない体勢から躱してみせた。
264:最強無敵ロボ・ネクソンクロガネ6 ◆46YdzwwxxU
09/06/26 14:49:51 o2sxwX8Q
動きが止まったところに、左右からシロガネブレードとシロガネマッスルが殺到。
同士討ちさせようとネクソンクロガネが爪先で地を蹴って背後に跳ぶが、絶妙のタイミングでシロガネソニックが空襲し、激しい衝
撃波で押し戻される。
田所カッコマンは戦術を変更。先に接地した左足底を強く踏み締めながら上半身を回転し、左のネクソンクロガネパンチ。
―激突!
先に到達したシロガネブレードが、体重を乗せた刺突でネクソンクロガネの胴体を背から腹へと串刺しにする。難攻不落のシロガネ
マッスルに押しつけるような、逃げ場のない必殺の挟撃。両者の思いきりのよさは、多少の損傷は覚悟の上のものらしかった。
切り裂きジャンヌの毒々しい唇は嗜虐の笑みに歪んでいた。シロガネブレードは貫通した剣を掻き回し、ネクソンクロガネを抉る。
けれど。
「馬鹿な……。この私の、アツい胸板……が……」
この局面で真っ先に苦しげな呻きを漏らしたのは、四天王いちのマッシブ、ニック・W・キムだった。
剛力無双ロボ・シロガネマッスルの山のような巨体がぐらりと傾ぐ。
鍛え抜かれた大胸筋に似た胸部装甲は、弾性の限界を越えて陥没していた。穿つは最強無敵ロボ・ネクソンクロガネの鋼の拳。そん
な芸当は、通常のネクソンクロガネパンチでは不可能。同等の硬度と、如何ともし難い本体の体重差で弾かれるためだ。
だが、最強無敵ロボ・ネクソンクロガネはそれを、“衝突の瞬間にシロガネブレードの突進力を借りる”ことで補ったのだ!
衝撃のエネルギーが完全に伝導されたネクソンクロガネパンチの前には、超ネクソン白鋼の積層装甲すら鉄壁の防御とはいかない。
「ニック!」
「呆けるな、ジャンヌ!」
どうと崩れ落ちるシロガネマッスル。
自然に引き抜かれた左手を、最強無敵ロボ・ネクソンクロガネは今度はシロガネブレードの右腕に伸ばす。背後を手探りする無理な
動作で、決して素早くはなかった。
シロガネブレードは退避しようとするが、ネクソンクロガネの背に埋もれた白刃が抜けない。そこで愛剣を手離すことを躊躇したの
が、切り裂きジャンヌの不覚。最強無敵ロボ・ネクソンクロガネがシロガネブレードの利き腕を鷲掴みにし、全握力を費やした圧迫行
動を開始。女騎士自慢の白銀の腕甲が悲鳴を上げた。
「乱暴な男だ!」
シロガネスナイパーが回復したライフルを連射。ネクソンクロガネの五指に全弾命中させ、その手先の感覚を一時的に麻痺させる。
神業めいた援護を活かし、シロガネブレードはネクソンクロガネの背中に足を掛けて強引に剣を引き抜き、どうにか武器を失うことな
く窮地を脱した。
仕切り直し。
台風の目のように激戦の最中にぽっかりと生まれた小休止を、戦士達は彼我の残存戦力の分析に費やす。
状況はシロガネ四天王の圧倒的有利。
たとえシロガネ三羽烏になろうが、カッコマンエビルが役に立たなかろうが。遠近をカバーできるシロガネスナイパーとシロガネブ
レードのコンビネーションが決まれば最強無敵ロボ・ネクソンクロガネは手も足も出まい。これまで最強無敵を誇った超ネクソン黒鋼
の装甲も、よりネクソニウムの純度を高めた専用武器の前にはボール紙も同然。
有利なはずだというのに。
(勝てる気がしないのは、何故……?)
最強無敵ロボ・ネクソンクロガネは満身創痍。
引き裂かれた右前腕の半面が脱落。十のうち八本の指の動作に不具合がある。肩口と背面腰部の内蔵兵器回りは、四箇所とも再起不
能だ。背面から正面までを刺し貫かれ、破損箇所からは火花混じりの黒煙が止めどなく噴き出す。二基あるビームドライバも片方は機
能を喪失し、攻撃力に不安を抱えている。至近距離で繰り返し爆発を浴び、装甲の光沢も今は曇天のように鈍い。
胸部中央の操縦室に籠るのは、手負いの獣の息遣い。パイロットである田所カッコマンの疲労もまた、心身ともにピークに達してい
た。ヘルメットに縦横の亀裂が走り、頭のどこかから垂れた赤色が顎骨と鼻筋を滑り落ちていく。はぐれ研究員・龍聖寺院光の必死の
呼び掛けも、耳に入らなくなって久しい。
勇姿を知る誰もが目を背けるであろう、惨憺たる状態だった。身構える動作も、どこか精彩を欠いて見える。
265:最強無敵ロボ・ネクソンクロガネ6 ◆46YdzwwxxU
09/06/26 14:54:33 o2sxwX8Q
それでも、最強無敵ロボ・ネクソンクロガネには、たったひとつだけ変わらないものがあった。それが百戦錬磨の切り裂きジャンヌ
をして、捉えどころのない弱気を生じせしめたのだった。
たったひとつ。
悪の心胆を寒からしめるカメラの眼の凄み。
それだけが!
「これが最強無敵ロボ・ネクソンクロガネ……!」
四天王いちのテクニシャン・切り裂きジャンヌが発した声には、かつてない感情が篭められていた。シロガネ四天王がこれまで敵味
方を問わず与えてきた、“恐怖”などとは似て非なるもの。
―“畏怖”。
切り裂きジャンヌは、無意識にシロガネブレードを一歩、後退させていた。
「武御雷光華流姐さんのおめがねに適っただけのことはある、かもね。……田所とかいったっけ?」
手持無沙汰に上空を旋回していた四天王いちのスピード・カッコマンエビルも、徐々に愛機の高度を下げていた。敵味方入り乱れて
の接近戦には、シロガネソニックでは混ざりづらいのだ。
「だがもう限界だ。そろそろ仕留める」
四天王いちのスナイパー・スナイパーガマンは、その洞察力で最強無敵ロボ・ネクソンクロガネが気力だけで立っている状態だと見
抜いていた。手の中のライフルが鎌首をもたげる。
今にも最終ラウンドのゴングが打ち鳴らされようかという、そのときだった。
『やれやれ……何をしているのです?』
四天王ロボの画像通信に割り込みを掛ける男がいた。奇病に冒されたような痩身に黒いスーツ。殺人をも厭わぬ冷酷な性を眼鏡が強
調する、それは危険なかほりの男。
シロガネ四天王のメンバーに、稲妻のような緊張が走った。
「これはこれは。最上級エージェント、イッツァ・ミラクル」
悪の総本山・ワルサシンジケートでも屈指の魔人。
シロガネ四天王をロボヶ丘に派遣した張本人でもある。
『四対一でやっと勝てました!では、コマーシャルにならないではないですか』
「猛省しております」
悄然とわずかに顎を引くスナイパーガマン。
イッツァ・ミラクルは激情を顕わにすることがない。しかし、たしなめるような口調に、どこか逆らいがたい迫力があった。
『こうなれば一対一です。つい先日、悪の巨大頭脳・ドクトルポイズンからレクチャーがあったでしょう、“あれ”をおやりなさい。
シロガネマッスルは動けないようですから、こちらで遠隔操作します』
「いや。それには及ばないよ……」
地に倒れ伏していた金属塊が、熊のようにむくりと上体を起こす。
『お目覚めですか、ニック・W・キム』
「鍛え抜かれた筋肉がなければ危なかった」
暑苦しく微笑んでみせるシロガネ四天王いちのマッシブ。
まさかの復活に、最強無敵ロボ・ネクソンクロガネの勝利の可能性がいっそう低下する。
田所カッコマンは悔しげに歯噛みするが、それでも戦意だけは失くさない。シロガネ四天王が盛んに暗号通信を交わし、とんでもな
いことを実行しようとしているとも知らずに!
「では、やるか。……みんな、準備はいいか?」
「まさかぶっつけ本番とはね」
「ハハハ。ぼやくなぼやくな。未知なる筋肉と、さらなる筋肉だ」
「ちぇっ。こんな展開じゃ、悪のカッコマンどころかカッコワルイマンじゃないか」
御伽噺の三銃士さながらに銃と剣と拳とを交差させる、シロガネスナイパー、シロガネブレード、シロガネマッスル。
「イチ!」
「ニ!」
「サン!」
266:最強無敵ロボ・ネクソンクロガネ6 ◆46YdzwwxxU
09/06/26 14:58:34 o2sxwX8Q
「シロガネ! 四身一体!」
音速飛翔ロボ・シロガネソニックが彼らの腕先を飛び越えたかと思うと、巨大な独楽となって回転し始める。翼端からは飛行機雲の
ように無限の白煙が放出され、見る見るうちに全員を覆い隠していった。
ネクソンクロガネビーム同様に亜空間から転送した荷電粒子によるバリアフィールドだ。吹き荒ぶ電磁竜巻は半径およそ七十メート
ルに及び、十数秒間に渡って外部からのあらゆる干渉を拒む。
わずかに青色を帯びた雷雲の向こう側は、千里眼をもってしても見通すことは不可能。無謀にも侵入を企てようものなら、流体の螺
旋運動に弾き飛ばされ、また電磁気の嵐に電子機器を狂わされるだろう。二重三重にシールドを施された最強無敵ロボ・ネクソンクロ
ガネですら、どうか。
ネクソンクロガネパンチを跳ね返し、ネクソンクロガネビームをも遮断する電磁竜巻の渦中。
地上に聳え立つ三機が散開する。
「ヤツらが手と手を合わせたらァ! 正義の味方は皆殺ぉしぃっ!!」
こんなときにもマッスルポージングを決めるシロガネマッスルから、傷ついた前面重装甲が剥離。頭が横倒しになって胴体に沈む。
首無しの全身が左右に分離し、腕を背後に回しながら再接近。下腿が折れて大腿と同一化し、内股にあるジョイントだけで再結合を
果たす。半回転して上下と腹背を入れ替えれば、シロガネマッスルの剛腕を脛に装備した、大巨人の下半身が完成する。
「何もかも奪うぜッ! 形のあるものッ! 形のないものッ!」
ヤケクソじみたパイロットの歌に乗り、シロガネスナイパーが跳躍。ライフルを手離した両腕を上空に伸ばし、上腕の狭間に頭を隠
す。両脚を合わせながら角度にして90°腰を屈曲、下半身をまるごと肩に、上半身を上肢として形態を移行。投げ出されていたライ
フルを、先端の二つの掌で掴む。銃の向きから、大巨人の左腕であることが知れた。
「シロガネ四天王! 誰か止めてみよ!」
シロガネブレードも同様に、こちらは胸甲を優美な手甲とした右腕をなす。握り締める武器はもちろん剣だ。
シロガネソニックが急降下。自慢の銀翼は、後方にそれぞれ45°展開していた。
「シロガネ四天王! シロガネ四天王! シロガネ四天王! 悪さしてんのう!」
翼の付け根から出現したジョイントを目掛けて、両側からシロガネスナイパーとシロガネブレードが飛来。青と黄と緑の火花を激し
く散らしながら、シルエットをひとつにする。イッツァ・ミラクルの手配で新品に交換されたシロガネマッスルの胸部装甲が、恐ろし
く巨大な前面を封印。大巨人の上半身の準備が整う。
「シロガネ四天王! シロガネ四天王! シロガネ四天王! もうホラ! キミの隣!」
金属塊が衝突する轟音を響かせながら、遂に大巨人の上下が合わさり、そして―!!
『全世界の皆様に、重大発表がございます!』
魔窟Mk-Ⅱから、イッツァ・ミラクルは朗々と声を張った。
『この度、我ら悪の総本山・ワルサシンジケートの戦力貸出プランに、空前絶後の超大型ロボットが新規参戦いたします! 正義の味
方にあと一歩のところで勝てず、大願を果たせないとお嘆きのアナタ! 自分達を弾圧する国家権力を根絶やしにして、自由と尊厳を
勝ちとりたいと理想に燃えるアナタ! あるいはムカつく上司の家をぺしゃんこにして困らせたい陰険なアナタも!』
どこかのコメディ番組のように、下手くそなジョークにサクラの笑声と喝采が沸く。
『今なら皆様の見果てぬ夢を、ワタクシどもがミラクル特価で実現させていただきます!』
内外を隔絶する絶対不可侵の超電磁竜巻を、古城の尖塔のような四本角が突き破る!
その尖端から放たれる尋常ならざる殺気に、田所カッコマンは戦慄した。
夕陽色をした眼が視ている! 最強無敵ロボ・ネクソンクロガネを睨み返すように!
「こいつは!?」
田所カッコマンは、正体不明の微振動に気づく。ネクソンクロガネが震えているのだ。はぐれ研究員・龍聖寺院光の言葉が届いたな
ら、あるいは一種の共鳴現象であることが分かったかもしれない。ネクソニウムの共鳴だ。
敵は世界最新鋭機にして、最強無敵ロボ・ネクソンクロガネと同じ出自を持っている!
イッツァ・ミラクルによって、その名が明らかになるとき。
正義にとっての暗黒時代が始まる。
『とくとご覧あれ!! これが“真最強無敵ロボ・ネクソンシロガネ”であるのです!!』
267:最強無敵ロボ・ネクソンクロガネ6 ◆46YdzwwxxU
09/06/26 15:03:01 o2sxwX8Q
※
掛け布団を跳ね上げた田所カッコマン、いや田所正男の顔色は真っ青だった。
シーツに湿気が染み透るほど汗を掻いており、だぶついたTシャツが肌に貼りついて気味が悪い。
「ぐ……うっ!?」
胸元に痺れるような鈍痛。身動ぎの度に、長らく油を差していない機械人形のようにぎしぎしと体が軋む。
田所正男はそこで初めて、自分の全身に包帯が巻かれていることに気がついた。ところどころが緩かったりきつかったりで、処置は
お世辞にも上手くない。もっとも、手当てをしてもらっておいて不満に思うほど、田所正男は図々しくもなかったが。
(ここは……どこだ?)
田所正男が寝かされていたのは、まるで見覚えのない、木目張りの小さな部屋だった。
見上げるにつれて徐々に狭まっていく天井が、いかにも屋根裏といった風情である。裸電球が蜘蛛のように垂れ下がっていたが、日
中は四角いガラス窓から採光できる設計になっており、今は点灯しないでも充分に隅々までを見渡せる。
簡素なベッドのほかには家具調度もない、殺風景な空間。
いや、枕元に緑茶の入った200ミリリットルのペットボトルと、子どもっぽい目覚まし時計が置いてあった。
目覚まし時計は、ステゴサウルスという恐竜をモチーフにしたと思しき、モスグリーンの一風変わった品だった。山なりの背に並ぶ
大きな骨板のうちの三本が、三針となって時を刻んでいく。機巧の動くカチコチという音が、静寂にやけに大きい。
現在時刻は午前十一時半。寝坊もここまでくれば笑うしかない。ただしそれも、今が平時であるならばの話ではある。
「俺は、いったい……」
少し喉につかえたが、ちゃんと声は出せる。
“昨夜”の記憶は、ひどくあいまいだった。
シロガネ四天王という恐怖のロボット軍団と戦ったことまでは何となく覚えている。恐らくはその戦いで全身に大小の傷を負い、意
識を失ったと思われるのだが、ここは自宅でも病院でも、ましてセイギベース3でもない。
腑に落ちないことが多すぎた。
「む?」
よくよく見れば、ステゴザウルスの時計は、白い紙きれを尻に敷いていた。
田所正男がずきずきと痛む腕を伸ばして抜きとってみると、きっちりと四分の一に折り畳まれたメモ用紙だった。
部屋の主の残した置き手紙らしいが署名はない。切れ味のよい丁寧な書体だった。性別は恐らく女だが、あのはぐれ研究員は意外に
まるっこい字を書くので、彼女ではない。
日付を三度ほど更新した跡があり、これまでの経緯とロボヶ丘市の近況とが綴られていた。
もろもろの疑問が氷解していく。しかし明らかにされた事実は、田所正男を愕然とさせるに足るものだった。
「馬鹿な……!!」
手紙を残した謎の人物は言うのだ。
最強無敵ロボ・ネクソンクロガネが、完膚なきまでに敗北し。
現在のロボヶ丘市は、ロボット犯罪者達が跳梁跋扈する、無法地帯となっていると!
268:最強無敵ロボ・ネクソンクロガネ6 ◆46YdzwwxxU
09/06/26 15:04:30 o2sxwX8Q
今回はここまで。お楽しみいただければ幸いです。
対四天王戦は正直この作品らしくないので迷ったのですが、せっかくの機会なのでやっちまいました。
どうでもいいけど「シロガネ」という四文字、今回だけでいくつ書いたかな・・・もう見たくもねぇよ・・・
269:最強無敵ロボ・ネクソンクロガネ6 ◆46YdzwwxxU
09/06/26 15:22:52 o2sxwX8Q
あ、ペットボトルの容量がおかしいですね・・・orz
500くらいか・・・
270:パラベラム! の人 ◆1m8GVnU0JM
09/06/26 17:48:11 FvqXMZf/
>>268
熱い! いつにも増して熱い! 火傷するくらい熱い!
それにしてもシロガネ四天王が合体してネクソンシロガネになるとは……不覚にも「おお!」と感嘆の声を上げてしまいました
次回からロボヶ丘世紀末救世主伝説の始まりですね! 楽しみにしております!
「汚物は消毒だー!!」
271:創る名無しに見る名無し
09/06/26 17:59:02 a6oF8Hdf
>>268
乙です
よもやロボスレ初(ですよね?)の合体ロボが敵側とは。にしてもやっぱり合体ロボは強いなぁ……
続きを楽しみにしてます
272:パラベラム! の人 ◆1m8GVnU0JM
09/06/26 22:35:01 FvqXMZf/
>>271
志村ー、ゼノライファー
273:>>256 第一話『霧』
09/06/27 00:38:03 eF6tEF/d
――『それ』は、霧の中から現れた。
数センチ先すらも見えない濃霧の中、先日の“一件”の事後調査のために派遣されたZILCH(ジルチ)の一個機動小隊。
最新鋭機L11“Imitated(イミテイテッド)”8機で構成されたその部隊は、たとえその半数が本来の戦闘用ユニットではなく、“残骸”などを運ぶためのカーゴユニットを装備していたとしても、十二分な戦力を誇るものであった。
そう、間違っても、生身の人間になど負けることなどあるはずも無い。
そのはずだった――
最初の異変、コックピット内ディスプレイに映る複合式レーダーの探索域、そこに一瞬だけ映った大型の機影にZILCHのパイロットたちが気付いたのは、ほぼ同時だった。
「…っ!機影確認、各員―」
一瞬の動揺の後、隊長機のパイロットがとっさに各機へ通信を繋ぐ。
しかし、それが終わるよりも早く、ギュリッ…!っという歪な金属音が外部スピーカーを通じ、全ての機体のコックピット内に響いた。
「……………。」
一瞬の沈黙。
ゴゥンッ…!
二度目の金属音が鈍く響き、その沈黙を破る時、小隊の先頭を行くイミテイテッドの頭部が、地を転がった。
首を失いながら立ち尽くす躰。
その切り口から、数瞬遅れて、どす黒い駆動系の潤滑油が噴出す。
「なっ…!?」
繋がったままの通信から、隊員の絶句する声が流れる。
「…………。」
首をなくした機体は動かず、反応もない。今の一撃で操縦者が気でも失ったのだろうか。
「…なんだ、今のは…いや、それよりも…」
隊長機のパイロットは眉をひそめた。
映っていない。
レーダーに、何も表示されない。
“敵”は確かにそこにいるはずだ、この白い闇のどこかに。
「…戦闘ユニットは配置につけ、カーゴユニットはコンテナをパージ、装備Bで索敵を最大にしろ」
状況の把握を続けながら、隊長機のパイロットは隊員達に指示を出した。
274:>>256
09/06/27 00:43:04 eF6tEF/d
え~…とりあえず、本当に頭の頭だけですが;
ちなみに小説書くのは初めてなのでお手柔らかにお願いします…
>>257
ありがとうございます。ゆっくりやってみました。ゆっくり過ぎますがw
>>258
絵はイメージを纏めるのに便利なので落書き程度に走り描きで
小説を書いてて矛盾が出てくると怖いので…
275:創る名無しに見る名無し
09/06/27 01:03:05 BYamPffp
>>274
うん、さすがに情報不足過ぎて何とも言えない
とりあえず続きに期待。後ネタバレにならない程度に設定もプリーズ
276:>>256
09/06/27 01:32:01 VfK36UZZ
>>275
やっぱり短すぎますか、でも今日は流石に眠いのでここまででご勘弁を…
明日から本格的に投下できればと
設定も現在未定の箇所が多いので、明日の休日を使って纏めて行きます
一応世界観だけ行っておくと、パラレルワールドですが、ほぼ実際の世界と同じです。国などもほぼそのままですが、所々地名が違ったり架空の街が出てきたりはします。時代としては現在から10年程度未来、という感じです。
まぁいずれにせよ明日以降という感じです;
277:創る名無しに見る名無し
09/06/27 01:47:01 9Avg2Nof
>>274
現在までの書き込みで感想を述べるとすれば、
「生身の人間に負けるはずはない」という、
機動小隊が生身の人間との接触を予期しており、かつ兵器との接触は予期していなかったであろうことを示唆する文があったのに対し、
実際には何らかの機体が現れた点が気になるなあと。
引きとして効果を発揮してると思う。
>矛盾が出るのが怖いので絵を描く
わかる。俺も某スレで出したオリジナルメカで、一応機構のレイアウト考えたし(絵には起こさなかったけど)。
278:創る名無しに見る名無し
09/06/27 03:21:09 /AJMSJLo
むしろタイトルの方が知りたい
279:パラベラム! の人 ◆1m8GVnU0JM
09/06/27 09:41:29 z/+6sUdJ
>>274
生身で人型巨大兵器を破壊……もしや通りすがりのガンダムファイター!?
という冗談は置いといて。
いやぁ、自分が初めてパラベラムを投稿した時を思い出しました。自分も短すぎると突っ込まれたものですw
という思い出話も置いといて。
人間のサイズで兵器を破壊できる(それも一撃で)というのはかなり厄介ですね。
小隊は全滅してしまうのか、それともこのピンチを切り抜けるのか……続きが気になるところです。
絵は自分もよく描きますよ……上手いか下手かは別として、ですが;
280:ゼノライファーの中の人 ◆.dMD1axI32
09/06/27 10:23:41 Asdskexy
どうも、ご無沙汰です
ようやっと続きがキリの良いところまで書けたので投下させてもらいます
281:電光石火ゼノライファー ◆.dMD1axI32
09/06/27 10:24:41 Asdskexy
三体の球体人形へ向けて飛翔するライファーのコクピット内で、頼斗と希美は短いやりとりを交わす。
「武器はサイファーの時と変わってないよな?」
「はい。サポートユニットとの合体機構はサイファーより簡略化されていますが、それ以外は基本的に変化ありません」
それを聞いて、頼斗がニヤリと笑う。
「おーし、だったらあの団子三兄弟に先制攻撃で一発ぶちかましてやるか!」
頼斗は右腕を向かってくる人形へ向け、左手でそれを支える。
トレースシステムで動くライファーも、それに倣って右手を人形に向けた。
「食らえ、アームバスター!」
そして何か武器を使おうとしたのかそう叫ぶ頼斗。しかし、機体には何の変化も起きない。
「……あれ? アームバスター!!」
もう一度叫ぶ。当然何も発射されない。
今度は何も出ない右手をプラプラと振る頼斗。ライファーもそれを忠実にトレースするが、無論手には何の変化も起きはしなかった。
「……希美、音声入力システムは採用されなかったのか?」
訝しげに尋ねる頼斗。
彼の言うように本来人体には存在していない内部火器を使用する場合、サイファーは音声入力を行っていたのだ。
「えっと、音声入力は採用されてるよ。頼斗君が名前を間違えてるだけ。腕の武器はアームバスターじゃなくてアームブラスター」
彼の問いに、希美は申し訳なさげに答えた。
「だったらすぐに教えてくれ。俺が馬鹿みたいじゃないか」
脱力する頼斗。と、
「敵からビーム攻撃が発射されました! 直撃コースです!」
「へっ……何ぃ!?」
頼斗は咄嗟に回避運動をとるが、間に合わずにビームが左肩に命中した。
衝撃でコクピット内が小さく揺れる。それと同時に、頼斗の左肩に軽く痛みが走った。
ロボットとパイロットの神経をリンクさせ全く同じ動きを取らせることのできるトレースシステムではあるが、このように機体の受けたダメージをパイロットにフィードバックしてしまうという弊害も併せ持っていた。
「くそっ、被害状況は?」
「衝撃はありましたが損傷は軽微です。あの程度の威力なら同じ箇所に七、八発当たらなければどうと言うことはありません」
「よし、じゃあさっさとお返ししてやるか!」
三体の黒い人形から連続で放たれるビームを回避しながら、頼斗は再び右腕を敵の一体に向けて構える。
「アームブラスター!」
すると今度こそライファーの腕に変化が起き、神経リンクのカットされた右拳が腕の中に収納される。
そして銃口となった右腕から一条のビームが人形に向けて放たれた。
ビームの直撃に耐えきれず、黒い人形の腹部に大きな穴が空く。と同時に、人形は炎に包まれ爆散した。
「よし、このまま残りも片づけるぞ!」
「はい!」
頼斗は次の敵に狙いを定めた。
282:電光石火ゼノライファー ◆.dMD1axI32
09/06/27 10:27:00 Asdskexy
時を同じくして、春風荘。
避難を指示するアナウンスなどどこ吹く風といった様子で、善司は部屋の窓から空を眺めていた。
目をこらせば、遠くに戦っているライファーと謎の敵の姿が確認できる。
「……」
無言でその一点を見つめ続ける善司。と、不意にドアの方から「善司……」と声をかけられた。
「どうした、蘭?」
窓から目を離し、善司は部屋のドアの方を向く。そこには、携帯を握りしめた蘭の姿があった。
「頼斗が携帯に出ないの……」
そう告げる彼女の声は震えていた。よく見れば携帯を握る手もまた震えている。
五年前にアンノウンによって家族を失った彼女にとって、この状況で不安に駆られるのも無理はない。
「……私、頼斗を探してくる!」
普段の明るい彼女からは想像も付かないような声音で彼女は叫び、玄関に向かって駆け出そうとする。
が、善司が彼女の腕を掴んでそれを引き留めた。
「待て、この状況で探しに出てもまず見つからない。それどころかお前だって危険だ」
「何でそんなに落ち着いてるの!? 頼斗が心配じゃないの!?」
激しい剣幕で善司を睨みつけ蘭は必死になって腕を振り払おうとするが、予想以上の力で腕を掴まれておりそれも叶わない。
「俺だって心配はしている。だが幸い戦闘は上空で行われているし、命に関わる危険にはそう見舞われないはずだ。
それにこの状況では携帯に出ないのもそれ程不思議な話ではない。戦闘が終わってからもう一度電話をかけてみて、探すのはそれからでも遅くはないはずだ」
努めて冷静に、そして真剣に語る善司の言葉を受けて、やがて蘭は小さく頷いた。
「……わかった。ごめん、大声上げちゃって」
「いや……」
善司は蘭の腕から手を離し視線を再び窓の外、戦闘が行われている場所に向けて口を開いた。
「心配するな。あいつなら大丈夫なはずだ」
「アームブラスター、発射!」
ライファーのアームブラスターが二体目に向けて放たれる。
だが、敵は完全に胴体部を捉えた筈の一撃を体をいくつもの球体に分裂させることで回避した。
「野郎、分裂しやがった」
「伊達や酔狂で体を球体で構成しているわけではないということですね。敵球体群、エネルギー反応増大。こちらに対してビーム攻撃を仕掛けてくるつもりのようです」
希美の言ったとおり、分裂した球体一つ一つがそれぞれライファーに向けてビームを放ってきた。
「ちっ、一つ一つ潰してる余裕はないか……」
アームブラスターで一体ずつ落とすのはリスクが大きいと判断し、頼斗は別の武装を使用することにした。
「ラピッドフィンガーショット!」
頼斗のかけ声と共に、収納されていた右拳が再び姿を現す。
そして両手の指先に内蔵された機関砲が球体群に向かって火を噴いた。
威力はアームブラスターに比べて数段劣るものの、広範囲の敵に対応するには有効な武装である。
無数に降りかかる銃弾の嵐を受け、球体群が一つ、また一つと撃墜されていく。
と、希美がライファーに向かって急接近するエネルギー反応を感知した。
「左から攻撃が来ます! 回避して下さい!」
「何っ!?」
ライファーが攻撃を中止して回避運動を取る。直後、先程までライファーのいた地点を高出力のビームが通過していく。
ビームの放たれた方に目を向けるライファー。そこには、今までのものよりも二回り程巨大な黒い球体人形が存在していた。
「新手か!」
「妙ですね。データでは飛来した物体に大きさの差異はなかったはずなのに……」
希美のその疑問の答えは、目の前で敵が身をもって解答してくれた。
今まで戦っていた球体の残り、そして残るもう一体の人形が分裂し新たに現れた大型の人形に結合したからだ。
「一体一体じゃ勝てないから合体か。どこも考えることは同じなんだな」
「解析の結果、あの敵を構成している球体は今までのものの約八倍と測定されました。恐らく地上に降りた機体の全てが結合していると推測されます」
「つまりアレを片づければ万事解決ってわけか。丁度良い」
頼斗は右腕を敵に向ける。
283:電光石火ゼノライファー ◆.dMD1axI32
09/06/27 10:28:36 Asdskexy
「アームブラスター!」
ライファーの右腕からビームが放たれ、人形の左肩に直撃して爆発が起きる。
だが、人形に動じる様子は全くない。それどころか地面に転がっていた球体の残骸が再び左肩に集結し、破損部が即座に復元されてしまう。
「効いてないのか!」
「確かに相手の肩部は破損していました。敵の構造から考えて、心臓部を破壊しない限り球体を再結合して破損部を復元できるのだと思われます」
希美がコンソールを操作しながら口を紡ぐ。
「よし、なら俺がもう一回攻撃するからエネルギーの流を調べて心臓部の位置を特定してくれ」
「了解です」
再びアームバスターを発射するライファー。それに対して、敵は頭部の球体から放つビームで対抗してきた。
ライファーと大型人形の丁度中間辺りの空間で二つのビームが直撃する。同時に辺り一面がまばゆい光に包まれた。
「野郎、味な真似してくれるじゃねえか」
左手で光を遮断しながら、頼斗は悪態をつく。
「合体した分、ビームに使用できるエネルギーが増えたのでしょうね。出力はアームブラスターとほぼ互角でした」
「そりゃ、やっかいだな……」
と、ライファーのセンサーがエネルギーの反応をキャッチした。
「攻撃、来ます!」
希美の言葉を受けて頼斗はすぐにその場から離れた。それと同時に、ビームが今までライファーのいた場所に向けて放たれる。
「にゃろっ!」
すかさずそこにアームブラスターによる攻撃を加える。狙いは頭部の球体、ここを潰せば復元するまでビーム攻撃は行えないだろうと考えたからだ。
そして狙い通り頭部に命中、爆発が起きる。
「よっしゃ! これで少しの間攻撃は出来ないだろ」
一気に大型人形との距離を詰めようとする頼斗。
それを希美の叫び声が阻んだ。
「敵の両腕にエネルギー反応!」
「っ!?」
直後、人形の両腕から放たれたビームを紙一重でかわす。
「危ねぇ……そういやついさっきまで分離してビーム撃ってたんだよなあいつ」
額の汗を拭う頼斗。そんな動きまでライファーは忠実に再現する。
「敵機、頭部の復元を終えました」
「心臓部は?」
「ビーム攻撃の際のエネルギーの流れと合わせてほぼ特定できました。やはりと言っては何ですが、胴体の中央部です」
「よし、だったら隙を突いてアームブラスターを叩き込んでやるぜ」
頼斗の言葉に希美が首を横に振る。
「無駄です。アームブラスターの火力では心臓部まで攻撃は届きません」
「だったら……」
「はい、ブラストナックルファイヤーです」
284:電光石火ゼノライファー ◆.dMD1axI32
09/06/27 10:29:25 Asdskexy
ブラストナックルファイヤー。それはエネルギーを炎の塊にに変換し敵にぶつけるという、サイファーの武装中最大の火力を誇った武装である。
頼斗はその必殺武器を使用するべく、右腕を腰に据えた。
「ナックル、エネルギーチャージ!」
音声入力を受け、腰に据えられたライファーの右腕にエネルギーが収束し始める。
無論そんな隙を見逃すはずもなく、大型人形がライファーに向かってビームを放ってきた。
それに対して、ライファーは左腕を正面に突き出す。
「サークルプロテクション!」
瞬間、ライファーの左腕から円形の防御フィールドが出現、ライファーの正面を覆うように展開された。
そしてビームがサークルプロテクションに接触し、頼斗の左腕に衝撃が直に伝わってくる。
「グッ……エネルギー充填率は!?」
「97……98……99……行けます!」
その言葉を受け、敵の攻撃が止むと同時に頼斗は機体を急上昇させる。
そして人形を見下ろせる位置で静止すると、右腕を天に向かって突き上げた。
「右腕アーマー、展開!」
頼斗の言葉を受け、突き上げられたライファーの右腕装甲の一部がスライド展開する。そして、スライドした装甲の隙間から炎が吹き出す……と頼斗と希美は疑いもなく思っていた。
だが、装甲の隙間からは炎など微塵も噴き出さず、その代わりに溢れんばかりの電流が流れ出始めた。
「なっ……!?」
「何ですか……これは……」
予想外の事態に戸惑う二人。機体の故障かとも思ったが、右腕のリンクは正常に行われている上、頼斗の右腕は特に痛みも感じていない。
と、突然モニターに『BLAST KNUCKLE SPARK』の文字が浮かぶ。
「ブラストナックルスパーク? こんな武装、取り付けた記憶は……?」
戸惑う希美を余所に頼斗は天に突き上げられ、電撃を纏ったライファーの右腕を一度見て、アバウトに結論を出した。
「ま、どの道炎だろうが電撃だろうが結局ぶちかますことには変わりないか。行くぜぇぇぇっ、ブラストナックル、スパァァァァァクッ!!」
頼斗は天を向いていた拳を人形に向けて突き出す。
同時に、ライファーの右腕から凄まじい勢いの電撃が放たれた。
自らに向けて放たれたブラストナックルスパークに、大型人形は頭部と両腕からビームを放って対抗しようとする。だが、その攻撃は電撃の奔流に触れた途端、あっさりと飲み込まれ消え失せてしまう。
そして電撃の矢は見事に人形の胴体を捉え、一瞬にして人形の腹に大きな風穴が形成された。
一瞬の静寂の後、人形は大爆発を起こし、黒煙が周囲に広がっていく。
「やったのか?」
間違いなく倒したのだと確認するまで気を抜かず、頼斗は身構えながらそう尋ねる。
「敵機の反応、完全に消失しました。撃破したと考えて間違いないです」
希美がはっきりとそう言いきった所で、頼斗はようやく肩の力を抜いた。
「ふぅ、どうにかこうにか片づいたな」
「お疲れ様でした」
「ああ……」
短くそれだけ言葉を交わすと、二人とも何を話すべきか分からず顔を見合わせたまま黙り込んでしまう。
コクピット内に微妙に気まずい空気が流れ始め、そんな空気に耐えられなくなった頼斗がとりあえず口を開いた。
「……そういやさっきの電撃の事、お前も知らなかったんだよな?」
「えっ? はい、これっぽっちも知りませんでした。……よくよく考えてみれば開発仲間の私に内緒で変な武装を追加しているなんて、ちょっと許せませんよね」
フフフフフと、とても良い笑顔を浮かべる希美。それは彼女を知っているものが見たらすぐさま全速力で逃げ出すだろうと思わせる程の、とっても良い笑顔だった。
頼斗は心の中で顔も知らないメカニックの皆さんに合掌を送る。
何となく頼斗の考えていることが分かったのか、希美は小さく微笑んだ。
が、すぐに人形が爆発した地点に目を移し、今度は険しい顔で何事かを考え始める。
(それにしても、思っていた以上に簡単に勝つことが出来た。人工物であるのは確実として、送り主が私たちの戦力を見誤っていたんでしょうか? それとも試されていた? こちらの戦力を……)
285:電光石火ゼノライファー ◆.dMD1axI32
09/06/27 10:30:19 Asdskexy
戦闘の終了と同時刻、戦闘の起きた場所から遠く離れたとある町。そこに、黒人形との戦闘を終え空中に佇むライファーに向けて拍手を送る壮年の男がいた。
黒い紳士服で身を包んだその男は、常人では決して見ることができない筈の距離から今の戦闘を余すところなく観察していたのだ。
男の不可思議な点はそれだけではない。彼は建設中のビルの天辺に、まるで蝙蝠のように逆向きに立っているのである。
「ブラボー、流石に殲滅プログラムの第一段階を退けただけのことはある。中々良い戦闘兵器じゃないか」
男は懐からシガレットケースを取り出し、煙草のようなものを一本口にくわえる。
そして左手の人差し指からまるでライターのように火を灯し、煙草に火をつけた。
「……でも、残念だったね。僕が来てしまった以上君たちには滅亡という未来しか残されていないんだ」
男はスーツの襟元を正す。と、それまで磁石のように鉄骨に吸い付いていた足が唐突に離れ、男は重力に従って地面に落下を始めた。
だが、地面に激突する寸前に男は足を下に向け、何事もなかったかのように地面に着地する。
これまた不可思議なことに、周囲の人間で男の今の行動に気が付いた者は誰一人として存在しなかった。
「さてと、仕事の前に少し町を歩いてみようかな。何か僕の琴線に触れるものが有るかも知れないし」
男は小さく微笑み、人混みに紛れて消えていった。
『電光石火ゼノライファー』――To be continued
286:ゼノライファーの中の人 ◆.dMD1axI32
09/06/27 10:35:49 Asdskexy
今回は以上です。
戦闘シーンって難しい……
もうすぐゼノライファーには合体出来そうです
スパロボ企画の方ですが本編の方でゼノライファーを出せるまでは参戦は控えさせて貰います
287:創る名無しに見る名無し
09/06/27 10:52:09 /AJMSJLo
待った待った!
>>274の「生身の人間」と「大型の機影」ってどっちがどう話に関わってるのか俺には判断つかないぞ
これだけなら何かの伏線かミスにしか見えない
>>286
おお内蔵兵器がいっぱいだー!
けっこうな激戦っぽいのに「結構簡単」なのは合体を残しているからか
そして一人称が「僕」の壮年男性ってなんか素敵・・・!
来たついでに>>4も修正してくれると嬉しいんだけど
288:創る名無しに見る名無し
09/06/27 11:17:07 /AJMSJLo
ちょ、今気づいたのだがwikiがちょっと更新されている!
超乙です!
289:パラベラム! の人 ◆1m8GVnU0JM
09/06/27 11:31:44 z/+6sUdJ
>>286
お久しぶりですw
ひゃっほう! バリバリスーパーロボットしてるぜぇ!!
ライファーでこれなら、ゼノライファーは一体……。
さて、自分もそろそろ----今日明日には投下できそうです。上手くいけば、ですが。
290:tueun ◆n41r8f8dTs
09/06/27 13:59:26 NW6aaBLd
まさか規制に巻き込まれるとは……orz一応話は出来ているので、規制が解け次第投下できると思います
>>256
オォウクロガネ…
これから田所はどうするのか、ロボヶ丘市はどうなってしまうのか、wktkしますな
>>273
初投稿乙です
確かに情報がまだ少ないですね。それだけに先の展開を早く知りたい所。
続きを待っています
>>286
おぉ、お久しぶりです!
相変わらずの熱い展開で良いっすなー。最後に出てきた男の正体は如何に
こう良い作品が投下されると、早く書きたい衝動がw規制恨むで
291:創る名無しに見る名無し
09/06/28 03:37:21 gaQr2snb
おのれ規制
292:最強無敵ロボ・ネクソンクロガネ作者 ◆46YdzwwxxU
09/06/28 06:03:20 gaQr2snb
失礼します
当方、無法地帯となったロボヶ丘市で悪行の限りを尽くすロボット犯罪者の設定(特にロボットの名称)を募集中・・・
雑魚メカなので活躍は約束できませんが、第6話(後半)、最終章に掛けて複数採用します。
あなたも自慢のロボットで、腐りきったロボヶ丘を鮮やかに駆け抜けてみませんか?
規定/
機体名のみ必須。大雑把な外見やスペック、パイロット設定もあれば助かりますが、それは自由ということで。
いずれもワルサシンジケートの製品ということで、「ドルンドメオン」のような完全造語のネーミングだけ避けていただければ、あとは自由です。
犯罪者が個人的に愛称をつけていたりするのもありです。
(事情によって設定を多少いじったり、部分的に採用したりといったこともあるかもしれませんが、ご容赦ください)
期限/
未定。また報告いたします。だいたい1週間くらいになるものと思います。
ご応募お待ちしております!
293: ◆gD1i1Jw3kk
09/06/28 14:50:42 NTkQosxW
ショードクダー。
火炎放射器を装備した、頭がモヒカン形状の雑魚ロボット。
火炎放射器をあっさり奪われて火炎放射でやられるとディモールトベネ。
「汚物は消毒だ~!!」
294:tueun ◆n41r8f8dTs
09/06/28 21:38:29 Pcy+/bMn
規制中ではありますが、完成した作品をこのままにしておくはどうもムズムズするので投下します
かなり長いので前編と後編で分けて投下します。
デスク上の受話器を置き、シュワルツは椅子に腰を下ろした。両手を組み、思考に耽る。
正直驚いていた。ライトが死んだ事にではない。所詮雇った用心棒の命など取るに足らない物。
シュワルツが驚いているのは、黒騎士達が全滅したという事実にだ。村人達に、黒騎士に対して抗える手段は持っていない。
持っていない……筈だ。黒騎士の防御力は伊達ではない。粗悪な短機関銃程度では傷など付く訳が無い。
だがレフトの報告によると、黒騎士達は例の「自動人形」によって、原形を残さないほど破壊されたらしい。
そうだ……「自動人形」だ。レフトは興奮した口調でそう言った。黒騎士達が、「自動人形」によって完膚無きほどの叩きのめされたと。
正直信じられない。黒騎士を圧倒する程の実力のある「自動人形」がこの村に居るなんて。それもレフトによると軍の紋章も無かったようだ。
つまり、その「自動人形」は少なくとも、我々の味方では無いという事だ。そして、恐るべき敵であるという事。
当り前の事実だが、今のシュワルツには不愉快極まりない。
まさか村人達が「自動人形」を発掘したのだろうか。いや、それなら村を徘徊している黒騎士が事前に察知し、知らせてくるはずだ。
と、シュワルツの思考を断ち切る様にもう一度受話器が鳴った。シュワルツは舌を打って、受話器を取った。どうやら外部からの様だ。
295:tueun ◆n41r8f8dTs
09/06/28 21:39:10 Pcy+/bMn
「私です。計画の進行はいかがですかな、ミスターシュワルツ」
「特に不調は無い。だが聞きたい事がある」
「何です? 私で良ければお答えしますよ。無論答えられる範 疇でね」
「ダルナスの起動を早めたい。村人達は既に立ち去ったと思うのでね。まぁ……立ち去ろうが残ろうが構わないのだが」
「ん? あぁ、構いませんよ。ただ、絶対に傷を付けないでくださいね。もしもの場合……御存知かと思いますが」
「分かっている。事が済み次第連絡する。切るぞ」
「それではより良い返事を期待しております。世界に美しき花を……」
「下衆が……」
シュワルツは受話器を叩きつける様に戻し、手を組みなおした。しばし熟考すると、ゆっくりと顔を上げた。眼鏡の奥の目が鈍く不気味に光る。
受話器に手を伸ばし、ボタンを押す。
「レフト、お前に任務を課す。好きなだけ黒騎士を使っても構わん。その自動人形とやらを捕らえてこい。
どんな手を、使ってでもな」
296:tueun ◆n41r8f8dTs
09/06/28 21:40:14 Pcy+/bMn
<6,反旗(前篇)>
この空気は一言でいえば、悲痛だ。大声を上げて泣く者、声を潜めすすり泣く者、ただただ呆然とする者etc。皆に共通しているのは一つ。
例え微力だったとしても、村人達の心の支えとなっていた村長、ロッファが無残な死体となって帰ってきた事に対して、各々が感情を爆発させているのだ。
昨日、トニーがシュワルツ達と一悶着を起こした酒場に、村人達が集まっていた。召集を掛けたのは怪我を負い、頭に包帯を巻いたギーシュだ。
ギーシュが呼んだ村人達の中には、家族を持つ者や、妻帯者もいる。皆、ギーシュからの連絡に戸惑った。こんな夜に全員酒場に集まれとは何事かと。
ギーシュは伝えた。ロッファが殺されたと。証拠はという者には、丁重に包んだロッファの遺体を見せて。
そして、村人達の中にはトニーもいる。未だに泣きやまぬクレフと、事態を察し気を落としたメルティを連れて。ショウイチはというと。
「……僕は行かない方がいいですよね」
落ち着いたクレフから事情を聴いたトニーに、ショウイチは怪訝な表情でそう聞いた。トニーは悩んだ。
もしもショウイチを連れていけば、恐らく槍玉に上げられる事だろう。部外者を村の事情に巻き込むなと。
しかしそれ以上に危惧すべき事がある。それはだ。
ショウイチはタウエルンという名の自動人形を連れている事だ。これがトニーの頭を悩ましている理由である。
トニー自身は完全に払拭してはいないものの、タウエルン、および自動人形に嫌悪感を抱く事は少なくなった。だが、今の村人達はどうだ。
ロッファを殺された事によって、自動人形に対していつも以上に憎悪を滾らせている筈だ。もしもショウイチが自動人形を所持してると知ったら……。
297:tueun ◆n41r8f8dTs
09/06/28 21:41:39 Pcy+/bMn
「……すまないね、ショウイチ君。多分すぐ戻るから、自由にくつろいでてくれ」
トニーはショウイチにそう伝え、起床したメルティとクレフを連れて、酒場へと向かった。ショウイチはひらひらと手を振って見送った。
ドアが閉まり、ショウイチは一呼吸置くと、踵を返して窓の方へと近づいた。
「どう思う、タウ。想像以上に根が深そうだぞ」
何処からともなく、人型状態のタウエルンが空中で一回転して地上に降りた。戦闘時に見せたバッファローモードは解除されている。
「どうするもこうするも……一番悪い奴を倒すんだろう。ショウイチが何時もやってる事じゃないか」
呆れたような口調でそう言うタウエルンに、ショウイチはワザとらしくため息を吐いた。
「そうじゃないよ。その一番悪い奴がトンデモないド外道でな。村の人達の神経をこれ以上無いほど逆撫でしたみたいなんだ。
おそらく……黒騎士、いや、自動人形をこれ以上無いほどに憎んでると思う。つまりだ、皆まで言わなくても分かるよな。
俺だって早く行動したいのは山々なんだけどな、もし下手に動いてトニーさんやメルティさんが責められでもしたら、やり切れないだろ?」
「……ごめん、無神経だった。確かに僕達を迎え入れてくれたトニーさん達に迷惑は掛けられないね……」
しょんぼりとヘッドパーツを項垂れるタウエルンに、ショウイチは髪を掻きあげるとニコッと笑った。
「お前は優しいな、タウ。しかし困った。いつもみたいに俺達だけなら直に終わるだがなぁ」
その時だ。タウエルンが突如、素早い動きで空に体を向けた。ショウイチがその動きに合わせるように、目線を空に向ける。
「ショウイチ……」
「タウ、俺に考えがある。上手くいけば村人達と協力できるかもしれない。その前に」