09/04/20 22:57:58 ipMVBbxl
今見直して気付いたが、あらすじって書いてなかったから導入部投下
たゆたう水面に意味はないように。
たゆたう人生にも意味はないと思っていた。
あの町には猫が多い。この町の猫は喋る。そして随分と親切だ。
仕事柄、土地を転々とするわたしがとある顧客から聞いた話だが、噂話の噂ほど信憑性の低い話はない。胡麻スリもかねて大げさなリアクションでその話を聞いたのがちょうど三ヶ月前。
わたしは今、仕事を辞め、その町に来ている。
1.
坂と緑の多い静かな住宅地、二駅先の巨大ショッピングモール、丘の上にの図書館と、見えるが到達出来そうにない、森の中の洋館。
この町そのものが物語の舞台のような町だと感じたわたしは、一も二もなくこの土地に住むことを決めた。
わたしは小説が書きたかった。小さい頃に読んだ絵本、児童小説。成長するにつれて様々な物を読んだ。純文学、古典、海外文学、ライトノベル。今でも日に三冊は読まないと何だか収まりが悪く感じる。要するに書痴なのだと自覚している。
そんな書痴が高じて自分で物語を創ってみたくなるなんてのはざらにある話。行動が伴うかどうかが、いわゆる『一線』と云うやつだろうと何となく感じている。わたしは、その『一線』に足をかけるところまでは来ている。
いくつかの作品で出版社に応募し、一応の担当も付いている。ここまで来て後退も後悔もしたくなかった。
引越しの当日まで、わたしは何度もこの町に訪れて猫を探してみた。しかし、猫どころか動物の姿がまったく見受けられない。鳥の鳴き声はあるが、頭上にはおらず。遠くで犬が吠え立てるが、その犬は見つからない。
夕暮れ時、格好の犬の散歩時間でも行き交うのはウォーキングのオバサマ方しか見つけることが出来ない。たまたまそんな状況に出くわしただけなのかもしれないが、わたしにはその理由の察しはついていた。わたしがこの町の人間ではないからだ。
このことに気づいた後は引越しがとても楽しみで、まるで遠足前夜の男の子の様に、夜の寝つきが悪くなった。
そうやって引っ越してきて、今日でちょうど二週間。わたし町になじもうと、夕暮時に夕食の買いものや公園で煙草などと特に当てのない時間を歩いて過ごしたある日のことである。
わたしはいつもと同じように夕暮れ時の町を散歩し、そろそろ帰ろうかと思い、ぐるりとあたりを見渡す。
しまった、あまり慣れない町を気の向くままに歩いていたせいで現在位置がさっぱり分からなくなってしまった。
キーホルダー型のコンパスは軽い方向音痴のわたしには必需品であったが、新居がどの方角にあるのかは現在位置が分からないと分かりようがない。しばらくここはどこかを探っていたがサッパリ目印がない。
また道に迷ってしまった自己嫌悪と馴染み始めたと自負していた上での迷子と云う事実がわたしの疲労を倍加させた。電柱に寄りかかり項垂れると、ぐうと喉の奥がなった。
「どうかしました?」
不意に頭上から声が降りてきた。背中側の家の住人が声をかけてくれたのだ。
「いや、道に迷ってしまって」
わたしは少々の気恥ずかしさから、頭を掻きながらゆっくりと振り返り、家を見上げた。が、二階建ての民家の窓には誰かがいるようには見えなかった。
「あれ?誰もいない」
「ここにいますよ」
目線の先からもう少し下から、位置で言うとちょうど塀の高さから声がした。顔は見上げたまま、目線だけを下にゆっくりと降ろしていくと、そこには灰色の若い猫の顔だけがあった。