09/09/19 03:00:48 OeBXiDg9
『ファイアーエムブレム トラキア776』の二次創作(?)を投下します
SS修行中なので、ファンの方々の期待には添えないかもしれません
基本は原作に忠実に、キャラのイメージを壊さないよう書いていく所存です
原作を知らない方にも楽しんでいただけるよう、設定描写をがんばります
もっと言えば描写の練習です、シチュエーションを主に書いていくと思います
だからオチが無いかもしれません、正直言って需要も無いと思います
もしも気が向いて、感想や批評をいただけたならば、この上ない幸せです
では、↓より開始です
39:トラキアのキャラ使って社会人SS【1】
09/09/19 03:07:35 OeBXiDg9
営業用の車を駐車場に停め、エンジンを止めて外に出る。
秋の気配を含む風が、彼の黒髪を揺らす。
日の落ちるのも早くなってきた。
駐車場は、彼のネクタイと同じオレンジ色に染まっている。
今日は2件の契約を取ってきた。
彼にしてみれば、かなりの上出来と言える。
ブライトンは、車の施錠を確かめてから、ブリーフケースを持ち換えて社屋ヘ向かった。
マギ・トレーディングスは、比較的無名の小さな商社である。
主に輸入雑貨を扱っており、創業は18年前。この業界では、比較的新参の部類に属する。
ブライトンは、5年前からこの職場で働いている。
口下手な彼が、営業を希望したことに、彼を昔から知る友人たちは、驚いたものだった。
実際、彼の営業成績は芳しいものではない。
しかし、持ち前の生真面目さと確かな知識で、顧客をしっかりと掴んでいた。
「あ、おかえり。どうだった?」
自動ドアが開いた瞬間、声をかけられた。
書類の束を抱えたマチュアが、彼を見て微笑んでいる。
「2件、取った」
彼は言葉少なに答える。
「へえ! すごいじゃない!」
嬉しそうに笑う。
マチュアは、ブライトンとは同期だ。彼女は秘書課勤務である。
ブライトンは中途採用だったが、マチュアは新卒での採用だった。
テキパキと仕事をこなす彼女の実力が評価され、2年前から秘書課勤務になったのだった。
エレベータに乗ると、ブライトンは、マチュアの抱えている書類を、何も言わずに分け取った。
「いいよ、一人で持てるし」
マチュアは戸惑いながら、言う。
「いいよ。どうせ行き先は同じなんだから」
ブライトンは、彼女の顔を見ずに書類を持って立っている。
二人は無言で、エレベータの階表示を見上げている。
入社してすぐ、ブライトンとマチュアは同じ課に配属された。
「商品企画課」という、新設部署だった。
小さな会社なので、同期入社も少ない。
その中で、新入社員が同じ部署に二人も入るということは、ちょっとした話題だった。
折りしも、新しい業務展開を始めるときだったので、商品企画課は次々と仕事が舞い込んできた。
残業で帰宅が遅くなることなど、しょっちゅうだった。
40:トラキアのキャラ使って社会人SS【1】
09/09/19 03:15:54 OeBXiDg9
「ああ、やっと終わった。この1ヶ月、これしかやって無かった気がする」
ある企画書を、深夜までかかってまとめ上げた時のことだ。
マチュアはデスクの椅子に思いっきり仰け反り、大きな伸びをした。
時計を見ると、11時半。
当然、オフィスの電源はすべて落とされていて、ブライトンとマチュアのいるフロアの
最低限の照明しか灯っていなかった。
「やれやれ、ってところだな。こんなに頑張ったのは、大学の試験前以来だ」
ブライトンは、プリントアウトされた書類を机の上でトントンと叩いて整えながら、言う。
「優秀な大学生だった? それとも、不真面目なガクセーだった?」
向こうの椅子で、仰け反ったままマチュアが尋ねる。
「前者でないことは確かだが、後者とも言い難い。少なくとも、テスト前に死にそうな
気持ちがしたのは間違いない」
整えた書類を1部ずつクリアファイルに入れながら、答える。
「じゃあ、駄目ガクセーってことね」
マチュアは、椅子から起き上がると、ベンダーでコーヒーを淹れに行こうとした。
「ちょっと待て。ビールとウイスキーの研究は、欠かさずしていたんだぜ」
書類を整え終わったブライトンも、立ちあがって彼女を見る。
「へえ? じゃあ、研究の成果を見せてもらいましょうかね!」
コーヒーを取りやめ、マチュアは自分のカバンを持つと、
「守衛室の横で待ってる」
そういって、女子ロッカーへ向かった。
ブライトンも、急いでスーツの上着を取ると、エレベータに向かった。
∥ ∥ ∥
空になったジョッキを眺めつつ、ブライトンは昔を思い出していた。
「生ひとつ! あっ、ブライトンももう残り少ないね。すいませーん、生2つで!」
マチュアが店員を呼び、追加のビールをオーダーする。
「ちょっと、ブライトン。なにボーっとしてるの?」
目の前の皿に盛られたエビの鉄板焼きを口に放り込みつつ、マチュアが尋ねる。
「マチュア。お前、いくつになった?」
質問を、答えになっていない質問で返し、ブライトンはじっと彼女を見つめる。
「……27だけど。それが、何?」
そう言って、運ばれてきたばかりのビールを呷る。
「そうか。俺と、3つしか違わないんだったな」
ブライトンは、何とも言えない感慨を抱きつつ、何かと苦楽を共にしてきた同期を眺めた。
41:トラキアのキャラ使って社会人SS【2】
09/09/19 03:22:10 OeBXiDg9
ガラス張りのパーテーションの向こうで、書類をつぶさに見ている姿を確認し、
「失礼いたします」
と声をかける。
落ち着いた声で、相手の集中力を切らさないように。
マチュアのアルトの声は、その特性を十分に持っていた。
仕上がった書類を抱え、パーテーションの中に入る。
「今月の、成果報告です」
セティは、書類からふっと顔を上げるとマチュアを見た。
そして、情けないような、もう笑うしかないような、何とも言えない顔をした。
「ありがとう。また、報告書か……」
その表情を見て、心中お察しします、とばかりにマチュアも苦笑いする。
「紅茶、淹れましょうか」
書類の束を、デスクではなく応接用の小机に置くと、明るい声で提案した。
「うん、いただこうかな。あーあ、やっぱり現場に出たいよなぁ」
デスクの椅子で、うーん、と伸びをしながらぼやく。
セティは、25歳にしてチーフになった。
異例のスピード出世だが、それは血縁関係、いわゆるコネによるところも少なくない。
しかし彼には、それ(出世)を周囲に納得させるだけの実力が伴っていた。
マチュアは、この若きリーダーの秘書である。
落ち着いた佇まいや、ただ者ならぬ雰囲気は、セティが彼女より年下であることを忘れさせる。
「研究が、恋しいですか?」
マグカップをデスクの上にそっと置き、尋ねる。
今日もセティは白衣を着ている。
表に出たり、人と会う予定が無い日は、カジュアルな服装に白衣を羽織って仕事をするのが、
彼のスタイルだった。
秘書という職業柄、マチュアはセティの予定がすべて頭に入っている。
今日はアポイントも会合も無い。珍しく、社内会議ですら、入っていない。
「まあね。何か面白そうな文献や書物が発見されたニュースを見るたび、
なんか悔しいっていうか、取り残されたような気持ちになるよ」
紅茶に口をつけながら、独り言のように、ゆっくりと呟く。
42:創る名無しに見る名無し
09/09/19 03:27:43 OeBXiDg9
↑今日はここまでです
舞台を大きく変えているので、二次創作(?)ですが…
もう少し続けて、設定描写をしていきます
描写がんばれ、自分
43:創る名無しに見る名無し
09/09/19 03:36:05 9ghj1MRC
投下乙です!
トラキアわからんけど折角だからageちゃう!
44:トラキアのキャラ使って社会人SS【3】
09/09/19 16:02:56 S3TOcx3e
「新しい仲間を紹介する」
営業課のチーフが、朝礼で一人の男を紹介した。
「フェルグスです。本社から飛ばされて来ました。よろしくお願いします」
ブロンドの髪の青年は、飛ばされた、というところを冗談めかして言った。
笑いがおこり、和やかな雰囲気になった。
もっとも、チーフだけは苦い顔をしていたが。
「彼は本社の営業だったが、この度のエリア拡大に伴って増員派遣という形で来てもらった。
みんな、はじめは彼にいろいろ教えてやってくれ。本社に、戻りたくなくなるくらい、な」
チーフもジョークで返し、また笑いがおこった。
フェルグスは、一見、お調子者風ではあった。
しかしブライトンは、彼が実力を見込まれてここに送り込まれたのだろうと予想を付けた。
∥ ∥ ∥
二人で営業に出ることになったときのこと。
「よろしくお願いします!」
フェルグスは、人懐っこい笑顔で、挨拶する。
「こちらこそ、よろしく」
ブライトンは特に反応せず、営業車のエンジンをかけ、助手席のドアを開ける。
「ブライトンさん、オレと歳近いですね、きっと。オレ、29です」
「予想通りだな。俺は30だ。敬語はいらない」
「ありがたい。どうも、敬語って慣れないんだ」
得意先を回りながら、フェルグスを紹介し、エリアを説明する。
敬語は苦手と言うが、挨拶などは淀みない。
「本社の営業なのだから、当然か」
ブライトンは一人納得する。
「本社では、ルート販売をしていたのか」
車を走らせながら、ブライトンは尋ねる。
「いや、飛び込みばっかりさ。決められたルートを毎日廻るなんて、発展性が無くて飽きる」
窓を開け、外を眺めながらフェルグスは答える。
たしかに、初対面の相手に対する挨拶は優れていた。
相手を必要以上に警戒させず、打ち解ける。
転勤初日の挨拶も、卓越していた。
「本当に、飛ばされたのか」
ブライトンの言葉に、フェルグスはプッ、と吹き出し、
「ブライトンさん、訊きにくいことをズバッとくるね。普通は面と向かって訊かないぜ」
笑って運転席のほうを見る。
「いずれ誰かから訊かれることだろう。それから、『さん』づけもやめてくれるとありがたい」
淡々と答える。
「了解、ブライトン。飛ばされた、ってのは半分本当だよ。オレも、本社にはもう飽きてたけどな」
45:トラキアのキャラ使って社会人SS【3】
09/09/19 16:04:57 S3TOcx3e
フェルグスは、ひとつの部署や支店に、2年以上居たことが無い。
彼は、販売も契約も、飛び込んで数日で成立させる。
そして新たなエリア拡大に動く。
そうした、いわば「遊撃隊」のような役割は、気ままな彼の性格に合っていた。
そんな彼が、本社から出向社員として、子会社であるマギ・トレーディングスにやってきた。
「本社としても、オレを長く置いとくと何かと面倒だと思ったんだろう」
鴨のローストをナイフで切り分けながら、フェルグスは言った。
外回りの途中でレストランに立ち寄り、昼食をとっている時である。
「しかし、飛び込みで成績を上げた腕は評価されているようだな。エリア拡大で、腕の立つ営業を欲しがっている時だ」
ブライトンはロールパンを千切って口に入れる。
「どうかな。ま、当分は退屈しなくて済みそうだ」
そういって、窓の外を見る。
窓際の席からは、すっきり晴れた秋の空が見えた。
46:トラキアのキャラ使って社会人SS【4】
09/09/20 01:31:21 JczOuUTm
コピー機が、異音を立てているのが聞こえた。
給湯室でサボっていたフェルグスは、コピー機の一角に向かった。
「もう、どうしてこんなに白紙が出てくるのよ!」
コピー機の前で、カリンは毒づく。
入社して3年になる、営業課の事務職。
明るい性格で、職場のムードメイカー的存在である。社内男子の人気も高い。
「えらい賑やかだな。今度は何を壊したんだ?」
言いながら、フェルグスがコピー機の前にしゃがみこむ。
「壊した、って、人聞き悪いわね。『壊れた』のよ」
「へえ、モノは言いようだな」
カバーを開け、ローラーのロックを外して、見るも無残な姿になった文書を取り出す。
「あーあ、こんなにしちまって、どうすんだ?」
「わたしのせいじゃないわよ! ったく」
「どうした?」
ブライトンがコピー機の一角をのぞくと、フェルグスがこぼれたトナーで手を真っ黒にしていた。
「いや、まいったよ。紙が詰まったってんで中を開けて、ちょっと弄ったら壊れちまった。
ひどい話だぜ、まったく」
横にいたカリンが、反論する。
「あれでちょっと弄っただけ? メキメキって音がしてたわよ。まったく、むちゃくちゃなんだから」
「おいおい、そりゃ無いだろ。はじめに引っ張ってみたら、って言ったのはおまえなんだぜ」
「わたしは『挟まった用紙を』引っ張ってみたら、のつもりで言ったの! もう、どうしてくれるのよ!
おかげでわたしの仕事が進まないじゃない!」
「ま、壊れちまったものはしょうがない。あーだこーだ言うのはよそうぜ。
お、もう昼だな。飯に行ってくらぁ、じゃあな」
「もう、なんて人なの、まったく……」
カリンは呆れ果てた顔で、フェルグスが出ていった扉を眺めていた。
「あいつのおかげで、ひどい目にあっちゃった」
カリンはブライトンに愚痴る。
「ごめんなさい、そういうわけで、コピーはしばらく使えなくなりました」
ぺこりとお辞儀をして言うと、
「いや、俺は今のところコピーするものが無い。用度課に修理を頼もう」
そう言ってブライトンはコピー機の前を離れかけた。
「あ、だったらわたしが行きます! ブライトンさん、お忙しいでしょう?
あいつのお守りもあることだしね!」
最後の部分を悪戯っぽく言い、カリンはさっとオフィスを出ていった。
47:トラキアのキャラ使って社会人SS【5】
09/09/20 02:11:17 JczOuUTm
夜9時。
ちょっと残業が長引いて、ようやく退社したマチュアは、近くの花屋がまだ明るいことに気がついた。
「まだやってるのかな?」
時々寄るその花屋には、彼女の友人が働いていた。
「こんばんは」
「はーい、ごめんなさい、今日はもう……あっ!」
「久しぶりね、ラーラ」
「マチュア! 最近来ないなぁー、って思ってたんだよ」
ラーラは、かつてマギ・トレーディングスに勤めていた。マチュアとは年下の同期だったが、
あることがきっかけで辞めてしまった。その後、この花屋で働き始めた。
マチュアは、今でも彼女と時々会っていた。
「ラーラちゃん、もう上がんな」
花屋の主人の言葉で、二人は一緒に帰ることにした。
そして帰り道のレストランで、夕食を一緒にした。
「もうすぐ2年になるね……みんな元気? ブライトンは?」
「みんな相変わらず。ブライトンも営業、頑張ってるみたい。私は課が違うから、たまにしか会わないけど」
マチュアは、ラーラがマギ・トレーディングスにいた頃のことを思い出す。
∥ ∥ ∥
ラーラ、マチュアとブライトンは、3人で仕事にあたっていた。
3人とも商品企画課に属していた。
ラーラは絵が上手で、独特な色遣いが顧客に受けていた。
「ラーラ、あなたの腕だけが頼りなのよ。大丈夫ね?」
「うん、絵のほうは任せといて。だけど、ちゃんとフォローしてよね」
大きな仕事を受注できるかどうかの、プレゼンの時である。
競合する社は大手で、知名度もマギ・トレーディングスとは比べ物にならない。
「万が一の時は、先方の好きなものを描いてやるといい。お前にならできるだろう」
「気安く言わないでよ、相手が何を好きかなんて、あたしには分らないんだから」
「心配しないで。ブライトンと私がついてるわ。さあ、行きましょう!」
インパクトを高めるために、即興で絵を描いて見せる。
そのアイデアが当たり、プレゼンは大成功で無事終了した。
にもかかわらず、結局その仕事は受注できなかった。
48:創る名無しに見る名無し
09/09/20 02:19:00 JczOuUTm
↑今日はここまで
ちょっと、無理あったかな…
まぁいいか!
>>43さん、ありがとう
49:なまえ(おとこ)
09/09/21 21:57:54 /irhjIaO
●●●「戦争に行って参ります。もう株はこりごりです。」
50:トラキアのキャラ使って社会人SS【5】
09/09/22 02:26:46 JHScHa5A
それが評価に響いたのかどうかは定かではないが、マチュアは、
秘書課へ異動になった。
「これはむしろ、抜擢されたと見るべきだ」
そうブライトンは言った。
そして、ブライトンは営業課への異動を希望した。
ラーラは……プレゼンの件が直接の原因ではないが、その後ほどなくして会社を辞めた。
マチュアは、ラーラが会社を辞めた本当の理由を知っている。
∥ ∥ ∥
社屋の中に、カフェテリアがある。
社員食堂というわけではないのだが、結構利用者は多い。
昨日、マチュアから社内メールが来ていた。
―急だけど、明日の15時、3階のカフェテリアでミーティング希望。ご都合は?
そっけない文面だ。これだけでは、何が何だか分からない。
だからこそ、これが私的なメールであることが分かる。
―了解した。午後から1件アポイントがあるが、15時までには戻れるだろう。
そう返信をし、ブライトンはマチュアが何を話したがっているか、に考えを巡らせた。
∥ ∥ ∥
午後3時。
勤務時間中だが、ミーティングという名目で、マチュアはカフェテリアにいた。
窓際の席で、外を眺めながらカフェラテを口にする。
そこへブライトンがやってきた。
手には、小型のスクリーンとプロジェクタを持っている。午後のプレゼンに使用したものだ。
「どうしたんだ? 急に」
「ん、ちょっとね」
ブライトンは荷物を置くと、カウンターからブラックコーヒーを取ってきた。
「この前、ラーラに会ったの。そこの花屋でね」
「ほう」
「それでね、久しぶりに3人で飲みに行こうか、って」
「そうか」
「いつならOK?」
「そうだな……」
手帳を繰るブライトンを眺めながら、マチュアは商品企画課で出張に行った時のことを思い出していた。
51:トラキアのキャラ使って社会人SS【6】
09/09/22 02:33:51 JHScHa5A
まだ、マチュアが商品企画課にいた頃。
セティは、そのチームリーダーだった。
若い部署だから、若いリーダーが選ばれた格好だった。
彼は、大学では考古学が専攻だったが、実際には、中世ヨーロッパの家具や
装飾品の材料・材質、製造法などを研究していたという。
そんな学究肌の彼だったが、人をまとめ上げる力も優れていた。
大きなイベントがあり、新たな顧客を開拓するチャンスがやってきた。
「ブライトン、君たちはこのブースで社の展開するサービスを説明していてくれ。
私はアスベルとともに買い付けできそうな店を探してみる」
セティが、ブライトンに指示を与える。
「承知した。展示の持ち時間が終わったら、我々も合流する」
ブライトンは、腕時計をちらっと見て答えた。
「うん、では後ほど会おう。幸運を祈っているよ」
そう言ってセティは、アスベルと呼ばれた学生とともに、雑踏の中へ消えた。
アスベルに会ったのは、その時が初めてだった。
まだ学生で、セティと同じ研究室だという。
童顔、というか女の子のような顔立ちで、小柄であり、色白だった。
彼がセティについて来たのは、彼が語学に長けているから、ということだった。
52:トラキアのキャラ使って社会人SS【6】
09/09/22 02:37:56 JHScHa5A
アスベルは、セティについて市場を歩いていた。
人が多く、逸れないようにするので精一杯だった。
「セティ先輩、あのティーセットは、まだ残っているでしょうか?」
人の波に押されつつ、アスベルは尋ねる。
半年前、セティから見せてもらった写真の中に、美術品としても価値の高いティーセットがあった。
本来であれば博物館や、それなりに価値のわかる人の元にあるべきものだ。
しかし、昨今のアンティーク調度品人気に乗じて、大手輸入会社は財力・人力にものを言わせ、
それらを大量に買い潰していた。
「大手が買い漁りに来るのは、もうちょっとしてからだと思う。大丈夫だ、今ならまだ間に合う」
セティは先を歩きながら、振り向いて言った。
「良かった。僕たちが早く買い付けて、しかるべき人々のもとに届けてあげましょう」
「そうだな。だが偵察に来ている大手の海外出張組も大勢いる。油断するなよ」
「はい!」
アスベルは、元気良く返事をする。
「買い付けができたなら、アスベルはブライトンたちとともに帰国していてくれ」
人混みが途切れ、ちょっと歩を緩めると、セティは前を見ながら言った。
「それでは、先輩はどうされるのです?」
「私は……もうしばらく、ここに留まるつもりだ」
交差点で信号を待つ。
「不当に安く買い叩かれるアンティーク家具や、それを丹念に修理している職人たちを、守りたい」
遠くを見つめるセティの横顔を見ながら、アスベルは申し訳ない気持ちになった。
「すみません、いろいろ教えてもらったのに、何の役にも立てなくて……」
「そんなことは気にしなくていい。会社に入ってから、存分に働いてもらうさ」
言いながら、セティは微笑んだ。
「マギ・トレーディングス……。そうですね、次にご一緒するときは社員として!」
アスベルは、内定をもらった会社の名を口にする。
翌年、アスベルはマギ・トレーディングスに入社した。
53:創る名無しに見る名無し
09/09/22 02:49:11 JHScHa5A
↑ここまで
ここから先は書き貯めてないので、1レス単位の小出しになります
もうちょっと、ゲーム中からエピソードを拾ってきます
まだまだ書きたいモチーフにたどり着けない…
54:トラキアのキャラ使って社会人SS【7】
09/09/26 22:18:37 aywzLUy0
「そんなことできません! 今は誰も居ないんですよ?」
電話口でカリンが叫んでいる姿が見えた。
というか、オフィスに入る前から、声だけは聞こえていたのだ。
フェルグスは、社内研修から戻ってきたところだった。
「お前、もうちょっと静かに電話できないのか? 職場の皆さんにご迷惑だろうが」
研修資料をデスクに放り投げ、ペットボトルの水を飲みながら話しかける。
カリンはムッとして、
「こんな状況で、呑気にしてられるのはあんたくらいよ。もう、ホントに無神経なんだからっ!」
と言い放った。
「……? 何があったんだ?」
取引先でトラブルがあった。
すぐに先方へ駆けつけ対応する必要がある。
しかし、ブライトンはじめ営業課の外回り連中は全員出払っていて、しかも
出先から向かうには遠すぎる。
社内に残るのは、入ったばかりのフェルグスと、事務のカリンだけだった。
チーフですら、出先から連絡を寄こしたのだ。
至急、誰かを向かわせてほしいとのことだった。
「そうか。で、お前これからどうするつもりだ」
「しかたないわ。わたしが先方の取引先に行って……」
チーフへ送るメールを作成しながら、カリンは答える。
「お前がか? お前、クルマ運転できるのか?」
カリンの手が止まる。
「うっ……、じ、自信ないけど、がんばるわ!」
フェルグスは、ブロンドの髪をくしゃくしゃと掻いた。
「まいったな、来たそうそうにこれじゃ、大変だぜ。まぁいいさ、オレも付き合うよ」
「え?」
「運転手が必要だろ? 話を聞いた以上、ほっとくわけにもいかないしな」
そういって、椅子の背にかけてあった上着を掴む。
「あ、う、うん」
カリンは、取り急ぎ報告メールを送信し、慌ててフェルグスの後を追った。
~ ~ ~
「あんたって、見かけによらずいいヒトなのね」
助手席のカリンが話しかける。
「惚れたか?」
ステアリングを切りながら、フェルグスは横目でウインクする。
「ば、ばかなこと言わないでよ!」
カリンは真っ赤になって否定する。
「冗談だよ。で、次はどっちだ」
営業車が交差点に差し掛かり、信号で一時停止する。
「あ、これを左に。あとは道なりに行けば着く筈よ」
55:トラキアのキャラ使って社会人SS【8】
09/09/26 22:25:51 aywzLUy0
秋口の休日。
空はよく晴れて、澄み渡っている。
ブライトンは、花屋の店先に立っていた。
気温は、暑くもなく寒くもない。
この季節が、一番好きだ―1年前までは、そう思っていた。
店先に人影を見留め、ラーラは声をかけようとした。
見慣れた姿は、かつての同僚だ。
そして、花屋とはもっとも無縁の人でもある。
しかし、ラーラは今日が何の日か、知っていた。
「ブライトン……」
「久しぶりだな、ラーラ」
ラーラは準備してあった花束を手に取ると、奥にいる店主に声をかけた。
そしてエプロンを外し、バッグを持って再び出てきた。
ブライトンは花束を受け取ると、歩き出した。
「店は、いいのか」
「うん、今日はそんなに忙しくないし」
路面電車に乗り、郊外の村に向かう。
山の上のほうは、早くも黄色や赤に色づき始めていた。
バスに乗り換えて、目的地までたどり着いた。
二人は言葉少なに歩き、門をくぐる。
墓碑の周りを掃除して、花束を手向けた。
ブライトンは墓碑の前に跪き、祈りを捧げた。
今日は、ブライトンの母の命日である。
56:トラキアのキャラ使って社会人SS【8】
09/09/26 22:29:30 aywzLUy0
母の死に目には、会えなかった。
ちょうど海外出張中であったし、加えて現地のトラブルに巻き込まれてもいた。
やっとのことで彼が帰国した時、病床にあった母は、すでに亡くなっていた。
その時、彼の母に、最期まで付き添っていたのが、ラーラだった。
彼女は、折しも退職したばかりで、比較的時間が自由になるから、という
名目で―もちろん、もと同僚のよしみもあり―見舞いに行ってくれていた。
ブライトンの母は慈愛に満ちた性格で、花を何よりも愛していた。
ラーラは、彼の母に教わりながら、毎日違った花を手に見舞いに行っていた。
その時、彼女が今勤める花屋と懇意になったのだ。
~ ~ ~
「ふふ、……昔の、報いか」
帰国し、母の逝去を聞かされたブライトンは、しばらく茫然自失としていた。
ぽつりと呟いた一言は、諦めきった乾いた響きを持っていた。
葬式の時、彼は泣かなかった。
淡々と手続きをし、その後も変わりなく仕事に行こうとした。
そのブライトンを、ラーラが止めたのだ。
母の死後、彼はろくに食べずに仕事をしていた。
そのことにいち早く気づいたラーラは、ブライトンを強制的に休ませた。
「どうして、あなたは自分一人で抱えようとするの……? わたしじゃ、頼りにならない?」
ラーラは、涙を浮かべ彼を詰った。
そこでやっと、彼は会社を休んだ。
葬式から1週間経った日、ブライトンは、初めて泣いた。
人は、こんなにも泣けるものなのかというくらい、彼は1日中泣いていた。
57:トラキアのキャラ使って社会人SS【8】
09/09/26 22:35:36 aywzLUy0
葬式から数日たったある日、ブライトンと二人で食事をした時。
珍しく、彼がラーラをバーに誘った。
とはいえ、「来たかったら来ても構わない」などという、
ラーラからしたら失礼極まりない誘い文句ではあったが。
しかしラーラは、それが彼の不器用なところだと理解していたし、
誘われること自体は嬉しかった。
そこで、彼は以前勤めていた会社の話をしたのだった。
~ ~ ~
ブライトンがマギ社に来る前のことだ。
今ではライバル社になる大手の貿易会社に、ブライトンは入社した。
そこは、彼の父も勤めていた会社だという。
当然彼も、父のように立派な社会人になるのだ、と熱い信念を持って、仕事に当たっていた。
しかし。
その大手貿易会社の業務は、かなりハードだった。
毎日終電で帰宅し、休日も「研修」という名目で駆り出され、「勉強」としてデータ集計や
イベント管理などをやっていた。
―このままでは、会社に潰されてしまう。
彼の母親は、彼をいつも心配したものだった。
「ねぇ、ブライトン。たまには、休日にゆっくりしたら? ほら、ショッピングに行ったり、
公園でのんびり読書するのも悪くないわよ?」
折を見ては、母は息子に提案したものだった。
しかし、答えは決まっていた。
「大丈夫だよ、今が大事な時なんだ。がんばれるうちにがんばって、
いろんなものを身につけておかないと」
そう言って、ブライトンは休みなく会社に通った。
そんな彼に、後輩の社員が入ってきた。
その後輩連中の一人が、休日出勤を断った。
「その日は、姉の結婚式があるんです」
ブライトンは、にべもなくあしらった。
「葬式じゃないだろ。人出が必要だし、このイベントが失敗すれば、お前の会社が無くなるんだ。
結婚祝いは、別の日に渡したらどうだ。どうせ姉弟なんだし」
58:トラキアのキャラ使って社会人SS【8】
09/09/26 22:40:44 aywzLUy0
ブライトンは、そういった休日出勤を要するイベントには欠かさず参加していた。
それが、会社に貢献していることだと信じていたからだ。
「母が入院することになって」
「弟の卒業式があって」
「祖父が亡くなったので」……
どんな理由を持って来られても、ブライトンは突っぱねた。
「俺だって、プライベートを削って出てきてるんだ」
そういう考えが、後輩の申し出を、冷たく切り捨てさせた。
ブライトンが後輩たちから疎まれるのに、そう時間はかからなかった。
社畜。
会社の言いなり。
ワーカホリック。
仕事しか能が無く、趣味が無い。
家族を無視する、冷血人間。
様々なレッテルが、彼に貼られた。
そのような状況になって初めて、彼は自分の行いを見つめ直したのだった。
―俺はいったい、何をしているんだ……。
月80時間の残業も休日出勤も、すべて会社の為、と思って一生懸命やってきたことだが、
会社からは、それで何かが好転したという話は聞かない。
彼の功績をたたえ、彼に頼ってくるのは直属の上司しかいないのだ。
上司は、
「並みの人と同じ努力をしても挽回できない。人が休んでいる間も努力する、
これこそわが社を再起に導く鉄則だ」
「一人でやっても、たかが知れている。周りの人間も巻き込み、手伝ってもらうべきだ。
彼らだって、君ががんばっている姿を見れば喜んで手伝ってくれるはずだ」
他にもいろいろ言われたかもしれない。
ブライトンは、それらを愚直に守り、遂行しようとしていたのだ。
だが、しかし。
はたして、その上司の言葉は、正しかったのだろうか?
自分が、本当に心の底から納得でき、共感できるものであったのだろうか?
ブライトンは、そこで、はたと立ち止ってしまう。
―俺は、それを望んでいたか……?
―部下が、家族の葬式に立ち会えない。親しい友人の喜ばしい門出に、同席できない。
―そういうことよりも、会社が良い実績を上げることのほうが大事だと思う世界に、
身を置きたいのだろうか……?
彼の中で、疑問は膨れ上がる。
59:トラキアのキャラ使って社会人SS【8】
09/09/26 22:42:57 aywzLUy0
結局ブライトンは、その会社を辞めることにした。
しかし彼の上司は、彼を辞めさせまいと様々な工作をした。
裏切り者。
恩知らず。
非常識。
給料泥棒。
彼は、いわれのない誹りを受け、後ろ指を差されながら、辞めていったのである。
60:創る名無しに見る名無し
09/09/26 22:48:07 aywzLUy0
↑ここまでです
変な切りかたになってしまったけど、【8】がまだ続くので
この先を推敲していないので後日に回します
sageでひっそりスレ独占状態。申し訳ないっす
61:創る名無しに見る名無し
09/09/26 22:51:49 XxzJdQ/X
FCとGBAのシリーズしか解らんがいつも乙w
62:トラキアのキャラ使って社会人SS【8】
09/09/30 21:35:59 erQ1EtU6
「あの頃、俺を『血も涙もない鬼だ』と思った部下は大勢いただろう」
バーのカウンターで、ブライトンはぐいっとウイスキーを呷った。
ロックグラスが、カランと涼しげな音を立てる。
隣にはラーラが、神妙な顔で留っている。
「その報いを、こんな形で受けることになったんだ。仕方が無い……」
半ば独り言のように呟き、グラスをカウンターの上に無言で突きだす。
これで、3杯目のスコッチになる。
「……あなたは、馬鹿よ」
ラーラは掠れた声で言った。
「自分を粗末にして。あなたを想う人たちも、粗末にして。わたしたちが、
どんなにあなたのことを想っても、肝心のあなたが、あなた自身を潰そうとする」
ブライトンは眼を合わせない。
俯き、カウンターの木目をじっと見つめている。
でも、と声を明るくしてラーラは言う。
「大事なことに気づいたんだから、今度はそれを、大事にしようよ。あなた自身を、
あなたを想う人たちを、もっともっと大事にしてよ……」
ラーラは、半ば自分に言い聞かせるようにして、一言一言を大切に紡ぐ。
ブライトンは、彼女の眼を見た。
髪と同じ栗色の瞳が、潤んでいた。
~ ~ ~
帰りの電車で、ブライトンはその時のことを思い出していた。
隣のラーラは、眠ってしまい、彼の肩に頭を凭せ掛けている。
穏やかな夕暮れの光が、電車内を満たしている。
大事なこと。
自分を想う、人たち。
彼を精神的に支えた存在。
ブライトンは、肩にかかる軽い重さを、かけがえのないものに感じ始めていた。
63:トラキアのキャラ使って社会人SS【9】
09/09/30 21:38:48 erQ1EtU6
月曜日。
マチュアはセティ宛の郵便物、DMの類を抱えてオフィスに向かう。
頭の中では今週のスケジュールを思い浮かべ、セティの行動をイメージする。
チーフ室に着き時計を見ると、始業時間まで30分ある。
郵便物を選り分けるのも彼女の仕事だ。
すぐ開封して中身を確認する必要があるものは、開封しておく。
どうでもいいDMは、軽く内容を見てからゴミ箱行きだ。
紙媒体のチェックの後は、電子媒体をチェックする。
メールソフトを起動して、新着の未読メールをさっと流し見る。
フィルタリングと自動振り分けのおかげでだいぶ楽にはなったが、
マチュアはいまだにこのメールチェックという作業が苦手だ。
朝一で対応しなければいけない案件が無いことを確認すると、ホッとして今日のスケジュールを検める。
チーフ室のホワイトボードには、昨日彼女自身が記した今日の予定が書かれている。
○時に、△△と会う。
●時から、◆◆会議がある。
そういったことを、マチュアは頭の中でイメージし、注意すべきことを確認する。
秘書の仕事というのは、彼女の特性に合っていたかもしれない。
マチュアはもともと秘書になりたかったわけではなかったが、
学生の頃から、準備万端でことに臨む性格だった。
もっとも、彼女自身は、それを単なる小心者の性格だと思っていたが。
ブライトンは逆で、はじめから準備はしない。
相手の出方を見て、そこで対処する。
出たとこ勝負なところがある。
それは、やはり経験の違いなのだと彼女は思っていた。
64:トラキアのキャラ使って社会人SS【9】
09/09/30 21:41:39 erQ1EtU6
「おはようございます!」
チーフ室に、アスベルが入ってきた。
今年入社したばかりの新人だ。
「おはよう、アスベル。早いじゃない」
落ち着いた声で、応える。
「ええ、まだ会社に慣れなくて。今日やるべきことなんかを確認しとこうと思って」
小柄な体に、スーツは大きすぎるような印象があった。
―彼には、半ズボンにブレザーのほうが似合いそう。
そんなことを考え、マチュアは心の中で吹き出してしまう。
アスベルは、渉外課に配属された。
渉外課チーフへ異動となったセティの部下である。
セティもそうだが、語学に堪能でないとこの課は務まらない。
アスベルは、かわいらしい顔立ちの青年だが、語学はなかなかのものだった。
マチュアは一年前、まだ学生の頃に彼に会っている。
セティやブライトンとともに海外買い付けに出ていた時だ。
~ ~ ~
「アスベルと言います。まだ学生の身で、あまりお役には立てませんが、
足手まといにならないよう頑張ります!」
「そんなにかしこまらなくてもいい。商品企画課は気のいい連中ばかりだ」
緊張して自己紹介するアスベルを、セティがねぎらう。
出発前の空港で、セティに連れられ、彼は登場した。
―ちょっと頼りない感じのコね。
マチュアの、アスベルに対する第一印象はそんなものだった。
「くぁwせdrftgyふじこlp?」
機内で乗務員に突然話しかけられ、マチュアは混乱した。
「あ、え、えっと……」
戸惑っているところへ、
「~~~。~~~!」
流暢な外国語。
隣に座っていたアスベルの助け舟は、とても鮮やかだった。
「すごいのね。私なんか、語学ホントにダメだったから」
マチュアが褒めると、
「そ、そんなこと、ないです」
そう言ってアスベルは赤くなる。
~ ~ ~
その一件以来、マチュアはアスベルを見直した。
語学だけでなく、アンティーク家具の知識も結構ある。
ここら辺は、やはりセティの後輩だからだろう。
65:創る名無しに見る名無し
09/09/30 21:47:12 erQ1EtU6
↑今日はここまで
>>61さん、ありがとうございます
FC暗黒竜は自分もやりました、GBの作品は未プレイなのでわからんです
66:トラキアのキャラ使って社会人SS【10】
09/10/04 11:52:20 KEjyUku2
クリアファイルに入れた書類数点を持ち、カリンは廊下を歩いていた。
営業課の書類を、渉外課へ持って行くことになったためだ。
通常なら、社内での書類のやり取りは秘書課のメールボックスで済むようになっているのだが、
この書類は直接手渡ししてもらいたい、とチーフのたっての希望で、カリンがその役目を仰せつかったのだ。
† † †
渉外課。
セティがチーフとして所属する部署である。
同じ社にいることを知りながら、今まで一度も会ったことが無い。
なんとなく、気後れがして、わざわざ会いに行くことはしなかった。
そして、直接出向いて何か話をする用事もなかった。
渉外課のチーフ室の前まで来て、カリンは深呼吸する。
ノックをすると、返事が聞こえた。
カリンは、思い切って扉を開けた。
ばごっ、という音がした。
勢いよく開けた扉が、何かにぶつかったのだ。
そして扉の陰から、白衣を着た人物が出てくる。
「セティ先生!」
「いたたた……ん? カリンじゃないか。どうしたんだ、こんなところで」
「先生がここに勤めてるって聞いて、わたしも、ここに……」
「私のあとを追って来たのかい?」
笑って、セティはカリンを部屋に招き入れる。
「そうだって言ったら、喜んでくれますか?」
カリンは強張った顔のまま、言った。
「おいおい、そんな顔をして……カリン、言いたいことがあるなら、はっきりと言ってくれ」
セティは、カリンの表情にただならぬものを感じて、セティは笑みを消した。
67:トラキアのキャラ使って社会人SS【10】
09/10/04 12:01:05 KEjyUku2
「先生、シレジアに戻ってください。フィーさんが待っています」
「フィー……あの子はどうしてる? 元気なのか」
「みんなの前では気丈に振舞っていますが、わたしたちだけになると……」
「……」
「先生はひど過ぎます! 何もかも妹のフィーさんに押しつけて、自分はこんなところで
チーフだか何だかになって、いい気になって!」
セティはじっとカリンの眼を見ている。
「カリン……たしかにきみの言うとおりだ。社会勉強のつもりで、叔父が設立に関わったという
この会社に就職したが……」
セティは、カリンから眼を外してデスクを眺めた。
そこには、シレジアの頃の写真が立てかけられている。
「勤めるうち、この仕事で知った家具職人や民芸品に関わる人たちが、あまりに不当な扱いを
受けているのを、看過ごすことができなかった」
「そうだったんですか……。ごめんなさい、ひどいことを言ってしまって……」
カリンは俯いた。
「カリン、すまないがもう少しだけ待ってほしい。そんなに時間はかからない、せめてあと半年……」
「では、わたしもそれまで、この会社に残ります」
「……カリン、気持ちは嬉しいが、きみがいては業務に差し支える。シレジアに戻っていてくれ」
「……そうですね……わかりました。わたしはシレジアへ戻ります。先生、シレジアへ
戻ってくださいますよね! きっと……約束ですよ?」
「うん、約束する。そのしるしに、これを渡しておくよ」
そういって、セティはデスクの引き出しから小箱を取りだし、カリンに手渡した。
小箱を開けると、そこにはプラチナの指輪が収められていた。
「これは……婚約指輪ではっ!?」
「本来はその用途に使うんだが。それを、カリンに預けておくよ」
「と、とんでもありませんっ!」
「カリン……シレジアを放っておいたことはすまなかった。そして、フィーのことも感謝している。
これは私の気持ちなんだ、預かっていてほしい」
「……わかりました。でも、お預かりするだけですよ! シレジアに帰ったら、必ずお返ししますから!」
68:トラキアのキャラ使って社会人SS【10】
09/10/04 12:03:53 KEjyUku2
約30分ほどののち、カリンはチーフ室をあとにした。
「ふぅ、どうなることかと思った…」
ホッとして廊下を歩いていると、エレベータから降りてきたフェルグスと鉢合わせした。
「どうしたんだ、こんなところで書類なんて持って」
「え? ……あ、しまった!」
渉外課チーフへ渡すべき書類を、カリンはそのまま持ち帰ってきてしまったのだ。
うっかりそのことを話してしまい、
「あはは、バッカだな。慣れない仕事するからだ」
フェルグスは、いかにも愉快そうに笑っている。
カリンは書類を胸に抱え、どうやってこの男を黙らせようか、だけを考えていた。
† † †
昼休み。
ちょうどカフェテリアでフェルグスと一緒になった。
カリンはいつも弁当を持参して同僚と食べていたが、この日はいつもの連中が休みで、
そのため弁当もサボってしまった。
「おまえ、渉外課のチーフと知り合いなのか?」
3階のカフェテリアでテーブルに着くと、フェルグスがトレーを持ってやってきた。
「え? うん、ちょっと、ね」
思わせぶりな笑みを浮かべ、気の無い振りをして食事しようとする。
「ふーん」
フェルグスは、意に介さず合席に着くと、すぐに食べ始めた。
「なによ、気にならないの?」
「いや、別に」
もぐもぐさせながら応える。
「あ、そう……」
二人は、しばし無言でそれぞれのランチに集中した。
69:トラキアのキャラ使って社会人SS【10】
09/10/04 12:07:57 KEjyUku2
「で、どういう知り合いなんだ?」
ピザをつまみながら、フェルグスは軽く尋ねた。
「親戚なの。小さい頃は、勉強を見てもらったりしてたのよ。だから、つい『先生』って
呼んじゃうの」
カリンは学生の頃を思い出し、懐かしそうに言う。
その横顔を見て、フェルグスは、『故郷』があるってのはいいもんだな、と思った。
「シレジアには、帰ってないのか?」
「遠いのよ。ここから、どのくらいかかるか分かる? 時間も、お金も。
滅多に帰れないから、就職してからは、年末にしか帰ってないけど……」
シレジアは、北方の地方都市だ。
カリンのマットがかった髪の色は、その地方独特のもので、出身を強く意識させる。
同郷のセティも、マットの髪をしている。
「おまえ、いくつだ?」
フェルグスは、テーブルで唐突に尋ねる。
「じょ、女性に、面と向かって歳を聞くなんてっ! ……21よ、悪い?
で、セティ先生はわたしの4つ上だから25歳のはずよ」
「ほう、オレより4つも下なのか。あの落ち着きっぷりは、それ以上に見えるよな。
結婚してるのか?」
「なによ、探偵ごっこ?」
「そうじゃねぇ。若いチーフってのがどんな奴か、興味があっただけだ」
「結婚は、していないわ。それもまた、先生を呼び戻す大きな理由の一つではあるけれど」
「呼び戻す?」
「シレジアに帰ってきてほしい、ってみんなの希望なの」
「みんな?」
「あっと……、セティ先生の家はね、私立の学校をしているの。先生のお父さん、
つまりわたしの伯父さんに当たる人だけど、その人がもう体が辛いからね、先生に
帰ってきてほしいわけ」
「へえ。なんで、こんなところでチーフなんかやってるんだ」
「さあ、そこまではわたしも知らないわ。いきなり学校の先生になる前に、会社勤めを
経験しとこうってところなのかも」
「ふーん……、ま、それは人それぞれか」
70:トラキアのキャラ使って社会人SS【10】
09/10/04 12:10:48 KEjyUku2
「わたしも、その学校の卒業生なのよ。先生が帰って来なかったら、学校潰れちゃう……
それは、いやなの」
「なるほど。そりゃ、愛着あるな」
「今は、妹さんがお父さんを手伝っているけれど……大変そう」
「妹がいるのか」
「うん、わたしは妹さんのほうと親しかったから……あ! お昼休み終わってる!」
腕時計を見て、カリンは勢いよく立ちあがる。
「下げといてやるよ」
フェルグスは、カリンが取ろうとしたトレーを自分のほうに引き寄せた。
「え、いいよ、あんたに借り作りたくないもん」
「かわいくねぇ奴だな。オレは午後外回りだし、セティチーフの話を聞かせてもらったから」
そう言って、二つのトレーを持つとゆっくり立ち上がり、返却コーナーへ向かう。
フェルグスの、後ろで束ねたブロンドの髪を眺めていると、その頭が振り向いた。
「早く行け。ウチのチーフにどやされるぞ」
「う、うん、ありがと」
カリンは、足早にオフィスに戻った。
71:創る名無しに見る名無し
09/10/04 12:18:01 KEjyUku2
↑ここまで
ちょっと台詞多かったか…
説明くさくなるのは、どうにかしなきゃ
72:創る名無しに見る名無し
09/10/18 01:32:25 Ft+t6hoI
優しい感想くださった方、ありがとうございました!
しばらく間が空きましたが、懲りずに投下再開します
その前に、訂正一つ
>>69
×伯父さん、お父さん
○伯母さん、お母さん
↑で読み換えて下さい
すみません
73:トラキアのキャラ使って社会人SS【11】
09/10/18 01:36:15 Ft+t6hoI
背が小さく、小柄なラーラ。
長い髪を後ろで束ね、いつも背筋をぴんと伸ばしている。
小さい頃はバレエをやっていた、とは本人の談だ。
絵が得意な彼女だが、高校では美術部と兼務で創作ダンス部にもいたという。
ジャズダンスがやりたかった、とラーラは言った。
そのせいか、彼女は一つひとつの所作が綺麗だ。
常に「見られている」という意識が、手の先まで行き渡っている感じがする。
マチュアは、そんなことを考えながらラーラの姿を眺めていた。
「ブライトン、もう少しで終わるって。……どうしたの? ボーっとして」
メールのやり取りを終え、携帯をバッグにしまいながら、ラーラはマチュアの顔をのぞきこんだ。
「え? あ、うん、何でもないの。じゃあ、先に行ってましょう」
「……ヘンなの」
二人は、夕暮れの通りを歩きだした。
「ラーラ、お花屋さんの仕事はどう?」
「けっこう忙しいよ。でも、気持ち的にも体力的にも、とっても楽になった」
「良かった。やっぱり自分に合ったところで働くのが、一番だもの」
二人は歩きながら、1年前のことを話した。
◆ ◆ ◆
ラーラがマギ社を辞めた本当の理由。
それは、身体の弱い彼女が休んだり早退した時に、その仕事をすべてブライトンが請け負っていたためだ。
ブライトンは毎日、家に帰ってからも仕事をしたり、ノートパソコンを深夜営業のカフェなどに持ち込んで、人知れず残業していた。
マチュアは自分の仕事で手一杯だったし、彼女は新企画立ち上げの筆頭だったために、そのことを知らなかった。
ラーラは、自分がブライトンの足手まといになっていると感じ、辞めることにした。
そのことを知っているのは、マチュアだけだ。
「自分にあった場所を見つけるって、実はとても難しいことだっていうのも、働き始めてから知った」
繁華街を歩きながら、ラーラは言う。
「……そうね。忙しさにかまけていると、何が自分に合っているかも、忘れてしまうわね」
マチュアは、前を見ながら呟く。
74:トラキアのキャラ使って社会人SS【11】
09/10/18 01:39:25 Ft+t6hoI
ラーラは、ブライトンに辞めようと思う、と伝えた。
ブライトンは、あっさり
「そうするといい」
とだけ、言った。
ラーラはそれが、自分でも思ってた以上にショックで、マチュアに泣きついたのだった。
「あたし、好かれてると思ってた……だって、あたしのこと、よく心配してくれてたもの」
落ち込むラーラを宥めながら、マチュアは彼女を元気づける気の利いた言葉を探そうとした。
しかし、そういう時に限って、何も出てこないのだ。
二人は女同士ということもあり、よく二人で食事に行ったりしていたが、その一件でますます親密になった。
ラーラにとっては頼れる姉、マチュアにとっては可愛い妹。
そんな存在に、お互いがなっていた。
◆ ◆ ◆
落ち着いた雰囲気の、ダイニングバー。
表通りからは分かりにくいところにあるので、あまり人に知られていない。
創作料理がおいしく、カクテルの種類も豊富なので、知る人ぞ知る店的な人気があった。
扉を押すと、カランとチャイムの音がした。
マチュアもラーラも何度かここには来ているので、店員も顔見知りだった。
奥のブースに案内され、腰を落ち着ける。
ラーラは、先週にブライトンの母の墓参りに同行したことを話した。
ブライトンの母をラーラが看取ったことは、後から聞いて知っていた。
◆ ◆ ◆
1年前、ラーラが、マギ社を辞めたばかりの頃。
ラーラは、ブライトンとともに、病床にある彼の母に付き添っていた。
「ラーラ、お前はもう帰れ。時間も遅い」
病室を出た廊下で、ブライトンは言った。
ラーラは黙っている。
「ラーラ。 お前は、もう俺の同僚でもないし、そこまでする義理は無いんだ」
「……そう言って、またあたしを追い出して、一人でかぶろうとするのね」
俯いて呟くラーラ。
「……商品企画課は残業が多い。身体の弱いお前には、辛かっただろう。だからお前は、辞めてよかったじゃないか」
「あなたにとって、あたしはただの会社の同僚なの? 辞めたらハイサヨナラ、って、他人になっちゃうの?」
ラーラは、ブライトンを見つめる。
「帰る。けど、明日も来る。あなたのためじゃない、お母様のために」
そう言って、ラーラは踵を返して病院の廊下を歩き去った。
75:トラキアのキャラ使って社会人SS【11】
09/10/18 01:45:14 Ft+t6hoI
「マチュア、ブライトンのこと、どう思ってる?」
「へ?」
二人で乾杯した後、唐突に切り出された話題に、マチュアは不意を突かれた。
「あたしが思うに、ブライトンはマチュアのことが好きなんじゃないかと」
ラーラはグラスに口をつけず、じっとマチュアを見つめている。
「え、っと……、そういうふうに、感じたことは、ないかな……」
マチュアは、目をぱちくりさせながら、生ビールに口をつける。
「でもブライトンって、さり気にマチュアを助けてた気がして」
「同じ部署で、同期だったからじゃない? ラーラだって、手伝ってもらったりしたことあったでしょ」
「そうだけど……」
マチュアが、ブライトンをそういう目で見たことはない。
もっと言うと、彼女は恋愛感情というものが、実は良く分からない。
学生の頃から、友人たちが誰と付き合ってるとか誰と別れたとか、聞いてきた。
マチュア自身も、何度か男の子から告白されたこともあった。
それで何となく付き合ってはみるものの、気持ちが盛り上がらないというか、
友人たちのように「彼氏といると幸せ!」という感情は味わえなかった。
そして結局は、別れることになるのが常だった。
相手のことを対して好きでなかったとしても、別れるときに費やすエネルギーは大きい。
そんなことで疲れ果てるのは、もうごめんだ―そういう思いから、無意識にマチュアは、
就職してから今まで誰とも付き合っていない。
そしてマチュアは、他の男子に恋心を抱いたことは、無い。
恋愛小説は好きだしよく読むが、いわゆる「理想の恋愛を夢見過ぎるタイプ」とも違う。
彼女には「理想の男性像」すら、無いからだ。
だからといって、「そっち方面の趣味」があるわけでもない……と、彼女自身は、思っている。
「ラーラは……ブライトンのこと、好きなの?」
「うーん……まだ、分かんない」
「わたしのことなら、気にしなくっていいし」
「うん……」
そこで、扉のチャイムが鳴って新たな来客を告げた。
「ブライトン! こっちこっち」
ラーラが立ち上がり、手を振る。
「すまん、遅くなった」
ブライトンが、足元のかごにカバンを置く。
ラーラは自分の隣を空ける。
「大丈夫、先に始めてたから」
マチュアが、ブライトンの上着を取って壁に掛ける。
「生ビール?」
こく、と頷くのとほぼ同時くらいに、店員に生ビールを注文する。
ほどなくジョッキが運ばれてきて、テーブルに置かれた。
「これで揃ったわね。―では、同期の再会を祝して」
マチュアが言い、それぞれが飲み物を持って乾杯した。
76:創る名無しに見る名無し
09/10/18 01:52:55 Ft+t6hoI
↑ここまでです、進まないっすね
描写の練習として、シチュエーションを書いてきましたが、
ちゃんとプロット立てて、物語として形にしたいなと思い始めました
しかし、それってすごく大変……早くも矛盾が露呈しまくりだしorz
連作短編みたいな感じでやれればいいなと思っています
読んで下さっている方、ありがとうございます
77:トラキアのキャラ使って社会人SS【12】
09/10/18 21:44:00 Hcm3E7yv
突然降り出した雨は、あっという間にビルのエントランスを水浸しにした。
「うわ、ついてねぇ」
フェルグスは、向かいの銀行からエントランスに走り込んできた。
大きい雨粒が、肩や背中に容赦なく降りかかる。
「ちっ、秋雨か」
背中にひんやりとした感触を感じながら、エレベータに乗った。
「あ、降り出した」
カリンは、営業課のオフィスの窓から外を眺めた。
午前中は晴れていたが、午後から薄曇りになってきていたので、もしかしたら、とは思っていたのだ。
―あいつ、傘持って行かなかったかも。
ちらりと、フェルグスの机を見る。
午後は内勤らしかったが、銀行だの郵便局だの何かと理由をつけては外にちょくちょく
出ていくことが多かった。
カリンは、給湯室から大きめのタオルを数枚とると、机に戻った。
そのとき、ちょうどフェルグスがオフィスに戻ってきた。
「ちぇっ、ひどい目に遭っちまった」
「内勤日のくせに、いっつもフラフラしてるからよ、いい気味!」
カリンの憎まれ口に、フェルグスは悔しそうな顔を浮かべる。
「はい」
「お?」
顔面に白いタオルが投げつけられ、一瞬視界が途切れる。
乾いた感触が、心地よい。
「べ、別にあんたのために出してあげたんじゃないんだからね! たまたま、机の上にあって
邪魔だっただけなんだからっ」
「ははっ、サンキュー」
タオルで水滴を拭いながら、フェルグスは笑う。
カリンは、くるっと背を向けると、さっさとコピー室のほうに行ってしまった。
78:トラキアのキャラ使って社会人SS【12】
09/10/18 21:47:41 Hcm3E7yv
カリンがコピー室から戻ってくると、フェルグスはワイシャツを脱ぎ、Tシャツ姿になっていた。
「ちょ、ちょっと/// アンタ、何してんのよ!」
サックスブルーのシャツは、肩から背中の部分が、濡れて濃い水色に変わっていた。
「何って、こんなの着てると風邪引いちまうし」
「だからって、こんなところで脱がないでよ!///」
「わーったよ」
フェルグスは、オフィスの倉庫から、会社のウインドブレーカーを引っ張り出してきて羽織った。
社外イベントなどで使うものらしかったが、カリンは見たのは初めてだ。
「ふーん、そんなのウチにあったんだ」
「本社にいた頃は、こんなの着せられてイベント管理なんかやったこともあるからな。
ここにもあるだろうと思ったら、案の定だ」
そうだ。
フェルグスは、本社からここに異動してきた。
本人は、冗談で「飛ばされた」と言っていたけど、ホントのところはどう思っているんだろう。
「ねえ」
「なんだ」
濡れたシャツをハンガーにかけ、適当なところに吊るしながら答える。
「あんた、本社に戻りたいの?」
フェルグスは、カリンのほうに向き直ると、
「まさか。戻れって言われても、断るぜ。ここのほうが、面白い奴がいるからな」
そう言って、ニカッと笑う。
その笑顔を見て、カリンは何故だかわからないが、赤面した。
79:トラキアのキャラ使って社会人SS【12】
09/10/18 21:54:33 Hcm3E7yv
フェルグスが帰りの電車に乗ると、同じ車両にカリンが乗っていた。
手には、ペットショップの袋を提げている。
「よ、今日は遅いじゃんか」
話しかけると、カリンはちょっとびっくりしたような顔をしたが、すぐにいつもの調子に戻った。
「ちょっと寄り道してたの。いつも寄り道してるわけじゃないわ」
「ペットショップにか? 犬でも飼ってるのか」
「そうよ、エルメスっていうの。すごく可愛くてね、それに賢いの」
カリンは嬉しそうに話す。
「実家に預けておくつもりだったんだけどね、わたしが家を出たら、わたしを探して行方不明になっちゃって。
結局見つかったんだけど、それから一緒にこっちに連れてくることにしたのよ」
「実家っつーと、シレジアか」
「そう。だからこっちの夏は暑そうね」
二人が立っていた前の席が、ちょうど二人分空いたので、並んで腰かけた。
「あんたは、こっちが地元なの?」
カリンは何気なく聞く。
「オレは……故郷とか、実家ってもんが無い。ガキの頃から転勤族だったし、大学も寮暮らしだったしな。
もっとも、もう親父もお袋もいないが」
カリンは、はっとしてばつの悪そうな顔をする。
「ごめん……無神経なこと聞いちゃったね」
「気にするな、オレは別にどうとも思っていない。お前は、故郷を大事にしている。
それは、素晴らしいことだと思うぜ」
カリンは、何と返していいか分からない。いつもは軽口を叩き合っているのに、
こんなときに真面目な話をされて、調子が狂ってしまう。
「いろんな所へ行ったが、シレジアは行ったことが無いな。どんなところなんだ?」
カリンは、シレジアにいた頃のことや家族のことなどを話して聞かせた。
フェルグスは、それを聞きながら、初めて故郷というものを強く意識するようになった。
80:創る名無しに見る名無し
09/10/18 21:59:03 Hcm3E7yv
↑ここまで
もちょっと、シチュエーション描写でgdgd引っ張ります
プロット立てて書いてくなんて、難しすぎる……orz
視点が定まってないのも気になります、精進せねば……
81:いつか他で読んだ人
09/11/13 22:22:34 0iWnvhvT
いい作品だと思ったんだが……
おもしろかったよ、二次創作だとか感じさせずに普通に楽しめた
他でもいけるのではという気がしたよ
いつか続きが来るのを
82:トラキアのキャラ使って社会人SS【13】
09/11/21 21:01:15 2A2fK3pa
今日も、先方を怒らせてしまった。
粘り強く話をしようと試みるも、相手は聞く耳を持たずに、交渉は決裂した。
「はぁ……」
帰りの電車を待つ間、アスベルはホームでため息をつき項垂れる。
渉外課に配属されている以上、こうした外部との折衝が仕事ではあるのだが、いかんせん上手くいかない。
学生の頃のアスベルは、人当たりが良く、友人やサークル仲間とも衝突することは殆ど無かった。
けれど、渉外課で働き始めると、今までの人付き合いを全否定されたような気分になった。
それは、考えてみれば当然のことではある。
多くの場合、お互いの利害が対立しているからこそ、交渉によって折り合いをつけていくのだ。
つまり、はじめはお互い敵同士のようなもの。
そこを、いかに修羅場にならずに折り合いをつけていくかが、仕事なのだとも言える。
アスベルは、自分に悪意や敵対心を持っている相手と、うまく話をすることが出来ない。
相手の剣幕に押され、それでも、自社の立場も守らなくてはならないから、たどたどしく言い返す。
それが相手を怒らせ交渉は失敗……そんなパターンが続いていた。
「僕、ここでやっていけるんだろうか……」
電車のつり革にぶら下がりながら、窓に映る自分の顔を見る。
童顔なために、しばしば高校生に間違われる。
しかしその顔も、やつれて生気を失っていた。
83:トラキアのキャラ使って社会人SS【13】
09/11/21 21:04:48 2A2fK3pa
渉外課は、個人プレーの部署という雰囲気がある。
上司にセティがいるし、同僚も少ないながらいるのだが、セティ以外はあまり顔を合わせない。
同僚間でのやりとりは、もっぱらメールやメモである。各々が、ばらばらに仕事をしているようなものだ。
学生の頃と違い、セティは今や「上司」である。先輩後輩の間柄でやっていけるわけではない。
アスベルは、就職してからは意識的にセティとの距離を取るようにしていた。
「まったく、役に立たないな。何が語学堪能だ、聞いて呆れるぜ」
「どうしたら、こんなに頭の弱い社員が出来上がるんだ? ウチのバイトでももうちょっとマシだがな」
「使えない部下を持って、あんたの上司に同情するよ」
「まったく失礼な男だ、それでよく今まで生きてこれたもんだ」
「もう、死んだら?」
頭の中に、思い出したくない言葉たちが響く。
虚無感に覆われ、虚ろな足取りでホームに降り立った。
こんなとき、信頼のおける先輩に相談する、というのが彼のすべき行動なのだろう。
しかし、彼にとっての「信頼できる先輩」とは、上司であるセティなのだった。
セティは渉外課チーフになってから社内会議の数が格段に増え、外部の人間と会ったり外の会合に出掛けることが多くなった。
一言でいえば、多忙になってしまったため気安く相談し辛くなった、ということなのだ。
84:トラキアのキャラ使って社会人SS【13】
09/11/21 21:06:56 2A2fK3pa
「おかえり、遅かったわね」
オフィスへ戻ると、秘書のマチュアが声をかけた。彼女のパソコンの横にはノートが広げてある。
「マチュアさん、まだ残っていたんですか」
時計はもう10時を回っている。アスベルはコートを脱ぎながら、尋ねた。
「そうよ、来週からの海外出張のスケジュールがうまく調整できなくてね」
マチュアはモニタの前を離れると、紅茶を淹れに立った。
「あ、いいですいいです! 自分でやりますし、もう帰るだけなんで」
慌ててマチュアを制するが、いいのよ、といなされた。所在無げに、自分のデスクの椅子に腰かける。
「元気ないわね」
ティーカップを差し出しながら、マチュアはアスベルの顔を覗き込む。
「……また、失敗しちゃって」
なんとか笑顔を作って応えようとするが、果たしてそれは笑顔になっていたかどうか。
情けない気分でいっぱいだった。
仕事では失敗ばかり、職場の人たちも呆れていることだろう。
アスベルはカップを見つめ、俯いた。
85:トラキアのキャラ使って社会人SS【13】
09/11/21 21:11:01 2A2fK3pa
翌日。
いつもの時間に家を出て、電車に乗る。
会社のある駅までもう少しというところで、アスベルは猛烈に吐き気を催した。
―また、今日も怒られるだろうな……。
そう思った矢先のことである。
そんな風に思うのははじめてではなかったが、吐き気を覚えたことは今までに無かった。
ひと駅手前で降り、トイレに駆け込んだ。
朝食を食べていないから、胃液しか出ない。
昨夜もろくに食べず、ビールを飲んで寝た。
アスベルは、あまり酒が強くない。
多少は飲めるのだが、学生の頃は仲間たちに合わせて軽く飲む程度だった。
それがこのところは、自分の部屋で一人で飲んでいることが多くなった。
―ひとりで飲んでて二日酔いになったなんて、口が裂けても言えないや。
ようやくトイレから出てくると、ちょうど電車が来たところだった。ハンカチで口元を押さえながら、ふらふらとそれに乗る。
ところがその電車は、会社のある駅を通過してしまう急行列車だった。ろくに確かめもせずに乗ってしまったのだ。
数駅を通過して、停車駅に着く頃には、もう始業時間を過ぎていることだろう。
アスベルは、携帯で遅刻の連絡を入れようとした。
『はい、マギ・トレーディングスです』
渉外課を、と言いかけて、
「渉外課秘書の、マチュアさんに繋いで欲しいんですけど」
はい、という短い答えに続いて保留のメロディが流れた。
―僕は、何をするつもりなんだろう。
『渉外課秘書のマチュアです』
「マチュアさん、アスベルです。おはようございます」
『アスベル? 一体どうしたの? 大丈夫?』
「すみません……、ちょっと体調が悪くて。休みを頂きたいんです」
『分かった、……無理はしないでね。チーフには伝えておくから』
「申し訳ありません」
『謝ることはないわよ。しっかり寝ていなさいね』
86:トラキアのキャラ使って社会人SS【13】
09/11/21 21:13:06 2A2fK3pa
通話を終えると、心臓がバクバクいっているのに気がついた。
手足が、軽く震えている。
いつの間にか、電車内の人影はまばらになっていた。
オフィス街を抜けたことと、出社時間を過ぎたことで、勤め人がほとんど降りてしまったせいだろう。
そんな時間に電車に乗っているのは、初めてのことだった。
アスベルは、傍の椅子に腰を下ろすと窓の外に目をやった。
電車は田園風景の中を走っていた。
普段は会社までの区間を乗るだけだが、この電車は郊外まで延びている。
陽の光が柔らかい。
ちらりと腕時計を見ると、もうすぐ10時になるところだった。
―会社、サボっちゃったな。
ぼんやりと、そんなことを考える。
もう吐き気は消えていた。
87:創る名無しに見る名無し
09/11/21 21:17:46 2A2fK3pa
↑とりあえずここまでにしときます
やっと規制解除された…
規制中にいくらか書き進めましたが、加筆修正しながら小出しで投下します
>>81さん、ありがとうございます!
わざわざ代理投下までして感想付けて下さるなんて…泣けてきます
で、調子に乗ってageてみます…どきどき
88:レス代行
09/12/02 21:54:41 lX4cNPMk
乙
>>87
妙にリアルな感じがするw
このサボりも一瞬の気休めにしかならない気がするが
どう展開してくのやら
89:トラキアのキャラ使って社会人SS【14】
09/12/17 18:12:27 jULWZ4JR
フェルグスが外回りに出ようとした時、エントランスで二人の人影を見た。
一人はブライトンだ。フェルグスより一足先に出たはずだった。
そのブライトンと話しているのは、見覚えのある白衣の男だった。
自動ドアが開いて、二人が同時にフェルグスを見た。
「先に行くぜ」
声をかける。
「ああ。俺もすぐに出る」
「呼び止めてすまなかった」
白衣の男は、ブライトンとフェルグスの半々に話しかけた。
「気にするな、また話そう」
声をかわし、ブライトンはすぐにフェルグスに追いついた。
駐車場へ向かう道を、二人は並んで歩いた。
「今の、セティチーフだな。渉外課の」
「詳しいな。誰かに聞いたのか」
「まあな。若いのにチーフに抜擢されりゃ、有名にもなるだろうさ。知り合いなのか」
「もと、上司だ。『商品企画課』のな」
「『商品企画課』?」
「俺が前に居た部署だ、今は解散している。俺と秘書課のマチュア、それにもう一人、辞めた女性がいた。
セティチーフはそこのリーダーだったんだ」
それぞれの営業車についた。
フェルグスは、まだ訊きたいことがあったが、さすがに詮索し過ぎると思い直した。
自分の車のキーをポケットから出す。
「じゃあ、昼に合流するのを忘れるなよ」
隣の車のドアを開け、ブライトンは念を押す。
「任せとけって。いつものレストランでいいな」
フェルグスが大きな声で答えると、ブライトンは頷き、座席に滑り込んだ。
走り去る車を見ながら、フェルグスは、自分が必要以上にセティを意識していることに戸惑いを感じていた。
90:トラキアのキャラ使って社会人SS【14】
09/12/17 18:27:39 jULWZ4JR
1時をちょっと回った頃に、フェルグスはレストランに着いた。
「悪い、ちょっと手こずった」
窓際の席でノートパソコンを開いているブライトンに、声をかける。
「珍しいな。いつもは早々にまとめてきて先に食い始めているのに」
にやりと笑い、ブライトンはノートを閉じる。
昼に落ち合い、昼食を取りながらミーティング。
ブライトンはルートを回るが、フェルグスはルートを持たない。基本的に飛び込みで動く。
だから、ブライトンのルートで必要な個所があれば午後にフェルグスがフォローする。
そうでなければ、会社に戻って資料などを集めたり他の連中のヘルプに回ったりする。
二人にとっては、このレストランでの昼食は、重要な意味を持っていた。
「『商品企画課』は、なんで無くなったんだ?」
パスタをフォークに巻きつけながらフェルグスが尋ねると、
「無くなったというか、短期プロジェクトのようなものだったんだろうな。今にして思えば」
ブライトンは答える。
そして、手帳に書き込むペンの手を止めた。
「ずいぶん気になってるようだな」
探るような眼で、こちらを見る。
フェルグスは少し動揺して、
「い、いや、ちょっと、気になっただけだ……げほっげほっ!」
無様にもむせてしまった。カルボナーラは、昔から苦手だ。
そんな様を眺めながら、ブライトンはあとを引き取る。
「……まあいい。俺とセティチーフは、そういうわけで知り合いという間柄だ。
今はそのセティチーフの秘書をやっているマチュアも、俺の同期というわけだ」
思いがけず、情報が一時に手に入り、フェルグスは何だか馬鹿にされたような、見透かされたような気になった。
「なんだよ、もう……」
フェルグスは、ばつの悪そうな顔をして、紙ナプキンで口元を拭った。
91:トラキアのキャラ使って社会人SS【15】
09/12/17 18:41:08 jULWZ4JR
腕時計を見る。
8時15分に、もうすぐなるところだった。
壁にかかったカレンダーを見る。
あれから5日経つ。
「どうしちゃったの……」
マチュアは、ため息をつく。
アスベルは、今日も出社していない。
一昨日までは、一応連絡があった。
マチュアは察していたし、セティも彼を咎めることはなかった。
もともと穏やかな人柄なので、アスベルの病欠についても
「そうか、大事にするように伝えてくれないか。しばらく休みを取ってもらうほうがいいかもしれない」
と言い、会議に出ていった。
アスベルは、事実上の休職状態であった。
マチュアは、仕事中にもずっと考えごとをしていた。
―やはり、渉外課は彼には荷が重すぎたのだろうか。
―それについて、セティはどう考えているのだろうか。
彼が渉外課配属になったのは、セティの計らいによるところが大きい。
学生の頃から、セティはアスベルをかわいがっていたのだ。
ハイレベルなことで知られるフレスト大学出身のアスベルは、渉外課で存分に活躍できるだろうと期待された。
その期待が、却って彼を追い詰めてしまったのだろうか。
途方に暮れたマチュアは、いつものメールを送った。
92:トラキアのキャラ使って社会人SS【15】
09/12/17 18:49:08 jULWZ4JR
馴染みのダイニングバーで、カウンターに腰かけていると、カランとチャイムが鳴った。
見慣れた顔と、見慣れない顔。
困惑するマチュアに、ブライトンは説明する。
「こいつのおかげで早く終わったんでな。一杯奢るついでに紹介しとこうと思って」
後ろのブロンドの青年はぺこりとお辞儀すると、
「営業課のフェルグスです。一杯ごちそうになったら、自分は早々に退散しますんで」
そう言いながら、気まずそうな表情をした。
「あ、秘書課のマチュアと言います。ブライトンとは、同期で……」
マチュアはたどたどしく挨拶をする。
フェルグスは、一瞬で状況を把握した。
この女性は、自分が来ることを事前に知らされていなかったこと。
そして、彼女はブライトンと二人きりで話をしようと思っていたこと。
何より、彼女は不意打ちに弱いタイプであること……。
そうなれば、自分のすることは一つである。
いかに彼女に気まずい思いをさせずに、自分が速やかにこの場を去る口実および状況を作るか、だ。
フェルグスは、カウンターにつくなり切り出した。
「ブライトン、オレはこの後プレゼントを買いに行くつもりなんだけど」
「プレゼント?」
「そう。店が閉まる前に行かないとだから、奢りは別に機会に頼むぜ。
―そうだマチュアさん、参考までに何が欲しいか、聞いていいっすか?」
フェルグスは、気さくにマチュアへ話題を振る。
「プレゼントって、クリスマスの?」
「いぐざくとりぃ」
「え、っと……」
マチュアは、考え込んでしまう。
クリスマスに何かプレゼントをねだるのは、子供の特権だと思っていた。
友人たちが彼氏にアクセサリやバッグを買ってもらえた報告を、彼女は
遠い海の向こうで起こる出来事のように聞いていたのだ。
93:トラキアのキャラ使って社会人SS【15】
09/12/17 18:54:00 jULWZ4JR
「マチュア、それより本題はなんだ」
ブライトンの声で、はっと我に返る。
―そうだ、その為に呼んだんだ。
けど、……
躊躇っている間に、フェルグスは去るタイミングを窺っている。
「フェルグス、これはもしかしたらセティチーフに関係する話かもしれない」
ブライトンの言葉に、あとの二人は、はっとなった。
すかさずフェルグスは
「セティチーフが関係していようと、オレには関係ない」
「そうか。気にしていたように見えたが」
「……」
黙ってしまうフェルグスを見て、
「相談ごとは、アスベルのことよ。セティチーフは……関係ないと言えば関係ないけど」
「アスベルが、どうかしたのか」
「……」
マチュアは口ごもる。
「ブライトン、これはフェアじゃないぜ。確かにオレは、セティと言う人物が気になってはいる。
けど、せっかくの同期同士の相談ごとに首を突っ込むほど、無粋じゃあないぜ。話は後日聞かせてもらうとして、
―マチュアさん、ホントに申し訳ない。あらためてお話しましょう。美味いローストビーフを食わせる店を知ってるんで、そこで」
フェルグスはさっさと止り木を降りると、コインを置いて去っていった。
94:トラキアのキャラ使って社会人SS【15】
09/12/17 19:27:31 jULWZ4JR
「……どういうつもりよ?」
目の前のカウンターに置かれたグラスを見つめながら、抗議の色を含んだ口調で、マチュアは言う。
ブライトンは、今日の案件がアスベルのことということは、マチュアからのメールで知っていたはずなのだ。
「お前がアスベルのことで相談と言うなら、きっとセティチーフも関わってくるだろうと思った」
「……?」
「だから、というわけじゃないが、奴はセティチーフのことが気になっているんだ。
そこで何となくだが、奴を連れてくることにした」
奴、というのは、あのブロンドの青年のことだろう。フェルグスと言ったか。
「俺は、アスベルに関しては学生の頃しか知らない。だったら、彼のことを全く知らない人間のほうが、
場合によってはより正確な判断をするかも知れない。中途半端に知ることは、却って偏見を生む」
ブライトンらしい答えだ。彼は、物事を中途半端に知ることを嫌う。
「わたしだって、似たようなものよ」
そういうふうに、堅苦しく考えたいんじゃない……そう言いかけて、自分は何を相談しようとしたのか、ふと思った。
「……確かに事前連絡なしでやってしまった、申し訳なかった」
そう言うと、ブライトンはぺこりと頭を下げた。
―セティチーフは、関係ない。
少なくとも、今回のアスベルの件に関して、セティチーフは直接的に関与していない。
なのに、ブライトンは何故、彼を持ち出して、あげくに他人を巻き込もうとするのか。
マチュアは、分からない。
「ともかく」
そんな気の迷いを振り払うように、彼女はアスベルが事実上の休職状態にあることを説明した。
95:トラキアのキャラ使って社会人SS【15】
09/12/17 19:31:45 jULWZ4JR
「どう思う?」
「うん……」
ブライトンは口元に手を当て、カウンターの木目を見つめている。
その横顔を、見つめる。
艶の良い黒髪。
光に当たると、かすかに深緑に見える。
「アスベルの家を、知っているのか?」
ぼんやりしているところへ、こちらを向いて唐突に聞いてきた。
「え、うん、一応。行ったことはないけど」
仮にも、渉外課のチーフの秘書だ。部下の住所くらい把握している。
「家に、行ってみるか」
「押しかけるの……? 却って逆効果になったりしないかな」
自宅を訪ねることは、マチュアも考えてはいたが、躊躇ってもいた。
「しかし、このままでは何も変わらない。彼自身の力では、ことは動かないだろう。
何らかの働きかけが必要だとは思う」
「……」
マチュアは、黙って逡巡している。
「俺が行こう。住所を教えてくれ」
「えっ」
ブライトンの言葉に驚きはしたが、一方でその言葉を期待していたような気もする。
「お前はどうする?」
その言葉に、即答できない。
黙っていると、じっと見つめていたブライトンは視線を外し、
「よし、ならば俺一人で行く。明後日、金曜の午後に有給を申請しておこう」
そう言って、スコッチを注文した。
「お前はどうする?」
さっきとは比べ物にならないくらい、答えやすい。
同じ言葉のはずなのに、重さが違いすぎる。
「……サイドカー」
―お気に入りのカクテルなら、すんなり答えられるのに。
96:トラキアのキャラ使って社会人SS【15】
09/12/17 19:38:26 jULWZ4JR
「なんか、ごめんね……」
グラスを傾け、揺らしながら呟く。
気にするな、とブライトンは言い、ロックグラスを呷る。
「……何を躊躇っているんだ」
彼はグラスを置くと、呟くように問いかけた。
その言葉に、ホッとする。
こういう時に、やはり同期、「戦友」としてのなせる業かと思う。
勝手知ったる同期の心情。
知られていることが、心地よい。
「……おかしいよね、何故だかどうしても、自分が女だから、アスベルのプライドを傷つけないかとか、
変なことばっかり気になっちゃって」
「気にすることは、悪いことじゃない」
「でもさ……。今まで、そんなこと気にしたこと無かった。なんでだろう……。
アスベルが、頼りない男だからかな?」
そう言ってかすかに笑い、アスベルの顔を思い浮かべる。
女の子みたいな顔立ちは、不安そうにこっちを見ている。
だが、次にマチュアの心に浮かんだのは、鮮やかに外国語で対応するアスベルの姿だった。
人当たり良く、はきはきと交渉を進めるアスベル。
決して相手を見下さず、和やかにWIN-WINの関係を導いてくる。
しかし、現実のアスベルは5日も会社を休んでいる。
昨日からは連絡も無くなった。
やるせない気持ちが、マチュアの胸を締め付ける。
ふと気がつくと、目の前にハンカチが差し出されていた。
「……?」
ブライトンが、気まずそうにこっちを見ている。
「とりあえず、涙を拭け。お前に泣かれるとは思わなかった」
瞬きをした途端、目の端から涙が零れ、頬についた筋をなぞった。
カウンターの木目に、水滴が落ちていた。
97:トラキアのキャラ使って社会人SS【15】
09/12/17 19:42:13 jULWZ4JR
バーを出て、駅まで並んで歩く。
「明後日の午後に、行ってくる。俺もアスベルは知らない仲じゃないから、問題無いだろう。……お前は」
そこで言葉を切り、ブライトンは、しゃっくりをひとつ遣り過ごすと、
「自分の気持ちを整理しておくほうがいいんじゃないのか」
と言った。
改札を抜けると、電車がちょうど来たところだった。
じゃあ、というふうに片手を上げ、ブライトンは電車に飛び乗った。
98:創る名無しに見る名無し
09/12/17 19:51:01 jULWZ4JR
↑ここまでです
うーん、うまく書けないっす
続きは、また推敲してから投下します
読んで下さっている方、いつもありがとうございます
99:トラキアのキャラ使って社会人SS【16】
09/12/20 23:21:00 Vhiuunr6
教えてもらった住所を頼りに、ブライトンはアスベルの住むアパートを目指していた。
天気は快晴である。
冬の澄んだ空気が、頬をぴりっとさせる。
朝晩は冷え込むが、晴れた昼の日差しは暖かさをくれる。
ブライトンは、好んで通りの日差しの当たる側を歩いていた。
暖かさのためとはいえ、紫外線の集中砲火を食らっていると言う感じは否めない。
―女性は、嫌がるんだろうな。
ブライトンは、何とは無しにラーラの顔を思い浮かべた。
午後から休みを取るつもりだったが、一日休んでよいことになった。
急な休みの申請だし、休みの事由も、他部署の人間のことなので、受理されるかどうか怪しいと思っていた。
ブライトンは、自分が「方便」というべき嘘でも、上手くつけないことを知っている。
事由を聞かれたらダメかもしれない、と覚悟していた。
しかし営業課のチーフは、休みを申し出ると何も聞かずにすんなりOKをだしたばかりか、1日休みでよいと
言ってくれたのだった。
ブライトンは普段めったに休みを取らないし、彼の仕事が、一段落ついたところだったので、
それもあったのだろう。
§ § §
金曜の朝、オフィスの前でマチュアに会った。アスベルの住所と電話番号を受け取るためだ。
「アスベル、大丈夫かな……部屋に入れてもらえなかったら、どうしよう」
彼女は、不安そうだ。
「そのために行くんだろ。気をもんでもしょうがない、仕事に集中しててくれ」
ブライトンはメモを上着のポケットにしまい、
「風邪でも引いてたら、ずっと寝込んでるかもしれないな」
と言った。
それを聞くや否や、マチュアは
「じゃ、これ」
と言って、スーパーの袋を押しつけた。
「今朝買ってきたのよ。これなら手間かけずに食べられるでしょ」
中にはレトルトやインスタントの食品と、栄養ドリンクが入っていた。
ブライトンは苦笑し、
「請け負った」
と言った。
100:トラキアのキャラ使って社会人SS【16】
09/12/20 23:25:47 Vhiuunr6
ようやく、それと思しきアパートにたどり着いた。
出ないと分かってはいたが、一応アスベルの携帯に電話を入れる。
5回コールを鳴らしたところで切り、呼び鈴を押す。
これまた出ないことは予想済みである。
―思った通りか……仕方ない、こんな真似は気が進まないが。
ブライトンは、鞄から封筒を取り出すと扉の前の郵便受けに放り込み、その場を離れた。
§ § §
アパート近くのファミレスで、ノートパソコンを広げて資料整理をしていると携帯が鳴った。
その携帯はブライトンのものではない。
ゆっくり3コール待ってからブライトンは通話ボタンを押す。
『……もしもし』
消え入りそうなアスベルの声。
ブライトンはなおも黙っている。
『もしもし?』
もう一度アスベルの声が聞こえたところで、ブライトンはMP3レコーダーを通話口に向けて再生した。
『アスベル、お願い、ドアを開けてくれない? あなたのことが、心配なの』
マチュアの声が、レコーダーから流れる。
それが終わると同時に、通話を終了する。
荷物を素早く片付け、ブライトンは再びアスベルのアパートへ向かった。
外はもうすっかり暗くなっている。
アスベルのアパートのドアの前に立ち、息を整える。
そして、そっと呼び鈴を押す。覗き窓から見えない位置に身体を寄せ、静かに待つ。
ややあって、扉が開いた。
戸外に姿が見えないので、さらにドアが開かれる。
「!! ブライトンさん……」
「マチュアの代わりだ。こうでもしなきゃ、開けてもらえそうになかったからな」
ブライトンは、ばつの悪そうな顔でアスベルを見た。
アスベルは茫然として、幽霊のように部屋の奥にふらふらと引っ込んでいった。
101:トラキアのキャラ使って社会人SS【16】
09/12/20 23:37:08 Vhiuunr6
部屋の中は、明かり一つ点いていない。
ブライトンは蛍光灯の紐を手探りで探し、
「電気、つけるぞ」
と言ってから紐を引いた。
部屋の中は、ものが散らかっていて、見るに無残な有様だった。
蛍光灯の無機質な光は、それをより無残に見せつけた。
しかし食べ物の残骸は皆無に近い。きっとろくに食べていないのだろう。
部屋のベッドに、アスベルはぺたんと腰を下ろすと脱力したように呆けていた。
アスベルとは入社したての時に再会したきりだったが、その時に比べると、見る影もなくやつれていた。
かつての自分を見ているようだった。
マンスター社で、働いていた頃。
がむしゃらに、というより、何のために働くのか分からないまま、ただ目先のことだけを考えていた。
出社し、仕事をし、残業し、帰って寝る、そして起きてまた出社……。
生きるために働くのではない、働くために生きていた。
仕事しなくてよくなったら、生きていく意味もない。
そこまで仕事が好きかと言ったら、そうでもない。
ただ、業績を上げること、ノルマを達成すること、それだけが生きる目的だった。
―あの頃の俺は、まさにこんな生活をしていたな。
魂が抜けたようなアスベルの姿に、ブライトンはかつての自分を重ねた。
102:創る名無しに見る名無し
09/12/20 23:39:35 Vhiuunr6
↑ここまで
103:創る名無しに見る名無し
09/12/21 00:13:42 GKPkTZBF
投下乙
104:トラキアのキャラ使って社会人SS【16】
09/12/22 21:13:04 o3dbWcXB
「……アスベル」
反応が無い。
ブライトンは、アスベルの斜向かいの床に腰をおろし、独り言を言うように、静かに続ける。
「騙すようなことをして悪かった。本当ならマチュアが来るはずだったんだが……、彼女は、きみを心配している。
けれど、自分が行くとアスベルにプレッシャーを与えてしまうんじゃないかとか、女の自分が行くとアスベルのプライドを傷つけないかとか、
とにかくいろんなことを心配し過ぎて、結局来るのをやめたんだ。
その代わり、手紙を書いた。あの手紙が、それだ。……だしに使ったのは、すまなかったが」
アスベルは黙っている。
「休んでいることは、誰も責めていない。けっして悪いことをしているんじゃない。役に立ってるとか立ってないとか、
そんなのはどうでもいいことだ……、『役に立つ』ってのは、評価じゃない。気まぐれな、主観にすぎない」
アスベルは俯いている。
「それよりも、一人暮らしで身体を壊してないかとか、そっちのほうが心配だ。見る限り、ろくに食べてなさそうだしな。
これはマチュアからの差し入れだ」
そう言って、スーパーの袋を差し出す。
アスベルが、緩慢に手を動かして袋を受け取る。
「……僕は、もうダメなんです」
掠れた声で、アスベルが呟く。
ブライトンは、静かにその横顔を見つめる。
「何をやっても、失敗ばかり……それも、同じようなことを何度も。ちっとも進歩していない……。
僕は、足手まといでしかないんです」
虚ろな目を壁に向け、言葉を吐き出す。
「セティ先輩の部下なのに……恥さらしもいいところです……。僕が居ることで、周りの人たちが迷惑する。
きっとマチュアさんも、僕のことを呆れているでしょうね」
ブライトンは黙って聞いている。
「僕は、不良品です。セティ先輩のおかげで会社に拾ってもらったけど、減価償却できない……」
そこまで言うと、アスベルは深く項垂れた。
床に水滴が落ちる音がした。
「……人間は、モノじゃない」
ブライトンは、静かに口を開いた。
「アスベル。セティチーフみたいに成りたいと、思うか?」
「無理ですよ。僕なんか……」
くぐもった声が聞こえる。
「そうだな。きみは、セティのようには成れない。絶対に」
105:トラキアのキャラ使って社会人SS【16】
09/12/22 21:21:17 o3dbWcXB
「いいか、アスベル。セティのように成れるのは、セティ本人だけだ。アスベルも、俺もマチュアも、
けっしてセティのようには成れない。
けれど、逆に、セティはアスベルのようには成れない。セティは、他の誰になることも出来ない。
自分に成るしか道は無い」
ブライトンは、アスベルの横顔を見つめる。
「人は結局、自分自身にしか成れないんだ。アスベルは、アスベルにしか成れない。セティのようには成れないし、
成る必要も無い」
俯いたままの横顔に向かって、語りかけ続ける。
「所詮、仕事の能力なんて、人間を狭い視野で見た一側面に過ぎないんだ。それで人格まで判断できたら、
面接なんて簡単だ。
たかだか契約数件しくじっただけで、その人の人格まで否定されるいわれは無いんだ。
否定すべきは、その仕事のやり方にあるのであって、けっしてその人自身じゃない」
そこで、言葉を切った。
部屋の中に、しばしの沈黙が流れた。
アスベルは深く俯いて表情が見えない。
ブライトンは床を見るともなしに見つめている。
「……マチュアは、きみのことを心配している。そこに、仕事の出来がどうだとか、失敗したからなんだとか、
そんなものが入る余地は無い。そんなことを引け目に感じる必要は全く無いし、それに囚われて好意を無にしてしまったら……
マチュアは、もっと悲しむと思う」
静かに、しゃくりあげる音がする。
そして、絞り出すような声で言った。
「……僕は……ここに居て、いいんでしょうか……」
ブライトンは、アスベルの肩を軽く叩いて、
「きみの居場所は、間違いなく、ここにある」
と言った。
アスベルは、嗚咽混じりに訴えた。
「なぜ、僕なんかを……僕なんか……何も、何もできなかった……どうして、どうして……」
ブライトンは、アスベルの背に手を置いて、咽び泣くのを静かに聞いている。
落ち着くのを待って、静かに語りかける。
「セティのように成る必要は、全く無い。それを求められても、いない。……それよりも、アスベルが、
自分らしく在ることのほうが、何倍も重要なんだ。きみにしかない雰囲気や空気、長所や短所、それら全部をひっくるめて、
『アスベル』という存在が求められている。利害じゃない。きみという存在を、我々は心地よく感じているし、
きみが居ないことに寂しさを感じている。そのことは、知っておいて欲しい」
真夜中に近い時間。
静かな部屋に、鼻を啜る音だけが響いていた。
106:創る名無しに見る名無し
09/12/22 22:58:39 o3dbWcXB
↑ここまで、続きは後日。
もちょっと推敲したい・・・ろくなものではないけれど
107:トラキアのキャラ使って社会人SS【17】
09/12/24 23:00:37 PpdOdEkh
突然の出来事と言うのは、前触れなしにやってくるから「突然」なのだ。
理屈では理解していたが、実際にやってくると抗議の一つもしたくなる。
『マギ・トレーディングスは、年内をもって本社の下部組織となる』
事実上の子会社化。つまり、今後は本社の干渉が厳しくなるということである。
マギ・トレーディングスは、レンスター・コーポレイレッドの傘下にあるものの、もともとはレンスター社の
ライバル会社であるマンスター・カンパニーの有志が独立して立ち上げた小さな会社だった。
マンスター社のやり方に閉口した中堅の買い付け人たちが、もっと顧客や現地の文化を大事にした貿易商社を、という
理念のもとに発足したベンチャー会社のはしりであった。
その理念は今も受け継がれ、小さな会社ならではのフットワークの良さを生かして、無名ながらも質の高い
雑貨や食品を輸入して売っていた。
マギ社の評判は、業界ではおおむね好意的だった。
マギ社の親会社に当たるレンスター社は、マギ社の方針に特に干渉せず、情報提供のみを求め、見返りに資金融資をした。
もともとはそれが目的でマギ社のスポンサーとなったのだから、当然ではある。
しかし、それが今になって完全子会社化に乗り出した。言うなれば自治を許されていた地方行政が、
急に政府の横槍が入るようなものである。
当然、マギ社の内部でも反発が相次いだ。
……というごちゃごちゃを、カリンは文章でなく社内の空気で「なんとなく」理解していた。
物事を、文章や数式をいじくり回して考えるのは、難しいし苦手だ。
だからといって、「直感」に頼って好き勝手に生きているわけではない。
カリンは年齢の割にしっかりしていると、主に中高年の上司たちからのお墨付きなのである。
108:トラキアのキャラ使って社会人SS【17】
09/12/24 23:04:56 PpdOdEkh
「ということは、オレもそろそろおさらばだな」
公示があった日の昼下がり、内勤だったフェルグスは話の流れでそんなことを口走った。
「あんた、この前までは『もうしばらくいる』って言ってたじゃない」
語気を荒げて、言う。
「状況が状況だからな。オレはもともと根無し草だし」
フェルグスは、飄々として言ったものだった。
+ + +
―何だか、もやもやする。
終業時間になり、ロッカーへ向かうエレベータの中で、カリンは何とも腑に落ちない気持ちを持て余していた。
もやもやした気持ちのままバス停へ向かう途中で、ブライトンと会った。
「あ、お疲れ様です」
「今、帰りか。ずいぶん遅いな」
「ええ、ちょっと仕事が残っちゃって」
いつもなら、このやり取りで終了だ。
しかし、今日は違った。
「そうだカリン、旨いローストビーフを食わせる店が出来たらしいな。フェルグスに聞いたんだが、知っているか」
「へ? ……あっ、知ってます」
唐突に聞かれ、心の中で困惑しながら、カリンはブライトンの顔をまじまじと見る。
ローストビーフの店は、先週ランチ仲間と行ってきたので、場所ならばっちりだ。
しかし……。
―この人は無口だから、考えていることが掴みにくいなぁ。
「行ってみますか?」
とりあえず、聞いてみる。
ブライトンは、しばし考えた風をして
「いや、今日はよしておこう。―フェルグスと、行ってきたのか」
歩き出しながら、問いかける。
「とんでもない! あいつと行ったら、払わされるから行かないんです。
自分はわたしの倍くらい食べたくせに、『割り勘な!』とか言っちゃって……」
ブライトンは笑いながら聞いている。
バス停まで、二人は並んで歩いた。
109:トラキアのキャラ使って社会人SS【17】
09/12/24 23:10:29 PpdOdEkh
その間、カリンはフェルグスの悪口を、思いつく限りぶちまけた。
「~~とか言って。信じられないですよね? どう思います、同じ男性として!」
ブライトンは、たじたじとなり、
「その前に、俺は君がそれだけの不満をどこに蓄えていたのか、ただただ驚くばかりだが……」
怖ろしげに目を逸らす。
バス停に着き、しばらく待つ。
「カリンとフェルグスの掛け合いは、職場で毎日一度は見る光景だな」
ブライトンが言う。
「ごめんなさい、騒がしくて……」
しおらしく言うが、
―でも、あいつがちょっかい出してくるから……
などと考えてしまう。
「カリン、奴のことが気になっているのか?」
唐突に、ブライトンは尋ねた。
その目は、ちょっと楽しそうだ。
こんな目は、職場では見ない。
「ええ、気になってますよ。『気になる』どころか、『気に障る』くらい」
何となく癪な気がして、カリンは腹立たしげに答えた。
それを聞き、ブライトンはこんな提案をした。
「気になるなら、二人でゆっくり話したらどうだろう。アルコールは? いけるようなら、
奴も強くはないが、営業で支障が無い程度には飲める」
そう言われ、はたと考える。
―そういえば、フェルグスと飲みに行ったことない。
会社のカフェで一緒になることはよくあるが、同じ時間帯に退社することは、殆ど無いのだ。
フェルグスとの接点は、職場だけだったということになる。
110:トラキアのキャラ使って社会人SS【18】
09/12/24 23:14:27 PpdOdEkh
公示のでる3週間前。
フェルグスは、営業課チーフに呼ばれていた。
海外にある地方都市。良質のアンティーク家具を作り続けている、伝統ある街である。
大手には知られておらず、マギ社が現地の職人たちと信頼関係を築きながら、大事に守ってきた土壌であった。
そこへ近々、大手貿易会社が大規模な買い占めを行う予定があるという。
フェルグスは、現地入りしてその情報を集める役目を伝えられていた。
この仕事は、単なる出張ではない。
いつ帰ってこれるか、分かったものではない。
しかも、大手のバイヤーたちと渡り合わなくてはならない。
大手は数とカネにものを言わせ、横暴な買い付けをするだろう。
そうなれば、今まで築いてきた信頼はズタズタだ。
どうみても勝ち目のない防衛戦を強いられることになるのである。
―やはりね。そうそううまくは……いかないものだな。
フェルグスは、言いにくそうにしているチーフを哀れにさえ思った。
チーフだって、上からの指示を伝えているに過ぎないのだろう。
「さて、と……」
チーフの部屋を出て、フェルグスは呟く。
そして頭の中でカレンダーをめくって、廊下を歩きだした。
111:トラキアのキャラ使って社会人SS【18】
09/12/24 23:18:24 PpdOdEkh
「買収の件だが」
いつものとおりのランチタイム・ミーティングで、ブライトンが聞いてきた。
「お前は、どうするつもりなんだ?」
フェルグスは、おやっ、と思う。
マギ社の本社吸収の件は、今や誰でも聞き及んでいたし、今後の自分の身をどうするか、は
目下誰でも共通の話題と言えた。
しかし、ブライトンは他人のことに首を突っ込みたがらない。
そうフェルグスは認識していたので、意外に思ったのだ。
「うーん、オレはもともと余所者だからなぁ。でも、本社に戻る気はねぇから、どうすっかな。
ブライトンは、どうするつもりなんだい」
自分のことをはぐらかし、何とは無しに聞いてみた。
「俺は会社を辞める」
ブライトンは、一点の逡巡も見せずに、きっぱりと言い切った。
「!! ……、……、……?」
フェルグスは、耳を疑った。
真面目なブライトンのことだから、きっと本社配属で頑張るんだろう……そう思っていた。
ミネストローネにスプーンを入れた状態で、フェルグスは固まってしまった。
ブライトンは変わらぬ様子で、シーザーサラダを口に運ぶ。
「マジで?」
フェルグスは、ブライトンの顔を覗き込むように尋ねる。
「ああ」
ブライトンは言葉少なに応える。そして、
「辞めた後のことは、これから考えるが……会社勤めとは全く違ったことをしようと思う」
そう言って顔を上げる。
ブライトンの眼は、気負いも衒いも無く、静謐に澄んでいた。
112:トラキアのキャラ使って社会人SS【18】
09/12/24 23:23:23 PpdOdEkh
夜7時。
フェルグスが外回りから帰ってくると、ちょうどブライトンも帰ってきたところだった。
「ブライトン、ちょっと付き合わないか?」
フェルグスはそう言って、グラスを傾ける仕草をした。
通りを歩きながら、ブライトンは言った。
「そういえばマチュアを、例のローストビーフの店に連れていったのか」
「いや、まだだ……なにかと、機会が無くて」
「じゃあ、俺が彼女より先に、そこに行くわけにはいかないな」
―相変わらず律儀な奴だな。
そう思いながら、フェルグスは後に続く。
「じゃあ、あそこに行こう。隠れ家っぽいとこだし、ダーツもやれる」
そう言って、二人は繁華街の中に消えた。
ダーツバーで、フェルグスは海外行きのことを切り出した。
「オレはここが地元でもねぇし、家族もいない。会社の上にとっちゃ、
外にやるにはうってつけの存在、ってわけだ」
フェルグスはビールを片手に、意識して、あっさりと言う。
ブライトンは、黙って聞いている。
「別にしがみつくつもりも無ぇけど」
そう言ってジョッキを呷る。
「カリンのことは、どうするんだ」
ブライトンが、まっすぐにこっちを見ていた。
一瞬、はぐらかそうかと思ったが、やめにした。
ブライトンは、誠実な男だ。それは、一緒に仕事をして十分に把握している。
フェルグスは―かなり恥ずかしくはあったが―、カリンのことが気になること、それでついちょっかいみたく
なってしまうことなんかを、ぽつりぽつりと話した。
113:トラキアのキャラ使って社会人SS【18】
09/12/24 23:27:07 PpdOdEkh
「ダメだな、オレは。小学生かっての」
自嘲し、オリーブを口に入れる。
―あいつさぁ、ヘンな奴なんだぜ。
気立てがいいってわけでもねぇし……あ、でも気は利くほうかも。
顔だって、取り立てて美人でもない……まぁ、ちょっとカワイイ感じだけどな。
って、何言わせんだよ!
てか、あいつ乱暴なんだよ、すぐ殴るしさ。
まぁなんだ、上手く言えねぇけどさ……とにかく、気になっちゃうんだよ、あいつのこと。
なんか、負けた気分だよなぁ。ブライトン、余裕こいてねぇで何か言ってくれよ。
フェルグスは、ブライトン相手にくだを巻く。
―愚痴ってより、惚気だな。
ブライトンは呆れながらも、微笑ましく思った。
顔なじみのバーテンダーは、ナッツとチェイサーをそっと置き、ブライトンを見た。
ブライトンは、(辟易している)というふうな苦笑いをしてみせる。
この、酔いが回った同僚が憎めない奴であることを、彼もバーテンダーも承知していた。
114:創る名無しに見る名無し
09/12/24 23:32:21 PpdOdEkh
↑ここまで
あ゛~~恥ずかし。こんなの、クリスマスじゃなきゃ投下できないですって
しかも、自虐的にageちゃったりするのよね
まぁ人すくないみたいだし、今のうちに・・・
厳しい批判お待ちしてます
115:トラキアのキャラ使って社会人SS【19】
10/01/08 23:22:38 nNYETH+q
マチュアは、心ここに在らずといった感じで、アスベルの休職手続きをしていた。
アスベルは、もう2週間休んでいる。
ブライトンが行った日の夜、携帯を受け取る目的で会社近くの喫茶店で待ち合わせた。
「どうだった? ちゃんと、渡してくれた?」
彼が来るなり、席に着く前にマチュアは息せき切って尋ねた。
携帯を返し、上着を脱ぎながらブライトンは
「渡すものは、渡した。ろくに食べていない様子で、かなりやつれていた」
と言い、シートに腰掛けた。
―自殺してなかっただけ、まだ良かった。
そう言おうとして、彼は言葉を呑み込んだ。
そんなことは、マチュアを不安がらせるだけだし、不謹慎だと怒られるだろうと思ったからだ。
しかし、当のマチュアも
―良かった、生きてはいるのね……。
と、心底ホッとしたのだった。
一人で悩んでいると、悪いほうへ悪いほうへ想像がふくらんでいく。
マチュアの頭の中には、アスベルがアパートの自室で首を吊っている姿すら想像されていた。
まさか、そんなことありえない、いくらそう思っても、その可能性を捨て去ることは出来なかったのだ。
それが、1週間前。
今日は来るかもしれない、そう思い続けて、また金曜日がやってきてしまった。
マギ社の本社吸収合併の関係で、セティはますます忙しくなり、ろくに顔を合わせなくなってしまった。
連絡は専らメールか電話であり、仕事の話以外は出来ない。
マチュアは、またも社屋のカフェにブライトンを呼び出した。
「どうしよう……」
マチュアの思いつめた表情に、ブライトンは困った顔で、
「案じてもしょうがない。俺たちは出来る限りのことをした。あとは、アスベル本人の問題だ」
そう言ってコーヒーを口に運ぶ。それから思い出したように、
「セティチーフは、どうしてる?」
と聞いた。
買収の件があるために、本社や外回りが多くなって、殆ど社内に居ない、ということを説明した。
「お前、秘書なのに同行しなくていいのか」
「必要な時は、もちろん同行してるわよ。逆に、わたしが会社に残って連絡係を務めたほうが
都合がいい時だってあるし」
ブライトンはしばし考え、
「最近よく行くのは?」
と尋ねた。
「そうね……最近は、あそこが多いかな」
そう言って、フェルグスの赴任先である海外都市の名を挙げた。
116:トラキアのキャラ使って社会人SS【19】
10/01/08 23:25:31 nNYETH+q
昼前に、フェルグスはオフィスに戻ってきた。特定のルートを持たないから、珍しいことではない。
自分のデスクでメールをチェックしていたが、カリンが近くを通りかかった時に、声をかけられた。
「カリン、今日の夜あいてるか?」
カリンはちょっと面食らったが、すぐに
「あいてるけど、仕事中でしょ! 働きなさいよ、このサボリ魔!」
持っていた書類で軽く頭を叩いた。
いつもなら、
「痛ってぇな、この暴力女!」
とか返ってくるのだけれど、フェルグスはいたって真面目な顔で、
「そうか、じゃあ終わったらエントランスで待ってるからな」
と言ったのだった。
面食らうどころか不審に思って、
「待たれてると目立つし、はっきり言ってメーワク」
言い終わらないうちにすかさず、
「じゃあメールくれ」
と言ってメモにアドレスを走り書きし、カリンに手渡した。
きょとんとしている間に、フェルグスの携帯が鳴り、
「おっと、来たか。―はい、マギ・トレーディング……フェルグスです、お世話になりますー。
はい、すぐ伺います! 失礼しますー。 ―っと、じゃあな、メールくれよ、絶対だぞ!」
そう言い残して、あたふたとオフィスを出ていったのだ。
117:トラキアのキャラ使って社会人SS【19】
10/01/08 23:29:36 nNYETH+q
午後5時過ぎ。
自分のデスクの上を片付け、カリンはオフィスの同僚に声をかけ、エレベーターに向かった。
ロッカールームで携帯を開くと、フェルグスからもらったメモを頼りに、メールを打った。
フェルグスは、すぐにやってきた。エントランスで5分と待たないうちだ。
気のせいか、表情がいつもより堅い。
「早かったね。また、サボってたんじゃないの?」
と聞いてみた。
「なに言ってんだよ! クレーム処理で、大変だったんだぜ」
―いつもどおりだ。
カリンはちょっと安心した。
「旨い店があるんだ、行こうぜ。今日は割り勘じゃないぞ」
嬉しそうに言って、フェルグスは歩き出した。
―この方向、きっと例のローストビーフの店に連れていくつもりだな。
カリンは勘付いて、
「ローストビーフの店なら、わたし、もう行ったけど」
と言おうとした。
けれど、言わなかった。なんとなく、言わない方がいいような気がした。
代わりに、店についたらなんて言おうか考え始めた。
―『美味しい! こんな店あったんだー!』 ……全力で却下。わたしの性格上、絶対無理!
―『あっ、このお店、前に友達と来たよ』 ……ダメね。あいつをがっかりさせるだけ。あいつ、バカみたいに張り切ってるもん。
―『このお店、美味しいよね。ランチで来ただけだけど、夜もやってるんだね』 ……これが一番、無難か。よし、これで行こう。
二人して店まで歩く道すがら、カリンはフェルグスの喋ることなど右から左で、自分がどう言うべきか、だけに思いを巡らせていた。
118:トラキアのキャラ使って社会人SS【19】
10/01/08 23:31:59 nNYETH+q
店に着き、席に着く。
カリンは予行練習通りにセリフを遂行し、フェルグスの反応を見た。
―ヘンなの。なんでこいつに、そんな気ぃ使わなきゃいけないわけ?
頭の中がこんがらがってきはじめたところへ、フェルグスが切り出した。
「カリン、オレはお前に言っておかなきゃならないことがある」
「はぁ?」
「オレ、飛ばされるんだ。海外に。それも、無期限で」
「……?」
―なんだろう、胸騒ぎというか……
なんだか、ザワザワする。
こういうのを、「当惑している」とか言うのだろうか。
「カリン、オレはお前のことが好きだ。離ればなれになるのはイヤなんだ。だから……
今すぐでなくてもいいんだ、オレと一緒に……」
―ヤバい。
とっさに席を立つと、
「ごめん、バス、無くなっちゃう。ごめん」
それだけ言い、バッグを持って店を飛び出した。
後ろでフェルグスが呼び止める声が聞こえる。
けれど、今はこの場を離れることしかできない。
119:トラキアのキャラ使って社会人SS【19】
10/01/08 23:36:25 nNYETH+q
「で?」
ローストビーフの店で、ブライトンはフェルグスに問うた。
フェルグスがカリンを誘った日から数えて3日目。ブライトンとともに帰る途中で、フェルグスはマチュアとたまたま一緒になった。
丁度いいからということで、3人で件の店にやってきたのだ。
「いや、それだけだ」
フェルグスは、それだけ言うとビールをぐいっと飲み干す。
しばし沈黙。
ややあって、
「 バ カ だな」
きっぱりと、ブライトン。
「 バ カ ね」
マチュアも、さくっと言い放つ。
そして中断していたローストビーフの最後の一切れにとりかかった。
「……うぅ、わかってたけど、そんなざっくり言わなくても」
フェルグスは、がっくりと肩を落とす。
「大体さぁ、なんでいきなり『一緒になろう』なのよ? 呆れてモノも言えない」
フォークを戻し、マチュアが切り捨てるように言う。
「いきなりじゃねぇよ! オレはあいつと、職場で何度となくコミュニケーションとってきたんだぜ」
ジョッキをつかみ、言い返すフェルグス。
「口喧嘩、という形でな」
と、ブライトン。
「ただのお友達じゃない、そんなの」
マチュアは横目で一瞥をくれながらグラスを手にする。
フェルグスはジョッキを呷り、マチュアはグラス片手にダメ出しをする。
ブライトンは、そんな二人に挟まれた状態だ。二人の言い分をステレオで聞かされて、酔いが早く回る気がしている。
× × ×
マチュアを駅まで送ったあと、フェルグスはブライトンとともに二軒目に行った。
一軒目でもビールを結構飲んだので、二軒目のダイニングバーでは着くなりくだを巻いた。
「わかってんだよ、オレは焦っちまってる。だってさ……あとひと月も無いんだ、このままサヨナラしちまったら……
本当のさよならになっちまう。あいつとは、ただの知り合いか、ほとんど他人になっちまう。オレは、そんなのイヤなんだよ」
ブライトンは黙って聞いている。
二人は、そのまま閉店までカウンターに留まっていた。