09/03/23 22:25:36 YrECqOPj
第五話 大人の階段昇る 私もあなたもシンデレラ ①
真君の家を出ると空は薄暗くなっていた。
街灯の明かりがぽつぽつと灯りはじめ、びゅうびゅうと吹き付ける夜風は「春なんて
まだまだ先なんだぞ」と叫んでいるかのように冷たかった。
「ミホ、帰りは歩き?」
「ううん、青藍君に迎えに来てもらう」
―青藍さん。一美も何度か会った事がある。身長は美帆とは大差無いけれど、それは
美帆の身長が非常に高いだけで、つまり170センチはある筈だ。
骨太体型で無精髭を生やしている様は所謂「親父」っぽくて、けれどくしゃりと笑う顔は
人懐こくて、一美は青藍さんに対して人見知りはしなかった。
美帆と青藍さんが並ぶと美女と野獣みたいで、でも仲の良さは兄妹のようだった。
それが、許婚だったとは。
一美は美帆に何か話し掛けたかったけれど、何て言えばよいのか判らなかった。
美帆は一美の気持ちを知ってか知らずか携帯を取り出して電話を掛けはじめた。
美帆が一美に内緒にしていた事。
言ってくれなかったのはちょっぴりショックだけれど、そうそうに告白されていても
どう反応すればよいのか悩んでしまう訳で。
婚約って言うのはおめでたい事なんだけれど、まだまだミドルティーンの一美には友達の
婚約っていうのは全く実感が沸かない訳で。
と、電話を終えて振り返った美帆と目が合った。玄関の光に当たっている美帆は何だか
大人っぽくて、一美の手の届かないような気がする。一美は美帆と一緒に大人の階段を一段ずつ
昇っていたと信じていたけれど、現実は違った。美帆だけがいつの間にか何段も先に昇っていたのだ。
目の奥がじんわりと熱くなる。視界がどんどんと滲んで行き、一筋の涙が一美の頬を伝った。
ねえ、何で涙が出るの? 悲しくも嬉しくもないのに、勝手に涙が流れてしまう。
「カズちゃん、今まで黙っていてごめんね。本当にごめんね」
美帆が一美の肩に手を置いた。美帆の声も震えている。
「違うの、美帆は悪くないの。悪くないんだよ?」
一美はポケットからハンカチを取り出すと美帆の涙を拭った。そして、自分も。
198:Little by little
09/03/23 22:26:40 YrECqOPj
第五話 大人の階段昇る 私もあなたもシンデレラ②
「ね、カズちゃん。ここって小島君の部屋から丸見え?」
涙が治まったのか、今度はちゃんとした声で美帆が聞いてきた。
「ううん、あそこに木があるでしょ? 家の玄関の所は真君の部屋からは死角になるんだよ。」
一美が指差した先には一本のイチイがある。
「あの木はね、ずっと前からあるの。いつでも家を見下ろして来たんだよ。で、何でそんな事聞くの?」
「だって、カズちゃんを泣かせたら小林君に怒られそうじゃない」
「もう、美帆ったら!」
一美と美帆はクスクスと笑いはじめた。涙を流すのではなくて、美帆とはこうやって笑いあっていたいと思った。
「で、小林君とはどんな話をしたの?」
「趣味を聞かれたから答えて、後はどこの高校に行くかとか、メアド交換したりとか。
で、皆で遊びに行きたいねって話になって、そしたら真君と美帆が部屋に戻って来て」
そう、真君と美帆がいなくなってからも一美と小林君はきちんと話が出来たのだ。
歴史の難しい話をした後の小林君は緊張が解けたようで饒舌になり、一美も釣られて話をしたのだ。
「そうだ、お茶入れたんだよ、私。飲んで来るの忘れちゃった」
「じゃ、家でお茶飲んでく?」
「ううん、青藍くんがそろそろ来るし……って、ほら」
向こうから一台の軽トラが軽快な音を立ててやって来た。
「じゃ、カズちゃん、また明日。って行ってももう少し色々教えてね。で、一応青藍くんに
遊園地に一緒に行けるか聞いてみる。足替わりになるでしょ」
軽トラが家の前に着くと美帆は笑顔で乗り込んで行った。美帆が手を振り、青藍さんは軽く
会釈する。こうして見ると、一美には二人がお似合いのように思えた。
軽トラが走って行く。一美は門の横に立ちてをふり見送った。
「美帆、おめでとう。青藍さんもおめでとう」
一美の呟きは夜風に流れて消えて行った。
車が角に曲がり見えなくなり、一美は手を振るのを止めた。
東京では桜が咲き始めたとはいえ、山梨の夜はまだまだ寒い。特に今日みたいな曇り空の日は。
そろそろ家に入ろうとした時、真君の家の門から一台の自転車が出て来た。
「あれっ、天田さん、何をしているんですか?」
一美に声を掛けてきた自転車の主は小林君だった。
「美帆を見送っていたの。小林君、暗いし寒いから気をつけてね」
「はいっ、じゃ、さようなら、天田さん」
199:Little by little
09/03/23 22:27:13 YrECqOPj
第五話 大人の階段昇る 私もあなたもシンデレラ③
「バイバイ、小林君」
小林君は勢い良く自転車を漕いで行った。
少し話が出来たとはいえ、一美は小林君の事をもう少し知らなきゃいけないと思う。
好きな食べ物とか、好きな本。映画やテレビや音楽。知りたい事は一杯ある。
そういうのはメールで話せば良いとして、小林君の性格とか人となりはメールだけでは
伝わって来ない。面と向かって話をしなききゃ判らない事が沢山ある。
人と出会う事の意味は学校からの帰り道で言っていたけれど、一美はその意味がきちんと
判りはじめたような気がした。
と、今度は自転車がこちらに向かってやって来た。
「カズ姉、ただいまー」
元気に叫んだのは一美のすぐ下の弟の次郎だった。声変わり最中独特の声で、まだまだ
一美よりは背が低いけれど、最近ぐんぐんと伸びて来ている。
「お帰り、次郎。私、先に家に入っているからね」
一美は次郎が自転車を留めている間に家に入った。
「ただいまー」
続いて次郎か家に入って来る。
「あんた、今日遅かったじゃない」
「今日は由介んち行ってた。先輩達に送る色紙の準備とかさ」
由介君とは次郎の友達で、二人は柔道部に所属している。
「あんたも大変ねえ」
「そうだよ、明日は卒業式で、卒業式が終わったら部紹介の練習始めなきゃだからさ」
次郎は階段を駆け上がって行った。
一美は洗面所へ行きうがい手洗いをするとリビングへと向かった。
「お帰り、カズ姉ちゃん」
声を掛けて来たのは末っ子の三太だ。三太は携帯ゲームに夢中になっている。
「ねえ、三太。今やってるの三国志のゲーム?」
「違うし、これはポケモンだし。僕やってるのDSだし。それに家にあるのは三国志じゃなくて
無双オロチだし」
三太はちんぷんかんぷんなことを言って来る。
「あんたねえ、訳の判らない事言ってんじゃないの。三国志が何とかってゲームを次郎とやってたでしょ」
「だから、それは無双オロチだし」
「そのなんたらオロチって何よ。ヤマタノオロチは古事記でしょ」
「難しい事言われても判らないしー」
三太はすたこらさっさと二階へ上がって行った。
全く、近頃の小学生は生意気なんだから!
一美は溜め息をついた。今日は沢山溜め息をついてしまった。溜め息をつくと幸せが
逃げるって言うけれど、今日に限ってはそんな事はないと思った。
200:創る名無しに見る名無し
09/03/25 01:41:10 JuEnBjfV
投下&代行乙です!
五話のタイトル通り、みんなちょっとずつ変わって行くのだねえ
それにしても小林くんwピュアなのはわかるがお前も頑張れ、置いて行かれるぞww
201:創る名無しに見る名無し
09/03/28 15:14:13 gPlQc3TW
なんとなくあげ
202:創る名無しに見る名無し
09/03/29 12:21:06 nVm2zwtu
恋、それは恋(・_・)
203: ◆91wbDksrrE
09/04/03 01:51:16 Tk3ap2Ep
投下します
1レススレのお題を使って書いたんですが、
なんか長くなったのでこちらに。
204: ◆91wbDksrrE
09/04/03 01:51:44 Tk3ap2Ep
コンビニエンスストアが二十四時間やってるかどうかは、その町が
田舎であるか否かの指標になると思う。……期せずしてダジャレに
なってしまったが、他意は無い。ホントに。
とりあえず私の住む町は、その指標に則って考えると田舎だという
事になる。実際、深夜零時を回ると人通りどころか、民家の明かり
すらもほとんど消えてなくなる。お陰で星は綺麗に見えるが、星に
興味の無い人にゃそんな事はどうでもいいだろうから、有体に言って
夜遅くまで起きている人間には不便な町だという事になる。
「げっ、間に合わなかった……」
息を切らして駆けつけたその先で、既にコンビニはシャッターを閉め、
営業終了の看板を掲げていた。ほーら、不便だ。
「……そんなぁ」
嘆いてみても、突然シャッターが上がって営業が再開するわけも
無く、呟きは虚しく空に消えていくだけ。白い吐息が、その比喩を目に
見える形にしてくれているが、別に嬉しくもなんとも無い。むしろ、寒さ
を実感させられるようで気が滅入る。
「さむっ」
というか、実際に寒い。コンビニの中に入れれば、その寒さからも
逃れられるのだが……というのは詮無い考えという奴だろう。もう四月
だと言うのに、この寒さには参った……。
「あー、もう!」
周辺民家に配慮した、少しだけ抑えた声で叫んでみても、コンビニの
営業時間にしろこの寒さにしろ、食べたかったプリンを食べられなかった
という悔しさにしろ、何一つとして解消することは無い。
―と思っていたら、意外なところから救いの手はやってきた。
「あ? 誰かいるのか?」
その声はコンビニの裏手側から聞こえた。男の声だ。
「……ああ、すいません、お客さん。もう今日の営業は……」
「わかってます」
「そりゃ良かった」
のっそりと姿を現した男は、声から想像したよりもずっと若くて、そして
デカかった。私が見上げる程に。これでも背は結構デカい方で、それが
コンプレックスになっていたりもするのだが、この人もそんな感じだったり
するのだろうか?
「ここの店員さん?」
「そうっすけど……何か用でも?」
「店員さんには直接用はなかったんだけどね……閉まってちゃあ
仕方が無い、と諦めてた所」
「そりゃ良かった」
「……『何か欲しいのがあるならご用意しますよ』とかならない?」
「ならないっす」
「そりゃ残念」
彼は、その手にコンビニの袋を提げている。中は、恐らく廃棄品など
を持って帰っているのだろう、かなりの量がみっしりと詰まっていた。
「今帰りですか?」
「ええ。……ホントは、店長が閉店処理しないといけないんっすけど、
何か今日用事があったとかで……いい迷惑っすよ、ほんと」
「大変そうですねぇ」
「大変っす」
「あ!」
軽い雑談を交わしながら、何となく彼の持っていた袋を見ていた私は、
その中に一つの物を発見した。半透明の袋から透けて見えるその
パッケージは、見違えようも無い、私が愛食しているプッツンプリン
のオレンジと黄色の彩りだった。
「それ、それ!」
「……な、なんすか」
「それ! プッツンプリンでしょ!?」
「……あ、これっすか? そうっすけど……」
「売って!」
「……はあ?」
205: ◆91wbDksrrE
09/04/03 01:52:18 Tk3ap2Ep
……呆然とされてしまった。でも、こんな閉店間際っていうかギリギリ
アウトの時間に息せき切ってここまで来たその理由が目の前にあるのに、
それを見過ごして帰るなんて事は、私にはできなかった。
「でも、これ……廃棄の奴っすよ?」
「構わないから売って!」
「……でも」
「じゃあ、頂戴!」
「……」
……今度は呆れられたようだ。
「売れないってんなら、友達にあげるってことで、私に頂戴!」
でも、私は諦めなかった。それだけが私にできる唯一の戦いだった
からだ……なんて大げさにキバヤシる程でもないはずなのだが、
一度言い出してしまった以上、押し通さないと逆に恥ずかしくなる。
「友達って……あの、俺、貴方の事全然知らないっすけど……」
「私、長井実穂! 君は!?」
「……と、友部明臣(あきおみ)っす」
「明臣君だね! じゃあ、お互いの名前も知ってる私たちは、もう友達!」
「は……はぁ」
「というわけで、プリーズ! ギブミーチョコレート!」
「……プリンが欲しかったんじゃ?」
「そうだった! プリーズプリン! ギブミー!」
勢いだけで突っ走っている私に、彼―明臣君は軽く引いてるような
気配もあったが、私は気にしない……というか、気にしたらちょっと、いや、
かなり死にたくなる気が……。夜のハイテンションって怖いなあ……。
「……えっと、長井さんって」
「実穂でいいよ。だって友達じゃない」
「じゃあ……実穂、さんって……なんでそんなにプリンが欲しいんっすか?」
「そこにプリンがあるからさ!」
「……は、はあ」
とにかく、私はただひたすらにプリン目指して突っ走っていた。
暴走しているとも言う。これでプリン貰えなかったら、私は恐らく明日の
新聞を飾る事になるだろう。お母さんお父さん、先立つ娘をお許し下さい。
「……わかったっす。そんなに要るなら……どうぞ」
「やったー! きゃっほー! ありがとー!」
彼は、小さく笑いながら私にプリンを手渡した。
「……変な人っすね、実穂さん」
「惚れた?」
「え? ……あー」
「……ちょ、ちょっと?」
勢いのまま、冗談で言った言葉に、明臣君は頬を染めて俯いた。
慌てたのは私の方だ。な、なんでそんな反応を……。
「や、やーねぇ、冗談よっ、冗談」
「……友達、なんっすよね、俺達?」
「そ、そうだね。友達だよっ」
「……友達から、って事で……お願いしても、いいっすか?」
206: ◆91wbDksrrE
09/04/03 01:53:28 Tk3ap2Ep
「………………え?」
言ってる言葉の意味がよくわからなかった。ようやくそれがわかった
のは、たっぷり三分程経ってからの事だった。
「え……えぇぇぇえええええぇぇええ!!??」
「……唐突にこんな事言い出す俺も、随分変な奴だと思うんで、多分、
実穂さんとは気が合うんじゃないかなぁ……とか、思ったりしたっす」
「え、でも、その、あの……私たち、今日、今、ここで会ったばっかだよね?」
「迷惑ならいいっす。でも……何かその……いいな、って思った、
この気持ちは本物だと思うっすから……そこは、伝えたくて」
「……う……うへぇぇぇええ」
私は奇妙な唸り声を上げて、頭を抱えた。プリンめがけて暴走してたら、
何故か告白されちゃってるとか、一体どんな超展開だこれは。
「やっぱり……迷惑っすかね?」
何故か寂しそうに笑う彼の顔を、私は頭を抱えたまま横目で見た。
……何か、結構カッコいい、かも。笑った所が、特に。背も高いし、
私と並んだ所を想像すると、凄く様になってる気がする……。
「あの、ね……私なんかが、いいの? こんな、変な女がいいの?」
「……迷惑じゃ、なければ」
頭を抱えていた手が、頬におりてくる。真っ赤になって熱を持った頬に、
掌の冷たい感触が心地いい。でも、それもすぐに熱くなっていく。頬の
熱と、身体の中心から湧き上がってくる熱で。
「……とりあえず、すぐに返事は、いいです。明日とか、その、いつでも」
「そ、そう? ……そうしてもらえるとありがたいかも。なんかもう、今ね、
頭の中パニックな感じでね……」
「とりあえず……こんな時間ですし、家まで送るっす」
「あ、うん……ありがと」
プリンを地面に落としてしまっている事にも気づかず、私は彼を横に
伴って家路に着いた。
来る時は走って心臓が跳ね上がっていたが、今は違う理由で心臓が
跳ね上がり、いかに深呼吸しようとも収まりそうにない。
……多分、明日のこの時間、私はまたこのコンビニにやってきて、
それで彼に答えを告げる事になるのだろう。
その答えは、もう心の中では決まりつつあった。
あと、決めなければいけないのは……その答えを彼に告げる、覚悟だ。
「……一日で足りるかなぁ」
「ん? 何っすか?」
「あ、ごめん、こっちの事」
歩くうち、日付が変わる。
今日と言う、思いもしなかった出会いの日が。
そして、やってくる。
明日という、思いもしなかった出逢いの日が。
一時間という短い時間で、人生変わる時は変わるものなのだな、と、
そんな事を思いながら……彼の、小さく笑みをたたえた横顔を見て、
私は同じように小さく笑った。
何となく、これからもこんな風に笑っていられるような、そんな気がして。
終わり
207: ◆91wbDksrrE
09/04/03 01:53:39 Tk3ap2Ep
ここまで投下です
208:創る名無しに見る名無し
09/04/03 08:32:22 4m+r+oLf
GJ!勢いのある女の子って好きだー!
209:創る名無しに見る名無し
09/04/08 05:39:19 TszWkC7V
初めまして。
某スレにてSSを書き、(いずれ正体は誰かに暴露されますが、あえて名無しで)
荒らしとスレの無駄遣い認定にされた者です。
ここではSSにたいして否定的ではないようですが、
自分がここでSSを書けば、スレがあれる原因になるのでしょうか?
否定されるなら黙って去ります。
210:創る名無しに見る名無し
09/04/08 06:13:08 VbJBOBtk
誘い受け乙
某スレがどこか見当も付かないし、貴方が何をしでかしたのかも分からない
そんな状況で荒れるか?なんて質問されても答えようがないよ
個人的な意見だと、このスレの趣旨にそぐうSSで、例え貴方が荒らしに粘着されても
それに対して馬鹿な反応をしないと確約出来るのなら好きに投下したら良いと思う
211:創る名無しに見る名無し
09/04/09 00:30:30 YP21eTLq
他でID出さずに、ここに名無しで投下するだけで一日を終えれば問題ないのでは
212: ◆91wbDksrrE
09/04/29 23:17:01 YEBTsN8e
「マントヒヒっているじゃん?」
ある暑い春の日の事―日本語的におかしいが、実際そうだったんだから
仕方が無い―、唐突にツレがなにやら言い出した。
暑いからと部屋の中でうだうだしていると、たいていコイツはわけの
わからない事を言い始める。
「マントつけたヒヒだったら、何気にかっこよくない?」
「……お前、この唐突な暑さで頭がゆだったか?」
「アイス食べてるからそれはないよ」
「食べてなかったらあるのかよ……」
こいつのこういう発言はいつもの事だ。まともにその意味を考えていては、
いくつ頭があっても足りない。ましてや今日の暑さの中で真剣に考え込んで
しまうと、俺の頭の方がゆだってしまう事になりかねない。
「……そうだな、マントふぁさって翻してな」
適当に話をあわせると、奴の顔はパッと輝いた。
「でしょでしょー! なんていうか、女の憧れだよね、マント背負った
カッコいいヒーローって!」
「……女の憧れ、なのか?」
「わかんないかなぁ。ほら、タキシードなんとかみたいな、ああいうの」
「それはわかるが、なんとか仮面とはまた例えが古いな」
「マントヒヒがそんなだったら、夢が膨らむなぁ……」
本当に取りとめが無い。どんな夢を膨らませているのか、一度その
脳みそを開けて見せてもらいたいものだが、脊髄しか使ってなくて
脳みそが空っぽな可能性を考えるとその勇気は無い。
流石に、それなりの間連れ合っている人間が、実は脊髄反射だけで
生きてきてました、などと確認してしまったら、次の日からどういう顔を
して挨拶をすればいいかわからなくなってしまう。なにせ、おはようと
言ったら、返ってくるおはようのあいさつは反射の賜物なのだ。そこに
心はあるのかい? 心にダムはあるのかい?
……いかん、俺の頭も相当やられているらしい。奴の取りとめの無い
考えに思いっきり釣られて、取り止めの無い事を考えてしまっていた。
213: ◆91wbDksrrE
09/04/29 23:17:42 YEBTsN8e
「……でも、マント背負ってても、所詮ヒヒだろ、マントヒヒって」
「ヒヒってどういう意味? 何かかわいいよねえ」
「……可愛いか、ヒヒが?」
「可愛いじゃん。何か、小悪魔な笑いって感じで」
「どういう可愛さだ、それは」
「で、ヒヒってどういう意味?」
俺は自分の頭を切り替える為と、奴の取りとめの無い話をとどめる為に、
頭の中にヒヒに関する知識を探した。
「……大雑把に言うと、サルだ」
「サル?」
「そう。だからマントヒヒは、マントサル」
「マントサル? ……なんか、次郎っぽくなった」
「今なら笠もサービスでお付けします」
「いやー! だめー! かっこよくないー!」
「笠被ってても?」
「余計だめー! ないわー!」
どうやら、一気にイメージの中にあった理想のマントヒヒ像が壊れて
しまったらしい。……理想のマントヒヒ像というものがどういうものか、
俺には想像する事もできないが。
「……とにかく、そろそろ昼飯にしてくれない?」
時刻はもうとっくに昼を過ぎている。暑い暑いとうだうだして、とりとめの
無くどうしようもない話をしていた結果だ。
「マントヒヒショック」
「……?」
「私はマントヒヒショックで痺れて動けません」
「はぁ?」
……何を言い出すかこいつは。
「だから作ってダーリンダーリンプリーズ」
「……谷間見せろやコラ」
仕方がなく、俺は立ち上がって台所に向かった。
「ワタシ、チャーハンがいいアルよー」
「アイヨー」
似非中国人の奴に、似非中国人で応えて、俺は久しぶりの台所を
見渡した。
こいつの取り止めの無い話に付き合うのはいつもの事だが、こうして
台所に立つのはいつもの事じゃない。とはいえ、一人暮らしの期間も
長かったから、チャーハンくらいは作れるだろう。
「……たまには、こういうのもいいか」
器具を用意しながら、何となく口元が笑みの形に歪む。
こういう、どうしようもない日常が楽しいから、俺は奴と一緒に毎日を
過ごしてるんだろう、などと、軽く頬が赤くなってしまいそうな事を考えながら。
そうして出来上がったチャーハンは―甘かった。
「……すまん、砂糖と塩間違えた」
「うへー」
終わり
おまけ
「ねえねえ、マンドリルっているじゃん?」
「その話は何か下ネタの方向にしか行きそうにないから却下だ」
「えー」
本当に終わり
214: ◆91wbDksrrE
09/04/29 23:18:09 YEBTsN8e
ここまで投下です。
嫁なんて都市伝説ですよ。
215:創る名無しに見る名無し
09/05/04 02:50:39 Xnnfpv84
マントヒヒショック!
心にダムはあるのかいってw次郎っぽくなったってww
細かい小ネタがきいてていいな
見て和むと同時にニヤニヤしたよ
GJ!
216:創る名無しに見る名無し
09/05/04 03:04:29 6PTRZeN7
嫁がこんなかわいいだなんて幻想ですよ、ええ
217:創る名無しに見る名無し
09/05/05 18:05:18 OqOHNTBv
砂糖チャーハンはきっとわざとです><