星新一っぽいショートショートを作るスレat MITEMITE
星新一っぽいショートショートを作るスレ - 暇つぶし2ch901:創る名無しに見る名無し
09/09/28 14:11:23 AkxlcAEG
 ある棋士が、長考に沈んでいた。
 たあいもない予選で、中継も取材も無く、棋士と相手と、誰かの弟子の
時計係がいるだけだった。
 歩を捨てるか、捨てないか。それだけのことを棋士は考え続けていた。
捨てれば、敵の王将の退路が狭くなる。狭くなりはするが、相手に一枚の歩を
渡してしまう。
 棋士の王将の上部に敵の駒が迫っていた。相手の持ち駒に歩が二枚ある。
それを三枚にして良いものか。棋士は三十分以上、考えていた。
 棋士は、扇子をパシリと鳴らした。扇子というものは、閉じるときに音が
出る。長考の折、何の気なしに扇子を開閉する棋士は多い。
 音。
 棋士は、刹那という言葉を思い出した。時間の長さである。指を弾く間には
数十もの刹那があるそうだ。指が打ち合わされる一瞬の時間の経過が、ひとつの
刹那の数十倍に相当するのである。
 そうだ、これも同じか。棋士は思った。一枚の木片を、大木から切り抜いた
盤に打ち込むとき、その一瞬には数十の枝分かれする予測が詰め込まれているのだ。
 棋士は天井を見上げた。
 ある大名人の言葉を思い出した。ある席で、その名人は、「百手は読めますが、
一手が読めません」と言った。飄々とした人柄の人物であり、ただのユニークな
発言として、その場は流されてしまった。晩成の人で、ほどなく他界してしまった。
 そういうことかと、棋士は思う。百手を予想するなら、ひとつの道筋を考えれば
良い。だが、一手だけを解析するなら、そこから広がる無限の予測を考えつくさねば
ならない。
 棋士は、現実に引き戻された。
 盤面を見るやいなや、迷わず歩を突きこんだ。
 声を立てずに笑った。自虐の笑みだった。名人に読めないものが、自分に読める
はずが無い。そして、読めずとも名人にはなれるのだ。無性におかしかった。
席を立って、廊下でクスクスと笑った。
 何もわかってやしないのだ。
 今、部屋の中では、私の相手が、正座で、わかりもしないことを必死に考えて
いるのだ。そこへ私も戻って、わかりもしないことを考えるのだ。
 棋士は背伸びをすると、扇子を鳴らし、真剣な表情に戻って部屋へ入っていった。
あの歩は要らなかったかと、後悔しながら。



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