星新一っぽいショートショートを作るスレat MITEMITE
星新一っぽいショートショートを作るスレ - 暇つぶし2ch523:フォーティーナイナー ◆WMJUSq/3gY
09/04/09 00:48:58 JU776ZEj
『ミラーワールド』

「じゃあ、スイッチを入れますよ」
 部屋の中にいるのは、老人と若い男女。
 老人は高名な物理学教授。若い男はその助手。女性は老教授の孫娘だった。
 彼ら3人の目の前には、巨大な金魚すくいのポイのようなものが立てられていた。素人が見ても、サーカスで
ライオンがくぐる輪が置いてあるとしか思えないだろう。輪からはケーブルが引かれ、隣のパソコンに接続されている。
 助手がパソコンのキーを叩くと、輪はヒューと音を立てはじめる。
 やがて、輪の中は鏡のように3人の姿を映し始めた。
「成功だ!」
 青年は感極まった声をあげた。
「待ちたまえ……喜ぶのはまだだ。ただの鏡を力場で作ってみました、じゃあ話にならん。ちゃんと入ってみなければな」
 そう言って老教授は、ゆっくりと片手を輪の中の鏡に突き入れた。片手は何の抵抗もなく、その中に入っていく。
 青年は輪の後ろに回りこんだ。輪の向こう側から教授の手は出てこない。教授の手は輪の中に入ったまま、
切り落とされたようにこの世界から消失していた。
 教授は手を抜いた。もちろん手は切り落とされていない。
「すごいすごい!」
 孫娘が飛び上がって喜ぶ。
「ああ、完成だ。5年に渡る努力がやっと報われたのだ」
 教授は彼女の手を取り、両手で何度も握手を重ねた。そして次に青年のほうを振り返る。
「君もよくやってくれ……」
 そこで教授は言葉を切った。青年の手に、ピストルが握られていたからだ。
「今まで本当にご苦労さまでした、教授。ですが、死んでいただきましょう。もうあなたは必要ありません」
 教授と孫娘は呆気に取られて青年を見た。
 彼の顔から、いつもの穏和な表情は消え失せ、残忍な笑みだけが浮かんでいた。
「この鏡の中に入り込む装置、コアミラー装置は我らN国のものになります。これで我が国の諜報能力は
他国を圧倒的に引き離すことになるわけだ。鏡の中に単身入り込んで諜報活動を行うことができるのだからね。
しかも鏡の外から来た物体の姿は、他の者には見えなくなるときている。完全に安全なスパイ活動だ。さて教授。
あなたには死んで頂きましょう」
 ピストルが火を噴いたと思ったその時、孫娘が男に体当たりした。
 男はわっと叫んで鏡の中に落ちた。すぐに孫娘はケーブルを抜き、接続されているパソコンを叩き壊した。
「おじいちゃん大丈夫?」
「ありがとう……しかし、まだ安心とは言えんよ。鏡の世界にだって機材はある。彼はずっとわしの助手をしていたから、
2ヶ月もあれば新しくコアミラー装置を作って帰ってこられるだろうな」
 大立ち回りをした孫娘はハァハァと息をついていたが、しばらくして祖父の意見に答えた。
「大丈夫じゃないかな。あの人、その前に死んじゃうと思うよ」
「死ぬ? 一体なぜだ?」
 老博士は怪訝な顔をした。
「ひとつ聞くけど、この機械で入れる鏡の中の世界っていうのは、やっぱり左右が逆なんでしょう?」
「もちろんそうだが」
 孫娘はにっこり笑った。
「なら安心よ。なぜってね、人間の体を構成する蛋白質はアミノ酸でできているの……これくらいは知ってるでしょ?」
「ああ、そうか。お前はたしか分子生物学専攻の学生だったな」
「そしてね、アミノ酸にはD体とL体があるの。理由は分かってないけど、人体の蛋白質を構成するアミノ酸はすべて
L体なのよ。自然界にあるほかの生物のアミノ酸のほとんどもね。」
「それがどうしたんだ?」
「人間を含むほとんどの生物は―こっちの世界の生物はと言うべきでしょうね―L体のアミノ酸だけを栄養分として
吸収できるのよ。D体を摂取しても、体外に排出されるだけ。そしてね、D体とL体の違いは、分子構造の左右が
逆だってことなの。鏡像異性体っていうのよ」
「それじゃあ……」
 孫はこっくり頷く。
「鏡の世界にある食べ物は、左右逆の生物の体から作られたもの。つまりD体アミノ酸でできているから、養分として
吸収できない。まあ、間違いなく餓死ね。いくら食べても元気が戻らないのを不思議がりながらね」


次ページ
続きを表示
1を表示
最新レス表示
レスジャンプ
類似スレ一覧
スレッドの検索
話題のニュース
おまかせリスト
オプション
しおりを挟む
スレッドに書込
スレッドの一覧
暇つぶし2ch