09/01/11 18:44:12 Kx/yUWoo
エヌ氏はある女性に恋をしていた。なぜ恋に落ちたのか、そんなことはもうわからない。
そもそも、理由などお構いなしに相手を想うのが恋ではないか。
そんなことより重要なのは、その女性がエヌ氏の気持ちに応えてくれないということだ。
エヌ氏は懸命に働き、地位とそれに伴う給料を得て、プレゼントを贈り続けた。
高級な服を着て、有名な美容師に髪を切ってもらい、ジムに通って体を引き締め、それを維持した。
また、教養も身につけようと、高度な難しい本も何冊も読み続けた。
それでも、女性はエヌ氏の気持ちに応えてくれないのだ。
思いつめたエヌ氏は、高名なエス博士のもとを訪れた。
「博士、どうか惚れ薬をつくって下さい」
「お気持ちはわかりますが、しかし、人間の気持ちや考えをどうにかしてしまう薬をつくったら、
万が一悪用されたときにとんでもないことになってしまいます。
それ以前に、私はそんな薬を作るのには抵抗があります」
エス博士は頑として断った。
だがエヌ氏はあきらめなかった。何日も何日も博士のもとに通い、自分の女性への想いとしてきた努力をうったえ続けた。
そしてその姿にとうとうエス博士も心を動かされた。
「わかりました。惚れ薬をつくりましょう」
「本当ですか!」
エヌ氏の喜びようは並大抵のものではなかった。
「ただし、前にも申し上げた通り、
人間の気持ちや考えをどうにかしてしまう薬は、悪用されたら恐ろしいことになってしまいます。
そこで、そのようなことのないよう、飲んだ人間があなたにだけに恋をするだけで、
他の人間に恋をしたりは出来ないようなものにさせていただきます」
もちろんエヌ氏に文句があるわけはなかった。
不満があるどころか、博士の言った通りの薬をつくってもらえば、
女性の心変わりや、他の人間が惚れ薬を使って彼女を奪い取ることを恐れる必要がなくなるということなのだ。
「では、今日のところはこれでお帰り下さい。これから研究を始めて、出来上がるときに後日こちらからお呼びします。
その時に、あなたの性格や考え、外見をしっかりデータにして、それ以外の人間には恋をしないような薬にしてお渡しします」
エヌ氏は嬉しさに躍るような足取りで帰って行った。
後日、エス博士から薬を取りに来るよう連絡が来た。
エヌ氏は、その帰りの足で女性のところに行くつもりで、有名な美容師のところに行き、高級な服を着て、
勇んでエス博士のもとを訪れた。
そして、薬を受け取ると、そのまま女性のところに行き、うまく飲ませることに成功した。
数ヵ月後、エス博士は町で偶然エヌ氏を見かけ、声をかけた。
「お久しぶりです。どうでした、惚れ薬の効果は?」
エヌ氏は、困ったような疲れたような顔をして答えた。
「ええ、効果は確かです。彼女は、私に恋をしてくれました。ただ、いつも全く同じ髪型、同じ服を強制されるんです……」