09/02/11 02:38:52 FGvdoH0i
その日もいつもと同じように部室へ足を向けると
閑散とした室内に五十嵐さんの姿だけがあった。
「あ…」
一人座っている背中に声をかけようとすると
その前に彼女は私の姿に気付いて、同時に立ち上がった。
「あぁ良かった、来て」
ドアの前で立ったままでいる私の前までかけてきて、彼女は嬉しそうに笑いかけてくる。
彼女のこんな笑顔を見たのはこの前、話した時以来のような気がした。
「どうしたの一人で…他の人は?」
「うん、今日は部室でぷちお茶会だからって
ついさっき買出しに出かけたんだ
私は部室荒らしが来ないようにお留守番犬」
そっか、と頷きながら彼女が座っていた隣りの席に鞄を置いた。
この前と同じように隣り合わせで二人は腰を下ろした。
「珍しいね、五十嵐さんが留守番なんて」
「うん…まぁね」
部員の皆が買い出しに行くのはよくある事で
そこで五十嵐さんが留守番しているところは見た事がない。
いつもは他の部員の人が、遠慮がちに私まで声をかけて頼んでくるか
毎回私に頼むのに申し訳なく感じた時に、大人気ある先輩が代表して残ったりするのだ。
五十嵐さんは、そういう時に一緒になってはしゃいで買物に行くタイプだった。
こないだみたいに読みたい本でもあったのだろうか。
そう思い至ったところで、この前二人で過ごした時間を振り返った。
一緒になって本を物色したりはしたけれど、五十嵐さんはぱらぱらとページをめくるだけで
結局は二人で話をするだけの時間に終わっていた。
―わざと、残ったの?
そんな疑問を持っても、本人に尋ねられるはずもない。
390: ◆YURIxto...
09/02/11 02:40:05 FGvdoH0i
五十嵐さんとの会話を続けたまま、この前と同じように今日読んでいた本を鞄から取り出す。
積まれた場所に戻そうとすると、彼女もまた同じように
私の手からそれを取り上げるのだった。
「水谷さんはさ、本が好きなの?」
ぱらぱらと中身をめくりながら、五十嵐さんは尋ねてくる。
その質問は、不自然なものだった。
文芸部に所属していて毎日、本を読み漁りに来ている私に
そんな事を尋ねてくるのは、きっと五十嵐さんをおいて他にいない。
そしてそれを尋ねてきた彼女は
きっと私が“好きだ”と当たり前みたいに口にしない事を理解している。
たった一言の質問で、五十嵐さんがどこまで私という人間を把握してるか、わかり得た気がした。
「好きとはいえないね
他にする事がないから、読んでるだけだし」
「そっかぁ」
私の情けない返答に、彼女は表情も変えずに頷いた。
なんだかそれに、とても心が安らいだ。
「よかった」
「なにが?」
「それなら、私が話しかけても読書のじゃまにはならないかなって思って」
意外な事に、五十嵐さんは私に声をかけながら自分が
私のしている事の妨げになっていないか心配しているようだった。
あまりに見当違いな気遣いだ。
「それは…」
「違う?」
「いや、じゃまだなんて思ってないよ」
それは確かだった。
けれど私が本に目を落としている時に、五十嵐さん以外の人に声をかけられたとしたらどうか。
私はそういう人との会話を避ける為に、本を盾に利用しているのだ。
そうした、さっき口にした事より更に情けない話を口にしかけて、慌てて仕舞い込んだ。
聞かされても何にもならない話だし
その上“なぜ彼女だけ特別なのか”という疑問に辿りつくだけだった。
自分でもわからない疑問を、他人にぶつけるわけにはいかなかった。
391: ◆YURIxto...
09/02/11 02:41:27 FGvdoH0i
「ねぇ、水谷さんはなりたいものってないの?」
途端に話題を変えてくる。これはあまりに唐突な質問だった。
「…考えたこともないな」
本当に、考えた事がなかった。
今五十嵐さんが尋ねて来なければ
その疑問を頭に思い浮かべる事なく一生を終えてたかもしれない。
二年生の二学期の今、受験の準備期を迎えようとしている時に言うには大袈裟な表現だけれど。
「水谷さんはね、司書がきっと似合う」
「ししょ?」
「図書館で本の整理をする人」
「…悪くないかも」
でしょー、と言って嬉しそうに笑っている。
釣られるように私も笑いながら、本当に悪くないと思った。
どうやってなれるものなのかは知らないけれど
この先他になりたいものが見つからない場合は、本気で目指すようになるかもしれない。
「でも水谷さんが司書になっても、私の本は置いてもらえないかな」
「五十嵐さんの本?」
聞き返しながら、五十嵐さんが作家を志している事に、その時気が付いた。
文芸部で小説を書いている部員は、皆趣味として書いていると思い込んでいた私は
それを夢に持つ彼女に驚くと同時に、どこか眩しく見えるような気がした。
しかし五十嵐さんの口から返ってきたのは、更に驚くべきものだった。
392: ◆YURIxto...
09/02/11 02:42:40 FGvdoH0i
「私はねぇ、官能作家になりたいんだ」
「かん、のう…?」
「エロ小説家だよ」
そんな下劣な響きに言い換えなくても意味はわかる。
私はそれを夢だと答える五十嵐さんに怯んで、言い返しただけだ。
「この間読んだのは、すごく子供らしい話だったけど」
私は五十嵐さんの書いた話を読んだ日の事を思い出した。
「そりゃあ、部活で出す本にえっちなものは載せられないよ~」
肩を竦めて笑う。私も少し噴き出してしまった。
つまり五十嵐さんは、家で密かにそういったものを執筆しているという事だった。
「水谷さんが読んだ話の通り、私すごく子供なんだよね
子供心にそういった事を知り尽くしたいって思ってる」
動物園で動物を従えて戦争を始める子供達、という話の過激さと
そういった行為の過激さは、自分にとって同じものだと、五十嵐さんは語った。
もしかしてこの校内を戦場に換えて見ているのか、と私の頭には過ぎった。
393: ◆YURIxto...
09/02/11 02:43:54 FGvdoH0i
「だから…19人と」
「そう」
私の簡潔な一言に、彼女は笑って頷く。
悪びれもしない、その顔を見ていると
本当に悪い事ではないかのように感じられてくるから不思議だ。
五十嵐さんが何をどんなふうに描きたいかは私の理解に及ばないけれど
この歳で、将来を見据えて真剣に勉強している、そういう真面目な面として見る事も出来た。
毎晩塾へ通い、参考書を紐解き続ける受験生とは全く違う勉強だけれど。
「でも普通、それなら男と寝ようとするものじゃないの」
「普通って?」
「いや…ごめん、普通って私にはわかんないけど、なんとなくイメージで」
聞き返されて焦った。“普通”なんて、私が語るにはあまりに遠すぎる言葉だ。
普通の男女の色事なんて、想像にもし難い私は、世間で言う普通からきっとずれている。
自分のそういう部分を鋭く見抜かれた気がして、私は焦っていた。
「私はね、女性の身体を表現したいんだよねぇ
胸のやわらかさとか、ラインのしなやかさとか」
自分にあるものでも、女性の身体は不思議なことでいっぱいだ
そう、自由研究にでも没頭する小学生のように神妙な顔で述べていた。
「私、女の子が好きなのかな」
今更のように言っている。照れた笑いを見せながら。
私は呆れると同時に、心臓が掴まれたような刺激をわずかに感じていた。
394: ◆YURIxto...
09/02/11 02:45:10 FGvdoH0i
「あのね、そういう夢とか、趣味とか、私は悪い事とは思わないけれど
学校で手を出すのはもうやめなよ
もし先生に見つかりでもしたら、退学になってしまうかもしれないじゃない」
「心配してくれるんだ」
五十嵐さんは呑気にからかってくる。
純粋に女性の身体について学びたいだけの彼女が
猿の如く場所も弁えずに発情するだらしのない若者として見られるのは
何だか納得がいかない気もした。
五十嵐さんの欲望と理性の割合は、間違いなく理性が圧倒してるのだと
今までの会話で勝手に解釈していた。
けれどそんな心遣いや理解を本人に伝える理由はない。
「私は平穏に日常を送りたいだけ
人の、そういうとこ目撃するなんて二度とごめんなの」
私の返した言葉に、首を傾ける。その表情から、がっかりしてしまったように見えた。
「水谷さんは、厳しい事言うなぁ」
「悪い?」
「いいや、処女は好きだよ」
途端にカッとなった。恥ずかしさからではなく、胸をついた怒りが脳に達して顔が熱くなった。
この赤面を“うぶな女の子”と捉えられたらたまらなくて、私は黙ってその場から立ち去ろうとした。
鞄を肩にかけたところで、五十嵐さんは事態に気付いたように顔を上げた。
「間違ったこと言った?」
悪びれもしない声が私の背中に響いてくる。
例え振り返っても、彼女に浴びせる言葉が見つからなかった。
自分でもどうしてこんなに怒りが込み上げてくるのかわからなかった。
私は怒りを表した表情を隠したまま、その場を後にするしかなく
彼女も決して追っては来なかった。
395: ◆YURIxto...
09/02/11 02:47:00 FGvdoH0i
―処女は好きだよ
あの一言が胸から離れない。
ずっと忘れられずに、怒りに火を灯している。
何故こんなにも苛立ちが収まらないのか
自分でもわからないほど、その日一晩、頭は沸騰し切ってしまった。
新しい朝を迎えて、眉を顰める事がなくなっても
不快な気持ちは、いつまでも胸に侵食し続けている。
心から嫌だった事は、きっといつまでも記憶に残り続けるのだと思った。
誰かの言葉で、こんなに嫌な思いをしたのは初めてだった。
言葉なんて、嫌いな響きのものであったとしても
ただ浴びせられただけで、こんなにも不快になる事はない。
“処女”という言葉は、それだけで人を呼びつけでもしたら
きっと失礼に違いないけれど、私は彼女の無礼さに頭に来たわけじゃない。
あけらかんとした彼女の空気を、心地いいとまで思っていた。
どんな言葉も、あの空気の中で言われてしまえば、ただの笑い事に変わったかもしれない。
でもこの言葉は違う。
あの彼女が、私に向かってそう呼んだのは、明らかに私にとっての侮辱だ。
私は五十嵐さんの中で、数ある女性の中の一人として
自分が格付けされてしまったように感じていた。
女性が好きな五十嵐さんにとって、きっと女性は全て道具だ。
官能作家になる為の、道具でしかない。
その中で処女役の一人として、私が彼女の道具の一つに見られるなんて死んでも嫌だった。
死んでも嫌、だなんて本当に死ぬ事がないから言える事だけれど
死ぬほど嫌なこと、以上に嫌だと表現するにはこの言葉しかない。
私はこの先どう惑わされる事があっても“彼女の道具”になる事だけは避けなければと
「死んでも嫌」という言葉を、未来の自分自身にまで、繰り返し言い聞かせていた。
396: ◆YURIxto...
09/02/11 02:48:36 FGvdoH0i
五十嵐さんの声に答えないまま、黙って帰った日から
私の毎日は、彼女を避け続ける日々に変わった。
放課後に部室へ寄る事もなくなり、休み時間に本に目を落とす事もなくなった。
部室でなくとも図書室に行けば休み時間を潰す為の本はいくらでも手にする事が出来たが
ページを開いても物語の世界に入る余地なんかなく、私の頭は既に一杯一杯だった。
私があんなにもたくさんの本を飽きもせず読み続ける事が出来たのは
きっと頭の中がいつも空っぽだったからなのだと、この時初めて気付く事が出来た。
避けている間にも、廊下で五十嵐さんとすれ違う事はあった。
ほとんど話をした事がなかった頃には、クラスの遠い彼女とすれ違ったりなんてなかった。
わざわざ私と会う機会を作る為に、こちら側の水道やトイレを使うようになったのか。
そんな自惚れが正解だったのかはわからない。
怒りに火のついた次の日、廊下で挨拶をされても
私は会釈だけして彼女の前を通り過ぎていた。
その日の放課後、部室へ行かなくなってから、もう彼女と廊下ですれ違う事はなくなった。
彼女の方からも私を避けるようになったのか、そう気にかける余裕もなかった。
このまま会わずにいる事でどうなるのか、それすらもわからずに
ただ一日を過ごすので精一杯だった。
397: ◆YURIxto...
09/02/11 03:03:30 FGvdoH0i
そんな毎日が続いた、ある日の放課後。
帰りのホームルームが終わり、真っ先に下駄箱に向かうという
新たな日課に勤しむ中、展開は訪れる。
「一週間待ったんだけどさ」
下駄箱で革靴に足を収めようとした時、背中から声をかけられた。
振り向かなくてもその声の主が誰かなんてすぐにわかる。
一晩、繰り返し再生し続けた事まであるのだから。
―五十嵐さん
一週間、という言葉を反芻する。
今日で丸一週間だという事はわかっていた。
あの日が忘れられないように、あの日から何日経ったかは一日毎に頭に刻まれている。
彼女も私と同じように、一日一日を数えていたのか。
「そろそろ怒ってる理由教えてよ」
振り向かない私の前方に回り込んで、五十嵐さんは顔を覗き込んで来る。
段差の下の、靴で歩く為の地面に上履きのまま立っているが何も構うところがない。
私より背丈の高い彼女が今は同じぐらいで、視線がごく自然に重なってしまう。
「怒ってないよ」
色のない、どこにもアクセントのつかない声で返す。
そんな声しか出せなかった。
「水谷さんなのに、嘘をつくんだね」
私なのに、という言葉がどういう意味を持つのか理解出来ない。
とりあえず上履きに足を収め直していると、五十嵐さんは段差に足を上げ
私の身体は校舎の玄関とは逆の方向へ押し込まれる。
「来て」
五十嵐さんは少し乱暴に私の手を取ると
そのまま引っ張るようにして校舎の奥へと歩き出した。
繋がれた手がやけに熱くて、私はそればかりに気を取られていた。
398:創る名無しに見る名無し
09/02/11 03:04:02 SuhYc/yz
399: ◆YURIxto...
09/02/11 03:05:09 FGvdoH0i
旧校舎へ足を向けているので、部室に行くのかと思えば
彼女は一階に留まる事なく、一番上の階まで階段を登り続けた。
息が苦しかった。
四階分の階段なんて、少し草臥れるぐらいで済むはずだが
一週間分の胸の痛みに止めを刺すように、体力と精神力が消耗していくのを感じていた。
「ここなら誰もいない」
辿り着いたのは、今は廃部になった天文部の部室だった教室。
空き教室だけあって、他の部活の人間が荷物を置きに来る可能性があったが
文芸部の部室と同じように、廊下には誰の姿もなく、閑散としていた。
「私しか聞いてなければ、水谷さんは話をしてくれるんだよね?」
話をするようになった日々の中で、彼女が友達と歩いていたところで声をかけてきた時に
私が会釈だけして視線を合わせなかった事を、彼女は自惚れのように捉えていた。
その自惚れが、何ら間違いのないところが癪に障る。
「話すことなんてない」
彼女が握ったままの手をはらうと、私は彼女から離れるように身を引いた。
追いかけては、来ない。
「話せないだけでしょ」
その言葉に顔が熱くなる。何故この人は的を得た事を言うのだろう。
逃げるように離れたのに、遠い視線がやけに痛い。
「何に怒ってるかわかんないけど
水谷さん私の事で気に病んで、ずっと困ってるんでしょ?」
「自惚れないで!」
自分でも驚くほど張り上げた声を出していた。
「自惚れじゃないもん」
拗ねたような顔をして、五十嵐さんは反論した。
「本当の事じゃん」
その通りだった。その通りすぎて、こちらから出すべき言葉が見つからない。
400:創る名無しに見る名無し
09/02/11 03:05:38 SuhYc/yz
401: ◆YURIxto...
09/02/11 03:06:18 FGvdoH0i
「あのさ、今私の顔見るのも嫌なのかもしれないけど
私と会わずに済めば解決する事なの?
そうじゃないなら、荒療治でも私に解決させてよ」
荒療治ってなによ、と胸の中で呟く。この人は本当に、変な事を言う人だった。
変な言葉ばかりを並べる人。だけれど、その通りの事を言う人。
私の問題を解決出来るのは確かに彼女しかいなかった。
「大体、私が消えて解決する問題でも困る」
切羽詰った声に顔を上げると、本当に困った顔をしている五十嵐さんがいた。
「私は水谷さんと一緒にいたいのに」
「…なんで」
「理由なんて…いないとやだからに決まってるじゃん」
私が知りたかったのは、そういう気持ちが、どういう意味から生まれるものなのかという事だった。
自分でもわからずにいる事を、相手に尋ねるのも無粋なものだ。
私のすべきは、自分の言葉で自分の気持ちを彼女に訴えかけるという事だった。
そう思っても、正確な言葉が出てこない。一週間も考えたのに、わからない。
結局また、尋ねる事しか出来ずにいる。
「他の人と…違うって言えるの?」
「え?」
「その19人と、部員の人達と、クラスの友達と…
私が違うなんて言えるの?」
言い終えてから再び顔を伏せた。彼女がどんな顔をしているか見る事が出来なかった。
やがて流れてくる沈黙。
今までつらつらと言葉を並べていた五十嵐さんが、今は言葉に詰まっている。
もうこの場から逃げ出してしまいたい気分だった。
402:創る名無しに見る名無し
09/02/11 03:06:27 SuhYc/yz
403: ◆YURIxto...
09/02/11 03:07:22 FGvdoH0i
「水谷さんは…」
「やめて」
ようやく言葉を続けようとした五十嵐さんに向かって
私はほとんど睨みつけたような眼差しで牽制した。
彼女の言葉を聞きたくなかった。
彼女の口から私について語られるのが恐かった。
自分から尋ねておきながら、彼女に答えを出されてしまうのを絶望と感じていた。
けれど私の睨みっ面ぐらいで言葉を失う五十嵐さんではない。
私とは対称的に落ち着いた視線で語りかけてきた。
「好きなんだ」
「なに…」
あまりに突然投げかけられた言葉に、私は混乱して、色のない言葉を発する。
「水谷さんと話すのが」
続けられた言葉に、思わず肩の力が抜ける。
張り詰めた空気の中、ようやく息が吸えた気がして、救われた。
「い…五十嵐さんが勝手に喋ってるだけじゃない」
「そう、水谷さんだと自然に言葉が出てきちゃう」
自分でも不思議なんだけどさ、と付け加えながら五十嵐さんは首を傾げた。
「それに答えてくれる水谷さんの言葉も好きなんだよ
思いもかけない言葉が返ってきても
飾りがないっていうか、嘘がない安心感がある」
全く同じ事を、私は五十嵐さんに対して思っていた。
その言葉が自分に返って来た事に驚いて、目を丸くする事しか出来なくなる。
404:創る名無しに見る名無し
09/02/11 03:08:03 SuhYc/yz
405: ◆YURIxto...
09/02/11 03:08:32 FGvdoH0i
「だから一緒にいたいんだよ、楽しみが無くなるのは嫌だから」
勝手な言葉を、並べていた。でもそれが五十嵐さんらしかった。
この人の自然体は、他の人とは違っていて、私はそれをとても尊いものだと感じていた。
そう思うのなら、彼女の望む通りに頷くべきなんだ。
けれど彼女自身が勝手なように、私にも勝手な想いがある。
私も彼女と同じように、勝手な望みをぶつけていいのか、わからなかった。
視線を重ねたまま、ただ言い澱めていると
五十嵐さんの指が私の指先に触れてきた。
近付かないようにしていたはずなのに、気付けば私の目の前に五十嵐さんが立っている。
顔を寄せてくる五十嵐さんが怖い。
身体を近付けられる事は何も怖くない。
この前みたいに押し倒してきても、また平手を打てばいいだけの事だ。
五十嵐さんは人を押し倒す腕力はあっても、人を無理やり押さえつける神経はない。
そういう面で、信用していた。
私が恐れていたのは、五十嵐さんが今私に向けて心を近付けているのを感じたからだ。
それが誤解だったとしても怖い。
私の心は既に彼女の中にあったからだ。
406:創る名無しに見る名無し
09/02/11 03:09:12 SuhYc/yz
407: ◆YURIxto...
09/02/11 03:09:49 FGvdoH0i
「水谷さんだけ違うよ」
顔と顔の距離を十センチまで近付けてから、彼女はようやく私の質問に答えてきた。
「どうしてそう言えるの」
「それなんだよ、水谷さんは説明を求めてくるけどさ
私はその説明がどうしても苦手なんだよねぇ」
なんていうか、と私の目の前で何度も口にして、顔を両手で隠すように頭を抱えていた。
そんな彼女を見て、悩ませている自分自身に気恥ずかしさを覚えた。
程なくして急に手を下ろすと、たった今覚えたかのように言葉を分け並べていった。
「わたしの…私っていう人生のさ…」
「うん」
「物語があるとして」
「…うん」
「その話の中で、水谷さんが主役なんだよ」
そこまで言われた時、安易に頷く事は出来なかった。
―主役なんて、大役じゃない
出演のオファーを受ける女優の気分ってこんな感じなんだろうかと思い過ぎらせながら
信じられない気持ちを抑えつつ、言葉を舌に乗せる。
「五十嵐さんの人生なんだから、主役は五十嵐さんでしょ」
「うん、私もそう思ってたんだけど
なんかいつのまにか主役取られてた」
少し困ったように言う彼女の前で、私の方が困り果てる思いだった。
「取った覚えない」
「私も取られるつもりなかったんだけど…
多分きっと、こういうのを運命って言うんだ」
運命、なんて言葉を使う人と、私は初めて会話をしたような気がする。
ましてやその運命という言葉の意味を、私に向かって投げかけてくる人がいるなんて。
あの現場を見た次の日から、ほんのわずかな期間、言葉を交わしてきただけなのに。
けれどあの少しの会話の中に、重さという質量が被せられていた事は私も感じていた。
そうしてわかったのは、私にとって五十嵐さんは避けがたい人だという事。
彼女と会うのを避けてきた日々も、心の中で彼女を避ける事は出来なかった。
408: ◆YURIxto...
09/02/11 03:10:55 FGvdoH0i
私達はまだ、友達にもなっていない。
それでも私のこの気持ちは、運命と呼べるものなのだろうか。
自問しても答える事なんて出来なかった。
「私達はただの、部員同士じゃない」
「そうだね、二人とも16才を過ぎてるけど
婚姻届にサインしたって世間ではただの同窓生としてしか見られない」
あまりにも飛躍した言葉に唖然としてしまう。
私の反応に首を傾げながら、五十嵐さんは続けた。
「でも要はお互いがどう思ってるかでしょ
どういう関係かなんて、後から付け合せただけのものだし」
五十嵐さんには歯の浮く台詞だ。
ついこの間、身体だけの関係を幾人もの女の子と築いていた人の言葉とは思えない。
「五十嵐さんは…具体的にどう思ってるの」
「私はね、水谷さんに触りたい
溜息のこもった声で私の名前を呼んで、私を望んでほしい」
具体的に、と言ったのは私自身だが
まさかここまで直球に欲望を並べられるとは思わなくてさすがに面食らう。
「あなたに研究材料にされている女の子と、同じ事は出来ないよ」
皮肉を込めて、研究材料だなんて言葉を使ってしまった。
使った後で、五十嵐さんの気に障る言葉だったらという考えが過ぎって、私自身が傷付いた。
この人は私の事なんかお構いなしに何でも口にしているのに。
「同じ事じゃないよ」
心配は外れ、変わらない調子の声が否定してきた。
「全然違う…なんていうか、うーん
うまく言えないなぁ…
えっちな事ばかり考えてるから、こういう心理的表現には乏しいんだよね」
そういった本を読んだ事はないけれど
きちんと心理描写も出来なくてはだめなんじゃないかと、悩ましげな顔を見つめながら思った。
409: ◆YURIxto...
09/02/11 03:12:10 FGvdoH0i
「あー…こういう例えしか出来なくてごめんだけど
水谷さんがそういう事したくないって気持ちは尊重出来る
出来ないなら用がないってわけじゃなくて
もっと違うところでもちゃんと繋がりたいって感じがする
違うところって一体どこなのかわかんないんだけど…」
本当に、稚拙だ。
けれど子供が一生懸命並べてみたような言い方が
やけに清清しく胸に溶け込んで、心に染み渡ってくる。
私は肩を竦めて笑った。
その顔を見て安心したのか、五十嵐さんが改めて問い返してくる。
「じゃあ水谷さんは?水谷さんは私の事、どう思う?」
直接顔を覗きこんで尋ねてきた彼女に、私は視線を重ねる事が出来ない。
「き…嫌いじゃない」
私の方こそ稚拙に違いなかった。
はっきりと答えられるのは本当に、それぐらいの事しかない。
初めて声をかけられた時も、後輩との現場に居合わせた時も
二人きりの放課後で迫られた瞬間も、彼女の頬を打った瞬間も
怒りと動揺に彼女の前から逃げ出した時も、彼女を避け続けた一週間も
彼女の事を、嫌いだなんて思った事は一度だってなかった。
これだけは確信を持って言えた。
「私が、運命だと思う?」
「そんなの…」
答えられるわけなかった。
けれど“全く感じないか”と問われれば、きっと首を振っていたかもしれない。
「答えたくない」
彼女にとっては、どの程度の重さの言葉かは知らないけれど
私はそんな簡単に運命だなんて口にしたくなかった。
この人だ、なんて簡単に宣言出来るほど単純明快に心は作られてない。
それでも、初めて口を利いた時の事を思い返す。
あの時から、あの笑顔を見た時から、今、私の目の前に立っているこの瞬間さえも
私にとって、五十嵐さんだけが違った。
この学校でただ一人、特別な人だった。
この門の外の何処にも、他に特別な人なんていなかった。
410: [―{}@{}@{}-] 創る名無しに見る名無し
09/02/11 03:22:47 u2qmWlHy
411: ◆YURIxto...
09/02/11 03:36:37 FGvdoH0i
「わかった…じゃあもう片想いでもいいや」
片想いという言葉に違和感を覚えながら、その投げやりな語尾が癪に感じる。
けれど彼女が続けた言葉は、幼い子供のように率直なものだった。
「片想いでも、運命の人を失うのはきついからさ、出来るだけ仲良くしてよ
水谷さんが嫌な思いする事ないように、気をつけるから」
私の肩を掴んで、必死で頼み事をする。
「気をつけるって何…」
「もう『処女』って言わないとか」
「…ばか」
そう口にしながら、私は噴き出すようにして笑っていた。
私が可笑しそうにしているのを見て、五十嵐さんは満足げに笑っていた。
そうして一緒に笑っている内に気が緩んでしまう。
抑えていたものが一緒に込み上げてしまう。
「水谷さん」
頬をつたう涙を、私は隠そうとはしなかった。
隠したって意味がない事を、私はわかっていた。
目の前で流した私の涙に、五十嵐さんが指を伸ばしてそっと触れてくる。
拭うわけでもなく、雫の伝っている頬をゆっくりなぞってきた。
瞳を上げると、見た事ないほど真剣な眼差しが私の事を見つめていた。
その指先と熱い視線が、とても心地よかった。
二人の距離は影が重なるくらい、近い。
心はそれ以上に近かった。
私が、ずっと重かった腕を上げて、五十嵐さんの腕に手を伸ばした時
その距離は縮まった。
彼女の肩が近付いてきた瞬間、私は瞳を閉じる事も出来ずに
その腕へひたすらしがみついていた。
頬にあった彼女の指先が、私の前髪をかきあげると
唇がそっと額に触れてきた。
それは初めて人に触れられた、柔らかな唇の感触だった。
412: ◆YURIxto...
09/02/11 03:37:42 FGvdoH0i
「五十嵐さん」
唇が離れて、再び瞳を重ねると彼女の真剣な眼差しは解けて
いつもの笑い顔に戻っていた。
違うのは、上気させている頬だけ。
それを見て、自分はどれほど赤くなってしまっているんだろうと気恥ずかしさを覚え
目の前の肩に涙で濡れたままの顔を埋めた。
受け入れるみたいに彼女の腕が私を包み込むと
緊張感のない声が身体に直接響いてきた。
「今の、私のファーストキスだ」
「…なにそれ」
「キスなんて、初めてしたって言ってるんだよ」
「ウソだ」
19人もの女に手を出しておいて、そんな言葉が通用すると思っているのか。
他の誰と寝ようと、唇だけは本当に好きな人にしか許さない女の話を
勝手に流れてるテレビから煩わしく耳に入ってきた事があるけれど
それを体現している人なんて、いきなり目の前に連れて来られても信じられるはずがない。
私がそう感じた通り、彼女の言う“ファーストキス”は他の人と意味が違うようだった。
「今まで唇に何が触れてきたのかは、よく意識してなかったけど
こんなに触れたいものが遠いと思った事はないよ
こんなに触れたいって願った事もない…
わたし、今日のこと一生忘れない」
どうしてそんな言葉を口に出せるのか。
私が胸に痞えて言い澱めている間に、自制の煩わしさと葛藤している間に
五十嵐さんは、私よりずっと背の高い言葉を並べてしまう。
私なんかが追いつくはずがない。
なのにこの心は彼女の発する言葉を求め続け、焦がれ続ける。
少しは休ませてほしい。もう何も口にしないでほしい。
黙らせたい、その唇を塞いでしまいたい、そんな気持ちに駆り立てられてしまっていた。
413: [―{}@{}@{}-] 創る名無しに見る名無し
09/02/11 03:39:52 u2qmWlHy
414: [―{}@{}@{}-] 創る名無しに見る名無し
09/02/11 03:40:42 u2qmWlHy
415: ◆YURIxto...
09/02/11 04:13:26 FGvdoH0i
「ファーストキスはね、唇同士じゃないと、そう呼ばないんだよ」
「…してもいいの?」
尋ねられて、耳まで熱くなるのがわかった。
私の返した言葉はそう捉えられても何ら不自然な事はない。
五十嵐さんは、私の返事を待たずに、もう一度私に顔を近付けてきた。
どうしてこんな言葉を口にしてしまったんだろう。どうして望んだりしたのだろう。
心の準備なんて、まだ出来ていないのに。
私は滑稽なほど全身を硬直させて、視界さえも閉ざした。
私の指に触れてくる彼女の指先が優しくて、それだけが救いだった。
「アサコ」
聞き慣れない下の名前で囁かれて、思わず瞳を上げると
彼女のやわらかな唇が、私の唇の端に一瞬だけ触れてきた。
唇が触れ合った場所は、ほんの僅かで、触れ合ったのはほんの一秒にも満たなくて
それなのに私は全身を魔法にかけられたように、絆されてしまった。
「みゆき、さん」
「名前…知ってたんだ」
「こっちの台詞だよ」
私から名前を呼ばれた彼女は驚いて目を丸くするけれど
彼女に名前を囁かれた瞬間の私の衝迫は、きっと分かち合えるものじゃない。
あの一瞬は、私だけが知っている一生の想い出と変わる。
「浅子も、ミユキでいいよ」
「そっちだって言い馴れないくせに」
可愛くない言葉で返す私にも“美雪さん”は楽しそうに笑ってくれる。
どんなに時間がかかっても、いつかそう呼べるようになろうと
直向な想いが心を照らした。
416: ◆YURIxto...
09/02/11 04:15:02 FGvdoH0i
しばらく経って、放課後最後のチャイムの音がスピーカーから響き渡ってくる。
部活動に精励している生徒も、居残りをさせられている生徒も、皆下校しなければならない時間だ。
それが今目の前にいる美雪さんとの別れの時を意味していると
急に実感のようなものが湧いてきて、心細さが胸を襲ってくる。
「これから、どうしよう…」
私は道に迷った子供のように呟いて、彼女の制服の裾を握り締めた。
「とりあえず、駅まで一緒に帰ろうよ
浅子は何線使ってるの?」
毎日使っている電車も、住んでいる街も家も、お互いに何も知らない。
私達はこれから知っていくべき事が、あまりに多すぎる。
今はどこか畏まって聞こえる“アサコ”と呼ぶ彼女の声も
耳に親しんだ頃には、私達はどれだけの気持ちを重ねられているだろうか。
私が彼女を“ミユキ”と呼びかける頃には
二人はどれほどの言葉を心に刻んでいるのだろうか。
どんなに思い巡らせても、二人の未来なんて、何一つ見えてこない。
けれど今は、恋と断言する事も出来ないこの脆い心を
彼女の言葉と指先に絡めて、支えられながら歩いていきたい。
その代わり私は、永遠に彼女の道具に成り下がったりしない事を誓うから。
彼女のくれた運命という言葉を、永遠に守り続けてみせるから。
「浅子」
その手を強く握り返すと、確かめるように私の名前を呼んで、彼女は歩き始める。
とっくに陽は沈み、夜の闇を取り込んだ校舎を進みながら
あの夕暮れに照らされて、小金色に輝いていた彼女の髪を思い出していた。
いつかもう一度、あの時と同じ距離で、瞳に触れる事が叶うなら。
そう、ぼんやりと輝き始めた一番星に、願いを託していた。
417: ◆YURIxto...
09/02/11 04:19:05 FGvdoH0i
投稿時間も中身も長々と失礼しました
またお邪魔させてもらえたら幸いです
418: [―{}@{}@{}-] 創る名無しに見る名無し
09/02/11 04:19:12 u2qmWlHy
419: [―{}@{}@{}-] 創る名無しに見る名無し
09/02/11 04:21:36 u2qmWlHy
乙です~
これはいい百合というか、いい恋愛ものだなあ
雰囲気がすきです、またこういうの読みたいな、なんて
420:創る名無しに見る名無し
09/02/11 04:30:21 SuhYc/yz
乙
二人の考え方とかそういうのがいいなあ
421:創る名無しに見る名無し
09/02/12 01:04:18 A1Aor86O
乙でしたー
水谷さんも五十嵐さんも、高校生らしからぬしっかりした考えと言うか
自己主張があって、なかなか読み応えがありましたぜ。
422:バレンタインデーXxX 1/7 ◆7103430906
09/02/14 17:14:00 fS3hpY2v
逆チョコ、というのが売り出されているらしい。
らしい、というより、売り出されている。今確認した。
私は今、バレンタインデーに備えて特設されたチョコレート専門売り場に来ている。
私の目の前には色とりどりの可愛らしいラッピングをされたチョコレートたちが、
所狭しと並んでいるのだ。
お菓子業界も必死なのだろう。不景気で女性たちにチョコが売れないからだろうか。
女性から男性に贈る習慣のバレンタインを、男性から女性に贈るのもアリだというのを
浸透させて、男性からも搾り取ろうというのが見え見えだ。
こんな戦略に乗る男が果たしてどれだけいるのやら。
方向性としては間違っていないと思うけどね。
チョコレートを食べるのは男性より女性の方が圧倒的に多いのだろうから。
そんなことを考えつつ、私はくだんの逆チョコを手に取った。
悪い? だって、私だってあげたい人がいるのだもの。
423:バレンタインデーXxX 2/7 ◆7103430906
09/02/14 17:14:39 fS3hpY2v
「あはははは、それで逆チョコ、ね」
ころころと笑うその人の顔を見ていると、私の頬も緩む。
と、同時に恥ずかしくなる。そんなにおかしいことだろうか。
その人の右手には、私があげたばかりの赤い箱がある。
一見普通のチョコレートの箱だが、パッケージが違う。文字が裏返しなのだ。
「でも、私は確かに女だけれど、キミだって女の子じゃない。どうして『逆』なの?」
笑いを止めて真面目な顔つきになってその人は私に問いかける。
どうして? どうしてだろう……。わからない……。
わけはない。私のことなのだから。
「別に……。普通のチョコレートでも良かったんですけど……ほら、話のタネに」
赤い箱を見つめながら、私は言った。
同じく箱を見つめながらも、あまり納得のいっていない顔のその人に、私は更に畳み掛ける。
「ほら、こんなに大々的に宣伝したって、もしかしたら来年以降はないかもしれないじゃないですか。
売れ残りがいっぱい出ちゃって、失敗したって。そして、何十年か経ったら伝説に……」
まともにその人の顔が見られない。とんでもなく恥ずかしいことを言っている気がする。
私、もしかしてばかなのだろうか。もしかしなくてもばかなのかもしれない。
「伝説に? あはは。お宝鑑定団とかに出されちゃったりして?」
その人の顔に笑みが戻る。
優しい表情だ。私の心が温かくなる。
424:バレンタインデーXxX 3/7 ◆7103430906
09/02/14 17:15:07 fS3hpY2v
「ないない。ないよ、きっと。いくら不人気でも来年くらいはやるでしょ」
が、言うことは厳しい。
脳の中では私の頭に生えているウサギの耳がしゅんと垂れ下がってしまう。
「まあ……。とにかく、ありがとね。まさかもらえるとは思わなかったから嬉しかったよ」
ウサギの耳がまたぴんと跳ね上がる。
嬉しいと言ってくれるなんて、私も嬉しい。
かっこいい人だから、チョコレートなんて好きじゃないのかと思っていたけど、
用意して良かった。心からそう思える。
「チョコレートって大好きなんだ。なんか食べると頭と心に栄養をあげてる気分になるじゃない」
そういう考えをする人とは思わなかった。なんだか可愛い。
見た目も中身もかっこいいこんな人が、そんな可愛らしい一面を持っているなんて……。
ますます私の心はその人に惹かれてしまう。
「甘いものって、食べるとなんとなく気持ちが落ち着きますよね。女の子の味方!って感じで」
「そうそう! 甘いものは女にとっての栄養源だよね! 特にチョコはそう」
正に女同士だからできる会話だ。男にはこんな気持ちなどわかるまい。
どうだ。参ったか。誰というわけでもなく、私は男に喧嘩を売ってみた。心の中だけで、だけど。
「あ、そうだ。もらったからにはお返しをしないといけないよね。何が良いかなぁ……」
空を見つめながら考えているその人の顔を見ると、私の心臓が熱い鼓動を打ち始める。
私の欲しいもの、それは……。
「そうだ。せっかくバレンタインデーにもらったんだから、お返しはホワイトデーだよね?」
言えない。すぐには言えない。勇気がないと言えない。恥ずかしすぎて言えない。
「ホワイトデーだったら……クッキー? キャンディだっけ?」
だけど、今言わなくちゃ、きっともらえない。
「クッキーやキャンディなんていりません。それに、ホワイトデーまでなんて待てません」
言え。今言うんだ、私。
425:バレンタインデーXxX 4/7 ◆7103430906
09/02/14 17:15:38 fS3hpY2v
「そうなの? じゃあ、何が欲しいの?」
私の言葉が少し怒っているように聞こえたのだろうか。
その人はきょとんとしている。少し怯えているようにも思える。
私の勘違いだったら良いのだけれど……。その人を追い詰めるのは本意ではない。
「今……今欲しいんです」
私はその人の顔を見ずに、辺りを見回した。
ここは誰も来ない体育館裏。
あのよく響く声は野球部だろうか。様々な部活動の音が聞こえて来るけれど、ここに近づく足音はない。
「だから、何が欲しいの? 私、今あげられるものなんて持ってないけど」
制服姿のその人は、教科書などが詰まった鞄を開けて中を探してみている。
それは、ちらっと、さらっとと言う感じで、本気で探しているようには見えないが、
きっとその中は教科書やノートや筆記用具しかないことをよくわかっているからだろう。
私は深呼吸してから、吐き出すように言った。
「キスしてください」
426:バレンタインデーXxX 5/7 ◆7103430906
09/02/14 17:16:22 fS3hpY2v
言った。言ってしまった。恥ずかしい。顔から火が出るとは正にこのことだ。
頬は熱いし、心臓は悲鳴をあげるほど高鳴っている。
私は目を強くつぶってうつむいていた。その人の顔なんて見られない。
その人の表情が見たいけれど、見ることなんてできない。
あきれているだろうか。それとも、怒っているだろうか。はたまた、残念な顔をしているだろうか。
私はその人が言ってくれる言葉を待った。時が過ぎるのがとてつもなく長く感じた。
そして……。
あれ?
その人は何も言ってはくれなかった。だけど、返事はちゃんと返ってきたのがわかった。
私の唇に、柔らかい感触が当たっていた。
そう、その人の唇だった。
その人は唇から私に触れ始めて、次に背中に腕を回した。
柔らかい。温かい。
唇も、体も、その人の感触を、体温を伝えてくる。私の中心に向かって。
「んっ……!?」
待って、待って。
これは良いの? こんなことしちゃって本当に良いの?
その人は私に当てている唇の角度を変えて、私の口の中に舌を滑り込ませてきたのだ。
初めて感じるその人の舌は、何の味もしないはずなのに、なぜか甘いと思える。
これが大人のキスなのだろうか。
感触は柔らかいけれど、刺激的で、とても……気持ちが良い。
何度か呼吸のために離れたりしたけれど、私たちは長く、長くキスをした。
本当に誰も見ていないか少し心配になったりしたけれど、やめるにはいたらなかった。
キスをしながら、その人は優しく私の体を撫でてくれた。
私もその人を抱き締めながら、ゆっくり、ゆっくりとその人を感じていた。
427:バレンタインデーXxX 6/7 ◆7103430906
09/02/14 17:17:12 fS3hpY2v
「こんなことで、お礼になんてなるのかな?」
さすがに周囲が気になってキスをやめたあと、その人が言った。
「私は嬉しかったです。十分です」
感極まるとはこんな状態をさすのだろうか。私にとっては物凄く幸せな時間だった。
本当に誰にも見られていないよね……。それだけが不安だけれど。
「でも、私もしたかったんだよ。もらったのに、私にもご褒美なことがお返しで良いの?」
「良いんです。私だって、嬉しいって言ってもらえただけで嬉しいんですし」
涙が出そうなのをまばたきでなんとかこらえている私。
そんな私の頭の後ろにその人は手を当てる。そして引き寄せる。
「もう。可愛いんだから……。そんなこと言われたら私、もっとキミが好きになっちゃうじゃない」
嬉しい言葉。こんなに幸せな時間が私に訪れても良いんだろうか。
嬉し過ぎて答えが返せず、私はへらへら笑いながら涙をぬぐうだけだ。情けない。
それからしばらく見つめ合って、お互いの体をちょんっとつつき合ったりしているうちに、
私は大事なことを思い出した。
思いついたように鞄をあさる私を、その人は不思議そうな顔つきで見つめている。
見つめるその吸い込まれそうな魅惑的な瞳の前に、私は一つの包みを差し出す。
「これ。こっちが本当にあげたかったチョコレートなんです。トリュフなの」
引きつっていないだろうか。私の笑顔。精一杯の笑顔を作ったつもりなんだけど。
その人は無表情で、笑顔を返してくれないことに、私の心は不安に陥る。
428:バレンタインデーXxX 7/7 ◆7103430906
09/02/14 17:18:54 fS3hpY2v
「こんなにもらっちゃって……良いの? だって、さっきもらったじゃない」
「良いんです。500円もしないチョコじゃあのご褒美には足りません」
その人が気にしているのは、同じ人間からいくつものチョコをもらうことだろうか。
そんなの、気にすることないのに。私の気持ちなんだから。
「遠慮しないでもらってください。手作りじゃないから味は保障しますよ」
言葉を追加しても、その人は納得しないようだ。なかなか受け取ってはくれない。
「キミのだったら、手作りが良かったよ」
「え?」
ぼそりと独り言のように漏らされた言葉に、私は戸惑う。
そういう問題だったのか。でも、私は料理になんて自信がない。
「冗談。手作りでも、手作りじゃなくても嬉しいよ。ありがとう」
満面のスマイル。
私が何より欲しかったご褒美だ。やっと笑顔を見せてくれた……。嬉しい。
「じゃ、せっかくもらったんだし、チョコの口移しでも……する?」
優しい笑顔が小悪魔的なそれに変わる。本当にこの人は……。
でも、そんなところも含めてこの人が好きなの。私は。
「良いですよ。二種類あるけど、どっちにします?」
「良いの? じゃ、トリュフかなぁ……。私、トリュフ好きなんだよね」
「ちっちゃいからすぐに舌が当たっちゃいそうですね」
「そうだね。なんかちょっとえっちな感じがするかも」
「もう……あなたって人は……」
「えへへ……」
この続きは語るのはやめよう。私の胸だけにしまっておくんだ。
-終-
429:蛇足 ◆7103430906
09/02/14 17:21:48 fS3hpY2v
スレリンク(mitemite板:149-153番)
前編のようなものです。
バレンタインということで書いてみました。
お目汚し失礼しました。
430:創る名無しに見る名無し
09/02/14 20:21:25 AacZQknQ
>>422-429
読みました
バレンタインらしく甘々でござるな
軽いキスで済ませるのかとおもってたら、意外にあれでキャーッてかんじです
XxXってダブルミーニングなのねw
GJでした
431: ◆YURIxto...
09/02/17 16:45:10 qnRajsXi
三月の終わり、数週間ぶりに大雪が降った。
夜の札幌駅のホームは、屋根のある部分にラッシュアワーの人々が押し寄せ、犇めき合っている。
私達を通り過ぎていく、家路を目指す人達の横顔。
仕事場から一人家へ帰る人も、親しげな誰かと今から繰り出していく人達も
きっとこれからが一番楽しい時間なのだと思う。
そのどれもが、羨ましく目に映った。
今から一番大切な人との、長い別れを迎える私にとっては。
人波をよけ、寂びれたベンチへ腰掛けた。
私の隣りにボストンバックを置いた順子は、さっと駆け出して自販機の方を行く。
「はい、美咲」
「ありがとう」
程なくして駆け戻ってきた彼女の手から、ホットコーヒーを受け取る。
小銭は出さない。餞別の意味が込められているという事がわかっていたから。
普通は送り出す方が贈るものだけど、二人にとってそんな事は関係ない。
甘味を少しも感じさせないコーヒー缶へ口付けながら
ミルクティーを手に白い息を吐く、この世で最も尊い横顔を見つめていた。
「こんな天気で、止まっちゃわないかな」
「真冬はこんなの日常茶飯事だから大丈夫だよ」
心からの願いを、心配事のように口にしてみる。
私を置いていく彼女は、私の願いに気付かないふりをして、気丈にも南を目指すのだった。
432: ◆YURIxto...
09/02/17 16:46:03 qnRajsXi
発車時刻より一時間も早くこの場所に着ていた。
遠い土地を目指す寝台車は直前までホームには入って来ない。
三番線のホームの端には、気の早い旅行者の姿がいくつか覗かせていた。
四年前に二人同じ場所へ立っていた時の事を思い出す。
今とは正反対の気持ちだった。
同じ寝台車へ二人一緒に乗り込んで、高校の卒業旅行にと南へ向かった。
けれどそれが別れの始まりだった。
あの旅から四年経った今、彼女はあの土地で一人暮らしていく事を決めたのだ。
北に残る私を置いて。
二十二年間ずっと、同じ時を過ごした私を置いて。
私達の育った家は、二人が生を受ける前から隣り同士に建っていた。
誕生日が二ヶ月違いの私達は、お隣同士である両親達が仲良かった理由から
生まれた時からほとんどの時を一緒に過ごした。
毎日同じ通学路を歩き、同じ校内で過ごし、家族旅行でも一緒だった。
家族と変わらない存在。
私にとって、いやきっとお互いにとって家族以上の存在だった。
この世でたった一人の、半身だって言える。
嬉しい事があればそれを一番に伝えるのは彼女であったし
悲しい時には、彼女だけがその悲しみを取り祓う事が出来た。
胸にあるものは何でも言い合える、互いにとっての一番の理解者。
けれど、そんな彼女に私は一つだけ口にしていない事がある。
433: ◆YURIxto...
09/02/17 16:47:12 qnRajsXi
「美咲の方こそ、帰り気をつけてね
私が行っちゃうからって吹雪と心中なんて事ないように」
「そこまでするほど、私の世界はじゅんで回ってるわけじゃないから」
笑って嘘をつく。
順子の笑顔を見ていたかったから。
本当は誰よりもずっと一緒にいたいという願いを、私は順子に伝える事が出来なかった。
順子がいなくても日常を過ごしていける、そんな強い自分を見せたかった。
それが強がりだと悟られていても、そんな強がりを見せられる自分でいたかった。
涙ながらの別れなんて、私達には似合わない。
順子と生きてきた時間が、何より幸せだったという想いを、今笑って送り出す事で伝えたかった。
それが、今日まで順子に守られて生きたきた私が
彼女の為に出来る、唯一の事だ。
434: ◆YURIxto...
09/02/17 16:48:13 qnRajsXi
ベンチに座る私達の目の前を、小学生ぐらいの子供達が
屋根のついていないホームまで目掛けて駆けていく。
頭上から降りかかってくる雪をものともせずに、小さな雪山を登って遊んでいた。
自然と、幼い頃の記憶が蘇ってくる。
私は、どこか間の抜けた子供だった。
宿題を誰より早く片付ける事は出来ても、翌日それを鞄に入れるのを忘れたり
テスト勉強を難なくこなす事が出来ても、テスト範囲を間違えたりする事が幾度もあった。
おまけに、この土地で生まれ育った割にはひどい寒がりで、雪道を滑らない日はなかった。
二十年以上生きて、ようやくそれらを克服してきているが
その全てが、隣りに順子がいたからこそ乗り越えて来れたものだった。
雪の休日には一歩も外へ出ようとしない私の家のベランダで、順子は大きな雪だるまを作り始め
顔の材料となるものを、窓の向こうで眺めているだけの私に求めてきた事があった。
まだ幼かった彼女の顔が、私に語りかけてきたのを覚えてる。
「雪だるま作らせたらクラスでも私の右に出るやつはいないけどさ
顔はみーちゃんが作った方がうまくいくと思うんだー」
鼻を赤く染めながら、縁側に手をついて私の事を待っている順子。
「しょうがないなーじゅんちゃんはー」
渋々、といったふうに私は真っ白なベランダへ足を踏み入れていった。
本当は、窓に遮られていた二人の世界が寂しかった
本当は、寒さに臆する事なく外へ飛び出して一緒に遊びたかった
そんな私の気持ちを、いつでも彼女は気付いてくれていた。
素直になれない私の為に、彼女はいつも言い訳を用意して、私に寄り添ってくれた。
寒がりで、まだ小さかった身体には、雪を踏みしめる音すら耳に突き刺さるようで痛い。
それでも、あのひと時は本当に楽しかった。
凍てついた空気の中にも、温もりがある事を教えてくれたのは
他の誰でもない“じゅんちゃん”だった。
435: ◆YURIxto...
09/02/17 16:49:17 qnRajsXi
「また、遊びたいなぁ…」
その声に振り返ると、順子の視線も遊んでいる子供達に向かって注がれていた。
「美咲と遊ぶのが、何より楽しかったよ」
照れ臭いのか、私に視線を背けたまま、順子は口にした。
胸から込み上げてきた熱いものが、喉に詰まっているのを感じる。
それは私の方だと、言葉を返したかった。
幸せにしてもらっていたのは、いつも私の方だったと。
「本当に、楽しかったね」
「うん」
私がかろうじて笑って答えると、順子も笑って頷いてくれる。
その笑顔が、私と同じ強がりなんだって事を知っていた。
私が知っているように、順子も私の想いをきっと察してくれている。
今、この北の街に一人残されていく私でも
“今までいてくれてありがとう”と伝えたい気持ちが心にはあった。
けれど、それを口にしてしまえば、本当にさよならになってしまう事を知っている。
もう二度と、彼女の人生に参加出来なくなってしまう事を解っている。
寂しさを口にしない事で、彼女とずっと、繋がっていたかった。
私のそうした想いの全てを、順子は汲んでくれていた。
「ねぇ」
「うん」
「寂しいなんて言ったら、何処にも行けなくなってしまうから」
「…うん」
「だから言わずにおくけど、薄情なんて思わないでね」
こみ上げる涙を飲み込みながら、私は何も言わずに頷いた。
何処にも行かないで、という自分勝手な願いを沈めて、聞き分けのいい振りをする。
でも、嘘じゃない。
彼女の旅立ちを祝う気持ちも。この先の運命へ挑む彼女の背中を応援したい気持ちも。
この世で最も尊い人。
その本人が選んだ生き方だから、私にとってだって、尊い決断。
436: ◆YURIxto...
09/02/17 16:50:10 qnRajsXi
『三番線に、列車が参ります』
先程まで、私達と無関係な列車の案内ばかりを繰り返していたアナウンス。
それがとうとう、彼女を奪っていく列車がやって来る事を知らせてきた。
乗車ラインに立つ順子と、そして私。
列車が入る直前に、彼女の横顔に向かって語りかけた。
「たまには、私のこと思い出してね」
本当は毎日思い出してほしい、毎日私の事を望んでほしい
そういった願いを百万分の一まで小さく纏めて、口にした。
「美咲」
警笛の音に紛れながら、順子は私の名を呼ぶ。
同時に、すぐ横にあった彼女の手が私の手を包み込んできた。
並んで手を繋ぐなんて、何年ぶりの事だろうか。
「きっと、毎日会いたくなる」
「うん」
私の百万分の百万、という願いを彼女は察していた。
嬉しさと恋しさが募って、眼前を駆けてきた列車に視線を向けたまま
小さな声で頷く事しか出来ない。
「だから離れていても何も変わらないよ」
順子がそう言い終えた時、六号車のドアが私達の目の前に揺れながら止まった。
音を立ててその扉が開かれる。
二人を別つ、その扉の蒼さを私は一生忘れないだろうと思った。
437: ◆YURIxto...
09/02/17 16:51:02 qnRajsXi
「それじゃあね」
その言葉と同時に、彼女の体温が私の手の平から離れる。
列車に乗り込んでから、私の方へ向き直った時
順子は少しだけ泣き出しそうな顔を見せた。
それは私が、今日まで耐えて見せずにいた表情だった。
伝染しないように、今度は私の方から微笑みかけてみせる。
「またね、じゅんちゃん」
彼女の強がりを守りたかった。
今日まで彼女に守られてきたように、せめて最後だけは私が彼女を守ってみせたかった。
そんな私に応えて、順子はもう一度気丈な笑顔を見せてくれる。
『まもなく発車します、ご乗車の方はお急ぎ下さい』
アナウンスと共に、発車メロディーが鳴り響いたその時
順子は私の腕を掴み、ホームの端ぎりぎりまで引っ張って身体を寄せてきた。
呆気に取られている私の耳元へ唇を寄せ、硬い声でそっと呟く。
囁かれた瞬間、それが“二度と忘れられない声になるだろう”という確信だけが胸に過ぎった。
順子の手は、すぐにも私の身体を白線の内側まで押し返し
やがて閉まる扉が、二人の世界を隔てていった。
最後の一瞬まで、絶えず笑顔で送り出そうという誓い。
そう胸に決めていたはずの私は、ただ瞳を丸くさせたまま
ゆっくりと横へ流れていく彼女に、視線を傾ける事しか出来なかった。
その時私の目に映っていた彼女も、口角を下げ
扉の窓に手をついて静謐な眼差しを私に向けるだけだった。
間もなくそれも見えなくなり、加速する藍色の車体だけが私の視界を奪っていく。
〝歳取ったら、必ずあの家に帰るから
そうしたら死ぬまで、一緒に暮らそう〟
目の前で響く列車が駆ける音よりずっと、胸に轟いた最後の言葉だった。
438: ◆YURIxto...
09/02/17 16:51:59 qnRajsXi
「歳取ったらって、いつよ…」
列車の姿が夜の闇に見えなくなってから、私は呟いた。
順子のあの言葉は、プロポーズだったのだろうか?
わからない。
いつでも私の理解の範疇にいた彼女は
別れ際になって、解けない疑問を残して行ってしまった。
次に会った時に必ず、問い質してみなければ。
いつ会えるかも約束なんて何もない。
けれど、彼女が自分の人生を自分の為に選び、歩み出したように
私も、そんなふうにありたい。
何より自分の為に生きてみて、その上で彼女を好きなのだと、彼女に伝えたい。
幼馴染だとか、いつも一緒にいたからとか、そんなものを通り越して
その時に初めて、彼女に想いを伝える資格が持てるのだと思う。
次に会えるまでにその資格を得る為、私は立ち尽くしていたホームをようやく後にした。
「もう、会いたくてたまらないよ」
改札へ向かう階段を下りる途中、溢れ出しそうな涙を堪える代わりに
自分にしか聞こえない声で寂しさを口にする。
同じ孤独を順子も今、揺れる車内で耐えているのだと思えば、ほんの少し救われる。
二人にだけ分かち合えるこの孤独が、新たな絆として二人を繋ぐ事が出来れば。
今のこの別れが、二人の人生にとっての新たな始まりだと、信じたい。
駅前の人混みを抜け、吹雪に塗れる道を確かな足取りで踏みしめながら
距離が離れていく今も、彼女に守られている事を感じていた。
雪道を滑らない歩き方も、強風に撒かれない傘の差し方も、全部順子が教えてくれたもの。
何も変わらずに明日からも私を守り続けていくもの。
一人になった今、彼女の愛に包まれているような、そんな気持ちが
心を掠めて離れなかった。
439: ◆YURIxto...
09/02/17 16:54:41 qnRajsXi
以上です
失礼しましたm(_ _)m
440:創る名無しに見る名無し
09/02/17 21:01:29 HX9tINA7
道民涙目!
レール横にどっさり積もった雪が脳裏に浮かんできて寒くなりながらも、
2人の絆に温もった気分です。GJ!
441:創る名無しに見る名無し
09/02/20 04:27:08 TpSIEVk4
GJです!
ホームの情景が目に映るようでした
442:創る名無しに見る名無し
09/02/20 08:37:00 j/wWLkRY
百合スレいつの間にか復活してたwwww
443:創る名無しに見る名無し
09/02/20 10:38:24 JereSOdY
情景心理描写うまいなー
444:創る名無しに見る名無し
09/02/20 15:43:27 FddCxe7A
こないだ見つけたウェブ漫画
URLリンク(projectlily.web.fc2.com)
445:創る名無しに見る名無し
09/03/04 17:04:58 mzkSbwva
保守!
446:創る名無しに見る名無し
09/03/04 17:45:39 gIImpBAt
このスレ波があるよね
447:創る名無しに見る名無し
09/03/04 18:24:39 O3nRH9jr
投下来てる!
448:創る名無しに見る名無し
09/03/15 11:46:42 eSAQajOZ
百合の名言が欲しいage
449:創る名無しに見る名無し
09/03/15 15:47:25 3wbO7/U5
ふたなりは邪道!
450:創る名無しに見る名無し
09/03/15 20:22:36 eKd2SzMm
棒に頼らぬ意気こそ百合の道と見つけたり
451:創る名無しに見る名無し
09/03/16 00:46:04 dSOS1AEn
きれいな百合には棘がある
452:創る名無しに見る名無し
09/03/16 09:52:51 WtkU8HaN
地球温暖化
453:創る名無しに見る名無し
09/03/17 10:27:35 fgjG43mM
桂さん……脱いでくれるかい?
454:創る名無しに見る名無し
09/03/17 23:07:39 a7RyZY5C
私たち、女の子同士なんだよ!
455:創る名無しに見る名無し
09/03/18 12:56:40 5HumcVII
>>454
「そんなの……関係ない……っ!」
Bの肩を掴むA。押し倒そうとするが、Aにはそれが出来ない。
パシッ!(ビンタの音)
「どうして……Aちゃん……友達だと思ってたのに……」
「……」
まで想像して鬱になった
456: ◆91wbDksrrE
09/03/19 15:07:45 ZoSvIH7q
「私たち、女の子同士なんだよ!」
好きだ。その言葉に、彼女は一瞬呆然とした後、叫びを以って応えた。
叫び声は、しかし小さい。外に届く事は無く、聞き留める人はいない
だろう。誰もここにはやって来ない。ここには、ボクと、彩(あや)しかいない。
「そんなの……関係ないっ……!」
だからボクは、彼女の肩を両の手で掴んだ。掴んで、引き寄せて、
ギュッと抱きしめて、それで彩にボクのこの気持ちをわかって貰おう
として……でも、それが出来ない。肩を握り締めて……それだけだ。
肩を掴まれる痛みに彼女が顔をしかめるのを見た次の瞬間、衝撃
がボクの頬を襲い、遅れて乾いた音が聞こえた。その音は、彼女の
叫びよりもずっと大きくこの場に響き、その音に遅れて数秒、ようやく
ボクは自分が頬を張られたのだと理解した。
映ってからだった。
「どうして……香(かおる)ちゃん……友達だと、思ってたのに……」
「……」
友達。そうだ。ボクと彩は友達だ。
「……友達だから……だから抱き締めたい、彩を。キスだってしたい。
彩の身体を、ボクの身体で感じたい……!」
「そんなの変だよ! 女の子同士で、そんなの……」
「彩は……嫌、なんだね」
落胆と安堵が、半分ずつボクの心を満たしていく。
彩が自分を受け入れてくれなかったという落胆と、彩を抱き締める
事で彼女を傷つけずに済んだという安堵。
「当たり前だよ……なんで……なんでそんな事言うの、香ちゃん……」
泣き出しそうな顔で、だけれど、真正面から彩はボクを見据えている。
見た目はたおやかな、触れれば折れてしまいそうな女の子なのに、
彩はこんなにも強い。だからボクは……一見して男の子に間違われて
しまいそうな、でも心はひたすらに弱く、脆いボクは、彼女に惹かれて
しまったんだと、そう思う。
「……彩が嫌なら、もう、こんな事……しないよ」
ボクは、一体どんな顔をしてその言葉を口にしたと言うのだろう。
彩の表情が、嫌悪と怒りで歪んでいた顔が、驚きに取って代わられる。
「変なのは……わかってる。女の子同士で、こんな、好きだったり、
触れ合っていたかったり……そんなのおかしいって……わかってる」
「……香、ちゃん……」
「でも、どうしようもないんだ……抑え切れないんだ……我慢できなくて、
それで……それでこんな……」
答えは出た。彩が、ボクのこの気持ちを受け入れてくれる事は無い
のだという答えが、彼女の口から告げられた。
「……でも、彩が嫌なら、もうしない。もう……彩の前には、現れない」
抑えきれない想いを、ボクはこんな形であるにせよ、告げてしまった。
もう、元の仲良しなだけの二人には、戻れない。だから、ボクは彼女の
前から姿を消す……そのつもりでいた。
「そんなの嫌!」
だけど、その覚悟に待ったをかけたのは、その覚悟をさせてくれた、
彩、本人だった。
「そんなの嫌だよ……香ちゃんが、いなくなるなんて嫌だよぉ……」
「彩……」
「女の子同士だから、そんな事するのは変だよ……でも、変でも、
香ちゃんは嫌いになれないもん! 友達として……大好きだもん!」
―友達として。それは救いの言葉だった。残酷で、容赦の無い。
「……でも」
「私だって……香ちゃんと手繋いだりするのは……好き、だから」
「……彩」
「今日の事は忘れる……忘れるから、だから! だから……また、
明日から、いつもみたいに、ね?」
彩は、自分が物凄く酷な事を言ってるのだと、わかっていないのだろう。
でも、それでも……ボクは、その気持ちが嬉しかった。涙を流す程に。
「……彩が、それでいいなら」
終わり
457: ◆91wbDksrrE
09/03/19 15:08:05 ZoSvIH7q
ここまで投下です。
こうですか!? わかりません!
458:創る名無しに見る名無し
09/03/19 15:26:28 0aZtz7ni
香ちゃん><
百合には悲恋がよく似合うのう
459:創る名無しに見る名無し
09/03/19 15:37:51 H+2IRPBL
香ちゃん…(´・ω・`)
460:454
09/03/20 04:48:23 epnhkOUZ
百合の名言と聞いて、適当に書き込んだら
自分の一言だけでまさかこんなに盛り上がるとは・・・w
とりあえず、ボクっ娘もいいですな。
461:わんこ ◆TC02kfS2Q2
09/03/23 00:05:30 5YJW5CAK
間が開きまして申し訳ございません。『死神さまとわたし』の完結篇です。
やっと、お見せできるようなものが仕上がりました。
お忘れの方が多いと思いますので
第一話>>303-309第二話>>328-334と、続けてどうぞ。
462:わたしの死神さま ◆TC02kfS2Q2
09/03/23 00:06:41 5YJW5CAK
「どうしたんですか?」
「う、うん!なんでもない!なんでもないの!!」
ミミ子の顔をわざと避けながら、わたしは同じ言葉を二回繰り返した。
そういえば、分っていないときの返事って、大抵「はいはい!」って「はい」を二回繰り返すんだっけな。
一時でもあの編集者のことを忘れたいと思っているときに限って、噂をすれば影なのかわたしの携帯電話が叫び出した。
しばらくすると頼みもしないのに、生真面目なわたしの携帯電話は電話の送り主の声を一言も漏らすことなく記録する。
「…はあ、やっぱり」
そう、あの編集者の声がわたしとミミ子を引き裂こうとしているように聞こえ、なんだか無性に腹が立ってきた。
一方的な彼女の命令はどうしたものか。愚痴を言っていても彼女の誘いは続く。
『とにかく、この間の喫茶店で打ち合わせばするね!時間は…』
彼女の声が明るければ明るいほど、わたしは陰鬱な気分に陥り、さらにミミ子のことが余計に愛しくなってしまうのは
理屈でも理論でも解決できないこと。ミミ子はわたしの顔を覗きながら、申し訳なさそうにささやく。
「やっぱり、わたし…邪魔、です?」
「そ、そんなことないよ!!」
「わたしは咲さんが居てくれるだけで、とっても幸せです。だから…大事なお仕事でしょ?気にしないでね」
わたしを認めてくれた子が言うことだ。
あの女の申し出を断るのはミミ子に涙を流させてしまうことに等しい。
463:わたしの死神さま ◆TC02kfS2Q2
09/03/23 00:07:47 5YJW5CAK
――いつもの喫茶店、窓際の席で編集者の女と対面で座る。
わたしの側にはミミ子は居ない。もしかして一人で寂しくしているのではないか、と思うと
対面の女の声なんぞ、どうでもよくなってきた。無論、わたしの孤独な感情が彼女に伝わることはない。
店内の従業員をはじめ、子連れの主婦、くたびれたサラリーマン、小うるさい女子高生、みん世の歯車に乗って生きているというのに、
それに歯向かって生きているわたしは文句を言える筋合いは一つもない。
確かこの編集者は以前わたしに「恋をしなきゃ!」などと偉そうなことをぬかしていた。
申し訳ないが、わたしは今、それをしているのだろう。ミミ子が居ないということだけで、わたしは乾ききってしまったように感じるからだ。
こんな打ち合わせ、うっちゃって一秒でもいいからミミ子と寄り添いたい。そんな気持ちがわたしのなかで芽生える。
それでも、生え始めた若芽を踏み潰すように、わたしと自分の出世を勝手に前提とした、新連載の打ち合わせを編集者は一方的に叩きつけている。
編集者の声が一瞬止んだと同時に、ガラスのテーブルを手のひらで叩く音が割り込んだ。
「ねえ?聞いとお?」
「は、はい!」
「このチャンスは他になかとよ!秋に載せた短編がアンケートで好評だったから、頑張って企画通したのに…。
あとは咲ちゃんがこれからどうするかってところばい。ねえ…必死になれんと?」
『必死』かあ。必ず死ぬんだ。
死ぬんだったら、ミミ子に魂を取られちゃってもそれは本望だしね。
ただ、私自身あのときの作品以上のものはもう描けないと思う。あのときが私自身の人生のピークだったのだ。
事実、最近何を書いても非常にくだらなくなってしまっている気がする。だから、目の前の女からお説教を食らうのだ。
なのに、それを続けろと?必死になって描きやがれと?できるもんか、そんなもの。必死に死んでやる。
「もしかして…恋しとると?」
「はあ…」
「やっぱり!最近、咲ちゃん調子がいいと思ったら。ま、せいぜいお仕事に影響しないように頑張って!
わたし、咲ちゃんのこと応援しちゃるばい!ね!もう、わたしにナイショで水臭かあ!!」
きっと編集者の脳内にはわたしと見知らぬ男が寄り添っている姿が浮かんでいるのだろう。
しかし、わたしはそんなケダモノには興味はない。美しい花が好きなのだ。なのに、彼女は気付かない。当たり前か。
そう考えると、何故か笑いがこみ上げてくる。肩を揺らしていると対面の女は不思議そうにわたしのメガネを見つめていた。
なんだかばつが悪くなり、わたしが彼女の顔を逸らそうと、窓に顔を向けると背筋が凍った。
わたしの姿が窓に映っていない。
464:わたしの死神さま ◆TC02kfS2Q2
09/03/23 00:08:46 5YJW5CAK
もちろん店内の従業員をはじめ、子連れの主婦、くたびれたサラリーマン、小うるさい女子高生、そして編集者の女はしっかりと
窓に反射をしている。当たり前のことが当たり前に見えなくなってしまっているわたしは少し怖くなった。
体に隙間風のような冷たいものがすうっと流れる。そして、わたしは一つの仮説を立ててみる。
ミミ子は元々鏡に映ることはなかった。しかし、日に日に鏡に映るようになってきた。
そして、わたしは窓に反射することがなくなってきた。反射といえ、鏡ほどくっきり映ることはない。
窓に映らないということは即ち、うっすらと鏡に映らなくなってしまっているのだろうか。
今まで窓に反射していたわたしの顔のように。どうしてもこのことを確かめたくなり、椅子を蹴っ飛ばして席を外す。
「咲ちゃん?どこ行くと!」
「ご不浄!」
一目散にお手洗いに駆け寄り真っ先に鏡を覗き込むと、わたしがうっすらと消えかけていたのだ。
正直者の鏡のクセに、生意気にもウソをついている。
そう言えば、ミミ子は言っていた。
「わたしたち、天界の者の糧は地上の者の…命です」
「咲さんのお陰で長生きできそうです」
そうだ、わたしは糧だ。何処かの誰それの血となり肉となるためだけに生まれてきた人間だ。
わたしがマンガを描いて、雑誌に載せる。読者が喜んで買う。金は出版社に降り注ぐ。そして編集者は金と名誉を手に入れる。
なんだ、わたしが今までやってきたことと、ミミ子に対してやろうと思っていることはさほど変わらないじゃないか。
ただ…マンガが描けなくなってしまったわたしはこのサイクルから外されてしまっても、ひとっことの文句も言えない。
もうどうでもよくなってきた。早く、ミミ子の元の帰らなきゃ…。薄っすらと目の前の鏡には半笑いのわたしが存在する。
面白くなったわたしは蛇口を回せるだけ回し、これでもかと水を流していた。当然、水にわたしの顔は映らない。
「けっさくだ、けっさくだよ!あはははは!!何もかもけっさくなんだよ!みんなそうなんだよ!
わたしなんかこれ以上のマンガなんか描けないただの人間ですよーだ!わたしなんか踏み台のために居るようなもんだからねー!
あははっははっははっは!あははっははっははっは!あははっははっははっは!」
喫茶店の狭いお手洗いでありったけの声を上げて、一人洗面台に崩れこむ。
わたしの奇怪な声を聞きつけたのか背後に人が集まる気配がする。
不安げにわたしを見物する人々が鏡の中ではわたしをすり抜けて見えた。
465:わたしの死神さま ◆TC02kfS2Q2
09/03/23 00:09:40 5YJW5CAK
無意識によろよろと涙を流しながら笑顔を見せわたしは喫茶店を後にして、ミミ子の待つアパートに歩き出す。
「どうしたと?どうしたと?」
「体調が悪いので…帰らせていただきます。さようなら」
編集者の女は見てはいけないものを見たように目を丸くし、わたしの腕を掴んで引き戻そうとする。
それでもわたしは歩き続けた。歩き続けた。そして、歩き続けた。
どのくらい歩き続けたのだろうか。
そんなことを考えている陽間もなく、歩いていた。
あの女を怒らせてしまったのかもしれない、でも今はあの喫茶店に戻る気力さえない。
とにかく、ミミ子のことしか考えていなかった。見慣れた風景がわたしを迎える。あと、一息。
「いたたたた!痛い!!」
丁度、ウチの玄関に付く頃だった。思いもよらない頭痛が走る。よそ行きのスカートを汚しながら膝を付いてしまった。
目の前が暗い。そう言えば以前もいきなり路頭で、頭が割れる思いがしたような気がする。
長く続くであろうと思った頭痛は意外と短く終わり、朝早く目覚めたばかりのめまいのような感覚にさいなまれながら立ち上がると、
わたしの目の前に居たのは見慣れ小さな女の子、ミミ子だった。
「おかえりなさい…」
「ミミ子!」
救われた。わたしは死神に救われた。
もうこれで、悩むことなんかないんだからね、ははっ。
背後で必死にわたしを現実の世界に引き戻そうとする、銭と男にまみれた女なんか眼中にはないんだから。
「咲さん。みつかりましたよ、探し物。これで、やっとわたしは長生きできます」
白い顔をやや赤らめながら、古びたチョーカーをわたしに見せびらかすミミ子。
適当な言葉も見つからず、こくりと頷くだけで精一杯であった。しかし、ミミ子はわたしには見慣れた憂い顔に戻ると
わたしだけ(きっとそうなんだろう)に向けた告白をした。
「ごめんなさい…。謝らなきゃいけないことがあるんです。実は…この探し物、なくしてなかったんです。
なくしたなんて、ウソでした…。でも、なくしたことにしておければ、咲さんとずっと一緒に青い空を見たり、
布団で暖かく寝たり、美味しい朝ごはんも食べたりできるのかな…って…。わたしのワガママ…許されませんよね」
世間さまが許さなくても、わたしが許すから安心しなさい。か弱き死神さま。
466:わたしの死神さま ◆TC02kfS2Q2
09/03/23 00:10:28 5YJW5CAK
ミミ子は瞳をあっけらかんと光り続ける日の光で涙を光らせて、わたしの手首を掴みながら続けた。
「もう一つ謝らなきゃいけないことがあります。それは…」
「それは」
「咲さんの命を頂いたら…もう、二度と咲さんに会えません。ごめんなさい…」
わたしの耳に死神のささやきが吐息交じりで入ってくる。と、同時にミミ子の体温を耳で感じていることに気付いた。
かすかにミミ子の歯の感覚が伝わってきた。わたしが死ぬまでの思い出に、この温かみはけっして忘れない。
「おいしい?」
「はい…咲さん」
全てを捧げてしまおう。全てお食べ。そう、心に誓った瞬間。
ミミ子がわたしを突き飛ばしのたである。わたしのウチの玄関に突き当たると、扉は安っぽい音を立てた。
弾みでわたしは崩れ落ちるように再び膝を付く。目の前にはミミ子の細い脚が見えた。
「ごめんなさい…。もう…帰らなきゃ」
「帰るんだ…。そうね、ミミ子はここの世界の人じゃないもんね」
「…はい。咲さんのお陰で、わたしも命を繋ぐことが出来ました。鏡にはもう咲さんの姿が映らなくなってるはずです。
でも、咲さんも地上での暮らしでキリをつけないといけないことがあると思うので、少しばかり命を咲さんに残しておきました。
残りはどのくらいか…わたしにも分りません。本当に咲さんにはお世話になりました」
おそらく、ミミ子の心遣いでそのように判断したのだろう。
突然、消えて困る人たちも居るんじゃないかと。わたし自身はこの世なんかどうでもいいと思っていたのだが、
冷静に考えるとミミ子のほうがわたしなんかより一枚上手なのではないか。
ミミ子の置き土産を大切に使おうと思う。
「咲ちゃん」
「何?」
「また会いましょうね」
ミミ子は分り易いウソをつく。と、呆れているうちにパタパタとわたしの目の前から消えた。
初めて『咲ちゃん』とミミ子に呼ばれた。そして、『咲ちゃん』とミミ子に呼ばれたのは最後だった。
467:わたしの死神さま ◆TC02kfS2Q2
09/03/23 00:11:29 5YJW5CAK
わたしは数日間、ウチに閉じこもった。
世間さまとの交流を全て断ち切った。電話にも出ない、外にも出ない。食べ物は出前で十分。
一週間後、予想通り編集者の女が心配してわたしのウチにやって来た。
鍵を掛けていないわたしの部屋に入ってきて一言。
「咲ちゃん?咲ちゃん?どうしたと?連絡が全然とれんとよ?」
編集者は暗い部屋で一人机に向かうわたしを見て失望したのだろうか、と一人で思案。
彼女とわたしは住む世界が違うのだろうか。
人を愛する人、人を愛せない人。
男しか愛せない女、男も愛せない女。
光を好む人、闇を好む人。
まるで水と油が無理に交じり合おうとすることは、サルでも分る事実。
「咲ちゃん?この間から少し変ばい。もしかして…失恋?わたしが相談にのってあげよっか?」
「しつれん…ですね…」
間違っていない。彼女の言うことに肯定すると、お姉さんぶって張り切る編集者が居た。
「やっぱり!!まだまだ若いんだから!こんな失恋一つや二つどうでも…」
わたしは目の前にあったインクに浸したばかりのGペンを握り締めると、彼女の言葉を拒否するように筆先を思いっきり机に叩きつけた。
血のようにインクが新雪のような原稿用紙に飛び散る。もちろん床にも飛び散った。相棒のペン先は言葉を発することなく死んだ。
「ごめんな…さい」
細い声しか出せないわたしは、目の前のインクをウェットティッシュで拭くことしか出来ない。
筆立て、参考資料、机の上、下と随分とインクを散らかしたもんだ。編集者もわたしに手伝いをする。
その途中、どこかで見たチョーカーが机の足元に落ちていた。この間ミミ子が見せてくれたものだ。なぜなら、わたしはこの手の物は持っていないし、
だいいち、よそからこの部屋に上がったものは編集者とミミ子しかいないのだ。予想が確信に変わる。
もしかしてわざと忘れていったのだろうか。ここに取りに戻る為に。それでわざと置いていったのだろう。
わたしにミミ子が「見つかりました」と見せたものはおそらく偽物なのだろう。わたしは本物を知らないから、そのようなことを言われれば
たやすく信じてしまうだろう。そう言えば、最近のミミ子は平気でウソをつく子だったな。
わたしの命があるうちに、ミミ子にまた会えるような気がしてきた。きっと、ミミ子が戻ってくるんじゃないかと。
そして、ウソツキ死神さまは平気でこんな言葉を言うんだろう。
「もう一つ謝らなきゃいけないことがあります。それは…」と。
おしまい。
468:わんこ ◆TC02kfS2Q2
09/03/23 00:12:14 5YJW5CAK
物語は以上です。
また何時か…。
469:創る名無しに見る名無し
09/03/26 02:07:03 ogei5Q4/
わるい子だなあw
470:創る名無しに見る名無し
09/04/05 00:16:25 VfqburCG
美しいものが好きです。もっとSSを!
471: ◆YURIxto...
09/04/05 18:53:19 o/fB8EtS
「千夏!?ねぇっ千夏でしょ!?」
やかましい渋谷の街を一人歩いていると、更にやかましい声で呼び止められた。
振り返ってみると、その声の主は私と同年代位の面立ちをしていた。
服の系統も私の見知った友人達と大差ない。私より少し、派手めではあるけれど。
「……あの、どちらさまで」
「あたしだよ、福本早苗、小学校一緒だった」
そう名乗った彼女は、どこか誇らしげに胸を張っていた。
「さなえ…」
名前を口にしてから懸命に記憶を巡らせる。
その名前を口にした事が、初めてではないような気もどこかで過ぎったけれど
それはとても曖昧な感覚だった。
ランドセルを背負っていた頃なんて十年も大昔の事だ。
今突然目の前に現れた見知らぬ女性と、その時代とを結びつけるには無理があった。
私は降参したように首を傾げる。
「やっだ、覚えてないの?相変わらず物覚えわるーー」
見覚えのないこの女性は、私が物覚えの悪い子供だったという事を知っている。
という事は、間違いなく私の小学生時代を知っている人物なのだ。
私は、私の知らない人間が私の内情を知っている事実に、違和感を覚えた。
「ま、いいやそんな事は」
私が感じてる事など思いもしない彼女は、あけらかんと言い放つ。
彼女にとって私が彼女を思い出さないのは大した問題でもないらしい。
「ね、今暇?」
「え」
「何か予定あるの?」
「…ないけど」
「じゃあちょっと付き合ってよ!」
その女性は馴れ馴れしくも私の手を引いて、人混の中を突き進んだ。
「え、えぇ?」
私が引き止める間もなく、その時間は始まった。
今この瞬間から、彼女の渋谷観光に付き合わされる事となった。
472: ◆YURIxto...
09/04/05 18:56:47 o/fB8EtS
「今ねぇ、友達と旅行でこっちに来てるんだ」
交差点に面したビルの三階に来ていた。窓越しのカウンターに腰掛ける。
初めて入るカフェだった。そもそも渋谷にはたまに一人で買物に来る程の用しかない。
一人でこういう賑わった店に入る勇気のない私は、いつも用を終えたらすぐに帰る事が多かった。
今日もそのはずだった。
先程まで歩いていた道を、眼下から見下ろしている事に奇妙な新鮮さを覚える。
「旅行って?」
しばらく窓の景色に見惚れ、彼女の話を聞き流していた。
聞き流してから、旅行という言葉が耳に掛かった。
「あ、今ねアメリカに住んでるの、カリフォルニアに大学に通ってて」
「へぇ」
淡白に頷きながら、内心では呆気に取られていた。
向こうの大学に進むような秀才が私の過去の友人の中でいただろうかと、思い巡らせて
やはり隣りでグレープフルーツジュースを飲んでいる彼女は見知らぬ他人なのだと一人頷いた。
「その友達は?」
「今別行動なの、浅草観光がしたいんだって」
「え、外国人?」
「そうなの、お寺が見たい~なんて、ベタベタよねぇ」
友人について飽きれるように笑う彼女に合わせて、私も笑った。
けれど外国人と対等に並んで、英語で会話している彼女を想像して、やはり彼女を遠く感じた。
最初は特に感じなかったけれど、こうして見ると顔立ちも
周りで談笑している女性達より秀でて整っているように思えてくる。
この女性は一体、誰なのだろうか。
こんなにも自分とかけ離れた人物が、私と友人であった事が本当にあるのだろうか。
473: ◆YURIxto...
09/04/05 19:00:13 o/fB8EtS
「お、やっときたきた」
トレイにケーキを二皿抱えてやってきた店員に、彼女は瞳を輝かせる。
彼女はフルーツミックスタルトに、私はチーズケーキタルトを注文した。
「あれ?イチゴ好きだったよね?」
「え、あ、うん…でもショートケーキは」
「そうだ、生クリームは嫌いなんだよね」
本当に私の事を熟知していた。言い当てられる度に、頭を鷲捕まれる思いがする。
「はい、じゃあこれあげる」
ケーキの上にこんもり乗ったフルーツの中から、苺を選ぶと
それを刺したフォークを、私の口元へ翳してきた。
私は一瞬躊躇って、彼女の邪気のない瞳を盗み見る。
逆らう事の出来ない瞳の色が、そこにはあった。
勇気を出して飛び込むように、私は彼女のフォークを口に含んだ。
嬉しそうに私を見る彼女の視線が痛くて、口の中で砕かれた苺の味は胸の詰まるものだった。
474: ◆YURIxto...
09/04/05 19:05:56 o/fB8EtS
それでも小さなケーキを時間かけて平らげた頃には、私達は幾らか打ち解けていた。
いや、彼女は元より砕けている。私の方が、彼女に対して自然体を覚え始めていた。
昔馴染みの友人としてではなく、今出逢ったばかりの同世代の他人同士として。
「へーぇ、じゃあ卒業したら医療関係に進むんだぁ」
「まだ完全に決めてないけどね、でもこのまま行けば…多分」
二年先の将来について話したのは、進路相談の担当者以外で初めてだった。
他人だから打ち明けられた事なのか、それとも彼女は特別なのか。
どちらにしても、自分にとってすら大した価値を持たない将来の話だった。
「ちーちゃんが病院で働くなんて、なんか変なの」
再び頭を鷲捕まれた。私をその名で呼ぶ人物を、私は知っているはずだった。
くすくすと笑いながらそう呼びかけられる感覚が、何故か懐かしい。
「?どうしたの」
「…いや、変ってなによ」
「えぇ、だってちーちゃん、お店屋さんになるって言ってたじゃない
今も雑貨とか好きでしょ?」
今度は頭ではなかった。心臓を、鷲捕まれたような思いがした。
私がほとんど忘れかけていた事も、彼女は全て覚えているのだ。
「そうだった…」
「なぁに?もう好きじゃないの」
隣りに座っている彼女が、瞳を近づけながら尋ねてくる。知らぬうちに鼓動は高鳴っている。
「いや…」
その瞳から逃れるように、視線を伏せた。
テーブルに置いてあった彼女の携帯が目に入る。携帯の、ストラップに。
猫の形をしたビーズストラップだ。赤い色のそれを、とても可愛いと思った。
何かを可愛いと思うなんて、とても久しぶりの感情だ。一瞬だけ、何かを取り戻せたような気持ちになった。
「今もすごい、好き…」
瞳を上げて呟く。もう一度彼女と視線を交わした。
何故彼女は、そんなにも嬉しそうな顔で笑っているのだろう。
高鳴った鼓動は留まる事を知らない。この高鳴りを、私は知っているはずだった。
475: ◆YURIxto...
09/04/05 19:09:21 o/fB8EtS
「ね、雑貨屋さん見に行こう」
邪気のない声と、表情で立ち上がる。
追いかけるように腰を上げた私の手は、彼女の手の中にあった。
彼女は本当に、何者なのだろうか。
カフェから再び人波の行き交う舗道へ繰り出していた。
他の波に飲まれてしまわないように、互いの手を指を絡ませるほどしっかり繋いでいた。
この手の感触を知っている。
離したくなくなるこの尊さを知っている。
なのにどうしても彼女自身の記憶を私の中から見つけ出す事が出来ない。
雑貨屋に入り、商品を見つめながら、店から店を歩きながら、私達の会話は続いていた。
「ね、これちーちゃんが前に持ってたクマに似てない?」
「あぁ…あれね、今どこにいるんだろう…」
「失くしたの?うっわ、あんなに大事にしてたのに
あたしはちーちゃんがくれたぬいぐるみ、今も大事に持ってるよ
耳が赤いうさぎ」
「…アカマル?」
「そう!」
会話に上る全ての記憶が共通していた。
アカマルと名付けたうさぎがいた事を知っている。それを誰かにプレゼントした事も。
けれどそれを受け取った人物についてだけ何故か思い出す事が出来ない。
いや、思い出すまでもなく、目の前にいる彼女がその人なのだ。
けれどやはり彼女という人物だけが私の記憶の中から抜け落ちていた。
あけらかんとした喋り方も、甲高い声も、聞き覚えがあるような気がしているのに。
知っている事を、思い出せなくなるなんて、そんな事があるのだろうか。
476: ◆YURIxto...
09/04/05 19:12:55 o/fB8EtS
記憶にない彼女でも、共に過ごす時間は楽しく、あっという間に過ぎていった。
私は彼女が自分から話す事以外、彼女について尋ねる事が出来なかった。
誕生日や血液型、どんな子供であったかなど。
それらを知る事が出来れば探していた記憶に辿り着けるような気もしたけれど
それを聞いても尚、記憶から彼女を見つけ出せなかったら、と思うと尋ねる事が出来なかった。
それに彼女自身、私が彼女についてとっくに思い出してると思い込んでるのではないかと思った。
ならば知ったか振りを続けよう。
ただ私が思い出せないだけで、彼女は確かに私の友人なのだ。
思い出せない事よりも、今彼女が隣りにいる事の方を尊く思っていた。
失った時間を取り戻しているような気がする。
本来ならば、いる資格のない彼女の隣りに、私は立っているのではないか。
それでも、今はそこに立ちたい。
彼女の隣りにいたい。
繋いでいる手を、出来る限り長く、離さずにいたい。
どんなにそう願っても、別れの時間は必ず来るんだと思い至った時
私の胸は酷く軋んだ。
477: ◆YURIxto...
09/04/05 19:16:22 o/fB8EtS
「もう、七時かぁ」
賑わった繁華街と、反対側に面している公園に来ていた。
途中で一つだけ買ったカフェラテを、ベンチに座って交互に飲み合った。
買ったばかりのそれは熱くて、僅かずつしか口に含めない。
それでも初春の夜は風がまだ冷たくて、唇以外の全てが寒かった。
「近くに、ホテル取ってるの?」
「ううん、友達の家に居候させてもらってる
学校すぐに始まるから、明後日には帰らなきゃなんだ」
「そっかぁ…」
彼女と居られるのは今日だけだという事をわかっていても
明後日には同じ日本の何処にもいないという事実が、無性に寂しかった。
やがて二人を繋ぐそれも熱を失い、知らぬ間に飲み終えていた。
私達はどちらともなく立ち上がり、公園の中を歩き出した。
その足は駅へ向かっているとも、背を向けてるとも言えず、いいかげんな足取りだった。
「前も、こんなふうに夜の公園で遊んだよね」
「え…」
「ちーちゃん、帰りたくないって言ってさ」
覚えている。今と全く同じ気持ちだった夜が、遠い昔に存在した。
「心配した親が先生にまで連絡して、帰ったら一晩中怒られるは、次の日学校でも怒られるは」
散々だったよね、と彼女は笑った。私は、笑う事が出来なかった。
「だって……」
「だって?」
言い澱んだ私を、少し意地悪そうな視線が覗き込んでくる。
夜の闇の中でも、その真っ直ぐな瞳を確かに見て取る事が出来た。
こんなふうに誰かと見つめ合った遠い夜がある。
あの夜を思い返しても、彼女が隣りにいた事を記憶から探せない。
それでも今の気持ちと重ねて、私はあの心細さを口にした。
「寂しかったんだよ」
ずっと一緒にいたかった。どんな色をした空の下でも、手を繋いで歩いていたかった。
478: ◆YURIxto...
09/04/05 19:20:45 o/fB8EtS
「ごめんね…寂しがらせて」
彼女の手が彼女より少し高い私の頭まで伸びてきた。ぎこちなく撫でられる。指先が髪を梳き通る。
今のこの瞬間を、私はずっと待ち望んでいた気がした。
けれど記憶の欠片は、やはり隙間に届かない。
届かないまま、別れの時間はやってきてしまった。
手を繋いで、駅までの道を辿った。
気を抜くと押し潰されてしまいそうな人波の中、嫌でも足早に歩かなくてはならなかった。
やがて辿り着いた改札の前で、私達は手を繋いだまま再び向かい合う。
「地下鉄?」
「どうかなぁ、とりあえず友達に連絡取って、合流してから帰ると思う」
「そっか」
「うん」
甲高く喋っていた彼女の声も、今は語尾が力ない。名残惜しい、と感じてくれているのだろうか。
私は確かに、今を離れ難く感じている。
なのに連絡先の一つも聞けないなんて。
思い出す事の出来ない彼女と、今後も繋がる事は出来ない気がした。そんな資格などないのだと。
多分今日という日は、奇跡のように舞い降りた運命だったんだ。たった一日だけの奇跡。
宝物のような今日も、いつか忘れてしまう事があるのだろうか。
怖いと思った。忘れるなんて。思い出せなくなるなんて。
「元気で、嬉しかったよ」
その言葉と同時に、彼女は私の手を離した。別れの合図だった。
「ありがとう」
彼女から一歩下がって、離れた手を振りかざす。
その時、耳の奥でカンカンという音が僅かに響いてきた。踏切の音だ。
渋谷駅の改札の前で、踏切の音なんて、幻聴にも程がある。
身体を翻し、彼女に背を向けるとその音は一際大きくなっていった。
足を一歩進める毎にまた大きくなる。改札の中に入った瞬間、それはもう犇きと化していた。
耐え切れなくなって、彼女がいた方角を振り返る。
踏切が見えた。遮断機の下りた踏切の向こうに、彼女の小さな背中があった。
今日のものではなくて、遠い昔の後姿。
それは八年前と同じ景色だ。もうすぐ列車が駆けてくる。駆けてきて、私の前から彼女の姿を奪い去ってしまう。
もう二度と、同じ過ちを繰り返してはいけなかった。
479: ◆YURIxto...
09/04/05 19:24:07 o/fB8EtS
「さーちゃんっ!さーちゃん!!」
叫んだのと同時に、私は駆け出した。改札の扉なんて私を踏み止まらせるものになり得ない。
あの時二人を隔てた列車に比べたら、こんなものに私達を引き裂く事なんて出来やしない。
私が彼女の前まで辿り着いた時、彼女は待っていたように振り返って私を見つめていた。
「さーちゃん…」
ようやく、彼女の名を呼ぶ事が出来た。その名を口にした瞬間、彼女の全てが、私の中で蘇った。
「やっと、思い出した?」
引き寄せられるように自然に、再び私達の手は繋がれた。
あの時、繋ぐ事の出来なかった時間だった。
八年前、今と同じ季節に、彼女は私の前から姿を消した。
「春休み、一緒に遊園地に行こうね」
叶える事の出来なかった約束だけを残して。
親友同士だった私達は、学校でも、帰ってからも、いつも一緒だったけれど
誰よりも大好きな彼女と、休みの日に二人きりで過ごす時間が、私は一番好きだった。
彼女と初めて行く遊園地を、心から楽しみにしていた。
不安があっても、彼女が隣りにいる中学生活ならきっと楽しいだろうと
春休みを迎えた後の全ての日々を、私は楽しみにしていた。
心の底から、甘え切っていたのだ。
まさか彼女が私の知らない遠い中学へ通う事も知らずに。
480: ◆YURIxto...
09/04/05 19:27:31 o/fB8EtS
それを知ったのは、卒業式の日だった。
慣れ親しんだ二人きりの帰り道で、絶望は訪れた。
「一緒に遊園地に行くって言ったじゃん!!」
自分でも幼すぎるとわかっていた。わかっていても叫ばずにはいられなかった。
遊園地なんてどうでもいい。
小学校も、中学校も、全てが消えて無くなったって、ただ彼女の隣りに居られればそれで良かったのに。
私を置いて行ってしまう彼女を非難する事でしか、自分を保てなかった。
二人のすぐ側で踏切の警報機が鳴り響いている。
遮断機が下り切る寸前に、私はそれを潜り彼女の前を逃げ出した。
「出来ない約束ならすんな!!!」
それが私の最後の言葉だった。彼女の言葉を聞いてやる事が出来なかった。
踏切に背を向けた時、苛むほどの罪悪感が私を襲ったけれど、振り返っても私達の間は既に列車で遮られていた。
列車の一、二本なんてすぐに駆け抜ける。
わかっていても、そこで踏み留まり、もう一度彼女の顔を見る勇気なんて、私には持てやしなかった。
ただ幼かったのだ。
幼い心には大きすぎるほどの愛情を、彼女に対し持っていた。
そんな彼女を失う痛みに耐えられるほど、強くもなれなかった。
本当にただ、幼かっただけなのだ。
だから自分の中にある彼女の全てを消した。忘れてしまえばもう二度と失う事はない。
あまりに卑怯な方法で、私は自分自身を守った。
そんな卑怯で、臆病者である私の前に、もう一度彼女は現れた。
私を呼び止めてくれた。私を、覚えていてくれた。友達として。
私にそんな資格、あるはずがなかったのに。
481:創る名無しに見る名無し
09/04/05 19:30:29 9r0e8J4r
支援
482: ◆YURIxto...
09/04/05 19:31:15 o/fB8EtS
「ごめん…ごめん…」
強く握った彼女の手で、私は泣いた顔を覆った。
いくら謝っても足りない。泣き喚いたって許されない。
そんな私を、彼女は無条件で許してくれる事を解っていたからこそ一層、自分で自分を許せなかった。
「もうちーちゃんてば、泣いて謝らなきゃならないのは、あたしの方だよ」
困ったように笑って、再び私の頭を撫でてくれる。
「あたしがずるかったんだ
出来ないのわかってて、約束して
少しでも長く、ちーちゃんの楽しそうな顔が見たくて
ぎりぎりまで引っ越すこと内緒にして」
私の頬を両手で包み込んで、彼女は口にした。
おそらく彼女は、その言葉を八年間温め続けてきたんだろう。
「本当にごめんね」
首を振った。彼女に非があったなんて、少しも思えなかった。
恨みも悲しみも全て無かった事にして、ただもう一度友達に戻れるならば、他に何も要らなかった。
私にとっての一番は、忘れていた間でもずっと、彼女であり続けていたのだ。
「今度は絶対、約束守らせてね」
「…なに」
「遊園地、卒業したら日本帰るから、そうしたら行けるよ」
「二年後…」
「そう、二年後」
心細さは確かにあった。本当は明日も明後日も彼女の隣りにいたい。
彼女を取り戻した今の私の、素直な願いだった。
けれど八年前の約束を、今度は私が守らなければならない。
「今度は、待てるよ」
涙を拭いて、顔を上げる。強がりだけど笑顔を見せて、彼女に応えた。
「ふふっ…ちーちゃんだいすき!」
「!」
全てが叶ったかのような微笑みの後で、彼女は私に抱きついてきた。
これ以上ないほど近い彼女に、私は心臓の高鳴りを覚えたけれど
再び思い出したのは、彼女の腕の中が何より安心出来る場所だったという事だ。
ぎこちない手つきで、背中へと手を回す。
彼女の肩に顔を埋めながら、返せない言葉を胸の中で唱え続けた。
私も大好き、という言葉を。
483:創る名無しに見る名無し
09/04/05 19:32:53 9r0e8J4r
484:創る名無しに見る名無し
09/04/05 19:35:33 9r0e8J4r
485: ◆YURIxto...
09/04/05 19:35:39 o/fB8EtS
身体を離すと同時に、私を包んでいた甘い香りも薄らいだ。名残惜しかった。
私達の脇を抜ける人の波が、時折好奇な視線をこちらに注いでいる。
私は構わなかったけれど、目の前の彼女は更に構うところがない。
「またね」
その言葉と同時に、私の頬を彼女の唇が掠めた。
ほんの一瞬の出来事だ。
私がその柔らかな感触に呆気に取られている間、彼女は人波の中に飲み込まれていってしまった。
残されたのは八年前と同じ約束と、高鳴ったままの鼓動。
それから、コートのポケットの中で知らぬ間に忍ばされていた彼女の連絡先。
小さな紙には走り書きのローマ字が並んでいた。
名前の下の文字列が、住所にあたるのだろう。
帰ったらすぐに手紙を書こう。彼女が家へ帰り着くより早く届ける事は出来ないだろうか。
出来なくても、少しでも早く届けられたらそれでいい。そして少しでも早く彼女からの返事を受け取る事が出来るなら。
例えそれが数週間後でも、数ヵ月後だとしても
今度は待てる。
毎日彼女を想い出したとしても、彼女を恋しがったとしても、待ってみせる。
「さーちゃん…」
二人でいた柱にもたれながら、彼女を攫った人波に向かって小さく呟いた。
半日前にやかましい声で私を呼び止めた彼女の姿は、もうどこにもいない。
ふいに降りてきた心細さから耐えるように、私は唇が触れた左頬へ、手を伸ばした。
指先でなぞるように、触れてみる。途端に顔が熱くなった。
胸の内で唱えるしか出来なかった“大好き”だという言葉も、いつか口に出来たらいい。
家路へと向かうラッシュアワーの列車の中で、私はそう願った。
車内を軋ませる不規則な揺れに右手の吊革で耐えながら
空いた左手は、やはり頬へと伸びていた。
顔の熱さは、そのままだ。
柔らかなあの感触に、私はすっかり絆されてしまっていた。
彼女の心を絆す何かが、私にもあればいいのに。
―今も大事に持ってるよ
明るい声で言ってくれた、今日の彼女の言葉が再生されたその時
確かに感じた。
それはほんの一瞬だけれど、どんな遠い距離も長い年月にも別つ事の出来ない
私達だけの絆だった。
486:創る名無しに見る名無し
09/04/05 19:37:12 9r0e8J4r
487:471-485
09/04/05 19:43:47 9/s4XcSv
以上です、失礼しましたm(_ _)m
488:創る名無しに見る名無し
09/04/05 20:22:32 9r0e8J4r
乙だよ
やっぱいいなあ
489:創る名無しに見る名無し
09/04/05 21:05:04 rz+l8hmp
素晴らしい!
490:創る名無しに見る名無し
09/04/06 02:14:51 cjHAZmE7
遠い異国という手の届かない所へ行ってしまう想いの人、切ないながらも
最終的にはお互い理解しあえる・・・なんだかホッとした。
491:創る名無しに見る名無し
09/04/06 03:10:31 J90XObvU
これだから百合は止められない
……泣いた
492:創る名無しに見る名無し
09/04/17 23:34:48 J/YncGWy
たまには……ね。
493:創る名無しに見る名無し
09/04/26 01:07:00 SISJTlCQ
過疎。
某所であらすじ晒したが、ファンタジーっぽい世界で百合なんてどうだろう。
現代を舞台にした百合も大好きだけど
ヨーロッパ、アジア辺りを舞台に繰り広げられる大恋愛とか(資料集めが面倒だけど)
剣と魔法の世界で百合百合してみたり、SFでもう一人の自分が出てくる話とか……
494:創る名無しに見る名無し
09/04/26 12:23:59 PpzgkiTy
吸血鬼カーミラのような、レズの吸血鬼が百合ハーレム作る話なら脳内フォルダにあるけどなぁ
文章にできるかどうかが問題だ
495: ◆91wbDksrrE
09/04/26 21:08:15 NWQC/0LW
『この世界では、剣と剣での勝負が全てを決める』
その言葉と一緒に剣技を授けられた事を、今までずっと恨んで
いた。こんなもの、女である私には必要ないのに、と。
なまじ強さを持っているが故に、一目置かれこそはすれ、女性と
しての評価は微妙なものとなり、結果弱い十八になる今日この日
まで男の人と付き合った経験も無いままで……まあ、それはいい。
響く剣戟の中で、今は感謝しているのだから。女である私を守る
為の術を授けてくれていてありがとう、と。
この勝負に負ければ……私、シイナ・レンバードは、眼前の敵の
“所有物”(もの)となるという事を、戦前に約定として交わしていた。
その約定を現実のものとしない為の力を仕込んでいてくれた事を、
私は、今、この瞬間は確実に感謝していた。
だが、その力を持ってしても、敵を打ち倒す事は未だできない。
「くっ」
押し込んでくる敵をいなし、距離を取る。だが、距離を取った
先から、敵は踏み込んで、その距離を潰そうとする。柄の防具で
それを受け流し、何とか距離を取ろうと試みるが、先ほどから
その試みは上手くいっていない。敵の攻撃をいなせてはいるが、
こちらから攻撃に移る事ができないままだ。
「……相性、悪いわねっ!」
口をついて出る言葉は、そのまま現状を表している。
剣技の相性は言うまでもない。敵はその両の手に双剣を担い、
短めに仕立てられたそれを竜巻のように振り回す技を仕掛けて
くる。距離を詰めてこそ威力を発揮する技であるが故に、彼女は
私が距離を取ろうとする動きをことごとく潰してくる。
対して、私が得意とする攻撃は突きだ。距離を取り、引き絞った
腕を腰の回転に乗せて前方へと突き出す事で威力を発揮する
技であり、距離を取らなければその威力は十二分に発揮される
事は無い。故に私は距離を取ろうとするのだが、彼女はそれを
許してはくれない。距離さえ取れば、相手の回避に合わせた
横薙ぎへの派生が、確実に彼女の身体を捉えるのだが……。
だが、彼女の方も私が距離を取る動きを繰り返している為に
距離を詰めきれず、その技を十分に発揮できてはいない。
互いに、互いの動きが互いの決め手を封じていた。
―千日手。そんな言葉が脳裏をよぎる程に、私達は相性が
悪い。少なくとも私の方はそう考えていた。
そして、そんな、激しく動きながら停滞しているこの戦いと同じ、
私と彼女の相性の悪さを示す端的な事実が、もう一つ。
「可愛い見た目に似合わず、やるわねシイナ!」
「勝手に名前を呼ばないでっ!」
私の名前を口にする敵は―彼女、なのだ。
女であるにも関わらず、私という女を欲する女。それが目の前に
双剣を担っている、敵だ。名はルクレシア・ヴィーブと言ったか。
彼女が私を欲しているというその事実。それが、私と彼女の相性
の悪さの、何よりの証明だった。少なくとも、私の側からはそう。
496: ◆91wbDksrrE
09/04/26 21:08:31 NWQC/0LW
「さっさと諦めて、あたしの物になりなよ!」
「お断りですっ!」
女色、というのだろうか。彼女は、私に一目ぼれしてしまったと言う。
自分の物にしたいと申し出られ、私ははっきりとそれを断った。
そうして始まったのが、この戦いだ。
「私に、女色の気はありませんっ!」
叫びを合図に、私は動きを変えた。このままでは埒があかない。
今まで押されるのをいなすだけだった動きを、逆に押し返す為に
力を込め、彼女を突き飛ばそうという動きへと変えて―
「これは百合って言うのさ! 大陸の最先端流行だよっ!」
―逆に彼女に身を引かれた。
まずい。読まれたっ!?
私は一瞬空足を踏んで体勢を崩す事になり、当然その瞬間を
彼女は逃さない。
「っ……!」
体勢を整える為には、時間が足りない。彼女の踏み込みの速さは
ここまでの剣戟で十分に理解している。だが、体勢を整えなくては
彼女を迎え撃つ事もできない。
どうすればいいか。迫り来る双剣の、その嵐のような連撃を前に、
私の思考はそれを受け払おうと考えはするが、追いつけない。
思考よりも早く到達する双剣に、だがしかし身体は動いた。
「えっ?」
私は、体勢を整える事を諦めた。考えるより先に、その動きは
自然と身体によって表現され、結果私の踵は彼女の胸板を捉える。
前方にたたらを踏みそうになったのを踏みとどまらず、私の
身体はそのまま回転するように前へと倒れ、その勢いのまま、
足のもっとも硬い部分を相手の身体に浴びせたのだ。
「ごぉっ!?」
浴びせ蹴り。そう呼ばれる技は、確実に彼女の身体をとらえた。
なまじ速い踏み込みが、カウンターとなったその蹴りの威力を増し、
彼女は膝から崩れ落ちた。丁度、みぞおちの辺りに入ったという
僥倖にも恵まれたようだった。仕切り直しどころか、この一撃で
私は完全に彼女の動きを止める事に成功したようだ。
「……チェックメイト」
何とか立ち上がろうともがき、しかし叶わぬ彼女ののど元に、
私は剣を突きつけた。
「ずっこいよー。剣と剣の勝負なのに、蹴りは無しだろー」
軽口を叩きながらも、彼女の顔には苦悶が浮かんでいる。
思った以上に、蹴りはいいところに入ったようで、私は何故か
それを申し訳なく感じていた。その必要は無いのに。
「真に剣と剣の戦いであるべきならば、両の足で立つ事は無論、
両の手で剣を握る事もまた控えなくてはいけないのではないですか?」
「屁理屈だー! ないてやるー! うわーん!」
……戦う前よりも、何だか彼女はずいぶんと子供っぽく見え、
何だか私は毒気を抜かれてしまった。
497: ◆91wbDksrrE
09/04/26 21:08:47 NWQC/0LW
「……でもまあ、戦う前に約束したもんな。仕方が無いし、あたし
この街を出ていくから、安心しとくれ」
その言葉に、私はハッとした。
私が負ければ、私は彼女の“所有物”になる。
私が勝てば―彼女は、この街を出る。
それが戦前の約定だった。だが―
「でも、あんたの一発効いちゃったからさ、明日の朝でいいかな、
街から出て行くの?」
―私は何故か、それを惜しいと思ってしまっていた。
彼女と戦ったからだろうか。それとも、彼女の表情を、苦悶の中に
浮かぶ悔しさと、そして本気を見たからだろうか。
「その必要はありません。私は……貴方の“所有物”にさえされ
なければそれで十分ですし、貴方に出て行けといったのは……
その、言いすぎだったかな、と」
「おや? シイナちゃんもようやくこのルー様の魅力に気づいたかにゃ?」
「そ、そんなわけないでしょう! 私は女性を嗜好する趣味は無いと、
そう先程も言いましたよね!?」
「じゃあ、好きな奴とかいんの?」
「そ、それは……なぜ貴方に言わなければならないのですか!?」
「ははーん、いないんだ……じゃあ、まだチャンス有り、かな?」
「なんですかチャンスって! そんなものありません! 貴方は
女性なんですよ!?」
「男だとか女だとか、そんな細かい事どうでもいいじゃーん」
「よくありません! ……やっぱり出て行ってもらおうかしら」
「ああ、ごめんごめん、今の無し! 取り消し! だから捨てないで
シイナちゃーん! ごろごろー」
……本当に、おかしな人だ。
そんな事を思いながら、私の顔は、自然と笑みを浮かべていた。
「……お友達になら、なってもいいですけど、どうします?」
「まずは友達からって事!? うん、全然オッケー!」
「からも何も、先は無いですから。私達、女同士なんですからね?」
「あたしは気にしないもーん」
「私が気にするんです!」
叫びながら、私の顔からは笑みが消える事は無い。何か、訳の
わからない心地よさが、心に生まれて消えなかった。
「とにかく、今日からよろしくお願いしますね、ルクレシアさん」
「うん、よろしくねー、シイナ!」
そうして、その日私に一人友達が増えた。
彼女が、私にとって友達以上の存在になるのは―まだずっと先の話。
終わり
498: ◆91wbDksrrE
09/04/26 21:09:01 NWQC/0LW
ここまで投下です。
499:創る名無しに見る名無し
09/04/26 21:49:42 SISJTlCQ
なんというガチ百合女傑ルクレシア。両刀使いなのか。
GJ!
500:創る名無しに見る名無し
09/04/26 23:42:48 /1BXk7oD
女戦士モノというと、どうしても乳が揺れるクイーンズ何とかって言うアニメを思い出す訳で・・・w
とりあえず、友達以上の関係になる回にも期待。
GJでした。
501:創る名無しに見る名無し
09/04/27 13:59:42 r/9FyKeC
子供っぽい女剣士かわいい
502:創る名無しに見る名無し
09/04/29 09:31:10 lHrtEzz2
普通に主人公が負けちゃった場合を想像したが
ただの官能小説になることに気付いた。
503:創る名無しに見る名無し
09/05/03 08:28:42 ry0O/f3F
某漫画の夜一さんみたいに
自宅で飼ってる猫が妙齢の女の子になったりしないかね。
504:創る名無しに見る名無し
09/05/08 23:59:38 pfDlfcMF
荊の城、半身、カーミラ、マリみて
505:創る名無しに見る名無し
09/05/17 08:49:29 L+aBgAwF
百合関連のスッドレはどこも過疎だな
506: ◆91wbDksrrE
09/05/17 19:49:39 eePM9/Oy
『この世界では、剣と剣での勝負が全てを決める』
その言葉と一緒に剣技を授けられた事を、私は―シイナ・レンバードは、
ずっと恨んでいた。
でも、数ヶ月前のとある事件で、その恨みは感謝へと変わった。
剣と剣での勝負で、私は敵から自分の身体を護る事ができたからだ。
敵は、双剣の使い手、ルクレシア・ヴィーブ。彼女は、何を考えたか、
勝負に負けたら私の身を自由にさせろなどという条件をつけ、突如
私に勝負を挑んできたのだ。
剣戟を交わし、その強さを文字通りその身で味わいながら、何とか
私は彼女を退ける事に成功した。
本来なら、その時点で私と彼女の縁は途絶えるはずだった。だが、
彼女の無邪気な言動に毒気を抜かれてしまった為か、それとも、彼女
との戦いを、彼女の本気を快いと思ってしまったからか―どちらにせよ、
私は彼女との縁を、再び結びなおす事を選択した。
友人になろうという私の言葉に、彼女は無邪気に喜んでくれた。
―あ、いや、無邪気だったかどうかは、ちょっと断言しかねる、かな?
でも、縁を結びなおした所で、彼女は旅人だ。聞けば、何か探し物を
しながら、大陸中を旅して回っているらしい。
友人となれた事、自分と同じ年頃の話し相手を得る事ができた事は、
私も素直に嬉しかった。なまじ剣技などをたしなんでいるばかりに、
私は普通の女の子には……まあ、その……友達と呼べる人が、いない。
普通の女の子は、幼い頃は親に護られ、歳を経てからは将来を
共にする男に護られる。それがこの世界の常であり、私はそれから
外れて育った女だ。だから、男からは一目置かれていたが、女性……
特に同世代の女の子からは、奇異な視線で見られる事も度々あった。
それが、私が剣技を授けられた事を恨んでいた主たる理由である事は、
否定しようがない。割り切れるようになったのは、つい最近の事だ。
だからこそ、同世代の、同性の友人を得る事ができたのは、素直に
嬉しかった。できるならば、彼女がいつまでもこの街に留まっていて
くれれば、と……そう思ったのも事実だ。
他愛の無い会話をしたり、たまに一緒に買い物に出かけたり、私が
作った料理に舌鼓を打ってくれたり、一つ一つがなんだか新鮮で、
嬉しい出来事だった。
……でも、彼女は旅人だ。縁を結びなおした所で、それが途切れる
日は、いつか必ずやってくる。
できれば、そんな日なんか……ずっと、来なければいいのに。
そう願いながらも、時は瞬く間に過ぎていった。
507: ◆91wbDksrrE
09/05/17 19:50:06 eePM9/Oy
―そして、数ヵ月後―
「……ルクレシアさん」
「あい? 何か用かいシーちゃん?」
「……なんで、まだこの街にいるんですか?」
……彼女は、まだこの街にいた。というか、私の家で無茶苦茶くつろぎ、
まるで自分の家かのように振舞っていた。両親が遺してくれた家で、
幸い部屋には空きが沢山あるし、生活費用とかは彼女自身の財布から
出ているので、別に困るようなことは何も無いのだけれど……。
わずかに怒気をにじませた私の言葉に、彼女は笑って答えた。
「なんでって……シーちゃんがあたしにいて欲しいって言ったから」
「っ……!?」
思わず顔が赤くなる。
「い、言ってませんよそんな事っ!」
「えー、だって、コンゴトモヨロシクーって言ってたじゃん」
「そ、それは言いましたけど……」
確かに、今日からよろしくお願いしますとは言った。言ったけど……。
「それがどうしていて欲しいって言った事になるんです!?」
「だって、今日からよろしくって言われたら、あの日からずっと
よろしくしなきゃ嘘じゃん? それってつまり、いて欲しいって事でしょ?」
「なんですかその飛躍は!」
「……あたしがいたら、嫌?」
突然、彼女は瞳を伏せ、寂しげな表情を見せた。
不意を打たれた私は、何故か高鳴る胸と、朱に染まった頬を何とか
落ち着けようと、彼女から視線をそらし、明後日の方向を見やる。
「……それは……その……嫌、では、ないですけど……」
口から出た言葉は、そんな状況だったから、紛れも無い本心以外の
なにものでもなかった。私は、別に彼女がここにいる事を嫌だとは
思っていない。むしろ……ずっと……。
でも、それが叶わないだろう事は覚悟していた。覚悟していたのに、
彼女がこの街に数ヶ月もの間留まっている事で、その覚悟が何だか
はぐらかされているように思えて、それで……
ああ、そうか。今になってようやく、気づいた。私は彼女に八つ当たり
しているのか。自分で勝手に覚悟して、それが無駄にされたように
思えて、腹を立てているだけなんだ。
「……はぁ」
自分勝手に彼女を責めている自分に気づき、ため息が口から漏れた。
しかも、彼女がここに留まり続ける理由は―まあ、解釈はどう
とっていいかわからないにせよ―私の言葉に応じて、なのだ。
彼女がここに留まっている理由が彼女の言う通りのものならば、
私は旅を邪魔しているようなものだ。そう考えた瞬間、沈んだ心が、
さらにズキンと痛んだ。