百合とにかく百合at MITEMITE
百合とにかく百合 - 暇つぶし2ch200:甘やかな暗闇にて (7/7) ◆S4kd5lZr8I
08/10/23 00:03:15 CBX2LeTr
 長い報復を終えて唇を離した。流石に真名は半泣き。存分に混ざり合っていた唾液を、
佳耶は聞こえよがしに喉の音を立てて飲み下す。そして露悪的に言う。
「マナの口のなか、なんか甘ったるいのね」
 髪を触ろうと手をやる。それだけで真名がぎゅっと目を閉じるのが分かる。少しばかり
の罪悪感と、それを上回る嗜虐心とが掻き立てられる。形勢は完全に逆転。
「ねえ。甘いよだれが出てきてたねって言ってるの」
「そんなの。……だとしたら、そういう病気だからだもん。しょうがないでしょっ」
 口応えもしおらしい。
「タっくんだっけ。あの人のことなんかも、さっきみたいに挑発して。それでいいように
おもちゃにされたの?」
 今度はこめかみあたりを指でつつく。指先に力は入れず、つとめて優しく。
「おもちゃにされたとかないから。わたしまだ処女だし。たしかめてもいいよ?」
 そう言うと佳耶の胸にすがりついてくる。なかなかの意地っぱりぶり。
「またばかにして。どうしてそんなこと言っちゃうんだか。だいたいあんた、キスだけで
すっごい怖がってるじゃん。どうせ顔真っ赤だろ」
「怖くないよ。カヤにはわたしをおぼえててほしいから。一生忘れられない、あなたの心
のきずのひとつになるの。そのためなら、処女膜の一枚や二枚どうなってもいいし」
 とんでもないことを言い出した。
「それって二枚とかあるの? ていうか、あのねえ。望んでもいないひどいこと、好きな
子にできるわけないだろ。男じゃあるまいし。あんたの見込みどおりにあたしは女で、臆
病で。けだものにはなりきれないの。そもそも膜とか破れないじゃんっ」
 売り言葉に買い言葉。それでもこれは、言い終わった瞬間に後悔が佳耶を襲ってくる。
最後の一言はないだろう、乙女的に考えて。
 ふー。安堵か落胆か、真名は溜め息をついた。
「いやぁ、ちょっとというかー。かなりお下品だね、わたしたち」
「………」
 気まずい沈黙が流れ始めたそのとき。
 狙い済ましたかのように天井から大音響が響き渡り、エレベーターが上へと動き始めた。
 電気が戻ってきたようだ。しらじらとした蛍光灯の白色がたちまち視界を覆い、暗がり
に慣れていた佳耶と真名は眩惑される。すぐに目が慣れてきて明らかになるのは、痴態と
言われても申し開きのできないお互いの姿。
「うわっ、服! ふく、着ないとヤバいぞっ」
 エレベーターは非常運転モードなのか、直近の階にすぐさま停止して扉を開いた。六階
でございます。間抜けな合成音声の案内とともに、夕暮れの薄暗いマンションの廊下が口
をあける。佳耶は咄嗟にブラウスを羽織りつつドアの閉ボタンを押すも、反応はない。そ
れどころか、今頃になって故障通知のアラームが鳴り出した。扉が開いた時点で人と鉢合
わせしなかったのだけは不幸中の幸いだが、これではすぐに誰かが来てしまう。
 スカートに足を通してファスナーを上げ、靴をつっかけて。慌ててブラウスをボタンの
掛け違いになるのはお約束だ。泣きたい気分でまたボタンを外し。
 そうしているあいだにも、佳耶の視界はしばしば霞む。
「なんだろう、これ。あたしの目、おかしいかも」
 軽い眩暈を感じて俯くと、真名が顔を覗き込んでくる。脇を抱えられて扉の外へ出る。
「わかってるよ。念のためだけど、これからすぐに病院行こう? どこかぶつけたのかも
しれないよ。あなた、ずっとまっくらだって言ってたし。一時的に視力があれなのかも」
 そう言って、開いた携帯を佳耶に振ってみせる。携帯の待ち受けには佳耶と真名ふたり
で撮った写真。それを見て佳耶はようやく理解した。真名には真っ暗闇でもなんでもなか
ったわけだ、少なくとも液晶のバックライトで照らし出される程度には。
「うん。明るいとこで見ても、コブとかなってないし。だいじょぶだと思うよ」
 ことのほか優しく微笑みかけられて、佳耶は次第に耳まで赤くなっていく。そう考えて
みれば色々と、実に色々と恥ずかしいことだらけだ。
「だいじょぶだよ」
 口癖を繰り返し、真名はおどけて言う。
「チョコおごってくれたから、そのお礼ってことで。いわゆるえんじょこーさい?」
「やすっ。チョコバーいっこで言うこときくのか、あんたって子は」
 佳耶は苦笑するよりほかない。なにもかもが見透かされていて、手のひらで転がされて
いる気分になってくる。
「じゃあさ、明日もチョコあげる。そしたらマナはまたつき合ってくれるの?」
 真名はいかにも真剣そうな顔で考えて。次は明るい場所で、もう少しだけ上品に。そし
て優しくしてくれるならと条件をつけてきたのだった。

201: ◆S4kd5lZr8I
08/10/23 00:04:59 CBX2LeTr
以上……ってすんません、最後連投規制で荒らし状態になった(><)

202:10/26に名無し・1001投票@詳細は自治スレ
08/10/23 00:25:35 ZlYIn0Xk
GJ!

203:名無しさん@お腹いっぱい。
08/10/23 00:30:13 xB2ppYzt
エローいwまろーいw

うーむ、投下時に遭遇してたら支援したのに
てかROMってるそこの君、SS投下するときは恥ずかしがってないで支援レスしようぜ

204:10/26に名無し・1001投票@詳細は自治スレ
08/10/23 00:35:58 ZlYIn0Xk
両方ちょっとだけ黒いのがいかにも女の子っぽい

205:名無しさん@お腹いっぱい。
08/10/23 21:45:50 2zAH6+4/
黒い女の子良いなぁ

206:sakuya ◆GtV1IEvDgU
08/10/24 22:29:32 5k+iUhdd
なんか少しにぎわってきましたね。うれしいなぁ。

>>187
短いのにちゃんとまとまってて、しかもエロいw

>>192
狙い通り?w

では、久しぶりに一次創作を投下します。

>>115
「いばらの森奇譚」の主人公に、どうやら友達ができたみたいです。

ではいきます。

207:副委員長とあたし(1)
08/10/24 22:35:56 5k+iUhdd

 ─それはたぶん、
 ─どこにでもいるような女子中学生の身に降りかかった、
 ─ほんのすこしの出来事。

――――――――――――――――――――

『副委員長とあたし』(改訂版)

――――――――――――――――――――

 あたしが我に帰ったのはどのくらいのことだったろうか。五分。いや、もっと短いな。

 無性に笑いがこみ上げてくる。とにかく誰かに話したくてたまんない。でも、誰がいいだろうか?
残念なことに我が愛すべき保護者たちは不在だし。

 なぜかそのとき頭に浮かんだのは、クラス副委員長であるところの花菱美希の怒り狂った顔だった。

 あれは先週くらいのことだったか。どうしても気分が乗らず学校を無断欠席したことがあった。そしたら彼女は、
それはもうメチャメチャ怒って。放課後、あたしの家までやってくるなり、こう宣言した。

  『明日の朝から迎えに来るからっ!』

 その言葉通り、翌日から彼女は朝になると家に押しかけてくるようになった。もちろんそれは、あたしを無理やり
学校に引きずっていくためだ。最初のうちはすごくイヤだったけど、そのうちアニメの話とかで盛り上がるようになってからは、
さほどでもなくなった。たとえばあたしが今秋から「ガンダムOO」を見始めたのは、間違いなく彼女の影響だったりする。
まあ今のところ受け攻めだのカップリングだのに興味は沸かないが。

 花菱は、背の高さこそあたしと似たようなものだけど、あたしなんかよりずっとスリムな造りで、でも出るべき所は
きっちり出てる、結構可愛い女の子。すっごい色白で、ひょっとして美肌とかしてんのかな。肩にかかるくらいに切りそろえられた
髪の毛に至っては、もうありえないくらい艶やかで、いったいどうやってケアしてるんだろうと時々不思議に思うことがある。

208:副委員長とあたし(2)
08/10/24 22:39:50 5k+iUhdd

    ◇

 あの日彼女は『どうしても休みたくなったら私に連絡して』と携帯の番号とメルアドを押し付けていった。
その後、彼女からかかってきたことは何度かあるけど、自分からかけたことは一度もない。面倒なので
アドレス帳には未だに登録していなかった。仕方がないので、とりあえず携帯の着信履歴を頼りにコールする。一回、二回、三回……。

 五回目で彼女が出た。
『はい、花菱です。うれしいな、柊から電話なんて』
「ごめん、今ちょっと話せる?」
『うーん、もうすぐ塾に行かなきゃならないけど。でも十分くらいならいいよ』
「いやまあ、別に大したことじゃないんだけど。実は……」

 と、さきほど起こった事件の顛末を、あたしはかいつまんで話した。笑いの発作を抑えながら。

 それは自宅のリビングで家族共用のPCをいじっていた時のことだ。何かが窓の外で動いたような気がして、
何気なくあたしは顔を上げた。その視界に飛び込んできたのは、ひとりの男の子の姿。ランドセルを背負っているから、
どうやら小学生らしい。背格好から見てたぶん高学年。時間から考えて、おそらく六時間目が終わって
家に帰る途中だったのだろう。そこまではまあ普通だ。

 そいつが、思いっきりズボンを下ろしているのを除けば。

 いったいこんなところで何しているんだろう。最初に沸いた疑問はそれだった。リビングから見える光景は
あたしの住んでいるアパートの裏庭で、その先には小さな山があるという風情。少なくとも小学生の通学路ではありえない。
そいつのことをもっとよく観察しようと、あたしは目を細めた。

 双方にとって不幸なことに、実によく見えた。そいつのオ○ンチンが。しかもその先っちょから黄色っぽい液体が
ほとばしっている所まで、それはもうしっかりと。

 見つめること十数秒。ようやく事態の重大さが飲み込めた。

 こ、こいつ、よりにもよって人ん家の軒先で立ちションしてやがるっ!

 アパートの中からあたしに見られてるとも知らずに、そいつはとても気持ちよさそうに生理的欲求に身をゆだねてた。
やがて液体の放出が終わると、モノをふりふりっと振り、それから衣服を整えて、そいつは何事もなかったかのように
表通りの方へと去っていった。

「……ってわけ。めっちゃ笑えるでしょ?」
 だが残念なことに花菱は大して面白いとは思わなかったらしい。妙に彼女の声が硬い。
『うん、話はわかった。少し待ってて。すぐそっちに行くから』
「えっ。いやでも、これから塾あるんでしょ?」
『そんなのいいから。絶対待ってて。絶対だよ』
 何度も何度も念押ししてから電話は切れた。

 わっかんないなあ。いったい花菱は何をあわててたんだろうか。

209:副委員長とあたし(3)
08/10/24 22:45:28 5k+iUhdd

    ◇

 わりと男女問わず人気があるっぽい。頭の回転も悪くない。けっこう空気も読める。保健室の窓からグラウンドで
体育してるのを何度か見かけたけど、いつも花菱は特定のグループの中心だった。そのグループ自体、クラスの中では
ルックスのいい娘ばかり。

 やはり彼女の立ち位置は一軍のような気がする。そもそも立っている場所からして違うのだ。
あたしみたいな、クラスのどこにも居場所のない、最低ランクの人間とは。

 ただ気になることもないわけじゃない。なんだろう、彼女にはいつもどこか醒めたような印象がある。
笑顔自体は絶やさないけど、まるで仮面をかぶっているみたいな感じ。頭の中にあれこれと彼女の顔を浮かべてみる。
そしてようやく理由らしきものが思い浮かんだ。そうか、目だ。彼女の目が笑っていないんだ。

 そこまで考えがおよんだところで、あたしはより重大な懸案事項の存在に気がついた。

「あ、ヤバ」

 少しは部屋、片付けとかないと。「figma柊かがみ」とか思いっ切りまずいし。

 すぐ行くって言ってたけど、どのくらいかかるのだろう。そういえば、あたしは彼女の家がどこにあるかも
知らないんだっけ。再びあたしの頭の中で、彼女の存在が膨れ上がる。

 花菱とは二年のときに同じクラスになった。

 保健室登校をしてるあたしのところに、先生たちが作った自習用のプリントを持ってくるのが、彼女の日課のひとつだった。
だけど一学期のときは、まともに言葉を交わした覚えがない。あれは確か二学期が始まって何日かしたころだったと思う。

  『あれっ、それ「らき☆すた」じゃない?』
  『へえ。花菱、これ知ってるんだ』
  『うんまあ。昔、聴たことあるよ。ニコ動で』

 たまたまあたしが学校に持ち込んでいた「らき☆すた」のコミックに彼女が興味を持ち、それをきっかけに
少しだけ話すようになった。幸い保健室であれば、クラスの連中にとやかく言われる恐れもなかったし。

 意外なことに彼女の知識はアニメにもおよんでいた。まあどちらかというと「銀魂」、「BLEACH」、
「コードギアス 反逆のルルーシュ」、それに「ガンダムSEED」や「ガンダムOO」といった、
なにやら腐女子の香り漂う系統がお好みのようだったけど。

 部屋のヤバそうな品物をクローゼットに押し込みながら、あたしはそんなことを思い出していた。

210:副委員長とあたし(4)
08/10/24 22:50:39 5k+iUhdd

    ◇

 十分ほどで花菱はやって来た。それも自転車で。ずいぶんと飛ばしてきたらしい。可愛らしい顔やTシャツが
もう汗びっしょり。気の毒なくらいに息も上がってる。細くて漆塗りを思わせる髪の毛が、何本もおでこに張り付いてる。
あわててあたしは、乾いたバスタオルを探し出してくると彼女に手渡した。

「お邪魔しまーす」
「あ、今家には誰もいないから。遠慮なく上がりたまえ」
 玄関からそのまま自分の部屋に招き入れる。そういえばここに引っ越してきてからもう一年になるけど、
家族以外の誰かを入れるのは初めてだ。

 部屋に入るなり、彼女はコンビニ袋を押し付けてきた。中には無造作に詰め込まれたペットボトルと
何種類かのお菓子が入ってる。『ロイヤルミルクティー』とか『ちょこりんこ2』とか、何気にあたしの好みの
チョイスになっているのが少し嬉しい。

「ささっ、飲んで食べて」
 勝手にあたしのベッドに座って、隣をポンポンと叩く。
「ほら、ここに座る」
「えと、あたしの部屋なんだけど、ここ」と指摘してみる。けど「まあまあ」と軽くあしらわれてしまう。
「そんなことより、ほら。溜め込んでないで話してみ。きっと楽になるから」
「え……? 話が見えないんだけど」
「だって柊、怯えてるでしょ、何かに」
「怯えてる? あたしが? いったい何に?」
 失笑を浮かべる花菱。そんなにあたしはアホなことを言ってるだろうか。
「そんなこと、私にわかるわけないでしょ。だからこうして聞いてるんじゃない」
 そうか、怯えてるのか、あたしは。

 ふうっと深呼吸する。

 甦る。
 暗い記憶。
 思い出したくもない事件─。

 あれは今年の春先、病気で入院してた時のことだった。

 ある日の夜遅く。ふと異様な気配に目を覚ますと、ベッドのそばに下半身を露出した男性看護師が立っていた。

 あまりのショックに悲鳴すら出せなかった。かろうじて半身を起こしたところでがっしりと両肩を掴まれる。
そいつの顔が近づいてくる。五十センチ。四十センチ……。

 あとほんの十センチくらいだったと思う。敵が有効射程距離に侵入。日頃の鍛錬の成果。身体が自動的に反応。
自分の両手で相手の両耳をホールド。軽く頭を後ろに反らせ、そのまま男の顔面に渾身のヘッドバッド。

 鼻血を噴出させながら男は卒倒する。静まり返った真夜中の病棟に信じられないほどの大音響が響き渡った。
人間にはどうしても鍛えられない急所がいくつかある。たとえば鼻もそのひとつ。あたしの苦し紛れの一撃は、
そこを見事にクリーンヒットしていたのだった。

 慰謝料とかはそれなりに貰ったらしい。でもあたしや親たちの不信感はどうにもならず、結局今の病院に転院した。
その看護師がどうなったかは知らない。知りたくもない。

 そんな、もう終わったはずの事件─。

 話を聞き終えた花菱が、あたしのことをそっと抱き締める。
「ねえ柊。こういう時はさ、泣いてもいいんだよ?」
 なぜか花菱の汗の匂いがとても心地いい。優しさに包まれてるって感じがした。

 あたしが落ち着いたのはどのくらいのことだったろうか。三十分。いや、もっと長いな。

211:副委員長とあたし(5)
08/10/24 22:55:33 5k+iUhdd

    ◇

「今日はありがと。なんかお礼がしたいんだけど」
「いいよ、別に。そんなつもりで来たわけじゃないし」
「だって塾とかも休んだんでしょ。悪いよ」
「私が勝手に心配して勝手に飛んできただけだもん。柊の気にすることじゃないって」
 ブランド物のスニーカーを履きながら、花菱がひらひらと器用に右手を振る。
「いや、それじゃあたしが引きずっちゃうって。なんでも言って。できることならなんでもするから」
「まあ、そこまで言うなら……」
 しばしの間考え込んでから、ぱあっと顔を輝かせる。
「じゃあこれから、二人っきりの時は『美希』って呼んで」
「は? ……そんなんでいいの?」
「もちろん。最高のお礼だよ、それ。柊には─咲夜にはわかんないだろうけど」
 一点の曇りもない、極上の笑顔を彼女は浮かべていた。人間ってこんなにも嬉しそうな表情が
できるものなのか。妙なところであたしは感心してた。
「わかった。これからは花菱のこと、美希って呼ぶことにする」
 その瞬間、彼女は身体をふるふるっと震わせる。
「ねえ、もう一回名前呼んで」
「美希」
「もう一回」
「……美希」
「もう一回」
「……もういいでしょ?」
「もう一回だけ。これで終わりにするから。お願い」
 そんなやり取りを十回以上は繰り返させられた。

「じゃあ、また明日、朝八時にね。遅刻とか欠席とかは許さないぞ」
 そう言い残すと、花菱は─いや美希はドアの向こうに姿を消した。一人あたしは玄関に取り残される。

 なんなんだろう、このものすごい喪失感は。



 帰ってきた親に声をかけられるまで、そのままあたしは玄関で呆けてたらしい。

212:副委員長とあたし(6)
08/10/24 22:58:37 5k+iUhdd

    ◇

 翌朝。
「ね、手、引いてあげよっか?」
「えー、必要ないよ別に。今のところ、そんなに困ってないし」
 最近のあたしはけっこう体調がいいのだ。いちおう念のために杖は持ってるけど、
平地ならほとんど必要がないくらいに。
「ひっど。昨日はなんでもお礼に言うこと聞いてくれるって言ったじゃん」
「それはもう終わった話でしょ」
「ぶー。どうせならキスとかエッチとかにしとけばよかったかな」
 ……待て待て待て。なんか危ないこと口走ってるぞ、こいつ。
「ちょ、美希。おまっ、何言ってんだ」
「ふふ、冗談だって。意外に咲夜って純情ちゃんだね。可愛いな」

 ととっと二、三歩先行してから、こちらに向かってくるりとターン。
 制服のジャンパースカートがふわりと浮き上がる。

「ほら、行こ。遅刻するよ」

 秋の日差し。
 宇宙まで見えそうな青空。
 紅葉のきざしを感じさせる山並み。
 夏の残り香が未だに漂う青々とした草原。
 名も知れぬ鳥が飛び交い、秋の虫が合唱会を開催する田舎道。

 そんな世界の真ん中で。

 美希が、笑ってる。
 あたしのことを見つめながら。
 あたしのことだけを見つめながら。
 あたしだけしか知らない極上の笑顔を浮かべてる。

 そよ風が空を、山を、草原を駆けぬけて、美希の髪の毛に悪戯していく。
 彼女が慣れた仕草でそっとそれを撫でつける。
 その仕草はひどく扇情的で。

 あたしにはそれがとても、この世の光景とは思えない。

 なんだろう、まるでここは─そう、妖精空間とか?



 そんな陳腐な言葉しか思いつけないあたしという存在が、ほんの少しだけ、悲しかった。

  (Fin)



213:sakuya ◆GtV1IEvDgU
08/10/24 23:01:38 5k+iUhdd
以上です。

ありがとうございました。


214:10/26に名無し・1001投票@詳細は自治スレ
08/10/24 23:21:07 g1ehaSEI
おつー
後半のやり取りがいいなぁ

215:名無しさん@お腹いっぱい。
08/10/25 09:04:33 oDv88r3+
>>213
GJ!!

でもどうしてもこのシリーズは涙が出てしまう。

216:名無しさん@お腹いっぱい。
08/10/25 16:41:27 hv/6lwgE
GJでした
こういうソフトなのもいいねぇ、ニヤニヤしてしまう

217:名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ
08/10/31 20:37:11 yWT4zu2m
ポエ板の百合スレ
スレリンク(poem板)


218:名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ
08/11/03 00:07:30 0K+k2vjH
あげ

219:sakuya ◆GtV1IEvDgU
08/11/03 17:25:12 Jmn9u3tm
どうも。

>>180
以前に投下した「サーニャ/こころのうた」に曲をつけてみたら、
破壊力三割増(当社比)になったような気がしたので、
ニコ動においてみました。

URLリンク(www.nicovideo.jp)

と、これだけではなんなので、スレ支援を兼ねて。

「ストライクウィッチーズ」の二次創作、今度はエイラのモノローグです。
「サーニャ/こころのうた」とセットになってますので、あわせてお読みいただければと。

2~3スレほどお借りします。


220:エイラ/つばさのうた(1)
08/11/03 17:29:20 Jmn9u3tm
――――――――――――――――――――

『エイラ/つばさのうた』

――――――――――――――――――――

いつの頃からだろうか。

無傷の撃墜王、などとおだて上げられ、すっかりいい気になっていた。
敵を墜とせば戦いに勝てる。そう無邪気に信じていた。

おとといは三機、きのうは五機、今日は八機。
おもしろいように戦果をあげた。

だが。

墜としても、
墜としても、
墜としても。
一向に減る気配のない敵。
一人、また一人と失われる味方。

気づかぬ間に、
疲れと焦りが、
澱のように溜まっていった。

ある日、避難民の行列を見た。

疲れきった大人。
泣き声すら上げられない幼子。
そんな人たちに共通していたのは、
ひとかけらの希望も残されていない、

濁った眼。

数多くの犠牲者。
そしてそれに数倍する、
おびただしい避難民の列、列、列。

なんとかしなければならない、なんとか。
しかし今の私には、その力がない。

それを見てしまったとき、
それに気づいてしまったとき、
自分の翼の折れる音を、私は確かに聞いた。

それからは酒と女に溺れる毎日だった。
最初は心配してくれていた仲間達も、
やがて愛想をつかしていった。

221:エイラ/つばさのうた(2)
08/11/03 17:32:06 Jmn9u3tm



そして私は、サーニャと出会った。



彼女の第一印象。それは、

綺麗な眼。

連想したのは、故郷の蒼い湖。
この瞳だけは絶望で曇らせたくない。そう思った。

彼女と飛ぶごとに、
彼女と言葉を交わすごとに、
彼女と寝食を共にするごとに、

その気持ちは強く、大きく育っていった。

この出会いは、奇跡とかいう奴だろうか。

いや、違う。

全てを傍観している神さま。
何もしない神さま。
無意味な神さま。

くだらない。

神さまなんか信じない。
奇跡なんか必要ない。

戦争。
それは試練。
私に与えられた試練。
人類に与えられた試練。

であるならば、
今の私に必要なもの。
それは、
奇跡なんかじゃない。
神さまなんかじゃない。

今の私に必要なもの。
それは、
信じる心。
折れない心。
くじけない心。

守りたいと願う気持ちが、
人と人との絆が、

力となる。
希望となる。
固い鎖となる。
私を支えてくれる。
仲間を支えてくれる。

222:エイラ/つばさのうた(3)
08/11/03 17:35:57 Jmn9u3tm

地球の五十億年の歴史。
生物の五億年の歴史。
人の百万年の歴史。

進化の果てに到達した、もっとも善き物。

その穢れなき想いがある限り。

私に、
魔女に、
そして人類に、
敗北の文字はないだろう。



いつの頃からだろうか。

折れない翼を私は手に入れていた。

私は守りたかった。
この世界を守りたかった。
サーニャのいてくれる世界を守りたかった。
サーニャが愛している人、モノ、故郷。その全てを守りたかった。

今度こそは、

決して引かない。
決して負けない。
決して退かない。

今の私はひとりではないのだ。

仲間がいてくれる。
サーニャがいてくれる。

だから、飛べる。
だから、戦える。
だから、生きられる。

サーニャの存在に、
どれほど支えられてきたか、
どれほど勇気付けられてきたか、
どれほどなぐさめられてきたか知れない。

だが私はこんな性格だ。
面と向かって礼を言うなんて無理。
なによりそれは私の生き方に反すること。

だから私は心の中でだけつぶやくのだ。
万感の想いをこめた、ただひとことの感謝の言葉を。

サーニャ、ありがとう。

  (Fin)


223:名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ
08/11/03 17:45:40 Jmn9u3tm
以上です。

ありがとうございました。


224:名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ
08/11/04 23:00:45 TXzTCdqs
ポエムよりのSSとしては好きな方


前口上があるだけに
「進化の果てに到達した、もっとも善き物。その~」
にはもうちょい具体的な示唆与えるか、軽く衒った印象表現で補いまくったりした方がいいんじゃないかなと思いました

225:sakuya ◆GtV1IEvDgU
08/11/05 16:47:54 JwaoVeMp
>>224
ご指摘ありがとうございます。
自分もこの部分は「言葉が足りないかも~」と気になっていました。
どのように直すかは、もう少し考えてみます。



226:創る名無しに見る名無し
08/11/08 20:20:32 IlAoTXF5
URLリンク(jp.youtube.com)
URLリンク(upload.fam.cx)

国籍法改正のヤバさ

227:創る名無しに見る名無し
08/11/11 00:07:20 G9F2xGEu
伝記百合作成中

228:創る名無しに見る名無し
08/11/15 11:42:13 FlUIUmRN
天気百合?

229:創る名無しに見る名無し
08/11/16 09:32:49 6g7e1yrH
太陽×雨雲で百合か

230:創る名無しに見る名無し
08/11/16 19:08:43 L72AP2AQ
雨「私みたいなじめじめした子、みんな嫌いだよね……。太陽さんだって……」
陽「そんなことないわ!あなたがいないとみんな枯れてしまう。もっと自信持ちなさい、雨雲ちゃん!」
雨「太陽さん……」

こうですか?わかりません><

231:創る名無しに見る名無し
08/11/16 19:14:12 fSM/eBzH
陽「あらあら、こんなに濡らしちゃって…いけない子ね」
雨「だ、だってわたし…」
陽「言い訳するのはこのお口?」
雨「んむっ…!」

太陽に近いと乾いちゃうから雨が陽に苦手意識もってるとかいいかも

232:創る名無しに見る名無し
08/11/16 19:30:42 L72AP2AQ
>>231
さすがIDがSMなだけあるなw

233:創る名無しに見る名無し
08/11/16 19:40:12 AyDHdm1/
雨子ちゃんと陽子さん

234:創る名無しに見る名無し
08/11/16 19:43:45 6g7e1yrH
>>231
むしろ雨雲は気にしていないんだけど、太陽が遠慮してあまり近づかない

雨雲「わたし、太陽さんに嫌われてるのかな……」
のコンボで

235:創る名無しに見る名無し
08/11/16 23:18:11 AyDHdm1/
>>231
えろえろですか

236:創る名無しに見る名無し
08/11/17 23:25:44 WiVqCwb0
まさか太陽と雨雲で萌えるとは…

237:創る名無しに見る名無し
08/11/18 01:02:17 IMcqEOVF
腐女子にできて俺たちにできないわけがない!

238:創る名無しに見る名無し
08/11/21 18:49:32 SgKEOC6f
月「あなたが最近、太陽に近づく子ね」
雨「お、お月さん…」
月「ふん、どうして太陽もこんな地味な子を…。
あ、もうやだ!何してるのよ!こっちまで雲にかかっちゃったじゃない!!」
雨「ち、違うの!これは!?」
月「違う?ふふん、まあいいわ。償いはしてもらうわよ。
―明日は雨なんだから」

239:創る名無しに見る名無し
08/11/21 21:05:06 QevTi5kx
妄想が広がりんぐ

240:創る名無しに見る名無し
08/11/22 00:20:23 Cyyq5mzu
登場人物としては、太陽、月、雨雲か……


実はこう月のことを隠れて想うオーロラとか星とか

241:創る名無しに見る名無し
08/11/22 02:39:57 6hr5SeX0
月はツンデレ、太陽をかってにライバル視して追っかけまわしてる
星は月の後輩、月にあこがれてストーカー→煙たがれる、ドM

とかどうよ?

242:創る名無しに見る名無し
08/11/22 03:54:03 RP0AwVcf
ツンデレの一言で片付けるには惜しいクセがあると信じてる
>>月


243:創る名無しに見る名無し
08/11/23 10:38:33 sFzNZ0tU
ようやくアオイシロが届いたぜひゃっほう

244:創る名無しに見る名無し
08/11/23 21:27:40 nSgY9HpC
>>243
忙しくて予約しに行けなかった人がやすみんばりのジト目で見てるよ

245:sakuya ◆GtV1IEvDgU
08/11/24 15:49:00 PZML2hO8
久しぶりに一次創作を投下しますね。

>>115-119
「いばらの森奇譚」
>>207-212
「副委員長とあたし」

の続きです。

ではいきます。


246:初冬のひととき/終わりの始まり(1)
08/11/24 15:52:03 PZML2hO8
――――――――――――――――――――

『初冬のひととき/終わりの始まり』

――――――――――――――――――――

 十一月も、残すところあと十日たらず。

 冬の兆しを顕す弱々しい陽の光。
 深い青で染め上げられた空に浮かぶ巻層雲。
 ぴいん、という音が聞こえるような、張り詰めた空気。
 彼方の山並みは紅葉の時期を過ぎ、すでに枯れ木の賑わい。
 道を覆い尽くさんばかりの、赤、橙、黄色、茶色の落ち葉のじゅうたん。

 玄関を一歩出たとたん、あたしたちの身体はぶるっと震える。

「寒いね」
「うん」

 短い会話。

「手袋、持ってくればよかった」
「そんなに寒い?」
「うん、まあね」

 不意に美希が、あたしの左手を握り締めると、そのまま自分の胸元へと押し付けた。彼女の胸がむぎゅっと潰れる感触が伝わってくる。

「ちょ……!」
「これであったかいでしょ?」
「ヤバいって。誰が見てるかもわかんないのに」
「ヤバくない。誰が見てたっていいもん」
「ううっ」

 すでにあたしの左腕には、美希の手を振りほどく力は残されていない。昨晩聞いたばかりの美希の切なげな声が生々しく脳裏によみがえり、あたしは頬がかあっと熱くなるのを感じる。

「せめて上着のポケットとかにしてよ」
「何それ、エローい」
 くすくすと美希が笑う。
「胸に手を押し付けるのはエロくないのか」
「下手に隠すのがよくない。こういうのは堂々としてたほうがいいの」
「ほんとかよ」

247:初冬のひととき/終わりの始まり(2)
08/11/24 15:55:23 PZML2hO8

 狭苦しい山あいの道。その申しわけ程度の歩道を、あたしたちは一歩ずつ踏み締めていく。

 やがて歩道もなくなり、簡易舗装の道だけが林の間を突っ切っていく。

 ざわざわ。
 ざわざわ。
 ざわざわ。

 北風にあおられた木々のざわめきだけが聞こえる。落ち葉が風に舞い、あたしの頬にぺしぺしとあたる。一枚二枚ならまだしも、何十枚と襲い掛かってくるとなると、なかなかにうっとおしい。

 頭についた落ち葉の欠片を、美希がはらってくれる。

「ありがと」
「うん」

 なおも歩き続けていると、二羽の山鳩が、道のど真ん中で何かをついばんでいるのが見えた。思わず軽口が飛び出す。

「あれ、美味しいかな」
「食べられるの?」
「焼き鳥とか」
「咲、ほんとに焼き鳥好きよね」
 呆れたような声を美希が上げる。

 いつの頃からか、美希はあたしのことを「咲」と呼ぶようになった。そう呼ばれるのは少しだけ心地いい。それは美希だけが知っている、美希だけに許した、あたしの呼び名だから。

「小さい頃、道場からの帰り道でさ。一本七十円の焼き鳥買って、食べながら帰ったんだ。あれは美味しかったなぁ」
「じゃあ今度、作ってあげようか?」
「へえぇ、美希って焼き鳥できるんだ」
「やったことはないけど、細かく切って串刺しにして焼くだけでしょ。道具があればなんとかなると……なると思うけど」
「……期待しないで待ってる」
「ぶー。それは私に対する重大な挑戦ね」

 そんなことを話している間に、山鳩たちは身の危険を感じたのか、さっさと飛び立ってしまった。

 やがて古ぼけた石造りの階段が、あたしたちの行く手を遮る。

「回り道、する?」
「いや。今日は、登れそうな気がするから」
「わかった」

 今日を逃すと、もう二度と登れないから、とは言わなかった。言えなかった。


248:初冬のひととき/終わりの始まり(3)
08/11/24 15:59:22 PZML2hO8



 今週の検査の結果はひどく悪いものだった。

 握力や蹴り上げる力の低下もさることながら、重大な懸念材料として浮上したのは肺活量の異常な値。それは先月の三分の一、九〇〇mlにまで落ち込んでいたのだ。ついにあたしの病魔は、肺を動かすための必須の筋肉、呼吸筋をも食い荒らし始めたのだった。

 あたしには二つの選択肢が示された。

 ひとつは即時入院し、人工呼吸器に接続する。出来る限り身体を安静に保ち、リハビリによって筋力の低下を引き伸ばし、延命を図る。

 もうひとつは薬を使って呼吸筋を刺激する療法。この場合、自発呼吸能力は改善され、ある程度は在宅治療も可能だが、その代償として運動能力が損なわれる。

 薬の使用を、あたしは希望した。迷いはなかった。

 一日でも長く今の生活を続けたかった。いや、しがみついていたかった。ネットの向こうであたしに声援を送ってくれる人たちに。自然に恵まれた家に。愛すべき保護者たちに。そして、美希に。

 薬を使い始めて三日。確かに呼吸はめざましく改善された。少し動いただけで息切れするようなこともない。夜中に息苦しくて目が覚めることもない。これはとても助かった。

 もちろん、大きな代償も支払わされた。

 まず左手の肘から先に力が入らなくなった。肩より上に持ち上げることは、もう出来ない。キーボードもしょっちゅう打ち間違える。予測されていた事態とはいえ、これはかなり堪えた。

 次に左足。ひざを持ち上げるのも一苦労だ。ちょっとした段差でもつまずいてしまう。自分ではクリアしてるつもりでも、足がまったく言うことを聞いていないらしい。

 そして今日。右ひざから下の部分で麻痺がはじまった。感覚がすっかり鈍くなってしまったため、地面を踏みしめても不安定なことこの上ない。まるで雲の上を歩いているみたいだ。

 この調子だと、自力で歩けなくなるのは時間の問題だろう。


249:初冬のひととき/終わりの始まり(4)
08/11/24 16:03:03 PZML2hO8



 あれは昨日の夜のことだ。あたしは美希に全てを話した。

 その上で彼女に別れを告げるつもりだった。残された者の痛み。心が半分死んでしまうほどの辛さ。そんなものを彼女に味あわせたくなかった。

 だが全てを聞き終えた美希の反応は、実に意外なものだった。

『それは得がたい経験ね』

『だからその経験値、私にも半分わけて』

『もし咲が生き続けるためにこの世に未練が必要なら、私がその未練になるよ』

 もはや突き放すことなど、あたしにはできなかった。

 そしてあたしたちは最後の一線を越えた。大人たちから見ればそれは児戯に等しい睦事だったかもしれないが、あたしと美希にとっては一種の誓約の儀式にほかならなかった。



 あたしたちは無言で階段を登る。

 言葉などいらない。

 この一歩が。
 この一呼吸が。
 このひとときが。

 あたしたちの絆。
 あたしたちの記憶。
 あたしたちの思い出。



 十一月も、残すところあと十日たらず。

 あたしたちの最後の冬が、始まろうとしていた。

  (Fin)



250:sakuya ◆GtV1IEvDgU
08/11/24 16:07:49 PZML2hO8
以上です。

いちおう、咲夜と美希の物語はこれでおわりです。
ひょっとしたら、もう一話くらいできるかもしれませんが、
なにせもう左手があまり言うことを利かないので……。

短い間でしたが、ありがとうございました。


251:創る名無しに見る名無し
08/11/24 16:37:07 5HHL/6Ln
>>250
GJ. しかし、切ない(T_T)
# もしや、と思うのは、言わぬが花、なんだろうなぁ……。

252:創る名無しに見る名無し
08/11/24 18:19:15 64UiddO9
>>246-250
読んだよーGJだった
こうなってしまうことは必然なのかもしれんけど、悲しいねえ

253:創る名無しに見る名無し
08/11/24 21:49:36 nIxmzwdg
>>250
GJでした。
切なくも暖かい話をどうもありがとう

254:創る名無しに見る名無し
08/11/26 22:45:23 aAaRtaW4
初心者スレに投下したのだけど投下しますね。

255: ◆cA6dKyFJJM
08/11/26 22:46:26 aAaRtaW4
「カナコ、なにしてるの」
 フレームの曲がってしまったメガネを手にした私に、サヤカがベッドの上から気怠るそうに声をかけてきた。
「―メガネ壊れた」
「ああ、やっぱり? 昨日なんか踏んだ感じがしたんだ」
「その時に言ってよ!」
「言った所で無駄。『お願い! やめないでぇ~!』だなんて言ってたし」
 ううぅ、と間抜けな泣き声をあげた私を、サヤカは寝ぼけ眼でブラかなにかを探しながら鼻で笑う。
 いやー、昨日は萌えた燃えた、そう付け足してくるサヤカをにらむけれど、輪郭がぼやけてハッキリ見えない。
 昨日のままだとしたら一糸まとわぬ姿の筈だ。
 サヤカの無駄な肉が付いていない肢体は見馴れているかけれど、良く見えない事で無駄な想像が入る余地が出来る。
 なんだか無駄な妄想―もとい、想像をしてしまいなんだか恥ずかしい。
 そう言えば私も似たり寄ったりの格好だった。その方が恥ずかしい。
 ベッドの上じゃちっとも恥ずかしくないのが不思議だ。
「早く着替えないとまずいんじゃない?」
「そんな事言われても……良く見えないし」
「仕方ないなぁ。私が着替えさせてあげようか?」
「それだけは勘弁して」
 私は壊れたメガネをかけてどうにか着替える。かなり見にくいけど無いよりはマシなレベルだ。
 も同様に着替えている。彼女は凛とした、どちらかと言えばカッコイイ感じの服装を好み、それが似合っているので羨ましい。
 彼女に言わせれば、背が小さい私は可愛いそうだ。服を買いに行けば、彼女が好みのロリ系の服を勧めれる。
 お互いの理想とは真逆のスタイルは恨めしいけど、理想のスタイルのパートナーを見つけれた事は幸せなのかも知れない。
「カナコさぁ、今日どうすんの?」
「昔かったコンタクトしようと思うけど」
 引き出しからコンタクトを探している私に、サヤカはいきなり後ろから抱きついてきた。
「コンタクトはダーメ。だってさ、メガネをしてないカナコを見るのってベッドの上かお風呂だけじゃん。反応しちゃうよ」
「反応!?」
「どう、試してみる?」
 首筋に息を吹きかけながら、サヤカは私の身体をまさぐって来る。
「駄目だって! 遅刻しちゃうよ!」
「ちっ。帰って来たら楽しむからいいさ」



256: ◆cA6dKyFJJM
08/11/26 22:48:37 aAaRtaW4
「楽しむって何を!」
「そりゃまあ、昨日の続きを。昨日よりも激しく」
 その言葉に激しかった昨日の夜を思い出してしまい、顔がボウッと赤くなるのが解る。
「恥ずかしがる事もないじゃん。昨日はあんなに乱れてたんだから。いや、違うな。いつもだった」
「私を何だと思ってるのよ! 私はね、いつもガマンしてるんだからっ! サヤカを攻めたいって思ってもサヤカが攻めてくるんでしょ!」
「だってねぇ……カナコが可愛いから仕方ないじゃん」
「サヤカも可愛いのっ! 私だってサヤカを気持ち良くしたいんだから!」
「……マジ? ちょっと落ち着きなよ」
 ぴったりと私にくっついていたサヤカが離れる。温かい彼女の体温を名残惜しんで息を吐くと、彼女はクスリと笑った。
「それじゃあ、今夜を楽しみにしますか」
 隙を見せたらひっくり返すけどね、とのたまう彼女の瞳は、多分肉食獣とか猛禽類の物に近いだろう。
 あーあ、なんでこんな人を好きになったんだろ。
 後悔はしないけどね。サヤカは下手な男より上手いしカッコイイし。



投下終了。

257:創る名無しに見る名無し
08/11/27 00:03:37 BvipV6IA
わっふるわっふる

258:創る名無しに見る名無し
08/11/27 22:50:58 ppEac9mC
こういうキャッキャウフフな感じのSSもいいね

259: ◆hPUJOtxtvk
08/11/29 22:43:03 EPgIgjRK
ちと長めの奴ですが、百合スレを発見した記念に投下します。
まあベタな学園モノの百合ですが、お暇ならどうぞ。

260: ◆hPUJOtxtvk
08/11/29 22:45:31 EPgIgjRK
「月の舞・夜の椿」

●●登場人物紹介●●

朝霧 舞 (あさぎり まい)

都立栗林高校に通う2年生の女の子。
おっとりとした性格で、華の女子高生というのに
どちらかというと一人で過ごすことが多く、日々自分の世界に浸っている。



春日宮 つばき (かすがのみや つばき)

栗林高校に転校してくる女の子。偶然朝霧さんと同じクラスになる。
良家のお嬢様で容姿端麗、成績優秀。
しかし、心の奥には辛い過去の記憶も

261:月の舞・夜の椿 ◆hPUJOtxtvk
08/11/29 22:47:10 EPgIgjRK
恋愛というものの定義が自分でも時々分からなくなる時がある。
普通の恋愛というものは、男性と女性がお互いを認めあって初めて成立するものだが
私はイレギュラーな恋愛もあっていいと思う。それが、例え女の子同士であっても…

彼女は朝霧 舞。17歳で、都立栗林高校の2年生。
部活動は文芸部で、自分で言うのも何だけど特にこれといって特徴の無い普通の高校生というのが自己紹介。
あえて言うならば、今まで彼氏というものができなかったという女の子。

同じ年頃の女の子たちは、当たり前のように男の子の彼氏を作って
デートしたり、休み時間にイチャイチャしたり、一緒にお弁当を食べたり…
そんな光景に憧れたこともないし、興味を持ったこともない。
少なくとも彼(と彼女)たちは、その瞬間が一番幸せだと感じているのだろう。
だから、彼らを邪魔する権利なんてないし、ここはそっと見守ってあげた方がいいのかもしれない。
舞にとって男女共学のこの高校での学校生活は、毎日がそのような光景との戦いだ。
そもそも、舞にとって彼氏なんていう物は必要ない。
だって、友達と違って異性との交際はとにかく気を遣うし、男の子というと何だか潜在的に怖いイメージがあって、
たまに男の子が話しかけてくれても、こちらから避けてしまってうまくコミュニケーションが取れない事が多い。
彼氏なんか持つよりやっぱり同じ同性同士での友達付き合いのほうが楽しいし、何となく安心するのはなぜだろう。
やはり、本能的に同族同士が寄り合って暮らす方が安心するのだろうか。
この時はまだ女の子同士の付き合いといえば「友情」という形しか知らなかった。
と言っても、その友情でさえ舞にとっては無縁なのかもしれない。近頃の女子高生と来たら、噂話と恋愛が大好物。
流行のファッションや芸能を追いかけ、頭の中は甘いものでいっぱい。
最新の流行に無理してついていくつもりもないし、むしろ自分の進みたい道を進めばいい。
それに最近の女子高生ときたらいつも騒がしくて付き合っていて落ち着かない。
やっぱり、こうやって一人で過ごしている方が一番落ち着くのだ。
そう、こうやって教室の窓側の席でそよ風に当たりながら…

ある日の朝、教室の様子がいつもより少し騒がしいことに気づいた。
普段の他愛も無い会話だったら特に興味も無く無視するところだが、
少し声の大きい男の子が話しているのが嫌でも耳に入ってしまう。
「今日なんか転校生が来るらしいぜ、どんな奴?」
「なんか、女子らしいぜ、じょし!」
「え?マジで?かわいい子だったらいいよな!」

―転校生かぁ。私なんて転校なんかする勇気も無いよ…

そんな事を思っているうちに朝のホームルームが始まる。
先生が入ってきて、今まで方々で賑やかにおしゃべりしていたクラスメイト達も気配を察したのかゆっくりと席へ着く。
いつもは皆が席に着き終わる前に話したい事を自由気ままに話す先生だが、今日は何か様子が違うようだ。
皆が席に着くまで何も話さず、ゆっくりと教室の中を見回すように生徒の様子を窺っている。
やはり、例の「転校生」の話があるのだろうか。
しばらくして、全員が席に着きおしゃべりを止めたのを確認すると、先生はゆっくりと口を開いた。

「皆の中にも知っている人が居ると思うけど、今日からこのクラスに転校生が…」

―やっぱり。先生だってそんなにもったいぶらないでさっさと紹介すればいいのに。

そんな事を思っていると教室の扉から一人の制服姿の女の子が入ってきた。
舞にとって今日という日も、普段のように平凡な一日で終わると思っていたが
彼女が目の前に現れてからは「特別な」一日になった。

262:月の舞・夜の椿 (2) ◆hPUJOtxtvk
08/11/29 22:48:46 EPgIgjRK
すらっと伸びた長身の背に、肩を通りこして腰の辺りまで伸びた美しい黒髪。
そして舞が特に引き込まれたのが見るものをひき付ける神秘的な黒い眼。
その特徴的な姿に、舞は周りの「うわぁ、綺麗。」「すごい…」というざわつきも忘れて、ただただ魅入ってしまっていた。
気がつくと、口を開けたまま彼女の方を見る舞。誰から見ても無様な姿をクラス中に晒してしまっていた。
その光景は、後ろの席の女の子が「朝霧さん、どうしたの?大丈夫?」と声をかけてくれるまで続いた。
とにかく彼女を一目見ただけで、舞の心はときめき、心臓の鼓動が一気に高鳴った。
普通の女性が異性に一目ぼれするのと同じように、舞は彼女の事を他のクラスメイトとは少し違った位置に置いてしまっていたのだ。

肝心の彼女は、先生に促され自己紹介をする所だった。
舞はまだ彼女の名前も知らなかったが、彼女の生い立ちや人間性、趣味思考などをすべて知りたいという欲望に
無意識のうちに駆られてしまっていた。自分ではいけないと思っていても、知りたいと欲する欲望には勝てない。
しばしの沈黙があった後、彼女はその口を初めて開いた。

「名前は春日宮 つばきといいます。年齢は皆さんと同じ17歳。この学校へは家庭の都合で来ました。
 これから皆さんと同じ高校で生活する事を嬉しく思います。どうぞよろしくお願いします。」

現代の高校生の口からはまず発せられないような丁寧かつ簡潔な自己紹介で
さーっと静まりかえる教室。しばしの沈黙の後、ようやく先生が口を開く。
「ありがとう。とても丁寧な自己紹介でしたね。
じゃあとりあえずつばきさんはそこの一番端の朝霧さんの隣が空いているから、そこを使ってね。」

その言葉に思わずドキッとする舞。教室の中には他にも余っているスペースはあるのに
まさか自分の隣にあの転校生が来るなんて。だけど、時は待ってくれない。
先ほど春日宮つばきと名乗ったその彼女はゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
転校してきて、初めての教室なのに「つばきさん」は困ったような顔もせず堂々とした顔だ。
その姿に舞は「かっこいい…」とつぶやきそうになる衝動を抑えるのに必死だった。
再度口がポカーンと開きそうになったその瞬間、つばきはすでに舞の隣の席についていた。
すると突然、つばきが舞に向かって話しかけてきた

「これからよろしく。」

―これからよろしく、これからよろしく、これからよろしく…

頭の中で何度もこだまするその声。本当に自分に向けての言葉なのだろうか。
それをも疑いたくなるほど突然の会話だった。いけないいけない。何か言葉を返して
会話を成立させなければ。「こ、こちらこそよろし…」
普段人と会話をする事に慣れていないのに加え、隣にいる彼女のあまりのインパクトに舞の返した言葉は
最後が聞き取れないほど小さな声の物だった。
どうしよう、初めての会話がこんな頼りない会話だなんて。猛烈に後悔の念が襲ってくる。


―私ったら何て取り返しのつかない事をしたんだろう。舞のバカバカバカ…

一人で落ち込んでいる内にホームルームも終わり、いつしか時は休み時間に。
言うまでもなく、転校生の彼女はクラスの他の女の子や男の子に囲まれて質問攻めにあっている。
前の学校はどこだったのか。趣味は何なのか。ボーイフレンドは居るのか…
そんな事を聞いていたようだが、相当な数の生徒に囲まれていたこともあり、彼女の答えまでは聞き取れなかった。
そうこうしているうちにあっという間に1時間目の授業へ。
まだまだ質問したりないという生徒をなんとか席に着かせ、やっとの事で授業を始める先生。
転校してきたばかりでまだ教科書を持っていないつばきは先生から教科書を借り
さも1年前にもこの学校に居たのかと思わせるような落ち着いた表情でサラサラとノートを取っている。

―ああ、あんな人が私の隣に居るなんて信じられない。

263:月の舞・夜の椿 (3) ◆hPUJOtxtvk
08/11/29 22:50:50 EPgIgjRK
今日、朝目覚めたときはこんな事になるなんて、舞は予想もしなかった。
毎日決まったように学校へ行き、何事も無く一日を過ごし、家に帰って寝るという平凡な生活。
そんな舞の人生に突如として現れたつばきという人物。無視したくても無視できない存在。そんな存在が自分の隣にいる。
気がつくと、授業中も、休み時間も、無意識に彼女の事を見つめている自分がいた。
授業中は落ち着いた様子で授業を受け、休み時間になるとまた決まったようにクラスメイトに囲まれて質問攻めに遭う彼女。
そんな事の繰り返しが何度か続いた。
そして時間は昼休み。つばきはまたクラスメイトに囲まれ談笑している。
しかし、すっかりクラスに馴染んだ様子のつばきの輪の中に舞はどうしても加われなかった。
どうしてなのだろう。彼女の事を知りたいと思えば思うほど彼女の側に怖くて近寄れない。
下手に話しかけたりなんかして、嫌われたらどうしよう。
もしそんな事になったら一生後悔するに違いない。
それに、人見知りが激しい舞に初対面の人にこちらから話しかけるなんて絶対できない事だった。
そう、舞にとってつばきは遠い世界の憧れの人。想像の中だけでのお付き合い。
舞としてはとっとと諦めたいが、無意識のうちにまたつばきを見つめてしまう。
相変わらずつばきはクラスメイトの輪の中にあった。

―はぁ、私もつばきさんと仲良くなりたいよ…

心の中でそうつぶやく舞。すると一瞬、つばきの視線が舞の方に向いた。
その目はまるで何かを訴えているようであり、舞はその目から何かを読み取りたかったが、どうしてもそれが出来なかった。
憧れの人が今何を考えているかも分からない。
自分の無力さを痛感した舞は、彼女の視線を避けるようにまた窓の外へ視線を移した。
外はちょうど秋。校庭の落ち葉がはらはらと落ちるのを見て、まるで舞の心も散る葉のように舞う複雑な心境に変わっていった。

いつの間にか放課後になり、清掃の時間。舞と席が近いつばきは、同じ班として一緒に部屋を掃除することとなった。
今日が始まってから、どんな時も舞とつばきは常に近いところにいる。
これもある意味運命なのだろうか。
舞はそんな事を考えてはみたものの、結局休み時間と状況は変わらず自分自身もつばきに話しかけれないまま。
下手すると、こんな日々が卒業するまで続くかもしれない。
その間につばきは別の友達を作りその人たちと仲良く過ごす可能性だってある。
ふと気がつくと、舞は一種の嫉妬のような感情までをつばきに対して抱いてしまっていた。
一方的につばきに対しての思いを募らせていく舞。
つばきに対するあらぬ考えを浮かべては消し、浮かべては消し…
教室という場所が綺麗になる代わりに、自分の心が汚くなっていくような気がして舞は複雑な気持ちになった。
これ以上彼女の事を考えれば自分がダメになってしまう。

掃除も終わり皆が解散し思い思いの場所へ散っていこうとしたまさにその時、
後ろから今日一日ずっと聞いていた声が響いた。

「ねえ、そこのあなた。私のことがそんなに気になるの?」

264:月の舞・夜の椿 (4) ◆hPUJOtxtvk
08/11/29 22:52:52 EPgIgjRK
最初は別の人に投げかけた言葉だと舞は思ったが、部屋には自分とつばきさんしかいない。
一気に心拍数が高くなる舞の心臓。
まさか、私が今日の授業中ずっとつばきさんの事を無意識に見つめていたのが気づかれ、
それが彼女のしゃくに障ったのだろうか。舞はそう思った。
もしそれが事実なら、舞は取り返しのつかない事を彼女にしてしまった事になる。

―ああ、どうしよう。もうダメだ…

舞自身の中で色々な考えが浮かんだが、とっさに言葉が返せない。
すると、あまりにも返事が遅かったのか続けて彼女がまくしたてる

「だってあなた、今日一日ずっと私の事を見つめていたわ。」

つばきは舞をまっすぐ見て、舞がいつ言葉を返してくるのかを待っている様子。
あの澄んだ美しい眼でまじまじと見つめられては、人見知りの舞でなくとも言葉のキャッチボールは難しいだろう。
まるで時が止まったかのような時間が30秒ほどは続き、ついにつばきは痺れを切らしたのか
「何か言ったらどうなの。」と早口でまくしたてる。
もうおしまいだ。舞はどうしたらいいのか分からず、涙が出そうになった。
このまま泣いて教室を飛び出せばとりあえずこの場からは逃げられる。
でも、もしこのまま逃げたら一生つばきに自分の気持ちを弁解する場は与えられないだろう。
舞は、勇気を振り絞って最初の一言を、消え入りそうな声で口にした。

「あ、あの、私が何か…」

やっとの事で彼女と会話を成立させた事で、少し安心した舞は
その場で泣き出してしまうという最悪の事態だけは回避することができた。
だが、顔を紅く染めてモジモジしているという状況に変わりは無く、
今日であったばかりの憧れの人の前で見せたい姿とはお世辞にも言えない状況。
すると、先ほどまで少し不機嫌そうな表情をしていたつばきの表情が少し柔らかくなり
今までの早口とはうって変わってゆっくりと温かみのある口調で彼女は話し始めた。

「私ね、あなたの事がすごく心配なの。
休み時間もずっと一人で何かと戦っているように見える。
今日、私が転校してきたという事でクラスの皆が私を取り囲んで、
好奇心から次々と質問を浴びせかけていた時も、あなたは私のほうをチラチラ見ながら
何かにじっと耐えていたように思うわ。」

舞は、その言葉を聞いて驚いた。
まさかつばきさんが、クラスの中では目立たない私なんかの事を心配してくれていたなんて、夢にも思っていなかったし
それに私のことをそんなに的確に分析していたなんて…彼女の言葉はまだ続く。

「そんなあなたを今日一日見ていて、私もすごくあなたの事が気になったし、あなたの事をもっと知りたいとも思った。
だから、あなたの自分自身について教えてくれる?私だって今日の朝、自己紹介という形で自分自身について紹介したわよね?
それと同じことをしてくれればいいのよ。」

自己紹介と聞いて舞は困った。
舞には特にこれといった特徴も無ければ自慢できる特技や人を驚かせるような特徴も無い。
でも、つばきさんがわざわざ自分だけに「あなたの事をもっと知りたい」と言ってきている。
とりあえず野となれ山となれ。
すべてを振り切って自己紹介しなくては。

265:月の舞・夜の椿 (5) ◆hPUJOtxtvk
08/11/29 22:55:27 EPgIgjRK
「私は朝霧 舞。えーっと、年は17歳。趣味は、ほ…本を読むことかな。
部活は文芸部。あの、本当にこれぐらいしか言える事はないんだけど…」

これで本当に自分のことが分かってもらえたのだろうか。
ドキドキしながらつばきの反応を待つ舞。すると、つばきの表情が一気に笑顔になった。
16年生きてきて、今まで色々な人の表情を見たが、これほど美しい笑顔を見たのも初めてだ。

「そう、それでいいの。
私、あなたが何かをこちらに向かって伝えたがっているとずっと感じていたのよ。
これでようやくすっきりしたわ。」

何はともあれつばきは舞の自己紹介を聞いて喜んでいる様子。
舞は全身から力が抜ける感覚に襲われた。
そして、喜んでくれて本当に良かったと、ホッとしてまたもや泣きそうになる舞に向かって、つばきも何か言おうとしている。

「じゃあ私も自己紹介するわ。名前は春日宮 つばき。年はあなたより1つ年上の17歳。
と言っても同じ学年だから大して変わらないわね。
趣味は…そうね、色々な所を旅するのが好きだわ。それぐらいかしら。
あとそれと、私は一人っ子よ。兄弟はいないわ。
まあ自己紹介と言ってもこれぐらいかしら。まあ大抵の事は今朝の自己紹介でも言ったわね。
これからもよろしく。あ、家はこの近所よ。そうだ、今日は私と一緒に帰らない?」

自分がつばきと同じ1人っ子という環境に妙に近親感を抱いたが、
それよりも突然のお誘いには舞にとって予想外の出来事だった。
ずっと手の届かない憧れの人だと思っていたつばきさんが、今まさに「一緒に帰ろうよ」と誘ってくれている。
特に今日は用事もないし、断る理由は無いが、つばきさんと2人きりで帰る勇気も自分には無い。
それに、帰りながらいったい何を話せばいいのだろう。
ずっと黙っている訳にもいかないし…
でもここで後に引けば今までの努力も水の泡となってしまう。
舞は一世一代の賭けに出ることにした。

「うん、いいよ。」

この二言を口に出すのにどれだけドキドキしたことだろうか。
言葉一つで人生が変わってしまう。そんな事まで実感していた。

「よかった。じゃあ行きましょう。」

相変わらずの笑顔で答えるつばき。
つばきは自分の荷物を手早く鞄の中に入れ、帰る支度をしていた。
舞も帰る支度をしなくてはならないが、友達もあまりおらず、いつも1人で家路についていた舞にとって、
誰かと帰るなんて久々のことだし、しかもその相手はあの「つばきさん」である。
舞はしばらく我を忘れ、ただボーっと立っていることしかできなかった。
やっとの事で舞も鞄の中に荷物を放り込んでその場に立ちすくんでいると
つばきは突然舞の所にやってきて、なんと舞の手をぎゅっと握ったのだ。

「どうしたの?そんな所に立ってないで早く行きましょう。」

まるで進むべき道を案内してくれるかのごとく、つばきは舞の手を握りながら教室の外へと舞を連れ出してくれた。
何百回と通ったこの校舎であるが、今やつばきのエスコート無しでは校門の所までたどり着けないかもしれない。
つばきは、上の空になっている舞を見て心配した末でこのような行動に出たのだが、舞にとってはまるで天にも昇るような気持ち。
校門の前で手を離すまでの数分間の記憶がぽっかり空いてしまっているのもこのせいだろう。

266:月の舞・夜の椿 (6) ◆hPUJOtxtvk
08/11/29 22:57:13 EPgIgjRK
それから、学校から500mぐらい離れているつばきの家にたどり着くまで
舞とつばきは色々なことを話した。家族の事、学校の事、自分自身の事…
普段他人とコミュニケーションを取るのが苦手の舞でも、話したい事が次から次へと出てくる。
さっきまで心配していたのが自分でも嘘のように思えると同時に
さきほど交わした短い会話よりも、ずっとつばきの色々な事が分かってくる。
30分前に掃除終わりの教室で出合った時の緊張も解け
気がつくと舞がつばきに対して勝手に抱いていた「手の届かない憧れの人」という大きな壁も無くなっていた。

―もう見つめているだけじゃない!

いつの間にか舞の中で彼女の存在がぐっと身近になっていた。
たまに「あれ、朝霧が今日転校してきたあの女子と一緒に帰ってるよ」という
同じクラスの男の子の声が聞こえてきたが、もはやその声すら気にならなくなっていた。

とてもゆっくり歩いたので、15分はかかっただろうか。
舞とつばきさんはようやくつばきさんの家の前までたどり着いた。
つばきは、住宅街の中にある高い塀に囲まれ、中には木が生い茂る森のような場所で立ち止まったので
「これ、何の建物?」と舞が聞くと「あら、ここが私の家よ」という。
最初はよく意味が分からなかったが、塀の真ん中にある大きな門についているボタンを押し
「つばきよ。今帰ったわ。」とつばきが言った途端、その大きな門が誰が動かしているわけでもなく
勝手にゆっくりと開き、「じゃあまた明日。さようなら」と言い残してつばきは門の中へ消えていった。
さっきの会話の中では特に触れていなかったが、つばきの両親はどうやら相当のお金持ちらしい。
完全に門が閉まり、再び辺りを静寂が包みこむ。
このままずっとこの場に立っていても再びつばきさんが出てくる事もないだろう。
そう思った舞も、ひとまず自分の家に帰ることにした。

帰るために歩きはじめて、舞はようやくつばきの家が学校から見て自分の家とは反対側にあることに気づいた。
わざわざ一緒に帰る事は無かったのだ。
でも、彼女と一緒にすごした30分余りの時間はとても楽しかったという事実に変わりは無い。
夢見心地のまま舞は家までの道をゆっくりと歩いた。
家では何も知らない母親が「おかえりなさい」といつものように迎えてくれた。
舞は平静を装って「ただいま」と答える。ここで何かいつもと変わった様子を見せれば
きっと母親から質問攻めに遭うに決まっている。
もしそうなればきっと彼女の事が母親にばれてしまうだろう。
彼女との出来事は、私だけの中でそっとしまっておいておきたい。
それが舞なりの結論だった。

いつものように食事を済まし、お風呂に入り、自分の部屋へ向かう。
そっと電気を落とし、部屋の中を真っ暗にした後、ベッドに転がりこむと、舞は今日一日の出来事を整理することにした。

いつもと違い今日という1日は実にいろんな事があった。
朝、自分のクラスに転校生がやってきた。その人はとても美しい人で、
彼氏はおろか同性の友達もあまり居ない私の心を大きく動かせる人。
その後、彼女に一言も話しかけられないまま放課後になり、それから突然始まった彼女との会話のやりとりや彼女の表情…
今日、自分の周りで起こった出来事を思い出しながら、舞は同時に色々な事を考えていた。

「明日起きたら、今日起こったことはすべて夢だったっていうオチだったりして…」
「つばきさんは、なんで私なんかに声をかけてくれ、一緒に帰ってくれたんだろう」
「つばきさんは私の事どう思ってるんだろう」

色々なことが頭の中をよぎり、なかなか眠れない。
でも、少なくとも今は新たな人と出会えたこの幸せをかみ締めていたい。

気がつくと、目から涙がこぼれ落ちていた。
今日一日我慢していた色々な感情が一気に噴き出したのだろう。
この涙は、彼女と出会えた幸せで流している嬉しい涙なのか、
これから起こるかもしれない不幸を予期する悲しい涙なのか。
自分でもそれは分からなかった。

267:月の舞・夜の椿 (7) ◆hPUJOtxtvk
08/11/29 23:02:22 EPgIgjRK
翌日、舞の所にもいつもと同じように朝はやってきた。
朝起きて髪をとかし、歯を磨き、制服に着替え朝食を摂る。
毎日やっている変わらない行動だが、なぜか今日は気合を入れてしまう。
あのつばきさんに見られると思うといつもより念入りに身だしなみを整えてしまうのだ。
いつもなら、十分余裕を持って学校に向かうのだが、今日は高校に入って初めて遅刻ギリギリで走って校門をくぐる。
その光景を珍しそうに見つめるクラスメイトたち。でも恥ずかしいなんて思わない。だって学校に行けば彼女に逢えるのだから。
教室に向かう途中「もし昨日のつばきさんとの出来事が夢だったら」と不安になった。

―クラスの中で目立たない私に声なんかかけてくれる訳ない。
それに、あんな突然転校生が来るわけもない。

昨日の出来事がすべて夢のように思えてきた。教室までの足取りも、とても重く感じる。
しかし、教室に足を踏み入れると彼女はそこにいた。

昨日と違って彼女の回りを取り囲んで質問攻めにするクラスメイトたちも
すっかり彼女に対して関心が無くなってしまったのか、今日は自分たちの友人と談笑している。
教室の隅の昨日と同じ机で、一人物思いに耽っているつばき。
その美しさに舞は息をのむと同時に「昨日の出来事は夢じゃなかったんだ」と実感した。

舞は思わず彼女の元に駆け寄り「おはよう!つばきさん」と挨拶した。
普段何も言わずにそっと席につく舞が、元気な声で挨拶したので
舞の周りに居たクラスメイトたちが驚いて会話を一瞬止めたのも勿論舞は気づいていない。

「おはよう。今日もいい天気になりそうね。」

笑顔で微笑んでくれたつばきさん。
昨日、彼女が住む大きな家の前で別れた時のまま接してくれるつばきさん。
舞が昨日寝る前に流した涙は、嬉しくて流した涙という事がこれでようやく分かったのだ。

―もしできるなら、一生この人の側にいたい。

舞はそう思った。

それからというもの、舞とつばきは学校に居る間はずっと一緒だった。
教室の席はいつも隣同士。掃除だって一緒の部屋を担当し、休み時間は教室で一緒に語り合ったり
季節の移り変りを学校の敷地内を2人で散歩しながら感じることもあった。
でも、舞がなにより一番嬉しかったのは、彼女と一緒にお弁当を食べることだった。
今まで1人で食べていたお弁当も彼女の笑顔を見ながら食べれば10倍も100倍もおいしかった。
例え自分が大嫌いな物が入っていても、彼女が居るから頑張れる。2人で食べる昼食の時間は、舞にとってとても幸せな時間だった。

2年生も終盤に近づき、そろそろ修学旅行というある日、つばきは舞に突然こんな事を言い出した。

「ねぇ、今度私の家に来ない?修学旅行も近いことだし、旅行の相談でもしましょう。」

そういえば、あれだけ親しい仲なのに、舞はつばきの家の中には一度も入ったことが無い。
いつも一緒に帰るときに家の前までは行く割には、あの大きな門の中にどういう世界が広がっているのかは舞の中での謎の一つになっていた。
このチャンスを逃す手はない。

「そうだね。つばきさんの家にお邪魔できるなんて、私本当にドキドキする~」

しかし、つばきはその言葉が面白かったようだ。笑いながらこう謙遜する。

「あら、そう?そんなに大した家でもないわ。」 お金持ちというのは謙遜する人が多いらしい。

もう待ちきれない。でも今すぐって訳にもいかないし、一人で色々葛藤してみてもしょうがない。
舞は我を忘れて興奮してしまっていた。

「じゃあ、今度の土曜日にしましょう。」

舞は二つ返事でその約束にOKを出した。

268:月の舞・夜の椿 (8) ◆hPUJOtxtvk
08/11/29 23:05:56 EPgIgjRK
そして、約束の土曜日がやってきた。この日をどれだけ待ち焦がれたことか。
せっかくの休みの日なのに、前日は興奮してなかなか寝付けず結局今日は朝の6時に起きてしまった。
でも全然眠たくなんかない。だって今日はつばきの家に遊びに行けるのだから。
朝食を手早く済ませ、念入りに朝の準備をし、家を出る。
いつも通りなれた道も、今日は自転車で走るせいかとても短く感じる。
ここで事故なんかしてはつばきさんに逢えない。
はやる気持ちを抑えながら慎重に自転車をこぐ舞の姿は、他人から見ればかなり滑稽な姿に見えたに違いない。

そして、ついにつばきの家の前にたどり着いた舞。邪魔にならない所に自転車を止め、呼び鈴を押す。

ピンポーン…

いったい誰が出るのだろうか。
つばき本人が出れば一番いいが、つばきのお母さんが出たらそれはそれで舞も慌てるだろう。
舞は思わず身構えた。

―つばきさんに似て、お母さんも綺麗で素敵な人なんだろうな…
頭の中で、まだ顔も見たことが無いつばきさんの母親の事を想像しながら玄関の前で待つ舞。
とその時、突然インターホンから声がした

「はい、どなた?」

この人は誰だろう。お母さんかな?

「あの、朝霧ですが、つばきさんとお約束が…」

舞が事情を説明した途端、インターホンの向こうにいる人の声が急に優しくなった。

「あら、舞?どうぞ入って」

良かった。いつものつばきさんだ。ホッと安心する舞。
目の前の大きい門がゆっくりと開く。
門の中にはうっそうと生い茂る森があり、
それに囲まれるようにして大きな道が奥に建っている大きな家まで続いていた。

「まさかこんなに大きなお屋敷だったなんて…」

舞は驚きを隠せなかった。本人はあまり言いたがらないが、つばきは
由緒正しい良家の令嬢であり大金持ちの両親に大切に育てられた箱入り娘。
こういうお金持ちの人の生活を、舞は今までフィクションの中だけでしか見たことがなく、
実際に遭遇したことはなかったが、こうやって自分の眼で見ても
やっぱり舞のような庶民の家とは比較にならない程華やかなのは確かだ。

敷地の中の小道を歩いて家の前までやってくると
家のドアの前につばきが出て舞を待っていてくれていた。

「待ってたわよ、舞」

私服のつばきを舞は初めて見たが、いつも制服と違い私服姿のつばきもとても美しいと感じた。
落ち着いたワンピースのその私服はいかにも「お嬢様」といった感じだ。

「どうぞ入って」という言葉に促されるまま家の中に入る。
つばきの家の中は、それこそ迷路といった言葉がぴったりで
いくつも部屋があり、初めて訪れた人は絶対迷うであろう家だった。
途中、長い廊下でお手伝いさんとおぼしき人ともすれ違った。
やっぱり、これだけの大きい家を管理するのは家族だけじゃ無理があるだろう。
お手伝いさんが居て、沢山の部屋がある大きな家。
今まで本の中だけの話だと思っていたいわゆる「お金持ちの家」はどうやら実在するようだ。

269:月の舞・夜の椿 (9) ◆hPUJOtxtvk
08/11/29 23:07:11 EPgIgjRK
つばきの部屋は家のいちばん奥にあった。学校でもない、普段の帰り道でもない、誰にも邪魔されないこの小さな空間。
部屋のドアが閉まれば、誰も2人の関係を邪魔する人はいない。
完全に2人の世界になったこの場所で、舞は緊張からか何も言えないままその場に立ち尽くしてしまっていた。

「どうしたの?私の部屋の中に何か面白いものでもあるの?」

つばきにそう言われるまで、舞は心がどこかに飛んで行ってしまっていたらしい。
ふと我に帰った舞に、つばきは

「ふふふふ、あなたって面白い人ね。」

どうやら、つばきにとって舞の様子はとても愉快に見えたらしい。

「でも、あなたのそういう所が好きだわ」

本当につばきさんは何を考えているのかよくわからない。舞はいつもそう感じている。

でも、つばきが舞の「おっちょこちょいでどこか抜けている点」を
好きでいてくれているのと同じように、舞もつばきの少し神秘的で、それでいて自分のような人なんかにも
優しく接してくれるという所に惹かれている。
結局2人はお互いの足りない所を補完し合うような、持ちつ持たれつの関係のようだ。

「そういえば、舞は修学旅行の自由行動ではどこに行きたい?」

やっとつばきは本題を切り出してきた。

―そういえば、今日は修学旅行の打ち合わせのためにこうして集まったんだっけ。

舞の高校の修学旅行は、今年も3泊4日の予定で北海道に行くことになっている。
これは舞の高校が創立してから変わらないコースで、冬の北海道でスキーをしたり
札幌で美味しい物を食べたり、小樽で買い物をしたりという、この高校の生徒なら誰もが
3年間の高校生活の中で楽しみにしている重要な行事。
舞も、高校の修学旅行というクラスメイトと一緒の旅ではあるが、
せっかく出逢えたつばきさんと一緒に旅行できるのを本当に楽しみにしていた。
だからこそ、最高の旅にしたい。つばきさんも同じことを思ったのかもしれなし、それだからこそ
わざわざ自分の家に舞を招待して修学旅行の打ち合わせをしようと思ったのだろう。

「私はやっぱりテレビ塔に登りたいな。あと時計台も見てみたいし…」

北海道に今まで行ったことがない舞は、北海道に関する乏しい知識から
思いつく限りの札幌の名所を言ってみた。

「そうね、やっぱり定番はしっかり抑えといたほうがいいわね」

それから、舞とつばきはガイドブック片手に北海道に関するいろいろな話題で盛り上がった。
あそこのラーメン屋さんは美味しい、そっちのお土産屋さんは素敵なアクセサリーが揃っているらしい、
集合場所まではどうやって帰ればいいのか…
そんな他愛もない話がしばらく続いて、そろそろ修学旅行での予定がまとまりつつある時に
つばきさんは突然こんな事を言い出した。

「舞、私ね、どうしても行きたい所があるの。
札幌市内から少し離れた郊外に小さな公園があって、
高台にあるその公園から見える夜景はテレビ塔なんかから見える夜景よりずっと綺麗よ。
だから、テレビ塔もいいけど、もし舞さえ良ければそっちに行かない?」

その後続いたつばきの、その夜景が美しい公園に関する説明があまりにも上手く、最初は札幌テレビ塔に行きたかった舞も
聞いているうちにぜひその公園からの夜景が見てみたくなってきた。

270:月の舞・夜の椿 (10) ◆hPUJOtxtvk
08/11/29 23:08:56 EPgIgjRK
「あの美しい夜景を舞にも見せたいの。私も初めて見た時は感動で涙が出そうになったわ」

そこまで言われてはしょうがない。

「じゃあ、つばきさんが言うその公園に行きましょう。市内からもそう遠くないみたいだし」

つばきのあまりの情熱に押された舞は、ついに折れてしまった。
その時の「ありがとう!」というつばきの表情からも
彼女がどれだけ舞をその公園に連れて行きたかったのかを読み取ることができた。

それから、お手伝いさんに勧められた夕食をなんとか断りながら舞は家路についた。
お金持ちの家というのは、とにかく客人をもてなすことにかけてはことさら熱心なのだろう。

それにしても、つばきさんはなぜそこまで熱心にあの公園を勧めたのだろうか。
舞の疑問はしばらく消えなかった。
ただ単に、夜景が綺麗というだけの理由だけとは思えないあの生き生きとした表情。
何か個人的な思い入れでもあるのかもしれない。
まあ、いくら悩んでもつばきさんが「一緒に行きましょう」と言ってくれている事に変わりはない。

―考えるな舞。修学旅行を大好きな人とエンジョイすればいいのよ。

とりあえず舞はそう自分に言い聞かせることしかできなかった。

それから2週間後。今日はついに待ち焦がれた修学旅行の出発日。

いつものように興奮で眠れなかった舞は、集合場所である学校の校門前に30分も前に着いてしまった。

―ちょっと早すぎたかな…

そう思った瞬間、まだ人もまばらな校門前にあの人の顔を見つけた

「舞も早く来たようね。さては私と同じく昨日は興奮してなかなか寝付けなかったのね?」

その通り。つばきは何でもお見通しだ。
舞が「図星です」という表情をしたようでつばきは笑いながらこう言った

「あなたって、本当に思っていることがすぐ表情に出るのね。すぐ分かってしまうわ」

そんな事を言われて、舞もついつられて笑ってしまう。
2人で笑いあえる、そして今から2人は遠い北海道の地を一緒に踏めるのだ。そう思うと今からわくわくしてくる。
16年生きてきた中で、今が一番わくわくしている瞬間かもしれない。
かくして、無事に北海道に飛んだ修学旅行の一団は、北海道でスキーを体験したり、美味しいものを食べたりと
とにかく一生懸命北海道を満喫した。
スキーの際には、生まれて初めてのスキーに緊張する舞を、つばきは優しくエスコートして
なおかつ華麗な滑りまで見せてくれたのに舞はかなり感激したし、長かった一日が終われば
舞とつばきはホテルの部屋で夜遅くまでいろいろな事を語り合えたのが舞にとっては嬉しかった。
普段あれだけ学校で楽しく話しているのに、このような特別な場所だと、何でもない会話までとても楽しく感じてしまうのだ。

そして、ついに最終日前日、今日はスキーも終わり札幌で自由行動の日だ。
つばきさんが言っていた「夜景が綺麗な公園」がすごく気になるが
はやる気持ちを抑え先日2人で相談したコースを順番に回っていく。
時計台も綺麗だったし、札幌名物のラーメンも美味しかった。
しかしそれらがいくら良くても、一番後に予定しているイベントに比べたらまだまだ。

271:月の舞・夜の椿 (11) ◆hPUJOtxtvk
08/11/29 23:12:31 EPgIgjRK
一通り観光も終わり、つばきはついにこう切り出した。

「もう大体回ったわ。最後の仕上げにかかりましょう」

舞も待ってましたと言わんばかりの調子で「うん、そうだね。」と応える。

するとつばきさんは急に道に止まっていたタクシーに乗り込み、運転手さんに住所の書かれた紙を渡す。
あまりの突然の行動に戸惑う舞に「さあ、早く乗りなさい」というつばき。
普通の高校生ならそうそう気軽にタクシーなんかには乗れないが、さすがはつばき。
お金持ちのお嬢様にとってタクシーは普通の移動手段らしい。
車はどんどん市内の中心部から離れていき、住宅街へと入っていく。
その間も、つばきは複雑な表情で窓の外を見つめている。
舞もなんだか声をかけづらい状況になってしまった。
恐らく20分は走っただろうか。少し小高い丘の上にある小さな公園の前にタクシーは止まった。
つばきは運転手にここで待つように告げると、舞の手を引き公園の中へと進んでいった。
特にこれと言った遊具もなく、所々に木が植えられているだけのシンプルな公園。

「この木の奥に、夜景が一番綺麗に見える場所があるの」

言われるままに2人で木の下を通り、茂みをかきわけてたどり着いた場所。
そこにたどり着いた瞬間、舞は思わず声を上げてしまった。

―きれい…

その場所からは、札幌市内だけではなく遠く離れた街の火までもが綺麗に見渡せた。
冬の澄んだ冷たい空気のおかげで、小さな家の灯り1つ1つまではっきりと分かるぐらいにまで
美しく変貌したその夜景は、誰が見ても感嘆の声を上げるであろう絶景だった。
舞が言葉を忘れその夜景に見入っていると、隣に居たつばきはゆっくりと語り始めた。

「この公園はね、私を産んでくれた母親の実家の近くにあって、その母が教えてくれたとっておきの場所なの」

いきなりそんな事を言われても。舞はよく意味が分からなかった。彼女はなおも語る。

「私を産んでくれた母はとても優しい人で、私のことをとてもかわいがっていたの。
でも、私が中学2年の頃に、重い病気で亡くなってしまったわ。私はとても悲しかった。
あまりのショックに学校にもしばらく通えず、前の明るかった性格とはうってかわって
無口でネガティブなな子に私はなってしまったの。」

つばきの顔がうつむいてきた。そして、表情も今にも泣きそうな顔になっている。
舞はとても驚いた。そんな事今まで教えてくれなかったし、舞も全然そんなこと考えていなかった。
彼女の今の母親に舞は会ったことは無いし、どんな人かも分からないが実の母親では無いようだ。

「いつの間にか父は別の人と再婚したわ。それが今の母親。でも、その人は父が持っている財産目当てで
父と結婚したようなもので、愛情のかけらもない。私が母親という大きな存在に甘えたい時も、
そこに居るのはあの優しい母親ではなくお金の事しか考えていない惨めな人。
お金が欲しい時だけ父に媚びて、欲しいものが手に入るとすっかり冷めてしまうのよ。
そんな事に気づかない父もかわいそうだけど、私だって辛い思いをしてきたわ。
一人娘の私となんか口すら聞いてくれないし、私が毎日家に帰ってきても、父を含め誰も言葉をかけてくれない。
あの人と再婚する前の優しい父はどこへ行ったのかしら。まるでお手伝いさんと2人暮らしをしているようなものよ。
そんな寂しい生活を私は今までずっと送ってきたの」

今まで自分の中に溜めていたものを一気に噴き出させるかの如く
つばきはゆっくりと、それでいて一言一言をかみ締めるようにゆっくりと生い立ちを語った。

272:月の舞・夜の椿 (12) ◆hPUJOtxtvk
08/11/29 23:18:32 EPgIgjRK
頑張って自分の忘れたい過去を告白してくれたつばきさんに、何か声をかけてあげたい。舞はそう思った。

「今までよく1人で頑張ったね。でもこれからは私がずっとついているよ。」

つばきのようなかっこいい台詞を吐くこともできず、舞は自分なりの言葉でそう彼女を励ましてあげた。
すると、つばきは安心した表情で次々と言葉を重ねた

「実は舞にはまだ言ってない事があるの。
私がこの学校に転校してきた理由は"家庭の都合で"という事になっているけど
本当の事を言うと、あなたと一緒の学校に行きたいと思って転校したの。
皆には隣の市の公立高校から転校してきたってことにしてあるわ。
でもそれも本当は違うの。本当は誠稜学園という別の高校から転校してきたのよ」

彼女が口にした高校の名前は、全国的にも由緒正しいお嬢様学校として知られる超名門の女子高の名前だった。
でも、私と一緒の学校に行きたいって…どういう事だろう。舞の頭の中は大混乱に陥った。

「私がさっき言ったような家庭の問題で悩んでいたときに、偶然家の近くで舞を見かけたの。
どこか垢抜けない様子で、なおかつ今の高校生にはなかなかいない誰にでも思いやりの心で
接することができそうなその素朴な表情に、私は思わず心打たれたわ。
その時の私はとにかく誰かに助けてもらいたかったの。それで、いけない事だとは思いながらも舞の跡をつけてしまったわ。
そうしたら、栗林高校の中に入っていったから、どこの高校の生徒か分かったの。
それで、偶然通りかかった別の生徒に舞の学年を聞いたら私と同じ2年生って教えてくれたわ。
そこで決心がついてしまった。後は両親を説得するだけだったけど、昔と違って自分の子供に関心の無い父親とあの母親のこと。
あっさりとこの高校に転校できてしまって…
本当にごめんなさい。こんな事して舞も私のこと気持ち悪い女だと思うでしょう。
これで、私の事嫌いになってもいいのよ。その覚悟はできているわ。」

ついに彼女は目から大粒の涙を流しながら事の全てを告白した。
そんな経緯があって転校してきたなんて舞はこれっぽっちも知らなかったが、今となってはそんな事どうでもいい。
つばきさんを支えてあげたい。つばきさんを守ってあげたい。つばきさんと一緒に悩みを分かち合いたい。
舞の気持ちは一つだった。

「ううん。いいんだよ。私だってつばきさんの事好きだし、ずっと友達でいたい。これからも色んな事があると思うけど、一緒にがんばろう!」

その言葉を聞いた途端、つばきは「嬉しくて流す涙」を流しながらぎゅっと舞を抱きしめた。

もう彼女には悲しい涙なんて流してほしくない。今まで散々悲しい思いを経験したのだから
これからはもっと嬉しいことにその涙を使って欲しい。

「本当にありがとう。私、舞がいるから生きていける。 舞とならどんな困難だって乗り越えられる。」

「私も、つばきさんを守ってあげたいよ。」

なぜだか涙が流れて止まらない。今まで我慢していた彼女への想いが一気に噴きだしたかのごとく流れ続ける涙。

「ごめんね、つばきさん。今まであなたの気持ちに気づいてあげられなくて」

「いいのよ、舞。ただあなたが側にいてくれればいいの…」

流れ落ちる涙と、彼女の温もり。舞とつばきは少しの間その場で幸せをかみしめた。

273: ◆hPUJOtxtvk
08/11/29 23:21:41 EPgIgjRK
以上です。
実は更に続きがあって、これからもっと百合百合するのですが
流石にこれ以上は長すぎるので途中で切りました。

最近友人にマリみてを薦められて、半年がかりでまもなく全巻読破です。
気がついたら百合の深みに(ry

本当に長々と駄文を貼ってすみませんでした。吊ってきます。

274:創る名無しに見る名無し
08/11/30 01:34:48 aA8Y+kfH
>>259‐273
乙です。一気に読んでしまいました。
続きも是非読みたいです。

275:創る名無しに見る名無し
08/12/11 08:17:03 kj6VM2NR
そろそろ保守するね。

276:創る名無しに見る名無し
08/12/11 19:30:18 S55BKSOp
保守とかまだまだ必要ないよ

277:創る名無しに見る名無し
08/12/17 01:06:24 ltZsgiEa
でもあんまり過疎ってるとリサイクルされちゃうと思う

278:創る名無しに見る名無し
08/12/17 01:11:11 eb+xEO56
ちゃんと住人がいるスレはリサイクルしませんよksks

279:創る名無しに見る名無し
08/12/17 01:12:02 Vrqv+e8y
百合はいいものだ

280:創る名無しに見る名無し
08/12/17 21:39:19 HCvFFJ1t
まったくだ

281:創る名無しに見る名無し
08/12/18 08:36:06 +21qgDUO
百合が好きだ
年下攻めが好きだ(性……精神的な意味で)
ショートカット攻めが好きだ(もちろん精神的な意味で)

282:創る名無しに見る名無し
08/12/18 11:49:37 Lxjp9ovb
お互いになんとなく意識しあってギクシャクしちゃうのが好きだ
おそるおそる触れあい探りあいみたいな(せ、精神的な意味でだよっ?)

283:創る名無しに見る名無し
08/12/19 21:02:26 BLKyQCpO
百合姫Sコミック発売記念age

284:創る名無しに見る名無し
08/12/28 21:02:43 npAm43gJ
年末保守

285:創る名無しに見る名無し
08/12/30 20:26:18 abpY/PEs
おまいら、今年はいい百合に出会えましたか
俺はアオイシロのオサ×やすみんがオブジイヤーでした

286:創る名無しに見る名無し
09/01/01 15:08:46 +ZHUlRf8
ミギーさんに出会えてよかった。
サクヤさんが一番好きだが、決しておっぱいが好きな訳ではない。

という訳で、おめでとうおまいら。

287:創る名無しに見る名無し
09/01/05 18:09:13 nsV+NyR5
ここって地の文あった方が歓迎されます?

VIP形式のSSに慣れてるから地の文苦手なんですが


288:創る名無しに見る名無し
09/01/05 18:45:25 Mf4lRsyi
あなたが書きやすいように書いてかまわないかと

289:創る名無しに見る名無し
09/01/05 20:44:02 nsV+NyR5
>>288 ありがとう。とりあえず投下してみる


女「先生、おはようございます!」

司書「おはよう」

女「昨日借りた本返却しに来ました。これ、すごい面白かったです」

司書「もう読み終わったの?相変わらず読むの早いねぇ」

女「本、好きですから」

司書「気が合うね、私も好きだよ」

女「えっ…!」

司書「本好きが高じて司書になっちゃうくらい、本が好きなんだ」

女「あ、なんだ。そういう意味か……」

司書「なんか勘違いしてたっぽいけど、私変なこと言った?」

女「い、いえいえ」

司書「?」


司書好きだけど、司書で百合ネタ難しい。


290:創る名無しに見る名無し
09/01/05 23:31:40 Kzzym6aB
がんばれ、期待

291:創る名無しに見る名無し
09/01/05 23:45:00 nsV+NyR5
>>290
すみません、これ単発のつもりで書いたんで続きはないんです……
次からはもっと文章練ってから来ることにします


292:創る名無しに見る名無し
09/01/06 18:04:09 7332b/4S
じゃあ次回作に期待!

293:創る名無しに見る名無し
09/01/14 00:05:24 C4SobFVt
保守ですわ!

294:創る名無しに見る名無し
09/01/24 14:55:08 TWzh7hSV
全く、百合スレはどこも過疎だな

295:創る名無しに見る名無し
09/01/24 19:38:36 LGd8aGGJ
まったくけしからんな

296:創る名無しに見る名無し
09/01/24 20:09:47 TWzh7hSV
ところで描写はキスくらいまでなら大丈夫なんだろうか。
タラシな女の子を書こうと思うんだけど、線引きが難しい。

297:創る名無しに見る名無し
09/01/24 20:19:30 LGd8aGGJ
キスくらい余裕でおっけーだよ

298:創る名無しに見る名無し
09/01/24 20:21:22 TpPhVGJP
目的にならなければおkだと思うけどね

299:創る名無しに見る名無し
09/01/26 19:27:36 LOLbxRag
この泥棒猫!

300:創る名無しに見る名無し
09/01/31 22:13:20 KuSL2wyj
相手の女の子が腰砕けになる程ねっとりとしたキスシーンを書いてだな……

301:創る名無しに見る名無し
09/01/31 23:15:35 ulwIv8wE
それはもはやエロの領域だと思うぞよ

302:わんこ ◆TC02kfS2Q2
09/02/02 00:49:12 cQU2mC79
はじめまして。>>296ではありませんが、投下させていただきます。
第一話ということで、よろしくおねがいしまっす。

303:わたしの死神さま ◆TC02kfS2Q2
09/02/02 00:49:55 cQU2mC79
人間、神に頼るようになったらお終いだ。と、思っていた。
神様の存在なんぞ、縁起が悪い折れた櫛のような心を持ったヤツの言い訳だ。と、思っていた。
そんな青臭く、身なりの整ったオトナが耳にしたら鼻でせせら笑うような考えを持っていたわたしは
彼女との出会いによって、ガーンと頭をぶん殴られるような痛みを感じたのである。

「ごめんね…。ここにいちゃ、迷惑ですか」
「全然」
都会の片隅にある、たった四畳半のわたしの仕事場。雪のように真っ白なケント紙、蓋の閉まったインク瓶、
剣のような鋭さを持ったままのGペン。そして、ここで数多くの物語が紡ぎだされる筈の作業机兼こたつ。に、黒ずくめの少女。
居心地悪そうな潤んだ瞳を光らせて、控えめのボブショートを揺らしお茶をすすり、申し訳なさそうに彼女はこたつに入っている。
その対面にわたし。昨日今日出会ったばかりの少女に目を合わせるのが恥ずかしく、ずっとこたつの台の模様ばかり眺めている自分は
本当に人見知りが激しいヤツなんだと思い知らされる。実際、この少女にかけた言葉は「どうぞ」や「どうしたの」という社交辞令と、
そして、先ほどの「全然」という素っ気無い言葉。深い沈黙だけが、わたしたちをあざ笑う。
こんなネクラで人間嫌いのわたしに人を楽しませることなんかできやしない、と気付いたのは
そびえるだけの山と荒れた畑しかない田舎から飛び出して、漫画描きという生業を都会で始めた頃だったから本当にわたしはバカだ。

「見つからないの?」
「うん。見つからない」
彼女との見た目の印象はわたしにそっくり、ということ。
唯一の違いはメガネを掛けているかどうか。子どもっぽい口調と大人びた身なりの少女はこくりと頷く。
メガネのつるを摘みながら、静かに彼女が頷いた後にわたしも頷く。
こたつの中で折り曲げていたわたしの脚を伸ばすと、彼女の冷たい足にふっと触れ、
汚れを知らぬ滑らかなふくらはぎが荒んだわたしの心を戒める、感じがした。
外は夜、時計は夜と囁き、テレビは人様に媚びるような猫なで声ばかり出しているのでとっくに消してしまった。
人と話すことなんか出来やしないわたしは何も話を切り出せない。
ましてや…神、死神となんぞや…。

304:わたしの死神さま ◆TC02kfS2Q2
09/02/02 00:50:29 cQU2mC79
××××××××××××
誰だって、自分のアパートの前に死神が倒れているなんて想像出来るだろうか。
誰だって、自分の世話さえ手一杯のヤツが人の世話をしなきゃいけなくなるって想像出来るだろうか。
わたしだって最初は自分のメガネを疑ったものだ。しかし、現実ってヤツはわたしが描くマンガよりもキャッチーで
不可解なことを引き起こしやがる。物書きの端くれとしては相当悔しい思いだった。
だって…死神ですよ。誰の家の前で倒れているもんですか。わたしだって小市民の端くれなので、そのままにしておくわけにはいかないと思い、
一応声は掛けてみる。本当の所は関わりたくない。黒ずくめの少女はか細い声でわたしにすがりつく。
「…見ませんでしたか?わたしの…チョーカー」
知るもんか。しかし、そんな短剣のような言葉をこの子に突きつけるわけにはいかないので、やんわりと否定する。
それがそもそもの始まりであった。

彼女の名は『ミミ子』と言う。身分は彼女が付けているしろがねのブレスレットで明かしてくれた。
「これは…死神の証です」
そうなんだ。初めて知ったよ。聞き分けのよいオトナの振りをするのは心苦しい。
だが思った。わたしが乾き切った都会で出て初めてまともに話した相手は彼女かもしれない。この街に来てから喋った言葉は
「どうですか?わたしのマンガ」という編集者への挑戦状と、コンビニ店員へ「お弁当温めますか」の答えである「ハイ」ぐらいだからだ。

編集者で思い出した。アイツは悪魔だ。わたしの時間と小さな野望を奪う心なき悪魔だ。
先週。身と金を削り、必死の思いで描き上げたわたしの原稿を悪魔に身売りしてみたのだ。原稿をぱらぱらっと捲っただけでそんな悪魔に「これ、つまんねえよ」と冷ややかな目で見下されたことは一生忘れない。
それ以来、アイツとは気持ちも血も通うことのない上っ面の話ばかりしている。そう、アイツなんか話なんぞ出来ない。
殺伐と乾ききり、人を信じられなくなったわたしに出会ったのが…そう。ミミ子だ。そのミミ子はか細い声で上目遣いをして話しかける。

「あの…。お水を…下さい」
カルキ臭い水ぐらいは分けてあげる。こんな人でなしのわたしが出来ることはこんなことだけ。

305:わたしの死神さま ◆TC02kfS2Q2
09/02/02 00:51:02 cQU2mC79
そういえば、こんな言葉を何かの本で読んだ気がする。
『浪速の食い倒れ、京の着倒れ、奈良の寝倒れ』という話。
浪速、京は説明するまでもないお話だが、奈良の寝倒れとは何ぞやということだ。
奈良では鹿が神の使いであり、街に沢山住み着いているのは周知の通り。朝起きて、その神の使いが家の前で倒れているのを見られると
鹿殺しの嫌疑がかかってしまう。その為、街が起き出す前にこっそりよその家に鹿の亡骸をよその家の前に運んでしまうらしい。
こっそり門前に亡骸を置かれた家は迷惑千万。他のヤツらが起き出す前にさらによその家の門前に運んでしまうのだ。
で、最終的にネボスケの家の前に鹿の亡骸がぽーんと置かれてしまって、ジ・エンド。お縄頂戴だ。神になんてことをするのだと。
もしかして、その『ネボスケ』はわたしだったのかもしれない。なんせ神ですからね、ミミ子は。もっとも死んではいない。
その「神の使い」を家に上げる。初めてよその子が自分の家に入った。
蛇口をひねると、バカ正直に透明な水がコップ一杯に湛え始める。ミミ子は黙ってその光景を見ていた。
「はい、どうぞ」
「…ありがとうございます」
わたしのもやつく心をどう思っているのか知らないが、ミミ子はごくごくとカルキ臭い水を飲み干す。

「おいしいですか」
「…うん」
ミミ子はウソツキだ。こんなクスリの香り漂う都会の水を「おいしい」と言う。
ウソツキなミミ子のことがちょっと好きになった。ウソツキは素敵さ、誰をも傷付けないから。
しかし、たった一晩会っただけで彼女のことを『気の置けないヤツ』にすることは出来るだろうか。
いや、できるもんか。人を信じることは自分の全てを誰かに託すことと等しく、そんな無防備な軽はずみはわたしには信じられない。
しかし、そんなわたしの心の内を踏みにじるかのようにミミ子は美味しそうに水を飲む。

「……」
「どうしたんですか」
「…どうしたらいいんですか、わたし」
知るか、と言いたい所だが…そこまでわたしは落ちていない。人間の魂だけは捨てたくない。
それを自分で証明したいが為に彼女をウチに泊めてあげることにした。

306:わたしの死神さま ◆TC02kfS2Q2
09/02/02 00:51:35 cQU2mC79
「そういえば…、死神って言ってましたね」
「はい」
「具体的に…何するんですか?」
わたしがこんなにものを喋ったことはそうはない。ましてや、相手への興味のことなんぞ。
無論、ミミ子への興味が募ったということは確かなのだが、わたしの方から歩み寄ることは滅多にないので
この発言の後、少し後悔のような後ずさりできない思いをしているのは否定できないのだ。
そう思いつつ、わたしの足が彼女の滑らかな脚の上をなぞる。

「地上で暮らす者たちと、天界で暮らす者たちと二種類の世界があるのはご存知ですよね」
「いや、知らないです」
「…ごめんなさい」
ミミ子は少し煮詰まった顔をする。わたしが困らせてしまったせいか、わたしは小さな責任を感じた。
実家から送られてきたミカンをそっとミミ子に差し出すと、小さな声で話を続け出す。
「わたしたち、天界の者の糧は地上の者の…」
「者の?」
「…命です」
申し訳なさそうなミミ子の声はわたしにははっきりと聞こえた。その言葉はわたしが描くマンガなんかよりも印象深い。

「それじゃ、一方的に『天界』の人たちは『地上』の人たちの命を取っちゃうんですか?」
「……」
ミミ子の沈黙する顔が想像できる。何故なら、わたしは人と目を合わせられないからだ。ずっと、ミミ子の首筋ばかりを眺めていた。
おそらく、わたしが真っ白の原稿用紙の前にいるときのような顔をしているのだろう。それならば、想像するのは容易なことだ。
だが、いきなり真っ白な原稿用紙が隅々まで描かれた立派なマンガ原稿のように変身させるミミ子。
「地上の者は天界の者の命を糧にしている者も…います」
「そうなんですね…。それじゃ、その『地上』の人って『天界』の人から見たら」
「死神です。しかも…それは無自覚に…」
地上で運のいい人がいれば、天界で運のない人もいる。地上で長生きする人もいれば、天界で若く命を失うものもいる。立派な理屈だ。
かのようなことをいきなりミミ子は立て板に水のように話していた。
そして最後に一言彼女は付け加えた。
「わたしは…、運のない死神です」

307:わたしの死神さま ◆TC02kfS2Q2
09/02/02 00:52:16 cQU2mC79
運がないのは人間だけではなかったのだ。
神と名乗るヤツが「運がない」なんて言う言葉をはいているところを聞くと、少し親近感のようなものが芽生え出す。
だって…神がですよ…。こんなお話はちょっと聞いたことはない。
「人事をつくして天命を待つ」「困ったときの神頼り」「触らぬ神に祟りなし」
「神」にまつわることわざ、慣用句を原稿用紙に上げだしたらきりがない。
いにしえの人々は神を人間の力の及ばぬ『絶対的なもの』のように表現してきた。
実際、神々のことを直接的な表現を避けて『それ』、つまり『It』と表現する言語も存在する。そんな神が弱音を吐いている。
「わたし…どうしよう」
失くし物をした迷いネコのような死神が愛しい。

もしかして、この子とは友達になれるかもしれない。
もしかして、この子はわたしのことを分ってくれるかもしれない。
もしかして…。
いや、彼女は「死神」と申したな。わたしの命を奪いに来たのかもしれない。
油断ならないのは変わらない。なのに、彼女は呑気にごくごくとカルキ臭い水を口にしていた。
とうとうわたしもここで果ててしまうのか、しかし煮詰まってしまったわたしの人生なんか誰かの役に立てば御の字だ。
黙って、この死神とやらに命を差し出してやろうか…と、自分の髪の毛先で遊んでいるとミミ子が打ち明ける。
「あれがないと…怒られちゃうんです…。どうしよう」
煮詰まっているのはお互い様のようであると思うと、少し気が晴れる。

「…姉さまから怒られてしまうんです」
「姉さま?誰ですか、それ。上司?」
「みたいなものです」
姉さまとはミミ子ら若い死神のまとめ役。何か不祥事があればヤツから物凄く怒られる、とミミ子は話す。

308:わたしの死神さま ◆TC02kfS2Q2
09/02/02 00:52:46 cQU2mC79
卑屈に暮らしている人もいれば、えらぶりっ子してる人もいる。
怒られる人がいれば、怒っている人もいる。
原稿がつまらなかったときのわたしと同じだ。わたしのお世話になっている(と言うか、迷惑を掛けている)編集者は
彼氏なし、酒好き、男好き、スタイル抜群というわたしをまっ逆さまにしたような、今年三十路にお邪魔した姐御さま。
何度かソイツから見たこともないフランス料理をご馳走になったこともある。コンビニ弁当が主食のわたしにとっては
ガキンチョから見たお子様ランチクラスの高級料理である。そんな贅沢品を惜しげもなく奢ってくれる姐御さまだ。
ソイツの期待を裏切ってばかりいるわたしを疎ましいと思っているんだろうな、と常々思いながら一人暗い夜中の四畳半、
80年代の暗いフォーク曲を聴きながらわたしはソイツの凶事を願う毎日であった。
ミミ子はそんなわたしのことを分ってくれるだろうか。

「威張ってるヤツって…別の生き物みたいですよね」
「…そうですね」
「うん」
ミミ子の返事を返したわたしに、ミミ子はミカンをひと房分けてくれた。
ぽんと口に放り込んだミカンはいつもよりか甘酸っぱい気がする。きっとミミ子のせいだろうか。
不思議とミミ子はわたしの気持ちを分ってくれると解釈してしまう。そんなミミ子にさりげなく残酷なことを聞いてみる。

「もしかして…、失くし物が見つからなかったら?」
「……」
「……ごめんね」
この沈黙で分った。ミミ子が死神として動けなくなると、糧を得る手段がなくなるらしい。
彼女を見ていると、こんなわたしでも死神を追い詰めることはできない。すると空気を読んだのか蛍光灯がチカチカと点滅を始める。
この部屋に来てから金がなくて『かえたこと』がなかったからだ。
もう、時計は二つの針を合わせる時間をとっくに過ぎている。

309:わたしの死神さま ◆TC02kfS2Q2
09/02/02 00:53:19 cQU2mC79
「寝よう…か?寝ますか」
「…いいんですか」
「いいよ…。いいですよ」
生憎布団は一人分。始めミミ子は布団を拒んだが、わたしのような何も出来ないマンガ描きの為より布団の存在価値は
ミミ子の方にあると思い、わたしは遠慮した。だが、ミミ子があんまり悲しそうな顔をするので…。

「二人で寝ると暖かいね。ここに来てから、誰かを泊めたのって初めてなんだよ」
「そうなんですか」
「くっつく?」
いつの間にか、わたしはミミ子のことを受け入れていた。
ミミ子は死神、わたしはしがないマンガ描き。境遇も違うわたしたちを結ぶのは薄っぺらい掛け布団であった。

どうして知らない子を泊めているんだろう。
どうして…と考え出すと、きりがないのは分りきっている。そのせいか、なかなか眠りの園に陥ることが出来ない。
今頃、あの編集者は何処かの酒場で飲んだくれているのだろうか。きっとそうだ。

ささやかな幸せを感じながら床に入るわたしたちに、土足で割り込むヤツがいる。
ソイツの名前は携帯電話。わたしの生命線でもあり、小憎たらしい悪戯小僧でもある。
最悪なことにその発信元はあの『悪魔』の編集者だと電話の小窓は伝えていた。
「なんだか…呼んでますよ…」
「いいよ。寝よっか?」
「……」
留守番電話に録音される声がわたしにつんざく。
そして、わたしはミミ子にいつのまにか友達のような言葉遣いをしていた。

『おーい!咲たーん!!今、いい所だからきんしゃいよ!えっと…新宿の…』
これ以上酔っ払ったバカ声を聞きたくないので、携帯電話を遠くに放り投げてやった。
部屋の隅に置いてある、くまのぬいぐるみにボディーブローした携帯電話は力なく畳に崩れ落ちた。



310:わんこ ◆TC02kfS2Q2
09/02/02 00:54:10 cQU2mC79
今回はここまでです。近いうちにつづく…。

311: [―{}@{}@{}-] 創る名無しに見る名無し
09/02/02 03:47:10 irSagh1d
わぁお

312:創る名無しに見る名無し
09/02/02 05:39:33 /t4z9Sst
>>302-310
乙。続きは百合分多めで頼むよ

313:創る名無しに見る名無し
09/02/02 13:19:26 gYPk1x+I
投下きてたー
続きwktk

314:創る名無しに見る名無し
09/02/03 12:37:12 szqnEjnI
wktk

315:創る名無しに見る名無し
09/02/03 20:23:21 o/+4asZV
かわいいのう

316:創る名無しに見る名無し
09/02/04 23:31:36 20D1JYr+
おっ!投下来てた!続きが気になりますなあ、GJ!


どこで吐き出せばいいんだかわからなくて書くんだが、今更カレイドスターにはまった。
すごい百合サイトってすごいよな・・・もう俺の脳内レイそら一色。

317: ◆YURIxto...
09/02/07 12:32:21 FOhhgHAY
―私はきっと、寂しかったんだ
  私より先を行く背中にずっと、振り向いてほしかったんだ

この気持ちに気付くまで、遠かった。とても長い時間が、かかった。

下駄箱の前で小百合を待ちながら、私は情けなくひざを抱いていた。
校門の前の時計は四時半を指そうとしている。
いつもなら二人で駅へ向かっているはずの時間だ。
「美月先輩に用があるから、今日は先に帰っていて」
授業が終わって、小百合に帰ろうと声をかけた瞬間、返された言葉。
美月先輩とは、小百合がお気に入りにしている三年生の事だ。
私にはわからないが、周りのクラスメイトには皆それぞれ“お気に入り”と呼べる先輩がいた。
短い高校生活の貴重な二年間を、擬似的な色事で潰してしまうのは勿体無いと思わないのか
彼女達の気持ちが理解出来ない私は、冷淡にもそんな事を考えていた。
その素気なさは、美月という上級生への無自覚な嫉妬から生じたのかもしれない。
小百合が先輩の事ばかり話すようになったのはいつからだったろう。
その度に私は心の中で剥れて、拗ねた気持ちを胸に隠してきた。
小百合が何を口にしても、いつもと変わらない笑顔で通してみせた。
楽しげに先輩の話をする小百合の笑顔を、壊したくなかったからだ。
友達が楽しそうにしていると自分も嬉しい、私の思考は友情に忠実であったと言える。
それは、誰かには誉めてもらえる事なのだろうか?
けれど私は素晴らしい友人だと称えられる為に、自分の気持ちを抑えてきたわけじゃない。
この気持ちが何によって生まれるものなのか、わからないほど幼くて
それを打ち明けた後に訪れる未来が、想像も出来ないほど恐ろしくて
本当にただ、幼稚なだけだった。

318: ◆YURIxto...
09/02/07 12:33:14 FOhhgHAY
そういう自分に気付いたのは、今日の放課後。ついさっきの出来事。
小百合の顔を見て、わかった。
“先輩に用があるから”と言ったその表情は、凛とした強い眼差しで
でもどこか頼りなげに頬は赤らんで、この先に待ち受ける運命に挑むような
私にはそんなふうに見えた。
そして実際、その通りに違いなかった。

―告白する気だ

小百合のその瞳を見るまで、私は小百合が本気で先輩に恋しているなんて思いもしなかった。
それに気付かないほど、私は幼かった。
そんな私の幼さを知っているからこそ小百合は、先輩を想ってどんなに切ないかも
今日の決意についても“親友”である私に打ち明けたりしなかったのだ。

自分自身の頼りなさにまた、寂しさを覚えた。苛立ちも、少し。
今、無断で小百合を待ち続けているのは“鈍感な親友”の汚名を返上する為だろうか?
わからない、ただ小百合がどんな未来を歩むとしても
それを一番に見送るのは自分でありたいと望んでいた。
私にはそう望む事しか、術が残されていなかった。
三年生の階へ向かう小百合の背中を見上げながら
“行かないで”と心の内で何度も呼びかけた。
“私以外のものにならないで”そう何度も。
けれどだめだった。声にならない想いが伝わる事はない。
それがわかっているからこそ小百合は、先輩に想いを告げる決意を固めたのだろう。
私のずっと先を行く小百合を、引き止める術はもうない。
後は私の手の届かないゴールを行く小百合を、後ろから見届けるだけだ。
この時既に、私の頭の中では“小百合と先輩は恋人同士になるもの”だと思い込んでいた。
私は本当に、幼稚だ。

319: ◆YURIxto...
09/02/07 12:34:03 FOhhgHAY
「藍、どうしたの?」
小百合の声が、私の背中に向かって呼びかける。
ここでこうしていたのは十分やそこら。こんなに早く小百合が降りて来るとは思っていなかった。
本当はもう少し経ってから他の学年の下駄箱に身を潜めて
小百合と先輩が帰っていくところを、こっそり覗き見ようと考えていたのだ。
けれど小百合は今、一人で私の目の前に立っている。
「さ、小百合…あれ、先輩は?」
私の問いに、小百合の視線が少し泳いでいた。
「あぁうん、用事は終わったよ」
語尾が力ない。私は何故小百合がこんなにも寂しそうな顔をしているのか、理解できなかった。
「どうしてそんな顔してるの?」
直接尋ねるしか、この疑問を解く方法はなかった。
小百合は私の無神経さに怒りもせず、ただ一筋、涙をこぼした。
「フラれ、ちゃった…から…」
私が尋ねなければきっと、小百合は笑い顔だけ見せて私と家路までの道のりを共にしてくれただろう。
そんな小百合の強情さが悲しくて、気付けば小百合の事を抱きしめていた。

320: ◆YURIxto...
09/02/07 12:36:04 FOhhgHAY
「小百合がフラれるなんて信じられない」
カウンターの窓越しに流れる人々を眺めながら、私は語気を強めて言い放った。
「どうしてそんな事、言えるのよ」
完全に乾いた瞳で、飽きれながら小百合は言葉を返す。その声はまだ湿っぽい。
下駄箱で散々に泣きはらした小百合は、私の手を引いて駅前のこの場所まで目指した。
入学してから二人が通っている古びた喫茶店だ。
少し暗めの店内に、テーブルが五つと、賑やかな交差点に面したカウンターが七席。
外を行く人々と視線が重ならない右端の二席が、私達の指定席で
学校や家では上がらない話題も、この場所だと深く話し込む事がよくあった。
「だって小百合みたいな人に好きになってもらえたら、誰でも嬉しいと思う」
小百合は笑った。
笑ってから、母親みたいな顔をして、私に語りかけてくれた。
「あのねぇ、好きって気持ちは一つしかないんだよ
 好きになってもらえて嬉しい人も、本当の意味では一人しかいないの」
言い終えて、小百合は瞳を伏せる。
その一つを失った心の傷は、今はまだ生々しい。
「じゃあ小百合には先輩一人だけなの?」
もしそうなら、それはとても寂しい事だった。
小百合の中の、たった一人を謳われる先輩が、妬ましかった。
「そうだね、今日まではそうかな
 でももうフラれちゃったから、今日でおしまい
 明日からは好きな人、じゃなくて普通の先輩後輩に戻らなきゃ」
例えすぐに気持ちを打ち消す事が出来なくても
“戻らなきゃ”と言い切る事の出来る小百合を、私はすごいと思った。

321: ◆YURIxto...
09/02/07 12:37:20 FOhhgHAY
「焦りすぎ、ちゃったかなぁ」
落ち着いた声で、小百合は振り返る。
「こうしてフラれてみると、先輩の事考えたり、遠くから見つめたりして
 きゃーってなってるだけで幸せだったかもしれない
 特別にしてほしい、なんて欲を張るからこういう事になるんだよね」
「それは欲張りなこと、なの?」
好きな人に自分を好きになってもらいたいと願う事は、きっと自然な事だ。
昨日まではわからなくても、今日の私にはそれが理解出来る。
「だって本当は、楽しい事いっぱいあるんだよ
 クラスで騒いだり、友達と…藍とこんなふうに喋ったりね
 好きな人を恋人にするだけが、幸福じゃないんだから」
失敗したなぁ、と小百合は頭を掻いた。
失恋という深刻な悩みなのに、乗り換えに失敗したみたいに
あっさりと愚痴に零す小百合が可笑しくて、私は笑った。
「でもきっと、今日の事も楽しくなるよ」
笑ってそう口にした私は、やはり無神経だったかもしれない。
告白や失恋の経験もない私が言うべき事ではなかったかもしれない。
でも小百合に楽しくなってもらいたいという気持ちは、誰よりも本物だ。
きっと先輩にも、負けやしない。
「そうだね」
告白という一大事があった今日は小百合にとって朝から緊張したものだったんだろう。
小百合は私の言葉に頷くと、今日一番の笑顔を私に見せてくれた。


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