08/09/12 23:13:44 gnDkhJP+
92で投下したSSの、別視点バージョン、というのを書いてるんだが…
ひょっとして、今二次待ち?自重した方が良いかな?
101:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/13 00:11:59 sJO8loNP
つがんがん行こうぜ
102:いつもと違う、いつもの放課後Another(1/2) ◆mf4c05IqKI
08/09/13 01:41:15 8rCvOi2X
「……」
「……」
一体、どうしてこうなってしまったのだろう?
ただ単純に、部活で使った物を片付けていた。それだけで終わったはずなのに。
なのに、何故私達は抱き合ってしまっているのだろう…?
「あっ」
切欠は、些細な事だった。躓き、小さく声を上げ、こちらに倒れ掛かってくる少女。
「っ!!」
咄嗟の事とはいえ、タイミング的には、手で支えてあげられたはずなのに。
不意に、自分へと飛び込む少女を、つい抱きとめてしまい、気付いた時には後ろに手を回してしまっていた。
完全に、抱きしめる形だ。何とか、力を入れる事だけは自制したけれど、動くに動けなくなってしまう。
…いつかはこうしたい。そんな願望を咄嗟に実現させてしまった。それが危険なことだと分かっているのに。
彼女の柔らかい感触が身体を包む。その感覚が、気持ちを興奮させ、鼓動を高鳴らせる。
だめ。今まで、必死に我慢してきたのに。ここで、こんな形で、悟られてもいいの?
直ぐに身体を離すべきだ。でも、それが出来ない。理性を、感情が押し潰す…こんな事は、初めてだった。
自分の押し隠した思いが吹き出そうになる。
活発的で、少し気が強くて。でも、どこか儚い。そんな彼女が、たまらなく愛しい。
自分が持たないものを持つ、この少女が欲しい。全てを独占して、私のモノにしたい…
そんな叶うはずの無い望み。それが、今、理性を押し殺そうとしている。
見ているだけでいいんだ。この美しく小さな花を、私はただ眺めるだけで良い。
手折ってしまえば、すぐ枯れてしまうかも知れない。だから、近くで眺めるだけ。
それだけで良い筈だったのに。
彼女の頭が動き、こちらを見上げた。紅潮し、少し潤んだ瞳でこちらをじっと見つめる。
その目を私は、ただ引き込まれるように見つめるしか出来なかった。
…いや、それも長くは持たなかった。
今まで、散々押さえていた想いが暴走してしまったのだろうか?
彼女の、あまりにも可愛らしいその表情に、私の中の何かが、崩れた。
半分無意識に、顔を寄せ…その唇を奪う。
キス、してる…
あまりの興奮と歓喜に、身体が震えそうになる。間違いなく、今この時、私はこの少女を独占していた。
けれど。
直ぐに怖くなった。何故、今まで自分がこの気持ちを隠し続けていたのか、その理由に思い至ったとき。
私は唇を離した。もっと、ずっと長く触れていたかったけれど、恐怖心がそれを凌駕する。
やってしまった。彼女に、自分の想いを晒してしまった。
普通に考えれば、女の子が女の愛を受け入れるはずが無い。友情はあっても、愛が芽生える可能性は低い。
これで、私と距離を置かれたら。離れてしまったら…それは、考えるに恐ろしい、悪夢以外の何物でもない。
彼女の顔を見る。今、自分はどんな顔をしているだろう?鏡を見たら、卒倒するかもしれない。
確実に、いつもの自信に満ちた自分は居ない。それが、酷く情けない。
それでも、答えを見極めなければ。少なくとも、彼女はキスを拒まなかった。
拒めなかった、だけかもしれない。でも、まだ可能性はゼロじゃない。
彼女の、少し呆けた、けれど嫌悪は見て取れない顔を見て、更なる答えに迫ろうと思いつつ、
「…そろそろ、帰らなきゃ」
顔を不意に、逸らしてしまった。
「うん」
彼女の答えが、重く胸を締め付ける。
多分、私は生まれて初めて、「逃げて」しまった…
103:いつもと違う、いつもの放課後Another(1/2) ◆mf4c05IqKI
08/09/13 01:42:14 8rCvOi2X
片づけを始めた頃は、まだ明るかった外は、闇が侵食し、辺りを暗く押し潰さんとしていた。
そんな、夕闇の道を私と少女は無言で歩く。
あれから、一言も言葉を交わしていない。いつもなら、他愛も無い話に、二人して笑っていたのに。
そんな些細だけれど、私にとってはかけがえの無い、貴重な時間を…私は、自ら壊した。
あまりの自分の不甲斐なさに、自分が憎くなる。あらんばかりの罵声を浴びせかけたくなる。
…そんなうちに、気が付いたら分かれ道まで来てしまっていて、自分の不明さが更に憎くなる。
立ち尽くす。何をどうしていいかもわからず、ただ立ち尽くして…結局、また愚かな選択をする。
もはや尽くす手を見出せず、黙って歩き出した、その時。
「…!!」
手を掴まれた。
ぎゅっと、強く握り締められた手を見て、それから、彼女に向き直る。
彼女は押し黙ったまま、それでも、必死で何かを伝えようとしていた。
それでも、私は一瞬躊躇した。躊躇して、それから、全ての意を決して、顔を一気に寄せる。
「……」
軽い、一瞬のキス。考えてみれば、道の真ん中だったことを完全に忘れていた。
それでも、私は構いはしなかった。ただ一縷の望みを乗せて、笑顔を作る。
「また、明日ね」
引き止めてくれた。必死に何かを訴えかけてくれた。それを糧として、私は彼女の答えを待つ。
「うん、また明日」
安心したように笑顔を見せ、私の手を離す。
私は一つ頷くと、身を翻して、帰路につく。
答えて、くれた…私を拒否しなかった!!
それがたまらなく嬉しくて、幸せで…今すぐ戻って抱き締めたい衝動を必死で押さえる。
慌てる事なんか無い。ゆっくり、少しづつ進めば良い。
彼女が私を拒絶しないならば、どれだけ私が貴女の事を好きか…少しづつ、伝えよう。
そして、いつもと違う日常が、「いつもの日常」になったなら。
そんな、幸福な日常を夢見て、私は、ただ家路を歩き続けた。
104: ◆mf4c05IqKI
08/09/13 01:45:23 8rCvOi2X
投下数記入間違えた…orz
とりあえず、がんがん行ってみた。二次待ちの皆スマン。
SSで良ければ、これからもちょこちょこ投下しようと思うのだが。
これ(↑)の続きを書こうか、それとも別路線にするかでちょっと思案中。
105:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/13 10:04:06 +2BpixSt
期待age
106:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/13 13:35:26 fTtuOb8Z
>>104
GJ
wktkして待ってる
107:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/14 00:26:08 P7zJ+2lP
つか、住人少なくね?
やっぱ多くの百合好きはPinkに張りついてんのかな?
俺はエロ無しの方が萌えるんだが…
108:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/14 00:30:09 PvF8Cn/a
住人少ないっつーか
なんの書き込みもないのにレスしにくいんだよ
人がいる気配ないと人は沸かないぜ
109:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/14 00:31:35 1tNSvtAs
エロパロ板の百合スレってエロ有り限定なの?
110:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/14 01:23:53 QQ4CMpI4
おいら純情だから見たことないんでわからないや、ぐへへ
111:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/14 02:48:16 P7zJ+2lP
一応居たんだな。
や、単純に作品投下されても反応が無いと
作者のモチベーションにかかわるんじゃないかとな。
>>109
どうなんだろな?
でもパロ板は少なくとも、パロ限定で、>>104氏の
ようなオリジナルは板違いになるんじゃね?
112:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/15 19:14:40 JW6ftiY7
えと、どなたかいらっしゃいます?
もし一次創作でもおけ、というリクエストがあれば、SS一本投下しますけど。
需要、あるのかなぁ?
113:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/15 19:23:33 /VRt62RQ
むしろ一次に期待
114:sakuya ◆GtV1IEvDgU
08/09/15 20:06:04 JW6ftiY7
おk
ではいきます。
5スレ消費予定。
注意:暗いかも、死人あり。キスすらなし。色気なくてサーセンw。
ではいきます。
115:いばらの森奇譚(1) ◆GtV1IEvDgU
08/09/15 20:10:11 JW6ftiY7
『二年後のあたしと、道半ばにして逝ってしまった多くの戦友たちに、
謹んでこのSSを贈ります』
さくしゃ
――――――――――――――――――――
いばらの森奇譚
――――――――――――――――――――
あたしは『マリア様がみてる いばらの森』という本を二冊持っている。
一冊は自分のお金で購入したもの、もう一冊は預かったものだ。
というか、より正確には返しそびれて、そのまま現在に至るという状態なわけ。
何でそんなことになったかというと、少し長くなるのだけど。
あ、ごめん、ちょっと待ってて。今、ドナーカード書きかけだから─。
◇
HCUという単語を聞いたことがあるだろうか。High Care Unitの略だ。
日本語では準集中治療室、集中管理病棟、重症患者病、高度治療室などというらしい。
要するにICU、いわゆる集中治療室に入るほどではないが、それでも高度で緊急が
必要な患者のための病室だそうだ。
その人に出会ったのは、去年あたしがある大学病院のHCUに入院していた時の
ことだった。その頃あたしはようやく危機的な状況を脱し、歩行器を使ったリハビリを
始めてた。
HCUは意外に広い。
そこにはたくさんの人がいた。若い人、老いた人。男の人、女の人。
わりと程度の軽い人、包帯でぐるぐる巻きにされている人、カーテンをきっちりしめて
中の様子が伺えなくなっている人、まるきり意識がなくてぐったりしてる人。
少なくとも二十人は下らなかったと思う。そんな雑多な人たちが、一列にベッドに
横たえられているのを見つめながら、あたしは一歩ずつ歩いていく。
今にも身体が崩れ落ちそうになるのを必死に我慢しながら。
その中で、ひときわ目立つ女の人がいた。
116:いばらの森奇譚(2) ◆GtV1IEvDgU
08/09/15 20:12:10 JW6ftiY7
多分、十代後半くらいだと思う。全体にほっそりとした造り。とても肌の色が白くて、
日本人離れした感じ。黒くて長い髪を後ろでまとめていて、きれいに整ったその顔立ちが
とても印象的な人だった。
きっとあたしは、穴が開くほどその人のことを見つめていたんだと思う。それに
気づいたのか、彼女は読んでいた本から顔を上げ、こちらに視線を投げかけてきた。
まさかそんなことになるとは思いもしなかったあたしは、すっかり動転してしまい、
その場に立ち竦んでしまった。
距離はもう五メートルとない。
「ごめんなさい」
とっさにあたしの口から飛び出したのは謝罪の言葉。
「なんで謝るの」
「だって、ずっと見てたから」
彼女がくすり、と笑う。
「ね、本は好きかな」
「まあ好きですけど」
「じゃあ、この本貸してあげる。おもしろいから」
「え?」
何を考えているのかわからなかった。ほとんど初対面も同然の相手に、今まで自分が
読んでいた本を差し出すなんて。
「毎日リハビリしてるんでしょ。今度通りかかった時にでも返してくれればいいから」
「でも、悪いですよ」
「だいじょうぶ、私はもう何十回も読んだから。そうだな、もしよかったら、感想でも
聞かせてくれると嬉しいかも」
「その、感想は─苦手かな」
「ふふっ、そんなに構えないでよ。別に学校の宿題とかじゃないし」
なんて柔らかい笑顔なんだろうと思った。まるで殺風景なHCUが、春の花園に
変わったような気がする。
「どんな感じだったかとか、印象に残った台詞とか、登場人物に共感できたかとか、
まあそんなところ」
そう言ってから、不意に不安そうな表情を浮かべる。
「ダメ、かな」
卑怯だ、それ。そんな顔されたら断れるわけない。
「努力はしてみます」
「ありがとう、優しいのね。お名前は?」
「咲夜です、柊 咲夜」
「へえ、咲夜ちゃんか。可愛らしい名前ね。あなたにぴったりだと思う」
なぜか胸が高鳴るのを感じた。
「じゃあこれ」
なんともいえない甘い香りが、あたしの鼻をくすぐったことだけは覚えている。
117:いばらの森奇譚(3) ◆GtV1IEvDgU
08/09/15 20:14:36 JW6ftiY7
◇
なんだかふわふわした気持ちを抱えながら、あたしは自分のベッドに戻った。
その本の題名が『マリア様がみてる いばらの森』。
それは『いばらの森』と『白き花びら』の二本の中篇が収録されている小説本だった。
正直なところ、あたしは学園モノがあまり好きじゃない。学校にはいい思い出なんか
ほとんどないし、空想にひたるときくらい、現実のイヤなことから少しでも
遠ざかりたかった。でもあの人の不安そうな表情を思い出すと、このまま読まないで
済ませるという選択はありえない。
読み終わってから、涙が止まらなくなった。
そのかわり、危うく自分の呼吸が止まりそうになった。薄れゆく意識の中で、
あのイヤらしい電子アラームが警報を知らせていたことだけが、妙に記憶に残ってる。
翌日のリハビリは中止になった。
酸素吸入用のカニューレを取り付けられたあたしは、きっと一段とブサイクな姿に
なっていたことだろう。でもそんなことはどうでもよくて、あの人に会えない、
という単純な事実があたしを苦しめていた。
さらにその翌日。ようやく回復したあたしは、リハビリがてら本を返しに行った。
だけど、あの人のベッドはもぬけの空だった。ただ姿が見えないというわけではない。
きれいにメイクしなおされていて、まるで人の気配がないのだ。まるで最初から
そこには誰もいなかった、といわんばかりに。仕方がないので、通りかかった
看護師さんに聞いてみることにした。
「あの、ここの人ってもう一般病棟に移ったりしたんでしょうか」
「何か用でもあるの」
「本を借りたので、返したくて」
「そっか……」
一瞬だけ、看護師さんが思案顔になる。
「悪いけどその本、しばらく預かっておいてくれないかな。そのほうが、彼女も
きっと喜ぶと思うし」
看護師さんの優しい笑顔の奥にしまい込まれた、深い悲しみの色をあたしは見た。
そして理解してしまったのだ。
あの人はもうこの世にはいない、ということを。
その後のことはほとんど覚えていない。
それからさらに三日間、あたしはリハビリできなかった。
118:いばらの森奇譚(4) ◆GtV1IEvDgU
08/09/15 20:17:46 JW6ftiY7
◇
退院してから『マリア様がみてる』を全巻買いそろえた。そうすることによって、
少しでもあの人に近づきたいと思った。『いばらの森』ももう一冊購入して、
あの人に借りた方は大切にラッピングしてしまい込んである。
今も週に一度はリハビリのために、月に一度は神経内科の診察のために、片道
三時間かけて大学病院に通ってる。そして再診受付機の行列で、待合室での順番待ちで、ふと気がつくと、あたしはあの人の面影を捜し求めているのだ。名前すら知らない
あの人のことを。
恋と呼ぶには、この感情はあまりにも儚すぎる。
無理もない。育てる暇すら与えられなかったのだから。
だから今もあたしは、この感情をもてあましてる。
多分あの日、あたしは半分死んでしまったのだと思う。
でも不思議と悲しみは涌いてこない。
あの人は一足先に逝ってしまったけど、再会できるのは実はそんなに遠いことじゃない。
一時は持ち直したものの、最近になってあたしの病状は再び悪化し始めてる。この間も
駅のホームで転倒した。杖を頼りに歩いているけど、それを持つ手もだんだんと力が
入らなくなっているんだ。今はなんとか隠し通しているけど、バレるのは時間の問題。
いつまで自力で病院に通えるかもわからない。
通えなくなったら、またもや入院だろう。
そして多分、二度とは退院できない。
身体中の筋肉が次第に動かなくなり、やがては呼吸筋も麻痺して自力呼吸すら
できなくなってしまう。それがあたしの病気。十代の、しかも女の子がこの病気を
発症するのは、かなりめずらしいことらしい。
119:いばらの森奇譚(5) ◆GtV1IEvDgU
08/09/15 20:20:09 JW6ftiY7
治療法は、もちろんない。
死ぬのは別にかまわないけど、呼吸困難を起こした時の苦しさだけは未だに
慣れることができない。ああそれと、親達が哀しむのはちょっとイヤかも。
ただ、もし許されるのなら、せめて十五歳までは生きてみたいと思う。そうなれば、
あたしの臓器を他の困っている人にあげることができるから。
残念ながら今の日本の法律では、十三歳のあたしが臓器提供をしたいと申し出ても、
それが許されることはない。だが十五歳になれば、自らの意思で提供できるように
なるのだ。もしあたしの死が誰かの生につながるのであれば、それはそれで意味のある
ことではないだろうか。あたしの人生も無駄じゃなかった。そんなに捨てたものじゃ
なかった。そんな風に思えるかもしれない。いくらなんでも甘すぎるだろうか?
やがてやってくる未来。
誰にも変えることのできない未来。
たとえ神さまにだって変えることのできない未来。
でもそれは、あの人に会える未来。
親達には悪いけど、やっぱりあたしは、少しだけ楽しみにしてる。
あの人と話したいことが、あたしにはそれこそ山のようにあるのだ。
でもとりあえずは、あの人の名前を聞くことから始めてみようかな。
(Fin)
120:sakuya ◆GtV1IEvDgU
08/09/15 20:22:21 JW6ftiY7
以上です。
ありがとうございました。
121:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/15 20:30:44 /VRt62RQ
乙
122:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/15 20:51:07 N4VjNVC5
いばらの森はマリみての話の中でも五本の指に入る話だ
123:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/15 21:57:40 6QZPj3Cs
。・゚・(ノД`)・゚・。
124:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/16 05:54:32 KQ4TiQR9
改行がタイミング良くて非常に読みやすかった。
そして、中身も……感動した。
125:sakuya ◆GtV1IEvDgU
08/09/17 06:07:28 H0n2ttpl
ども。
こりずにまたやってきました。
『いばらの森奇譚』ですが、お楽しみいただけたでしょうか?
実はこの作品、実在の人物をモデルにしています。作品化するにあたっては、匿名を条件に本人からの許可は取っています。
作中では「治療法はない」と書きましたが、本当は延命させる薬が臨床試験段階にあって、それを使用すれば二~三年は
生き延びられる可能性があるそうです。しかし彼女は、頑なに使用を拒否しています。
『もしも内臓に薬が残って、それが移植の妨げになったら困るから』
それが理由だそうです。
せめて本作をお読みいただいた方々にだけでも、彼女の物語の片鱗が残っていただければ、と思います。
今の日本にも、これだけ絶望的な戦いを強いられ、それでもなお懸命に前を向いて歩いている女の子がいるのか、と。
さて、本日は「らき☆すた」天原ふゆき先生の誕生日ということで、「ひかるxふゆき」でいってみます。
本当は夜にうpするつもりだったのですが、ちと今夜は別件で忙しいので、出かける前に。
あ、今回はもう少し明るいですよw。
ではいきます。
4スレ消費予定。
126:小さな奇跡は今日も続く(1) ◆GtV1IEvDgU
08/09/17 06:11:54 H0n2ttpl
――――――――――――――――――――
『小さな奇跡は今日も続く』
――――――――――――――――――――
九月だというのに、いや,まだ九月だからと言うべきだろうか。今日も朝から残暑が
厳しい一日だった。六時限目が空きでなければ、タバコなしではいられなかったかもしれない。
口にくわえた禁煙パイポを噛み締めながら、そんなことをぼんやりと考えていた。
もちろん、手を動かすことだけは忘れていない。普段の私をよく知る人間がこの光景を
目撃したら、この世の終わりが来たと嘆き悲しむか、あるいはある種の小さな奇跡などと
評してくれるだろうか。
こうして貴重な空き時間を利用して、私が職員室の自分のデスクでせっせとネイルケアに
いそしんでいると、世界史の黒井先生が声をかけてきた。
「お、桜庭先生。ずいぶんと高級そうなヤスリですな」
生徒達には人気があり、背が高い上にスタイルもなかなかのものな彼女であるが、
不思議と色恋沙汰の噂は聞かない。どうもさばけ過ぎている性格に問題があるのではないか、
と私は考えているのだが、もちろん真相はわからない。
「ええ、なんでもクリスタルガラスだとかで」
隣のクラスの担任の先生のことを、なんの理由もなく無視するわけにもいかない。
しかたなく私は手を休めると、蛍光灯の光を浴びて燦然と輝くクリスタルガラス製の
ヤスリ─確か正式には〝クリスタルグラスファイル〟とか言うそうだ─をかざして見せた。
「そりゃごっつ豪勢ですな。でもそんなに熱心に手入れしとると、そのうち爪がのうなって
しまうんと違いますか」
「ははっ、そうならないように気をつけます」
お前のチェコの土産物、ずいぶんと好評みたいだぞ、ふゆき。
127:小さな奇跡は今日も続く(2) ◆GtV1IEvDgU
08/09/17 06:15:03 H0n2ttpl
◇
帰りのホームルームが終わるや否や、さっさと教室を飛び出そうとしていた柊かがみを、
私はとっさに呼び止めた。
「よう、柊」
「なんですか、先生」
彼女は控えめにいってもかなりの美少女の部類に入るだろう。背は高すぎず低からず、
総合的なプロポーションも水準以上。整った顔立ちに気の強さを表す、ややつり目気味の
瞳が印象的。しかも成績優秀で面倒見もなかなかいいとくれば、これはもう放っておけと
いう方が無理というもの。ただ唯一にして最大の障害は、彼女にはすでに想い人がいて、
それをクラスの大半が認識しているという単純な事実だった。
「まあなんだ、お前の嫁とは仲良くやってるのか?」
「は? ええ、まあ」
おやおや、てっきり『べ、別にあいつなんかとは……』的な反応が返ってくるものと
期待していたのだが。どうやらこれは、夏休みの間にかなりの進展があったものらしい。
「ほお、どうやら、ほんとにうまくいってるようだな」
「先生のご想像にお任せします」
柊はしれっと言ってのけた。こういう態度を取られると、ただ引き下がるのもおもしろくない。
「いいのか? じゃあ、あーんなこととか、こーんなこととか─」
「先生?」
おっと、かなり本気で睨まれてしまった。
「冗談だ。そんな怖い顔をするな。せっかくの美少女が台無しだぞ。まあ泉には別の意見が
あるかもしれんが」
「そ、そんなことないですよ。もう、やだな先生、からかうのもいい加減にしてください」
泉の名前を出したとたんにうろたえてしまうあたり、まだまだ若いな、柊。
「悪かった。ま、お前達がうまくいってるなら別にいい」
「ありがとうございます」
ふと気になったので、もう少しだけ揺さぶってみることにした。
「ところでお前、ネイルケアはちゃんとしてるか」
「は?」
なんのことかわからない、という風に柊は首を傾げた。
「いや、なんでもない」
この調子なら、あちら方面の指導はもう少し先でいいだろう。
「まあそのなんだ、学生時代に育んだ親愛の情は何物にも変えがたい一生の宝だ。大事にしろよ」
「はい、わかりました。先生方もがんばってくださいね」
「うむ」
そういうと、一分一秒も惜しいという感じで、柊は廊下へと飛び出していった。おそらく
行き先は、隣の教室で彼女のことを待ち焦がれている泉こなたのところだろう。
それにしても、だ。
柊の言う『先生方』というのが、私とふゆきのことを指しているのは言うまでもない。
まったく、あいつのツッコミにも一段と磨きがかかってきたな。だが教師相手に冗談を
飛ばすようなタイプじゃないと思っていたが、どうやら泉と付き合うようになったおかげで
多少は人間が丸くなったと見える。
「先生方、か」
せっかくだから、今日はひとつ、ふゆきの奴でも誘ってみるか。
128:小さな奇跡は今日も続く(3) ◆GtV1IEvDgU
08/09/17 06:18:08 H0n2ttpl
◇
放課後の保健室は閑散としている。
「ふゆきー、いるか~♪」
「せめて学校では先生をつけてください。桜庭先生」
もちろん、ここの管理責任者として陵桜学園に知らぬものがない美人看護教諭、
天原ふゆき大先生様の存在を除けばだが。
しかし、どうして彼女と私がこうした関係に陥ってしまったのか、未だによくわからない。
いい所のお嬢さまのふゆき、まるっきり庶民の私。
おっとりとした物腰のふゆき、瞬間湯沸かし器の私。
細やかな配慮が行き届くふゆき、ずぼらな私。
長身のふゆき、短躯な私。
こうして並べ立ててみても、およそ共通点などどこにもない。これはもうフェルマーの
最終定理を証明するよりも難しい問題ではなかろうか。時には『小さな奇跡』とでも呼びたい
気分になることもある。もちろん、そんなこっ恥ずかしい台詞は口が裂けても吐けないが。
「他人行儀なことを言うな。私とお前の仲じゃないか」
「どんな仲ですか」
そして彼女の視線に晒されると、なぜか私は少し落ち着かない気分を覚えてしまう。
すべてを見透かされているのではないか、という怖れを感じるからだろうか。
「ええと、幼馴染?」
「こんな手のかかる幼馴染なんていりません」
「ええと、親子?」
「余計に嫌です」
「じゃあどんなのがお望みなんだ」
「言ってもいいんですか」
「……今日のところは遠慮しとく」
「もぅ」
二の句を継ぐ代わりに、ふゆきは深い深いため息をついた。それから何かを思いついたらしく、
目をキラッ☆と光らせる。
129:小さな奇跡は今日も続く(4) ◆GtV1IEvDgU
08/09/17 06:23:03 H0n2ttpl
「そういえば─」
そう言うなり、ふゆきはおもむろに立ち上がった。そのまま私の方にずんずんと歩み寄ってくる。
そして私の頭に顔を寄せると、すうっと息を吸い込んだ。まったく、いちいちこういう動作が
嫌になるほどサマになる。これが出自の違いという奴だろうか。
「な、なんだよ」
「よしよし、今日一日はちゃんと禁煙できているようですね」
「だからってそういう風に人の頭を撫でるのはやめてくれないか」
私は抗議したが、ふゆきはただクスクスと笑っているだけだった。どうやら機嫌自体は
悪くないようだ。これなら多少無茶なお願いをしても大丈夫だろう。
「なあ、今日は泊まってけ」
「はあ? 急にそんなこと言われても困ります」
「晩飯はカレーがいいな。骨付きモモ肉のチキンカレー」
「少しは人の話を聞いてください」
「あ、それとビールも買ってきてくれ」
「ビールは嫌です。だって臭いんですもの」
「じゃ、ワインで。安い奴でいい。銘柄はまかせる」
「……ほんとに、今日だけですからね」
久しぶりに小さな勝利の味をかみ締める。だからつい気が緩んで、余計な一言を
付け加えてしまったのも無理はない。
「そうそう、今日もネイルケアだけはちゃんとしといたからな」
すると、ふゆきの目がすうっと細くなる。
「下品な人は嫌いです」
それから機嫌を直してもらうのに、小一時間ほどかかった。
だいたいお前、そういうことを期待してあの〝クリスタルグラスファイル〟を私に
押し付けたんじゃないのか、とツッコんでみたかったが、そんなたわ言を口走った日には
一生口を聞いてもらえないかもしれないと思ったので、結局黙っていることにした。
こうして小さな奇跡は、今日も続いてる。
(Fin)
130:sakuya ◆GtV1IEvDgU
08/09/17 06:26:27 H0n2ttpl
以上です。
ありがとうございました。
131:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/21 08:40:25 E30TTbZ7
GJ!
さて。何を期待して爪磨き渡したのかkwsk
132:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/21 17:20:50 J108I+Yr
長い事ネットから離れてたら、過疎ってて慌てて俺、参上
とにもかくにもGJ!
>>131
そんな事聞くのは野暮ってもんだぜ…俺から言えるのは
つ 風俗の待合室
133:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/21 17:23:24 7HfCFHXy
「ホモとにかくホモ」スレはないんだな
134:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/21 17:24:39 UxW0xFay
おお、投下来てるGJ!
>>133
立てたいなら立てれw
135:sakuya ◆GtV1IEvDgU
08/09/22 19:53:34 boPL5szi
>>126
ども。
先日、『小さな奇跡は今日も続く』をうpしたものです。
こりずにまたやってきました。
こんなキスシーンもないようなヘタレなSSに、ご声援ありがとうございました。
自分的には、ふゆきは週末になると、きっとひかるのアパートに泊まってるんじゃないかと思ってますw。
そっちも書いてみたいんですけど……うおおお、い、いかん。自重するっすw。
136:sakuya ◆GtV1IEvDgU
08/09/22 20:49:15 boPL5szi
こちらは職人の方って、あまりいらっしゃらないんですかね?
あんまり百合っぽくないのですが、支援を兼ねてうpします。
またもや「らき☆すた」の二次創作ですが、今度は少し長いです。しかも趣味全開w。
10スレ消費予定。
ではいきます。
137:我等が倶楽部へようこそ(1) ◆GtV1IEvDgU
08/09/22 20:51:17 boPL5szi
─この崩れかけた世界の片隅で
─人知れず朽ち果てようとしていた私の心。
───────────────────
『我等が倶楽部へようこそ』
─高良みゆきの優しい架空戦記入門─
───────────────────
夢とは何でしょうか?
たとえば脳の電気信号のなせる技とか、あるいは記憶の整理とか、諸説ありますね。
そもそも一口で夢といっても、いろいろな種類があります。
正夢とか予知夢とか、あるいは悪夢とか。
では私が繰り返し見るあの夢とは、いったいなんなのでしょう。
わからない、でも、わかっているのです。
それは遠い昔の、幼いころの自分の姿。
もう二度と思い出したくない、とても苦い記憶なのでした─。
138:我等が倶楽部へようこそ(2) ◆GtV1IEvDgU
08/09/22 20:52:44 boPL5szi
◇
「にげたぞっ」
情け容赦なく照りつける八月の日差し。
抜けるような群青色の空に浮かぶ、まるで綿菓子を思わせる真っ白い断雲。
「あっちだっ」
陽炎でゆらめく、かなたの色鮮やかな新緑の林。
整然と並ぶキャベツたち。
「おっかけろっ!」
心和む用水路のせせらぎ。
手足にまとわりつく生暖かかい風。
むせ返るような土ぼこりと自分の汗の匂い。
そして私たちが駆け抜けていくのは、深いわだちの跡が残る、凸凹だらけのあぜ道。
「みゆきちゃん、がんばって!」
自分の名を呼ばれ、思わず振り返りそうになりました。
でもそんなことをしたら最後、あっという間にお目当ての物を見失ってしまいます。
しかたがないので「うんっ」と返事だけして、手にした捕虫網をぐいっと握り直しました。
私たちが次の獲物と見定めたのは、一匹のとてつもなく美しいトンボ。
それは幼い自分の手のひらよりも大きくて、キラキラと羽が銀色に輝いていて、
クリクリとよく動く黄緑色の頭で私のことを見つめていたのです。
是が非でもあれを自分のものにしたい。そう思いました。
「えいっ」
狭い用水路を一息で飛び越え。
広大なキャベツ畑を猛然と踏み荒らし。
いつの間にか目前には林が迫ってきていました。
ですがその頃の私は、まだ『諦める』という言葉を知らなかったのです。
「はあ、はあ、はあっ」
喉が酸素を求めて震えます。
心臓が早鐘のように鳴り響きます。
身体中から滝のように汗が吹き出します。
でもそんな私のことをまるであざ笑うかのように、トンボは軽やかに宙を舞っていて。
残念ですがこのままでは、とても追いつけそうにありません。
それでも絶対逃がしたくない。その一心で、私は無我夢中で捕虫網を振り回しました。
─届け。
もしかすると何か超自然的な存在が、私のことを哀れんでくれたのかも知れません。
ふと気がつくと、網には件のトンボがしっかりと捕らえられていたのでした。
「やったぁ!」
嬉々として網に手を入れ、慎重にトンボを取り出すと、私はみなさんにもよく見えるように
高々と獲物を掲げました。
「ほらみて、つかまえたよ。こーんなにおおきなトンボ!」
ところが、期待した反応はどこからもありません。
「あれ」
不思議に思い周りを見回すと、先ほどまで一緒にトンボを追いかけていたはずの友達や
親戚の子ども達が、奇妙なことに誰一人として見当たらなかったのです。
「ねえみんな─どこ?」
そう、私は見慣れぬ景色の中にただひとり、ポツンと取り残されていたのでした。
それまで生暖かかったはずの風が、なぜか急に嘘寒いものに感じられたことを覚えています。
そして─。
139:我等が倶楽部へようこそ(3) ◆GtV1IEvDgU
08/09/22 20:55:03 boPL5szi
◇
いつものように、ここで目が覚めました。
八畳ほどの私の寝室は、何事もなく暗闇と静寂に包まれています。
ベッドから半身を起こし、枕もとの時計を手に取ると、まだ午前二時をほんの少し回ったばかり。
ひとりで眠るのがあたりまえになった昨今ですが、あの夢を見てしまった後だけは、ほんの少しだけ
人恋しくなりますね。
でもまさか高校生にもなって、別室で眠りこけているはずの母の懐に潜りこむ、というわけにも
いきませんし。しかたがないので、朝になるまで膝を抱えて丸くなることにしました。
本を読むことが何よりも好き。
ネットで新たな知識の欠片を見つけることが無上の喜び。
探せば探すほど、そして識れば識るほど、知の世界は奥が深くて底が知れない。
それほどまでにこの世界は、新たな発見に満ちている。
とても、とてもワクワクします。
この喜びを、誰かと分かち合いたい。
誰も見たことのない、この私だけが見ている光景を共有したい。
そう願っていたこともありました。
けれど。
何かに夢中になるといつの間にか周りが見えなくなって。
ふと振り返るとそこには誰もいなくなって。
いつもひとりっきりで取り残されている。
私が丹精込めて守り育てた、この秘密の花園を共に眺めてくれる人など、どこにもいない。
あれからずいぶんと身体も成長した。
比較にならないほどの知識も身につけた。
なのにあの頃から、何ひとつ状況は変わっていない気がします。
どこでも、ひとりぼっち。
いつも、ひとりぼっち。
もう、慣れた。
もう、諦めた。
─嘘つき。
140:sakuya ◆GtV1IEvDgU
08/09/22 21:03:17 boPL5szi
ごめんなさい。
急用ができてしまったので中断させてください。
続きのうpは、少なくとも明日(9/23)夕方以降の予定。
141:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/22 21:38:19 4R4at11c
wktk
142:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/23 00:21:07 Mk5GoWDs
ワクワクテカテカ
143:sakuya ◆GtV1IEvDgU
08/09/23 18:30:30 0yOrfqwy
すいませんでした。再開します。
書き忘れてましたが「みゆきxかがみ」ですw
144:我等が倶楽部へようこそ(4) ◆GtV1IEvDgU
08/09/23 18:32:40 0yOrfqwy
>>139の続き
◇
翌朝。
私が眠い目をこすりながら、ダイニングでいつもより少な目の朝食を取っていると、母が
心配そうな表情を浮かべながら話しかけてきました。
「みゆき、なんだか顔色がよくないわよ。ひょっとして風邪でも引いた?」
「いえ、決してそういうわけでは。昨日はあまりよく眠れなかったので、
おそらくそのせいではないかと」
「そうなの。じゃあ、お母さんがとっておきの飲み物を用意してあげる」
「いえそんな、どうぞお気遣いなく」
「いいからいいから。ちょっと待っててね」
しばらくして戻ってきた彼女から、私は小さなマグカップを受け取りました。外見は、
まあ普通です。それに香りも特に問題なさそう。試しに一口含んでみます。
なんとも形容しがたい、摩訶不思議な味が口の中いっぱいに広がりました。
コーヒーのような、牛乳のような、でもとても甘ったるくて。どうやら通常の三倍は
砂糖が入っているようです。
「あの、これは……」
「アーモンド・オレ。おいしいでしょ」
「は、はあ」
ニコニコと微笑んでいる母の顔を見ていると、私はそれ以上何も言えなくなってしまうのです。
でもだからといって、このままでは私の味覚神経がどうにかなりそうですね。なんとか口実を
見つけてこの場を切り抜けないと。
「あ、そろそろ用意をしないと遅刻してしまいますね。では、歯を磨いてまいります」
「あらそうなの。でもアーモンド・オレ、まだ残ってるわよ」
あうう、どこまでも自由な人なのですよね、この人は。母に気取られないよう、ひそかに
私は涙をぬぐうのでした。
145:我等が倶楽部へようこそ(5) ◆GtV1IEvDgU
08/09/23 18:34:22 0yOrfqwy
◇
以前よりは学校もずいぶんと楽しい場所になりました。仲のいいお友達もできましたし。
でも気を引き締めていないと、ついつい暴走してしまうわけで。
「レイテ沖海戦とは、昭和十九年十月二三日から二五日にかけてフィリピン及びフィリピン
周辺海域で発生した、日本海軍と米海軍との間で交わされた一連の海戦の総称です。別名、
比島沖海戦とも呼ばれるようですね」
私の目の前には、ふたりのお友達がいらっしゃいます。
泉こなたさんは瑠璃色の長い髪と、常にどこか遠くを眺めているかのような翠色の瞳が
とても印象的な女の子。とにかく話題が豊富で、おもしろいお話もたくさんご存知ですね。
ただ残念なことに、私にはよくわからない概念も含まれているのですけど。たとえば『萌え』とか。
柊つかささんは菫色のショートカットにリボンがよく似合う、とても可愛らしい印象を
振りまく女の子です。泉さんには時々『天然』とからかわれることもありますが、
そのふわふわとした人当たりのよさが実は最大の魅力なのではないか、と思いますね。
「直接的にはシブヤン海海戦、スリガオ海峡海戦、エンガノ岬沖海戦、サマール沖海戦の
四つの海戦からなります」
おふたりは何も言わず、黙って私の話に耳を傾けてくれています。それをいいことに、
私は少しばかりヒートアップしてしまいました。海戦の背景、推移、評価など、私はただ
思いつくままに述べ立てていきます。
「というわけで、昭和十九年十月二五日をもって日本海軍の組織的抵抗は実質的に終焉した、
と結論していいのではないでしょうか」
そう言い終えてからようやく、しまったと思いました。空気も読めないまま勢いにまかせ、
ただ自分の知識をひけらかしてしまう。いつもこうやって周りを白けさせてしまうのでしょうね。
いい加減、少しは私も学習しないといけない。
─しょせん、私はひとりぼっちですか。
そう思って私ががっくりと肩を落とした、まさにその時のことでした。
146:我等が倶楽部へようこそ(6) ◆GtV1IEvDgU
08/09/23 18:37:10 0yOrfqwy
「まあそれはもっともだと思うんだけど、みゆき?」
ふふっ、といたずらな笑顔を浮かべながら現われたのは、つややかな菫色の長い髪を後ろで
二つにまとめた、ちょっぴり気の強そうな少女でした。彼女は隣のクラスの学級委員で、
柊つかささんの双子のお姉さん。ファーストネームはかがみ。ええ、柊かがみさん。
「はい、何でしょうか」
私は彼女の目を真正面から見据えると、次の言葉を待ちます。
「もしあの時、サマール島沖で第一遊撃部隊が引き返さなかったとしたら、戦いの行方は
どうなっていたと思う?」
「え?」
予想外の問いかけに、私は戸惑いを隠し切れませんでした。
まったく、なんということでしょう。私の話をきちんと把握して、そのうえ想像を超える質問を
返してくれる同い年の女の子が、まさかこの世にいようとは。さすがは高等学校というべきでしょうか。
どうやら少しばかり甘く見ていたようですね、今の今まで。
「そうですね─」
一呼吸置いて時間を稼ぎつつ、私は答えをはじき出すために頭をフル回転させます。
「当時サマール沖に展開していたのは、米第七艦隊の旧式戦艦群と護衛部隊ですね。
米軍側は他に第三艦隊として一三隻の正規空母と六隻の新式戦艦を参加させていましたが、
これらは小沢治三郎中将の指揮する日本第三艦隊に誘引され、この時点での戦闘加入は
不可能でした。ですから、おそらくは第一遊撃部隊とレイテ湾突入を阻止しようとする
第七艦隊との間で、海戦史上最後の戦艦同士の戦闘が発生する、と予測されます」
「レイテ湾突入の可能性についてはどう?」
すかさず、かがみさんが追求してきます。
─久しぶりに味わうこの高揚感。
「どうでしょうか。第七艦隊の弾薬については前夜の第二、第三遊撃部隊との戦闘で
ほぼ射耗していたという説、一会戦分くらいは残っていた説など諸説ありますし。
一方の第一遊撃部隊の将兵達も連日の戦闘で疲れ切っていたはずなので、
こればかりは実際に戦ってみないとわからないですね」
「じゃあ仮に突入できた、としてだけど。確かあの時、ダグラス・マッカーサー陸軍大将は
第七艦隊の旗艦、軽巡洋艦『ナッシュビル』に乗って、全般指揮を執っていたはずよね」
「ええ。すでに上陸していたという説もありますが、乗っていた可能性も否定はできません」
─それはまるで打てば響くかのようで。
「もし戦闘に巻き込まれてしまった、としたら」
「命を落とすことになっていたかもしれませんね、確かに」
彼女の意図をはかりかねながらも、私はそう答えました。
「そこでマッカーサーが戦死してしまったら、その後歴史はどう転換したのかな。
ぜひ、みゆきの意見を聞いてみたいんだけど」
「そうですね。歴史にIFは無いと言いますが、なかなか興味深いテーマですね、それは」
「でしょ。きっとみゆきなら話に乗ってくれると思った」
ニコニコと素敵な笑顔を浮かべながら、かがみさんは自分の鞄を開けると、そこから何かを
取り出しました。
「そんなみゆきには、ぜひこの本をお勧めするわ」
「これは?」
「ぶっちゃけ架空戦記モノの小説なんだけどね。ただし、そのあたりに転がってる妖しげなヤツとは
一味違うのよ」
「架空戦記、ですか」
あの、せっかくのところ申し訳ないのですが、その手のトンデモ本はちょっと……。
「まあまあ、そんな微妙な顔しないで。しばらく貸しておくからさ。だまされたと思って
読んでみて。お願い」
「……わかりました。かがみさんがそこまでおっしゃるのでしたら、喜んで」
147:我等が倶楽部へようこそ(7) ◆GtV1IEvDgU
08/09/23 18:40:02 0yOrfqwy
そんなやり取りを小耳にはさみながら、私はさきほどかがみさんにお借りした、
白いビニール袋の中身を確認してみました。
そこには少々くたびれた感のある、紺色の文庫本が三冊入っています。周りの誰にも
気づかれないように、私はそのうちの一冊をそっと手に取りました。いかにもそれらしい表紙に、
表題が漢字で二文字。
「『征途』、ですか」
仕方がありませんね。帰りの電車で読んでみることにしましょう。
─何かが、始まろうとしていました。
◇
全国一億三千万人の架空戦記ファンの皆様、本当に申し訳ありません。
正直、このジャンルを軽く見ていたことを、深く懺悔いたします。
今までの私の認識では、トンデモ兵器で日本が勝利してしまうとか、後世世界がどうしたとか、
そのようなかなり妖しげなエンターテイメント小説、というモノでした。でも今回、かがみさんから
お借りした本は、そうした私の思い込みを根底からひっくり返すものだったのです。うーん、
これは少しばかり認識を改めないといけませんね。
かがみさんが私に貸してくれた珠玉の三冊。それは、ひょっとしたらありえたかも知れない、
もうひとつの日本の物語なのでした。
第二次世界大戦の末期。
史実とは異なるレイテ沖海戦の日本海軍の局所的勝利により、米軍は甚大な損害を受けて
しまいます。これにより日本侵攻作戦のスケジュールは大幅に狂い、結果的にソ連の北海道上陸
という事態を招きます。このため以後の日本は、分断国家としての歴史を歩むことになって
しまうのです。また同時にそれは、ある一組の兄弟の仲を引き裂くことにもなってしまいました。
この物語は兄弟の数奇な運命をを軸に、展開していくことになります。
さて、この世界の日本の戦後史は、ある意味とてもドラマチックです。朝鮮戦争と呼応して
発生する北海道戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、そして統一戦争。これらを通じて日本の
国際的な立場は大幅に向上していきます。
ただし、少なからぬ犠牲と引き換えに。
そして兄弟たちもまた、これらの戦いに否応なしに巻き込まれていくのです。『見栄と諧謔』と
いう武器を片手に、黙々と死地におもむく人たちの姿はあまりにも魅力的で、それ故にとても哀しい。
独特の乾いた文体も、それを一層際立たせているような気がします。
主人公の兄弟たちはもちろんですが、彼らと共に歴史に翻弄されていく脇役達も、それぞれに
存在感を発揮しています。
たとえば、戦車将校の福田定一。
現実世界では作家『司馬遼太郎』として高名な方ですが、この物語では北海道戦争の開戦と共に
応召し、軍人として半生を過ごすことになります。常に『何のための戦いだ。何のための勝利だ』と
自問しつつ、しかしその優秀な頭脳と決断力で、しばしば劣勢をはね返し自軍を勝利に導いていきます。
ですがその活躍ゆえに反戦派からは目の敵にされ、あまりに政治的な存在になってしまったために、
味方であるはずの自衛隊からも疎まれ、ついには放逐されてしまうという悲劇的結末を迎えます。
148:我等が倶楽部へようこそ(8) ◆GtV1IEvDgU
08/09/23 18:41:49 0yOrfqwy
そんな救われないエピソードが、この物語には満載されているのです。
もちろん、首を傾げたくなるような部分がないわけではありません。たとえば、あまりにも
強すぎる『大和』級戦艦とか。まあ基本がエンターテイメント小説ということを考えれば、
仕方がないことかもしれませんね。
ただ、もうひとりの主人公とでも呼ぶべき戦艦「大和」または護衛艦<やまと>は、
そのような欠点を割り引いても充分な魅力にあふれていています。第二次世界大戦を生き残り、
時代遅れの存在と蔑まれ、ついにはイージス艦として生まれ変わり、幾多の戦争を戦い抜いて
いくその姿には感動すら覚えます。もし彼女に意識が宿ったとしたら、はたしてどのような
感想を述べることでしょうか。
ぜひとも聞いてみたい、と思うのです。
なぜなら私は、この物語の<やまと>と、共に戦う人たちにすっかり魅せられてしまったから。
たとえば目をつぶると、こんな光景が浮かんできますね─。
そこは北海道稚内沖を驀進する海上保安庁海上警備隊・超甲型警備艦<やまと>の昼戦艦橋で。
眼前にはソ連の義勇艦隊と『北日本』の赤衛艦隊が展開しています。
それに目がけて<やまと>の十八インチ主砲が六年ぶりに火を噴く。
巨大な炎と轟音、そして黒煙が上甲板で炸裂し、それから一瞬遅れて押し寄せてきた
濃密な硝煙の匂いに襲われ、思わずむせ返りそうになります。そしてそのあまりにも壮絶な
光景に何事かを感じてしまい、つい私は大声で叫んでしまうのです。
「四六サンチ!」
それを聞いた艦橋の人々が私に笑みを向けてきます。でもそれは決して冷笑とかの類ではなく、
たとえて言えば、大事な玩具を友達に見せびらかした子どものような笑い。
そして艦長の猪口敏平一等海上保安正が、私のほうへ振り返るとこうおっしゃるのです。
「我らが倶楽部へようこそ、高良みゆき」
なんて─。
そんな風に考えただけで、なんだか胸がドキドキします。
あ、でもひょっとすると、少しばかりヘンな娘ですね、私。
いえいえ、少しどころではないですね。
かなり、かなり恥ずかしい─かも。
あまり外では妄想しないように、気をつけなければいけませんね……。
─それはとても甘やかな、煉獄からの召還状。
149:我等が倶楽部へようこそ(9) ◆GtV1IEvDgU
08/09/23 18:44:08 0yOrfqwy
◇
日曜日の朝、かがみさんと糟日部の駅のホームで待ち合わせをしました。
「ごめんね、わざわざ日曜にこんなところまで呼び出しちゃって」
「いえ、私はかまいませんよ。ここなら私たちはどちらも定期で来れますから、
交通費の心配もしなくてすみますし」
「いやー、そう言ってもらえると助かるわ。実をいうと今月、結構ピンチだったのよね」
そう言うと、かがみさんはどこか照れくさそうな笑みを浮かべるのでした。
私たちは駅を出て、駅前のロータリーの歩道を並んで歩きます。
春の朝日が意外なほどまぶしいです。
さわやかな涼風が私の背中を後押しします。
お休みのせいか、人通りや自動車もとても少なくて、まるでこの世界が、私たちのためだけに
存在しているかのような気がしてきます。そういえば、普段通学に使うこの駅ですが、あまり
周りを散策したことはないですね。せいぜい近所のマクドナルドに、みなさんと立ち寄るくらい
でしょうか。
まもなく私たちは通りを外れ、狭い路地裏を縫うように進んでいきます。残念なことに陽光の
恩恵は、どうやら路地裏までは及んでいないようでした。辺りには微かに腐臭が漂っています。
それどころか空気自体、ほのかによどんでいるような気がします。さきほどまで歩いていた
駅前とのあまりの雰囲気の違いに、私はすっかり戸惑ってしまいました。
「こんなところは初めて来ましたが、とても興味深いですね」
すると、かがみさんがフォローするように口を開きます。
「実は私もついこの間、こなたに教えてもらったばっかりなの。あいつ、普段は閉じこもりの
クセに、妙に情報通なのよね。まあ外見はちょっとヤバいけど、中は結構感じのいい店だから、
みゆきもきっと気に入ると思うな」
「そうなんですか。それはとても楽しみです」
やがて、かがみさんが立ち止まったのは、今にも壁が落ちそうな三階建ての雑居ビルの前。
目の前には長年の風雨にさらされ、すっかりくすんでいる木製のドア。そこには木彫りの
『OPEN』と書かれた札が無造作にかけられています。ひょっとしてお店の名前なのでしょうか、
ドアのそばに小さく『地球の緑の丘』と書かれた、真ちゅう製のプレートがはめ込められていました。
かがみさんがドアを開けると、カランコロンと涼やかな鈴が鳴ります。
「さ、どうぞ」
かがみさんの後に続いて、私も中に入ります。
「失礼します」
ほの暗い室内には、微かにコーヒーの香りが漂っています。
静かな、それでいて心地よい音楽が耳をくすぐります。
壁には古ぼけた無数のポスターが貼られていて。
二人がけの席がみっつと、四人がけの小さなカウンターがあるだけ。
なにかしら人生を感じさせる初老のマスターが、無言の会釈で私たちを迎えてくれます。
それはとても小さくて、どこか退廃的で、まるで時間が静止したような喫茶店。
足を踏み入れて三歩と行かないうちに、私はこのお店のことがすっかり気に入ってしまったのでした。
─そして私は世界の境界を踏み越える。
150:我等が倶楽部へようこそ(10) ◆GtV1IEvDgU
08/09/23 18:46:18 0yOrfqwy
◇
「ね、なかなかいい感じでしょ」
ちらりと、かがみさんが笑みを浮かべます。
「ここなら、時間を気にせず思いっきり話せると思うんだ」
「でも大丈夫なんでしょうか。あまり席もないようですし。こういうお店には、意外に常連さん
などいらっしゃるのではありませんか?」
「あはは、へーきへーき。その点は問題なし。実はここ、そんなに繁盛してないし。マックと
違ってコーヒー一杯で何時間粘ってもOKだから」
「そういうものなのですか」
「そういうものなのよ」
私たちは、二人がけの席のひとつに腰を下ろします。そうなると必然的に私は、かがみさんの
笑顔を真正面から見据える形になるわけで。
「じゃあ、そろそろ本題行くね」
「はい」
軽い同意のうなずきで私は答えます。
「今日わざわざ来てもらったのは、みゆきと少し遊んでみようと思ったんだけど」
「遊び、ですか」
「ところで、この間貸した本はどうだった?」
「とても、とてもおもしろかったです。ええ」
「そういう話し相手ができる人をずっと探してたわけよ、私は」
「そうだったんですか」
思わず頬が緩んでしまいます。それはあなただけではないのですよ。
「せっかく見つけた話し相手だから思いっきり語りたいところなんだけど、でも実際問題として、
こなたやつかさがいるとちょっとねー。だから、この店ならいいかなと思って」
「でも、いいんでしょうか、私たちだけで。なんだかとても罪悪感を感じるのですが」
「あー、いいのいいの。あの子達はあとでいくらでもフォローできるし。今はただ、
二人だけの時間を楽しみましょ。ね」
「二人だけの時間─ええ、それもいいかもしれません」
─この崩れかけた世界の片隅で。
「ではどこから始めましょうか」
「何かとっかかりが必要よね。たとえば─そうだな。日露戦争あたりからはじめよっか」
「わかりました、日露戦争ですね」
私の中のモードが、かちりと音を立てて切り替わります。
すでに、かがみさんの顔からも笑顔はきれいさっぱり消え去り、代わりに彼女の藍色の瞳には、
学求の輩だけに許される色が浮かんでいたのです。私は視線をはずすと、両手でそっと胸を押さえ、
ただ『信頼』の二文字を念じました。
きっと、大丈夫。
きっと、かがみさんが相手なら、どれほど暴走したとしても大丈夫。
私は再び顔を上げると、かがみさんの目を真正面から見据え、口火を切りました。
「あの戦争のターニングポイントというと、黄海海戦、旅順攻囲戦、対馬沖海戦、奉天会戦
あたりでしょうか」
「その中で、なんといっても一番ヤバかったのは奉天よね」
「ええ。乃木将軍の第三軍の戦闘加入が二日遅ければ、日本陸軍は露陸軍を支えきること
はできなかった。また第三軍の実態が明らかになっていれば、やはり同様の結果になって
いたでしょう。当時の露軍は、旅順を陥落させた第三軍を明らかに過大評価していましたし」
151:我等が倶楽部へようこそ(11) ◆GtV1IEvDgU
08/09/23 18:48:39 0yOrfqwy
「黄海海戦については?」
「そうですね─」
ああ。ここで私は、ある事実に気づいてしまいました。
「あの、先日から、なんだか私が語ってばかり。たまには、かがみさんのご意見も伺って
みたいのですが」
「え、私? うーん、そうか、そう来るか」
私の指摘に、かがみさんは思わず苦笑い。
「あの海戦において、第一艦隊の運動は明らかに錯誤よね。旅順艦隊の意図を誤解してしまった
ためかな。彼らはあくまでウラジオストックに脱出するという、ただその一点において積極的
だったから」
「それで?」と、私はかがみさんを促します。
「ところが、第一艦隊は相手に決戦の意図ありと誤読しちゃったから、ただ旅順艦隊の進路を
妨害しようと、その鼻先を北東から南西へと横切ってしまった。もし旅順艦隊の意図がひたすら
ウラジオストックに向かうと理解していれば、他にいくらでも方法はあったはず。万一、露海軍の
戦艦『レトウィザン』が浸水しなければ、あるいは─」
かがみさんがここで言葉を切り、軽く首を傾げて私を見つめます。
どうやら、続きを、ということみたいですね。
「─あるいは偶然の一弾が旅順艦隊の司令部を直撃しなければ、露艦隊を取り逃がし、ひいては
戦争そのものを失う結果になっていた可能性が極めて高いでしょうね」
これでよろしいですか? 私は、貴女の期待に答えられていますか?
「いいわ、すごくいい」
我が意を得たりとばかりに、かがみさんは何度もうなずきます。
「それでこそ、私がここまでひっぱってきた甲斐があるというものよ」
かがみさんは両手を顔の前で拝むようにあわせると、まばゆいばかりの笑顔を浮かべました。
でもそれは決して冷笑とかの類ではなく、たとえて言えば、大事な玩具を友達に見せびらかした
子どものような笑い。
そして彼女の唇は、私を金縛りにする呪文を紡ぎだすのです。
「我等が倶楽部へようこそ、高良みゆき」
もはや身じろぐことすら私には許されませんでした。
ひょっとしたらこの胸のドキドキが、かがみさんに聞こえてしまうのではないか。
ただそれだけが心配でした。
─私が待ち望んでいたのは、おそらく貴女のこと。
152:我等が倶楽部へようこそ(12) ◆GtV1IEvDgU
08/09/23 18:49:53 0yOrfqwy
◇
「やったぁ!」
嬉々として網に手を入れ、慎重にトンボを取り出すと、私はみなさんにもよく見えるように
高々と獲物を掲げました。
「ほらみて、つかまえたよ。こーんなにおおきなトンボ!」
「おお、さすがはみゆき。すごい、さいこーだよ」
幼いかがみさんが、まるで我が事のように喜んでくれます。
「きれいだね」と私。
「うん、とってもきれい」と幼いかがみさん。
とても、とても幸せな気分でした。
(Fin)
153:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/23 19:18:50 AQ/KILRs
乙
154:sakuya ◆GtV1IEvDgU
08/09/23 23:14:45 0yOrfqwy
すいません、調子に乗りすぎて規制に引っかかってました。
以上です。
ありがとうございました。
>>153
どもです~。
155: ◆mf4c05IqKI
08/09/25 02:41:44 VxjdvqAU
sakuya氏の才能に嫉妬しつつ、みwikiスキーな俺大歓喜。104です、お久しぶりです。
前に投下したやつの続きと別物、どちらにしようか悩んでるときに、新たな設定が舞い降りたので
そちらを書いてみたのですが、やたらと難産で時間がかかってしまいました。
ちょっとダーク…というか、偏執的な作品になってます。3レス消費予定です。
156:幼馴染は私のモノ(1/3) ◆mf4c05IqKI
08/09/25 02:46:10 VxjdvqAU
燦々たる日差し。今日も、やっぱり暑いなぁ…
「沙希ちゃ~ん、待ってよぉ~」
「待てないってば。遅刻しちゃうぞ~」
「だって~。暑くて、走れないよぉ」
気が抜けきった声が後ろから上がる。けれど、いつもの事だから気にしてられない。
事実、この調子で歩きで登校すれば、遅刻ギリギリである。
走りたいが、後ろが”これ”ではそうも行かない。
「ほらほら、キリキリ歩く!!置いてっちゃうぞ、小鳥~」
「うぅ、沙希ちゃんの意地悪~」
私と小鳥は幼馴染。小学校からの付き合いで、中学、高校と、同じ学校はもちろん、
同じクラスとその因縁っぷりは筋金入りだ。
小鳥はちょっと我が侭で、甘えん坊。
毎朝毎朝、夏は暑いとダレて、冬は寒いと動かない。だが、それも慣れている。
適当にあしらい、ギリギリ学校に到着。今日も、一日が始まる。
「全く、もうちょっと余裕を持って来れないのですか?」
「遅刻はしてないから別にいいでしょ」
「そういう問題ではありません!!良いですか、私がクラス委員である以上、
誰一人として遅刻は許しませんわよ」
「誰も頼んでないっつーの!!」
「貴方の許可なんて要りませんわ!!とにかく、そのいい加減さをどうにかなさい、
スーパーずぼら脳筋娘!!」
「言ってくれるじゃないの、この成金高飛車女!!」
「ふ、二人ともやめようよぉ」
『小鳥(さん)は黙ってて!!』
「うう、二人とも酷いよぉ…」
学級委員の姫更(きさら)との口ゲンカもいつも通り。
休み時間の三回に一回はバトルを繰り広げている。
お互い一歩も引かず、白熱していくバトル。小鳥はオロオロ。
いつもの事とはいえ、我ながら毎日良くやると思う。
だけど、この時間が一日一回は無いと、逆に落ち着かなくなってきたのはどういう事だろう?
とはいえ、いくらなんでも、放課後に姫更と二人になるのは勘弁して欲しいわけで。
「で、何で帰りの掃除がアンタと二人だけなワケよ?」
「妙に説明的な台詞を、心底嫌そうに言わないで下さいます?
…仕方ないじゃありませんか。他の三人は、一人は休み、二人は部活が大事な時期ですから、
快く引き受けて送り出すのが委員長としての勤めでしょう?」
「委員長の務めなんて私には関係ないでしょ!?」
「いつも迷惑をかけているのですから、多少なりとも償いなさいな」
「勝手に迷惑がってるだけでしょうが!!」
小鳥、待ってるんだろうなぁ…少し心配になりながらも、掃除は中々終わらない。
喧々囂々、お互い罵声を浴びせながらなんだから、進まないのも当たり前か…
157:幼馴染は私のモノ(2/3) ◆mf4c05IqKI
08/09/25 02:48:26 VxjdvqAU
「結局下校時間ギリギリまでかかったじゃありませんか…
もっと真面目にやってくださいません?」
「アンタが突っかかって来るからでしょーが!!」
校舎を後にしながらも、まだ私達のバトルは終わらない。
「…あ、沙希ちゃ~ん!!」
案の定、校門前で小鳥が待っていた。随分と待たせちゃったなぁ。
『ふん!!』
小鳥の言葉を合図に、バトル終了。今日もいつもの喧嘩別れ。
「ごきげんよう、小鳥さん」
「うん、委員長、また明日ね~」
にこやかな挨拶に、小鳥は手を振って答える。
全く、委員長も小鳥相手には態度が違うんだから。腹が立つ。
「仲、良いね。」
は?
「ダレトダレガデスカ?」
「委員長と沙希ちゃんに決まってるでしょ~」
「何処がよ!?」
「だって、二人とも言い合いしてるとき、顔は怒ってても楽しそうだもん」
…?なんだろう?今、小鳥笑顔だったけど…なんだか、ちょっと違和感。
「…とにかく、そんな事は無いって。ところで、今日、一人なんでしょ?」
「うん。沙希ちゃん、来てくれる?」
「もちろん。帰ったら直ぐ行くね」
「うん、待ってる!!」
小鳥の家は、両親共に忙しく、二人揃って家を空けるという事がタマにある。
そんな日は、小鳥の家に泊まりに行くようにしている。
小鳥のご両親も、「沙希ちゃんが居てくれるなら心強い」なんて言ってくれる辺り、
やはり小鳥一人では色々な意味で不安なんだろう。
「えへへ、待ってたよ、沙希ちゃん」
帰宅してすぐこちらに来た私を、嬉しそうに迎え入れる。
気弱で、甘えん坊で、おっちょこちょいで。なるほど、一人にするのは心配だと、私も思う。
そんな事を部屋で考えていると、小鳥は飲み物をお盆に載せて入ってくる。
「お待たせ~。…今日、委員長と二人でお掃除してたんだよね…?」
「え、うん、そうだけど…?」
それから、小鳥は根掘り葉掘りその時の事を聞いて来た。
どういう順序で作業したのか、どんな話をしたのか、口ゲンカをしただけといえば、どういう内容だったのか…
細かいところまで、詳しく。
それが…たまらなくイヤになって来た。そんなに姫更の事が気になるのか?
そう考えると、何故か無性に腹立たしくなって、
「もう、どうでもいいでしょ?そんな事。小鳥には関係ないんだから!!」
つい、声を荒げてしまった。言った直後に、後悔した。きっと、怒られて沈んでしまうだろう。
パァンッ
だから、その乾いた音が、何の音なのか、一瞬わからなかった。
158:幼馴染は私のモノ(3/3) ◆mf4c05IqKI
08/09/25 02:50:15 VxjdvqAU
でも、顔にかかる衝撃と、ひりひりとした頬の痛みで…
私が、小鳥に、ぶたれたんだと。ようやく理解した。
「こ、とり…?」
「どうでもいい?どうでもいいわけないじゃない。沙希ちゃんは私のモノなのに。
沙希ちゃんは、私以外の人間が独り占めしちゃダメなの!!私以外が必要以上に仲良くしちゃダメなの!!」
キッときつく目を吊り上げ、小鳥が私を睨む。初めて見るその顔は、まるで別人のようで、私は頭が真っ白になる。
かと思えば、いつも通りの柔和な顔に戻り。
「ぶったりしてごめんね、沙希ちゃん。でも、沙希ちゃんがあんな意地悪言うのが悪いんだよ?
いつもいつも、私はずっと我慢して、沙希ちゃんの事見てるだけなのに。
どんどん沙希ちゃんと委員長が距離縮めていくんだもん。酷いよ…」
そっと、私の頬を手で包むと、小鳥は自分の顔を寄せる。超至近距離で見つめられて、
私は顔も逸らせず、息を呑むばかり。そんな私の内心を意に介さず、
「少し、赤くなってる。本当に、ごめんね?」
そう言って、未だひりひりする頬に…小鳥が、舌を這わせた。ゆっくりと、舌で患部を舐める。
怖い…私は確かに、一瞬そう思った。思ったはずなのに。ゾクゾクと背中を駆け上がる感触。
その感触が、恐怖だけではなく…確かに、快感として私の身体を駆け巡っていて。
不意に、小鳥が私を押し倒す。私の上に覆い被さり、私を見下ろす。
「あは、沙希ちゃん、顔が赤いよ?それに、すごく切なそうな顔…」
「小鳥、や、やめようよ。ね?ヘンだよ、こんなの…」
パァンッ
また、乾いた音。さっきぶたれたのとは反対の頬を張られて、私は何も言えなくなる。
「やめない。私、ずっとずっと我慢してきたんだもん。でも、もう我慢しない。
もう沙希ちゃんは私だけのもの。私だけが、沙希ちゃんを自由に出来るの。
例え沙希ちゃんでも…それに逆らうのは、許さないんだから」
言葉とは裏腹に純粋とも言えそうな、綺麗な笑顔。その顔に、言葉に、行動に…
私は間違いなく、捕らわれていた。
「どうしたの、沙希ちゃん。顔、真っ赤だよ?ぶたれたから、とかじゃないよね?それ。
沙希ちゃんの事は何でもわかるよ。…悦んでるんだね、沙希ちゃん」
私が?小鳥に、がんじがらめに締め付けられようとしているのに…悦んでる?
…そうかもしれない。言葉の異常性に否定的な頭とは裏腹に。…私は、気付かないうちに。
間違いなく興奮していた。胸は高鳴り、息が弾む。瞳が潤む。全て、悦びから来るものなのだろう。
「さあ、沙希ちゃん。ちゃんと小鳥に言って?「私は、小鳥だけのモノです。私の全てを小鳥に捧げます」って」
「あ、あ…私、は…」
「私は?」
上手く言葉が紡げない。それでも、ゆっくりと、一言一言口に出す。
「私、は。小鳥だけの、モノです。私の…私の全てを、小鳥に…捧げ…ます…!!」
言ってしまった。言葉にした瞬間、身体を駆け巡る感触…
心の奥に眠る悦びが身体を震わせ、頭がクラクラしてくる。それでも、目は小鳥の瞳から離さない。
ずっと、弱いものだと思っていた小鳥。私が、庇護すべき相手だと思っていた小鳥。
その小鳥に、全てを捧げ、全てを支配される。それがこの上ない快感となり、最高潮に達する。
小鳥は私の言葉に、一層顔を綻ばせ、
「沙希ちゃん…大好き」
私の唇に、唇を重ねる。「ん…ふ…」その吐息は、どちらものなのか?
良くわからないままに、お互いにお互いの唇を貪る。
「ん…沙希ちゃん、もう一回、言ってみて。沙希ちゃんは、小鳥に?」
悪戯っぽい笑みがその先を促す。
「私は、小鳥に全てを捧げます。全部全部、私の全ては小鳥だけのモノです…」
今度は、はっきりと、淀みなく答える。
「ふふっ。良くできました」
ご褒美代わりのキス。私はそれを受け止めて、引き返すことの出来ない、深い深い快楽へと堕ちていった…
159: ◆mf4c05IqKI
08/09/25 02:52:05 VxjdvqAU
以上です。
なんというか、普通に純愛モノも好きなんですが、こういう偏執的なのも大好きだったりします。
むしろ、こういう方が好きかも…?
160:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/25 04:31:20 +55djJTH
>>159
GJ!!
だけど、やっぱちょっとコワー(((((((( ;゚Д゚)))))))
小鳥みたいな子が今流行のヤンデレっつーのかな?
まあ、こういうのにゾクゾク来る感覚も分かる
161:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/26 02:48:07 1zfp4B0c
>>159
GJ!!
ヤンデレいいよヤンデレ。
こういう短くてピシッと締まる話も大歓迎。
162:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/26 08:10:59 5WYp3boE
これはいいヤンデレ!
163:変態淑女 1/2
08/09/28 06:25:26 QfmhSh3H
神無月の巫女(姫子×千歌音)です。
内容的にはエロパロ向きかもしれません。
変態淑女
「はぁ…はぁぁ…」
口から漏れる息を手に持った布で押さえ、姫子は自分を高ぶらせて行く。
「だめ……こんなことしちゃ、ダメなのに……」
だが、その言葉と裏腹にそうして手に持った下着、
そう拝借したあの姫宮千歌音のショーツの溢れる匂いを思いっきり吸い込む。
(千歌音ちゃん…ゴメンなさい…)
そうして姫子は自ら達した。
「はぁあああ…」
姫子はベットの上で今更ながらそんな事をしてしまった自分の嫌悪感に苛まれながら溜息を吐く。
また…、やってしまった…。
姫宮の広い屋敷で千歌音と一緒に住む事になった姫子だったが、
千歌音は生徒会のお仕事や…家の社交パーティーとか、
とにかくここ最近は家に早くに帰ってくる事が少ないのである。
使用人に暇を出してしまった今、屋敷の掃除や洗濯などやる事には事欠かないのであるが
そんなある日、姫子は誘惑に負け千歌音の下着に手を出してしまったのだった。
最初は一度きりで辞めるつもりであった。
だが、それは逃れれない麻薬のように甘美な誘惑を伴って姫子を惹きつけるのだ。
結果、今日で姫子は通算6度目の下着に手をつけてしまったのである。
(もういや、こんな自分…)
寝返りを打って姫子は頭を抱えた。
千歌音がもしこんな自分を知ったらどう思うだろうか?
そう思うと姫子は恐怖を感じざるを得られない。
きっと軽蔑されるに決まってる…。
あの暖かな眼差しが、さす様な冷たい眼差しに変わるのだ。
そう考えるとゾクリとして姫子はベットの上で震える。
ああ、千歌音ちゃん…。
この私が変態だと知ったら彼女は一体どんな顔をするのだろう。
彼女はきっと純真な自分を好いてくれているのだ。
彼女は酷く清純な人なのだから…。
164:変態淑女 2/2[
08/09/28 06:26:13 QfmhSh3H
「姫子。ねぇ、姫子、いないの」
ドアのノッカー音と自分の名を呼ばれる音で姫子は目を覚ました。
いけない、いつの間にか寝てしまっていたようだ。
慌てて、千歌音の下着を自分の後ろに隠し姫子は声を上げる。
「ごめん、千歌音ちゃん!…ちょっと部屋で寝ちゃって。すぐ起きるから待ってて」
ふぅ、と扉の奥から安心した息がした。
「いいのよ、たまには私が夕食を作るわ。姫子はしばらく休んでいて」
「え…でも…」
言って姫子は自分の今の部屋の状況を思い出し、大人しく千歌音の提案に従う事にする。
「ごめんね。ちょっと部屋を片付けたら私もすぐに下に降りるから」
「いいえ、一人でも大丈夫だから…。ゆっくりしてていいのよ」
千歌音はそう言って姫子の部屋の前を離れていった。
台所に向かった千歌音は用意していた鍋に火を入れる。
千歌音はそれから居間に行った。
夕食の下ごしらえは既にしてあったのだから、もう食事の準備といってももう特にすることは残っていなかったのである。
きょろきょろと二階に居る姫子を警戒した後、居間にあった本棚の本をぐいと奥に押した。
ゴゴゴゴ、と本棚が横に移動し、その後には地下へと続く階段があった。
千歌音はその階段を下りていく。
行き着いた先はモニター室だった。様々な画面がこの屋敷の部屋の様子を映し出している。
千歌音は真ん中のモニターに目を移す。
そこには今、部屋の片づけをしている姫子が映っていた。
千歌音は無言でモニター室の機械を操作し、他のモニターに録画した過去の映像を流させる。
庭の掃除をする姫子の映像。お風呂に入る姫子の映像。トイレに座っている姫子の映像。
そして、その中には姫子は千歌音の下着の匂いを嗅ぎながら喘いでいた映像もあった。
頬を上気させ千歌音はその光景を見つめる。
「姫子ったら…今日もこんな事を…」
『はぁ…はぁぁ…』
姫子の喘ぐ声と合わせるように千歌音も熱を帯びた息を吐いていく。
この部屋の秘密は誰も知らない。もちろん姫子も。
腕を組んで千歌音はふと考えた。
姫子がもしこんな自分を知ったらどう思うだろうか?
きっと軽蔑されるに決まってる…。
あの暖かな眼差しが、さす様な冷たい眼差しに変わるのだ。
そう考えるとゾクリとして千歌音はモニター室の中で快感に打ち震える。
ああ、姫子…。
この私が変態だと知ったら彼女は一体どんな顔をするのだろう。
彼女はきっと清純な自分を好いてくれているのだ。
彼女は酷く純真な人なのだから…。
165:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/28 12:33:03 2c0dmTmB
神無月の巫女キター!!
大好きなアニメ&漫画だったので嬉しい。
確かにちょっとエロすぎるけどこのくらいなら良いんじゃない?
姫子と千歌音の対比が良いね!
166:名無しさん@お腹いっぱい。
08/09/28 19:35:44 fsZhxtGl
ぎりぎりのエロに挑戦するのもそれもまたよし!
167:名無しさん@お腹いっぱい。
08/10/03 00:57:03 DeXLETAo
最近百合分が不足しているんだが、誰かおすすめ教えてくれ
軽く読めるのがいいな
168:名無しさん@お腹いっぱい。
08/10/03 01:52:24 B5Pyror/
>>167
マリみてマジおすすめ
30巻くらいしかないし
169:名無しさん@お腹いっぱい。
08/10/03 12:04:53 b7bZLasP
>>167
マリみてはアニメもおすすめ
まだ3期迄しかないから
170:名無しさん@お腹いっぱい。
08/10/03 16:03:02 xklTWd8g
どっちも読破するのも視聴するのも一苦労だろがw
ネタというか話題の提供になればいいけど、好きなシチュエーションとかある?
俺はレズビアン(敢えて百合ではない)な大人のお姉さまにノーマルな女の子が
徐々に開発されていくのとか好きだな。
堅固な城塞の外堀を埋めていくかの如く、細かな計略の積み重ねの末に最後は
向こうから胸に飛び込んでくるように仕向けるのとか。
しかしこういう謀略タイプってそんなにいないような。
171:名無しさん@お腹いっぱい。
08/10/03 20:04:16 rp02u2Ms
URLリンク(blackpine.jugem.jp)
こないだ見つけた中学生の女の子のブログ
超萌えるしなんか切ない
普通の女の子のブログだからいたずらこめとかしないであげてね
172:名無しさん@お腹いっぱい。
08/10/03 21:26:57 N5G4bEWj
サバサバした娘とボケの娘でギャグでもいいな。
173:名無しさん@お腹いっぱい。
08/10/04 14:17:26 16b+koCD
半ノンケっぽい女の子が親友と接してるうちにだんだん変な感情が芽生えてきて
「これって恋? でも、相手は女の子なのに……」と言いながら悶々とする日々を送り、
親友の事が気になって気になって、もうどうしようもない程の泥沼にはまりこんでいく様を
174:名無しさん@お腹いっぱい。
08/10/04 18:28:42 l2gI6fgf
聖さまマジリスペクト
175:名無しさん@お腹いっぱい。
08/10/05 15:03:11 oLl6/MmU
ごく普通の女の子×人外の女の子とか超ツボ
176:名無しさん@お腹いっぱい。
08/10/05 19:01:27 cL+dFDaZ
サクヤさんですね。
177:名無しさん@お腹いっぱい。
08/10/05 19:05:09 oLl6/MmU
どっちかというとノゾミちゃんの方が
敵or険悪状態から絆を深めていくのも好きなんだ
178:名無しさん@お腹いっぱい。
08/10/05 19:30:48 cL+dFDaZ
アカ花影抄の益田先輩×珠なんかもいいんじゃないだろうか。
179:sakuya ◆GtV1IEvDgU
08/10/05 20:50:17 DQzK1gJ8
>>176
> サクヤさんですね。
えと、呼ばれました?
……ウソです、ごめんなさいw
せっかくなので支援を兼ねて、短いのですけどうpしていきますね。
「ストライクウィッチーズ」の二次創作、サーニャのモノローグです。
2スレお借りします。
180:サーニャ/こころのうた(1) ◆GtV1IEvDgU
08/10/05 20:51:11 DQzK1gJ8
――――――――――――――――――――
『サーニャ/こころのうた』
――――――――――――――――――――
いつの頃からだろうか。
空の向こうには友達がいると信じていた。
ラジオの届けてくれる異国の音が好きだった。
あの空を飛び越えて、いつか異郷の友達に会いに行ける日を夢見ていた。
やがて私は音楽の勉強のためウィーンの町へ旅立った。
だけどやっぱり、友達はできなかった。
ある日、ネウロイが攻めてきた。
ウィーンの町も瘴気に覆われ、人の住めない土地と変わり果てていった。
ブリタニアへと逃げ延びた。
そこで私には、魔女の力があると言われた。
他に行き場もなかったので、そのまま軍に加わった。
だけど私の心は空っぽだった。
両親のことはなるべく考えないようにした。
しばらくの間、ただあてどもなく空を飛んでいた。
181:サーニャ/こころのうた(2) ◆GtV1IEvDgU
08/10/05 20:52:31 DQzK1gJ8
そして私は、エイラと出会った。
彼女はいろんなことを知っていた。
春の喜びを。
夏の狂騒を。
秋の寂しさを。
なによりも冬の厳しさを。
雪の色が本当は白ではなく青だということを。
真冬の夜、ときたま森の木が凍りついて破裂することを。
深呼吸するだけで肺を痛めてしまうことがあるということを。
待てど暮らせど、一日中太陽が昇らない季節があることを。
たとえ晴れていても、ただ風が吹くだけで吹雪が巻き起こることを。
空気中の水分が、光り輝くダイヤモンドダストに生まれ変わることを。
本当の寒さには、塩入りのココアよりウォトカのほうが効き目があることを。
いつの頃からだろうか。
私には飛ぶ目的ができていた。
私は守りたかった。
この世界を守りたかった。
エイラのいてくれる世界を守りたかった。
エイラが愛している人、モノ、故郷。その全てを守りたかった。
ひとりで夜の空も飛べるようになった。
フリーガーハマーも使いこなせるようになった。
遥か彼方のネウロイの声も聞き分けられるようになった。
全ては、エイラのため。
彼女のためなら、いくら寒くたって平気。
彼女のためなら、どんな訓練だって平気。
彼女のためなら、夜間哨戒飛行だって平気。
彼女のためなら、ネウロイとの戦闘だって怖くない。
彼女のためなら、なんだってできるのだ。
今夜も私はひとり基地を飛び立つ。
誰よりも高く。
誰よりも遠く。
誰よりも深く。
そして誰よりも静かに。
地球の丸みが感じられるほどの遥かな高み。
ここは、私とエイラだけの世界だ。
(Fin)
182:sakuya ◆GtV1IEvDgU
08/10/05 20:54:06 DQzK1gJ8
以上です。
ありがとうございました。
183:sakuya ◆GtV1IEvDgU
08/10/05 20:58:52 DQzK1gJ8
なんとも興ざめなうんちくコーナー。
解説が必要なら作品中に盛り込んどけよ、というつぶやきが聞こえてきそうです(汗)。
サーニャはオラーシャ(ロシア)、エイラはスオムス(フィンランド)の出身です。なので、きっと極北の地に住まう人々だけが共感できる記憶があるはずだ、と勝手に思っています。
・雪の色が本当は白ではなく青だということを。
これは説明が難しい。実際青いのだ、というしかありません。
・真冬の夜、ときたま森の木が凍りついて破裂することを。
日本語では「凍裂」という現象。厳冬期に外を歩くと、森の方からたまに「パーン!」という乾いた破裂音が聞こえてくることがあります。行ってみると、木の幹が立ったまま縦に裂けている。
あまりの寒さに水分が凍りつき、内部から引き裂かれてしまうのだそうです。
・深呼吸するだけで肺を痛めてしまうことがあるということを。
氷点下三十度くらいになると、不用意に空気を吸い込むことすら自殺行為。肺で痛みを感じることができますよ。
・待てど暮らせど、一日中太陽が昇らない季節があることを。
フィンランドでは「カーモス」といいます。北極圏では12月~1月にかけて太陽がまったく昇らない季節があり、春夏秋冬に加えて第五の季節と呼んだりするようです。
・たとえ晴れていても、ただ風が吹くだけで吹雪が巻き起こることを。
氷点下八度を下回るといわゆる粉雪(パウダースノー)が降り積もるようになります。スキーを楽しむには絶好ですが、住人にとっては始末におえません。
少し強い風が吹くと、地面から粉雪が大量に舞い上がり、視界を奪ったり低い土地に溜まって道をふさいだりします。ほんの二~三十分で二メートル以上積もることもあります。
朝、学校に行けたからといって、帰りもその道が通れるという保障はどこにもありません。
・空気中の水分が、光り輝くダイヤモンドダストに生まれ変わることを。
これは本当に美しい。特に黄金色の朝日にライトアップされたこれを目撃すると、その日一日なんだか幸せな気分にひたれます。
・本当の寒さには、塩入りのココアよりウォトカのほうが効き目があることを。
英軍では寒い時の眠気覚ましに、塩入りのココアを飲むという奇妙な風習があるようです。アニメ版SWの舞台となるブリタニアは英国がモデルなので、この風習もあるのかな、と。
ウォトカ(ウォッカ)はロシア・フィンランドで共通に飲まれているお酒で、アルコール度数六〇~九〇という大変に強いものです。ここまでくると、もはや味なんかわかりません。ただ舌やノドが痛いだけです。
あ、日本ではお酒は二十歳になってから、ですね(笑)。
・ネウロイ
正体不明の敵。アニメ版では欧州本土がほぼ制圧されています。
・フリーガーハマー
冒頭のイラストでサーニャが担いでいる武器。ロケット砲です。強いです。
では。
184:名無しさん@お腹いっぱい。
08/10/06 23:28:59 xJVX69zm
乙です!エイラーニャの関係はいいよな~
寒帯うんちくも興味深かったです。でも作品としては言わない方が良かったかも
185:名無しさん@お腹いっぱい。
08/10/10 18:28:35 WwgtrmRp
百合とは良いものだ
186:名無しさん@お腹いっぱい。
08/10/15 04:25:28 FrtBJQJw
age
187:アルコールよりぎゅっとして ◆R4Zu1i5jcs
08/10/16 03:00:07 bFWcavQz
最近、夜になると独りの時間を放棄し、めぐの病室へ行くようになった。だいたいめぐは愚痴やら不満やらを話し、私は黙ってそれを聞いていた。
「ねぇ、水銀燈。そういえば昔、体温計は水銀を使っていたらしいわよ?」
水銀中毒などの危険を考慮して今はほとんど使われていないという。
「ふぅん。それが何よ」
「だから、水銀燈も私の体温計れるんじゃない?」
「はぁ?」
めぐ曰く、私の名前が“水銀”燈だかららしい。全くよくそんな変なことを思い付くものだ。
「ほら、お願い」
髪をかき上げ、額をあらわにする。仕方なく手を当てようとするとめぐはそれを制止する。
「熱を計るんならおでこくっつけてよ」
「え~」
髪をかき上げたまま目をつぶっている。私はゆっくりとめぐの顔へ近付く。口紅がひかれていないにも関わらずやけに唇が色っぽい。
「んっ」
ぴたと額と額が合わさる。めぐ熱がじんわりと伝わって来る。
「どう? 熱ある?」
急にぱちりと目が開き、どぎまぎする。めぐとの距離は零。まるでめぐとくっついてしまったみたいだ。
「わ、分かんないわよぉ」
本当はさほど熱はなかったが、なぜか熱く感じた。私が熱くなっているという錯覚にさえ陥った。
「分かんないの? 仕方ないわね……」
めぐは上からパジャマのボタンに手をかけ外していく。その光景をただ見ているしかなく、その間私の時は止まっていたかのようだった。
はらりと上着はベッドの上に脱ぎ捨てられ、めぐの白い肌と膨らんだ乳房があらわになる。その段になって私はようやく反応することが出来た。
「な、何してんよぉ……」
「ふふ、水銀燈がちゃんと計らないからよ」
ばっと腕を回し私を抱き締める。不意の出来事に反応することが出来なかった。
「どう……」
「うん。めぐ、すごく熱いわ」
服越しでも伝わるめぐの体温。とても優しい。そこには確かに“生命”を感じた。
「あら、風邪かしら」
私を放し、いたずらに笑う。めぐの感触がもうすでに恋しい。
「そうねぇ、そんな格好してたら風邪ひくわよぉ」
私はそう言ってはっとする。知らない内に口元が笑みを作っていた。たまにはこういうのもアリかも知れない。
めぐはやがて服を着て、布団でうずくまるように寝てしまう。
……病なのは私かも知れない。身体のほてりを冷ますために闇夜に飛び出した。今はそれくらいしか思い付かない。
了
188:名無しさん@お腹いっぱい。
08/10/16 03:01:16 bFWcavQz
一応こっちにも
ローゼンスレから
189:名無しさん@お腹いっぱい。
08/10/16 20:03:27 gjZVivhd
エロい!もっとやれ!
190:名無しさん@お腹いっぱい。
08/10/17 02:47:54 NjNRT0mP
けしからんな!
191:名無しさん@お腹いっぱい。
08/10/22 21:05:32 PIhqKccl
age
192:甘やかな暗闇にて (1/7) ◆S4kd5lZr8I
08/10/22 23:56:40 OcfC2+q8
甘やかな暗闇にて
世界が引っくり返った。
耳をつんざく金属質の轟音とともに。
佳耶の視界は暗転する。
気がついてみれば床のエレベーターマット。佳耶は、まるでそれに愛情を込めて頬ずり
するかのような格好。カーペットを敷いて跪拝する敬虔なイスラム教徒、もしくは五体投
地のチベット仏教徒を思い浮かべれば分かりやすい。
乗り込む前にふと足元を見、いったいいつから掃除していないのか訝しく感じた、マッ
トはそれほどの逸品である。うえぇっ、と情けない声が佳耶の口を衝いた。
ほっぺたを手の甲で何度も擦り擦りしてから、肘立てで身を起こしてあたりを見回す。
―真っ暗だ。
手を目の前に持ってきても見えないのには、少し驚いた。目を閉じていてもいなくても
変わりがない。
どこか遠くで目覚まし時計が鳴っている。耳鳴りかもしれない。
ゆっくり、深く、息を吸い込む。非常に埃っぽい臭気が鼻を衝いてくる。
「マナ?」
手探りで、すぐ傍らに真名が倒れているのは分かった。闇雲に揺り動かす。
「マナ、返事してっ? ……ねえ、大丈夫? 地震、地震っ」
夢中でさすっているうち、手のひらで摩擦しているところの布が制服スカート即ちポリ
エステルと羊毛の混合生地であること、その下には手触り良いレーヨン地のアンダーペチ
コートに綿パンツ、さらに小ぶりで滑らかな真名のお尻があるものと分かってくる。
すべすべすべ。結構余裕あるなぁ、あたし。佳耶は内心で苦笑する。もしもまだ揺れて
いたなら、こんなに平静ではいられなかったかもしれない。ポケットから携帯を出して開
いてもみるが、こんなときに限って電池切れか、最悪は故障のようだ。
少しして、もぞもぞと動き出すのが伝わってきた。
「………。カヤぁ?」
探るような真名の声。微かに鼻にかかった感じで、ごくわずかにだけ不安げな塩梅だ。
もう少し動揺してもいいのにね、この子も。佳耶はどことなく不満を覚えながら、声の近
くまで顔を寄せて話しかけた。
「おはようマナ。よかった、平気そう」
ところが首を振ったような気配がする。
「なに、どっかぶつけた? 痛い?」
「ううん、あたま。頭、ぼーっとする」
ぼーっとしてるのは普段からだろ、と佳耶は言い掛けたが我慢をしておく。
「風邪かな。もしくは始まっちゃったとか?」
「せーりもちがう。先週おわったばっかだし。実はわたし糖尿なんだけどね、それ関係の
症状っぽい」
193:甘やかな暗闇にて (2/7) ◆S4kd5lZr8I
08/10/22 23:57:38 OcfC2+q8
とうにょう。真名的な発音に忠実を心がけて表記するなら、とーにょー。まるで地獄め
いたアニメの主題歌がリフレインするかのよう。とーにょ、とにょとにょ。
それが糖尿病という単語に佳耶のなかで結びつくのに、やや時間が掛かった。
「ちょ、ふざけてる場合じゃないって」
「ううん、ふざけてるとかないから。マジでとーにょーびょーなのね」
「聞いてないし、そんなの」
「うん。言ってなかった。学校で知ってるの、担任と保険室の先生ぐらいかも」
佳耶からは急激に血の気が引いていく。範囲のプリントを丸々間違えたまま数学の予習
を終え、いざ臨んだ試験の答案、その冒頭に記された未知の公式を目にしたとき。つい直
近の痛恨事であるが、まるでそんな肌寒感がある。
「なにそれ……。それさ、マジやばくない? 注射してないの、あんた?」
「や、ごめん、逆。低血糖。ちゅーしゃ効き過ぎてるの。ねえ、甘いものが食べたいよ」
小腹が空いたから、ぐらいの調子のねだり声を出す。
「ま、待って。待って。カバンになんかあったよ、チョコバーかなんか」
手で床を確かめていくのは気持ち悪かったが、生憎それどころではない。ようやくして
革製の学生鞄には触れたものの、鈴の音で真名のものだと分かる。
「ああもう! どこだー、あたしのカバンはっ」
「ん。そこにあるじゃん」
「えっ、どっちよ?」
「だからそこ。カヤの右っかわにあるよ。ていうかカヤ、わたし指さしてるの見てないし。
どうしたのさ? ってなにすんの!」
手を伸ばしたら偶然にも真名の胸だった。反省はしていない。
「ごめんね。わざとじゃないし」
佳耶は言いながら、しっかりと揉みしだいてその貧しい感触を確かめ、非難の声を浴び
つつ、肩から腕、指先と伝って方向を確かめる。
「こっちか。おっけー、カバンあった。てかさ、暗くて見えなくない? よくみっけたね」
訊くと、すぐ鼻先で携帯を折り畳んだ音がする。
「あれ。あんたの携帯もだめ?」
真名は再び首を振る気配。
「……エレベーターのなかだと通じないし、どっちみち」
「あ、そりゃそうか」
「ねえ、カヤさぁ。あなたコンタクトだっけ?」
妙なことを訊いてくる。
「まさか。実は目いいんよ、超。目医者びびるもん。あたしかマサイ族かってくらい」
「ふむ。それはすごいね」
「おうよ。ほらこれ、チョコあったぞっ」
「お、ぐっじょぶ。……んん? これアーモンド入ってる」
あろうことか真名は不満げな声である。
「おおい。このシチュエーションで好き嫌いかよっ」
「はい。そうですね。ごめんなさい。じゃ、いただきます……」
「うんうん。それ全部食っていいからね」
194:甘やかな暗闇にて (3/7) ◆S4kd5lZr8I
08/10/22 23:58:23 OcfC2+q8
肩を寄せているすぐ横。包み紙を裂き開く音、アーモンドとチョコレートの匂い。もそ
もそと咀嚼する音もそれに続く。まわりは相変わらずの真っ暗。
真名の食べているところを見るのは好きだった。妙にお行儀がよくて大人しく、兎のえ
さやりをしているような感覚があった。暗いのがつくづく惜しいな、と佳耶は思う。
ただ、意外な収穫もある。音だけでもすこぶる可愛らしい。それに真名の背は小さいか
ら、顔を近づけるとコンディショナーのかすかな香りがチョコアーモンドに混じりあう。
「んー。きたきた、効いてきたっ。いいねぇ、糖分がまわってく感触だよ」
ようやく元気を取り戻してきたご様子。佳耶は苦笑する。
「あんたってほんと細っこいよね」
「うん。おかげでおっぱいさわられると痛いし。肋骨ごりごり当たるし」
「はいはい。ていうか、糖尿の人って漏れなくデブってゆうイメージあったよ、あたし。
ごはん食べたあとハアハア息切らせながら注射してる感じ」
にひひ、と真名は笑う。
「それはご期待に添えなくて残念。でもよく注射なんて知ってたじゃん?」
「うちのお父さんがそうでさ」
「あら。カヤんちのおじさんてそんなだっけ。ちょっと親近感わくかも」
くしゃくしゃと包装を丸める音が響き、次いで鞄を開ける音がする。決してポイ捨てを
しないのは感心。けれども、ゴミ箱が見つかるまで律儀に鞄に入れているのがババくさい、
佳耶はいつもそう思っている。真名はきっとゴミ出しにうるさい主婦になる。
「……わたしの糖尿病はね。生活習慣病のと違って、Ⅰ型なの」
「いちがた?」
「うん。小児糖尿病っていうのね。そのわりに一年生のときぐらいかな、急になったんだ
けど。なんかウイルスとか? そんなのが原因らしくて」
いかにも難病っぽい語感ながら真名の口調が軽いので、佳耶としても「そうなんだー」
ぐらいの反応を返すことしかできない。
「そうなの。だからむしろ、究極の低インスリンダイエットですよ。もしも注射しなかっ
たらインスリンはぜんぜん出ないし、栄養なんてぜんぶ流れてっちゃう。何日かで間違い
なく死ぬからね」
死ぬから、を意地悪く強調して、真名はなけなしの体重をかけてくる。
「こわいこと言うなよな。あたしのせいであんた死んだりしたら。死んだりしたらさ……。
ああもうっ、マジでどうすんの?」
「あなたのせいじゃないし。地震? のせいじゃないかな」
「いやいやいや。どっちにしろ死ぬ気じゃん。やめろよなー。そんなことなったら、こっ
ちまで無理だし」
「ふふ。一緒に死んでくれる?」
佳耶は溜め息をつく。手探りして真名の肩を抱き寄せる。背中まである真名の長い髪は
腕に触るとさらさらして冷ややかで、むやみに心地良かった。
195:甘やかな暗闇にて (4/7) ◆S4kd5lZr8I
08/10/22 23:58:52 OcfC2+q8
会話は途切れていたけれども、気まずくなったわけではない。
万一の場合の想像に沈み込んでしまっていた。
順調に持ち上がりも決まって、せっかく高校まで真名と一緒に行けるというのに、ふた
り仲良く写真での入学式になるとしたら情けない。遺影になるようなちゃんとした写真が
あったかどうか。しかし、死んでしまえば学校なんてどうでもいいと言えばいい。
今日は多分、飼い犬の散歩には間に合わない。それだけで大騒ぎだろう。まして佳耶の
当番が丸々抜けたとしたなら、兄と弟たちのあいだで熾烈な抗争が勃発する恐れありだ。
これは、そこそこ心配。
あとは、趣味で描いているイラストのことぐらい。そういえば、あれが遺品で出てきた
ら気まずいかな。せっかく運動部を選んでまで外面を取り繕っているのに。これは結構深
刻に気がかり。
未練執着ときたらこの程度のことしかないのか、とむしろ佳耶は悄然となってしまう。
なんという灰色の女子校生活。
未練。本当は、ほかならぬ隣にいる真名のことも。だがこんな状況でもあるし、これは
意識すべきではない。
「ごめん。よくない考えごとさせちゃったね?」
沈黙を破ったのは真名だ。
「うん、別にいいんだけどさ」
そう言ったあと、佳耶はさらに説明の必要を感じて言葉を続ける。
「なんかこう、最悪の未来が走馬灯のように。あんたとあたしの一周忌ぐらいまで想像し
てたところ。とりあえず腐乱死体で発見は避けたいな」
真名が一緒なら寂しくはないけど。そんな一言もつけ加えたかったが、自重して口には
出さない。
「そうね……。だいじょぶだよ。ほんとごめん、おどかしすぎた」
「マナはどうなのさ。なに考えてたの」
訊いても答えたがらないような様子。
「ねえってば」
「うんとね。わたしはね、昔のこととか思い出しちゃってたよ。脈絡もなくいろんなこと。
いろんな人のこと」
「なんだ、あたしより走馬灯っぽいじゃん」
真名は小首をかしげた気配。
「うん、そうね。わたしもそーまとー。というかね、似たのがあるよ。軍人さんの遺書だ
ったかでさ。三日とろろおいしゅうございました。なんとかがおいしゅうございました。
ってたくさん書いてあるの。おすしとか。いろんな人に宛てて」
「ちょっと、もうおなかすいたの?」
「ちがうってば。いろんな人へのちょっとしたかかわりとか、感謝とか、そういうこと。
そういう人たちに、自分のことをおぼえててもらいたい。でもその手紙の最後にはね、お
父さんお母さんのそばにいたいって書いてあって。ちょうどあんな感じに、わたしもいろ
いろ思い出しながら、やっぱり家族があれだなぁって思ったの。うちはもうお母さんいな
いけどさ。でもそのうえにこんな可愛いわたしまで死んじゃったらね。お父さんかわいそ
う過ぎて、あちゃーって感じだなって。……そういえば、三日とろろってなに?」
「ん。なんだろうね」
「ねえやだ、なんで泣いてるの?」
佳耶は鼻をすすり上げる。
「あんたが泣かすようなこと言うからだろっ。てか、あちゃーってどういうことだよっ」
「やぁ。そんななったらお父さん、ちょっと笑っちゃうぐらい不幸かなって」
あきれた返事をする。
「笑うなっての。あんたが幸せにしてあげなさいよっ」
「だねー。でも中学生にはまだ重いよ、お父さんの人生」
「いや、すぐにじゃなくていいから……」
196:甘やかな暗闇にて (5/7) ◆S4kd5lZr8I
08/10/22 23:59:22 OcfC2+q8
空調は止まっている。静かなのはいいが、非常に蒸し暑くなってきた。
どれくらい時間が経っただろう。
ブラウスとスカートは畳んで鞄のうえへ。インナーのペチコートワンピースも汗だが、
流石にこれは脱げない。佳耶ほど汗はかいていないのに、真名も同じ格好になっている。
下着姿は楽でいいからと言う。確かにそうだ。ここがエレベーターでさえなければ。
真名の鞄からなぜか出てきた新聞を床に敷き、ふたりで窮屈に膝を寄せて体育座り。
「静かすぎてあれだよね、救助とかくる気がしないよ」
真名は嘆息し、気だるげに寄りかかってくる。その肌が佳耶にはひやりと感じられる。
「ちょっと、こんなくっついて。暑くないの?」
「ううん。ちょうどいい。カヤあったかいし」
「………。あんた、体温低いんだね。バランス取れてるってわけ?」
「そうかも」
すんすん、と真名は鼻を鳴らしつつ、佳耶の胸元あたりでなにかをしている。
「なんかあんた、うちのウィンみたい。こら。あんまりくすぐんないの」
ウィンというのはフルネームがサー・ウィンストン・スペンサー=チャーチル=桐原。
佳耶の家で飼っているワイヤーフォックステリア種の怠惰な老犬である。
「うん。わたし、これでも汗の匂いにはうるさいのね。カヤの匂いは結構好きだから」
「ちょっ……おま、いますぐあたしから離れろ、変態!」
それでも暗いなかで眼などを突いてしまっては危ないので、押しのけるのにもやんわり
としかできず。それをいいことに密着したままでいる。本当にまるで、調子に乗った犬の
ような態度。
無言の攻防をしばらくしていたが、あれえ? と真名が間の抜けた声を上げた。
「なにさっ?」
「いや、ほら。あれって非常電話だよね」
真名はすっと立ち上がると壁に手を伸ばし、プラスチックの破壊音をひとつふたつさせ
た。おそらく樹脂製の収納箱から受話器を取り出した音。そしてしばらくの沈黙。
「だめ。出ないみたい」
あっさり諦めて隣に戻ってくる。そしてまた密着。
「かんぺき停電してる感じだねー。ってちょっと、カヤぁ? なにしてんの自分のわきで」
「うう。ほんとに汗くさいしっ。もうやだ、あたし……」
「まあまあ、ごめんて。好きな匂いって落ち着くし、安心するんだよ? だいじょぶ。わ
たしはカヤといると安心なんだから」
「………」
「ていうかカヤ、地震てほんとかな。わたしは揺れとかわかんなかったけど。低血糖のあ
れでフラフラきちゃってたし、それで倒れてたのかと思った」
「………」
「これ、何階あたりだろね。今止まってるのって。また揺れたら落ちたりしないかなぁ」
「………」
地震のことなんて考えても仕方ないのに。そう思いながら佳耶は黙っていた。
真名は落ち着くなどと言うが、佳耶の鼻腔をくすぐり続けている甘い匂いはそんなもの
と程遠い。真名の体臭だ。少々の酸味とわずかな汗くささ、薄荷油めいた刺激、それに鮮
明な甘さを含んだ香り。まるでお菓子のようだが、そのくせ生々しい。もしも佳耶が犬な
ら喜んで真名のわきあたりに鼻先を突っ込んでいる。意識をしないように、そう考えると
余計に頭が芯から痺れたようになり、次第に胸も苦しくなってくる。
「ねえ、カヤぁ」
真名の手が急に伸びてきて、その苦しい胸に置かれた。心臓が跳ね上がりそうになる。
呼気が近い。いつのまにか向かい合わせに真名はいる。大きさを測りでもするかのように
手のひらで胸を包んできたあと、攻勢はわき腹からおなか、ふとももへ。佳耶は反射的に
両腕で躰を隠してしまう。すると、おろそかになった脚のあいだにまで躰を割り込ませて
きた。背後はエレベーターの壁。逃げ場がない。
「またこんないたずらっ……いいかげん、もうやめろよなっ」
佳耶の威勢がいいのは口調だけで、音量は細くて消え入るばかり。心臓はどうにかなっ
てしまいそうなほどに暴れだしている。なのに真名は佳耶のガードを縫って、おへそのあ
たりやわきの下などを実に的確に、意地悪につついてくる。
「さっきのお返しだよー。このくらいさわらせてくれてもいいでしょ? ていうかカヤ、
元気なさすぎ」
「あ、あんたがテンションおかしいんだって。それにお返しってなにさ。ちょっとおっぱ
い触っただけじゃん」
「んー? わたしのおしり、超なでてたよね? だから、たくさんさわっていいの。てい
うか嬉しくないの? だってカヤは好きなんでしょ、わたしのこと。レズ的な意味でー」
197:甘やかな暗闇にて (6/7) ◆S4kd5lZr8I
08/10/23 00:00:09 +FJSnPWV
―いわゆる、クリティカルヒット。
「ば、ばばっ、ばかなこと! なに言っちゃってんの、この子っ!?」
ことここに及び、傍目には面白過ぎる反応しか佳耶はできない。ふふん、と真名が笑う。
「いーから。だってわかるよ、前からばればれだったよ。小学校のとき覚えてる? うち
のかてきょーやってたタっくん。カヤ知ってるでしょ、あの背高い、いとこのお兄ちゃん。
わたしを見るあなたの目、あの人とおんなじだからねー」
真名は普段通りという感じの間延びした声。だからこそ、一層それは痛痒いなにかとな
って、佳耶の背すじをぞくぞくと這い回る。
「そんなこと聞いてないし。……マジでいま、そいつとつき合ってんの?」
「気になるよね。ふふ。だいじょぶ、過去形だよ。だってあの人、ばかでつまんないから。
中学上がる前にすてちゃった。もちろん超円満にね。今はいいおともだちだよ」
なんという悪女。ある種の臨界を迎えつつある佳耶の意識が、ぐらりと遠のきかける。
「ねえ。わたしもカヤが大好きだよ。もちろんそれは、ともだち的な意味でだけど。でも
あなたの性癖も込みで、好きでいてあげられるのね」
そして。振られた、のであろう一言。でも、いくらなんでもこんな惨めな。
「ちくしょう。ありがたいよ、涙が出てくるぐらいな」
「ぐらい、じゃないでしょうに。あなた泣いてるんだから、いま」
耳元に囁く声は、震えのくるほどに優しい。涙の伝う頬に温かいものが触れる。真名の
唇だ。なんて残酷なのだろう、と思う。突っ張っていた佳耶の腕からはとっくに力が抜け
てしまっている。そうして真名の思うさまに蹂躙されている。
「ふふ、おっぱいふかふかだ。こんなにどきどきしてるし。わたしはカヤみたいに興奮は
してないよ、だって女の子同士だもの。かわいいね、カヤは」
蹂躙。もちろん実際には、遊び半分に胸などを触ってきているだけだったが。それは躰
そのものより、おもに心を責め苛んでいる。
陥落寸前―、佳耶は最後の反攻を試みた。
腕を振り払い真名の肩を掴み、上背で圧倒。そのまま抱きすくめる。そして、たちどこ
ろにひとつ真名の嘘を暴いた。とくとく、とくとく、と。真名の鼓動は、佳耶のものに負
けず劣らず速くて激しい。ふうう、ふう。囚われた衝撃に荒く震えた息を吐いている。こ
れなら、押し返せるかもしれない。
「あたしはね。兄弟でひとりだけ女なのが、そもそも間違いだったと思ってんの。あたし
にとってはおかしくない。好きな子といれば、胸が高鳴ってしかたないんだ」
「うん」
「でもマナだって、すごくどきどきしてるだろ?」
「そうだねえ」
「それって、なんかの証明だと思わない?」
「……うん。だからわたしのこと、好きにしていいよ。それでカヤが良ければ」
躰を離してまじまじと見つめる。そうしていると、いまさら暗闇に目が慣れたとでもい
うのだろうか、佳耶にも真名の表情がぼんやりと見えてくる。
「そんなことを……。マナ、あたしにできっこないって思ってるよね。それでいて、あん
たはそういうこと言うんだ」
「怒ってる?」
「ああ、怒ってるよ。泣いても許してあげない。目つぶって大人しくしてなよ。今からお
仕置きするから」
両手で真名の頬を包み込む。息を呑む音がはっきりと聞こえてくる。それでも目は固く
閉じ、一応は観念している気配。わざとゆっくり顔を近づけて、首すじ、ついで耳元に呼
気を当てて。それから唇を重ねていく。とても時間をかけて慎重に。鼻をぶつけず、歯を
立てないように注意を払って。そうして佳耶は真名の唇の繊細な柔らかさを、躰全体の震
えを愉しみながら、機を見計らう。やがて苦しくなり、息継ぎを求めて唇が小さくあいた
ところに、思い切り舌を割り込ませる。真名の舌はびっくりして奥に逃げていこうとする。
「んぐふ、んむぅ? んんー」なにか抗議の言葉でも言おうとしているのだろうが、その
舌に舌を絡ませ、何度も意地悪く音を立てて吸う。突き放そうにも真名は両腕が使えない。
あらかじめ膝で挟まれて完全に押さえ込まれているからだ。強張ったその躰から、徐々に
抗う力が失われてくる。
198:甘やかな暗闇にて (7/7) ◆S4kd5lZr8I
08/10/23 00:00:26 OcfC2+q8
長い報復を終えて唇を離した。流石に真名は半泣き。存分に混ざり合っていた唾液を、
佳耶は聞こえよがしに喉の音を立てて飲み下す。そして露悪的に言う。
「マナの口のなか、なんか甘ったるいのね」
髪を触ろうと手をやる。それだけで真名がぎゅっと目を閉じるのが分かる。少しばかり
の罪悪感と、それを上回る嗜虐心とが掻き立てられる。形勢は完全に逆転。
「ねえ。甘いよだれが出てきてたねって言ってるの」
「そんなの。……だとしたら、そういう病気だからだもん。しょうがないでしょっ」
口応えもしおらしい。
「タっくんだっけ。あの人のことなんかも、さっきみたいに挑発して。それでいいように
おもちゃにされたの?」
今度はこめかみあたりを指でつつく。指先に力は入れず、つとめて優しく。
「おもちゃにされたとかないから。わたしまだ処女だし。たしかめてもいいよ?」
そう言うと佳耶の胸にすがりついてくる。なかなかの意地っぱりぶり。
「またばかにして。どうしてそんなこと言っちゃうんだか。だいたいあんた、キスだけで
すっごい怖がってるじゃん。どうせ顔真っ赤だろ」
「怖くないよ。カヤにはわたしをおぼえててほしいから。一生忘れられない、あなたの心
のきずのひとつになるの。そのためなら、処女膜の一枚や二枚どうなってもいいし」
とんでもないことを言い出した。
「それって二枚とかあるの? ていうか、あのねえ。望んでもいないひどいこと、好きな
子にできるわけないだろ。男じゃあるまいし。あんたの見込みどおりにあたしは女で、臆
病で。けだものにはなりきれないの。そもそも膜とか破れないじゃんっ」
売り言葉に買い言葉。それでもこれは、言い終わった瞬間に後悔が佳耶を襲ってくる。
最後の一言はないだろう、乙女的に考えて。
ふー。安堵か落胆か、真名は溜め息をついた。
「いやぁ、ちょっとというかー。かなりお下品だね、わたしたち」
「………」
気まずい沈黙が流れ始めたそのとき。
狙い済ましたかのように天井から大音響が響き渡り、エレベーターが上へと動き始めた。
電気が戻ってきたようだ。しらじらとした蛍光灯の白色がたちまち視界を覆い、暗がり
に慣れていた佳耶と真名は眩惑される。すぐに目が慣れてきて明らかになるのは、痴態と
言われても申し開きのできないお互いの姿。
「うわっ、服! ふく、着ないとヤバいぞっ」
エレベーターは非常運転モードなのか、直近の階にすぐさま停止して扉を開いた。六階
でございます。間抜けな合成音声の案内とともに、夕暮れの薄暗いマンションの廊下が口
をあける。佳耶は咄嗟にブラウスを羽織りつつドアの閉ボタンを押すも、反応はない。そ
れどころか、今頃になって故障通知のアラームが鳴り出した。扉が開いた時点で人と鉢合
わせしなかったのだけは不幸中の幸いだが、これではすぐに誰かが来てしまう。
スカートに足を通してファスナーを上げ、靴をつっかけて。慌ててブラウスをボタンの
掛け違いになるのはお約束だ。泣きたい気分でまたボタンを外し。
そうしているあいだにも、佳耶の視界はしばしば霞む。
「なんだろう、これ。あたしの目、おかしいかも」
軽い眩暈を感じて俯くと、真名が顔を覗き込んでくる。脇を抱えられて扉の外へ出る。
「わかってるよ。念のためだけど、これからすぐに病院行こう? どこかぶつけたのかも
しれないよ。あなた、ずっとまっくらだって言ってたし。一時的に視力があれなのかも」
そう言って、開いた携帯を佳耶に振ってみせる。携帯の待ち受けには佳耶と真名ふたり
で撮った写真。それを見て佳耶はようやく理解した。真名には真っ暗闇でもなんでもなか
ったわけだ、少なくとも液晶のバックライトで照らし出される程度には。
「うん。明るいとこで見ても、コブとかなってないし。だいじょぶだと思うよ」
ことのほか優しく微笑みかけられて、佳耶は次第に耳まで赤くなっていく。そう考えて
みれば色々と、実に色々と恥ずかしいことだらけだ。
「だいじょぶだよ」
口癖を繰り返し、真名はおどけて言う。
「チョコおごってくれたから、そのお礼ってことで。いわゆるえんじょこーさい?」
「やすっ。チョコバーいっこで言うこときくのか、あんたって子は」
佳耶は苦笑するよりほかない。なにもかもが見透かされていて、手のひらで転がされて
いる気分になってくる。
「じゃあさ、明日もチョコあげる。そしたらマナはまたつき合ってくれるの?」
真名はいかにも真剣そうな顔で考えて。次は明るい場所で、もう少しだけ上品に。そし
て優しくしてくれるならと条件をつけてきたのだった。
199:甘やかな暗闇にて (7/7) ◆S4kd5lZr8I
08/10/23 00:01:37 +FJSnPWV
長い報復を終えて唇を離した。流石に真名は半泣き。存分に混ざり合っていた唾液を、
佳耶は聞こえよがしに喉の音を立てて飲み下す。そして露悪的に言う。
「マナの口のなか、なんか甘ったるいのね」
髪を触ろうと手をやる。それだけで真名がぎゅっと目を閉じるのが分かる。少しばかり
の罪悪感と、それを上回る嗜虐心とが掻き立てられる。形勢は完全に逆転。
「ねえ。甘いよだれが出てきてたねって言ってるの」
「そんなの。……だとしたら、そういう病気だからだもん。しょうがないでしょっ」
口応えもしおらしい。
「タっくんだっけ。あの人のことなんかも、さっきみたいに挑発して。それでいいように
おもちゃにされたの?」
今度はこめかみあたりを指でつつく。指先に力は入れず、つとめて優しく。
「おもちゃにされたとかないから。わたしまだ処女だし。たしかめてもいいよ?」
そう言うと佳耶の胸にすがりついてくる。なかなかの意地っぱりぶり。
「またばかにして。どうしてそんなこと言っちゃうんだか。だいたいあんた、キスだけで
すっごい怖がってるじゃん。どうせ顔真っ赤だろ」
「怖くないよ。カヤにはわたしをおぼえててほしいから。一生忘れられない、あなたの心
のきずのひとつになるの。そのためなら、処女膜の一枚や二枚どうなってもいいし」
とんでもないことを言い出した。
「それって二枚とかあるの? ていうか、あのねえ。望んでもいないひどいこと、好きな
子にできるわけないだろ。男じゃあるまいし。あんたの見込みどおりにあたしは女で、臆
病で。けだものにはなりきれないの。そもそも膜とか破れないじゃんっ」
売り言葉に買い言葉。それでもこれは、言い終わった瞬間に後悔が佳耶を襲ってくる。
最後の一言はないだろう、乙女的に考えて。
ふー。安堵か落胆か、真名は溜め息をついた。
「いやぁ、ちょっとというかー。かなりお下品だね、わたしたち」
「………」
気まずい沈黙が流れ始めたそのとき。
狙い済ましたかのように天井から大音響が響き渡り、エレベーターが上へと動き始めた。
電気が戻ってきたようだ。しらじらとした蛍光灯の白色がたちまち視界を覆い、暗がり
に慣れていた佳耶と真名は眩惑される。すぐに目が慣れてきて明らかになるのは、痴態と
言われても申し開きのできないお互いの姿。
「うわっ、服! ふく、着ないとヤバいぞっ」
エレベーターは非常運転モードなのか、直近の階にすぐさま停止して扉を開いた。六階
でございます。間抜けな合成音声の案内とともに、夕暮れの薄暗いマンションの廊下が口
をあける。佳耶は咄嗟にブラウスを羽織りつつドアの閉ボタンを押すも、反応はない。そ
れどころか、今頃になって故障通知のアラームが鳴り出した。扉が開いた時点で人と鉢合
わせしなかったのだけは不幸中の幸いだが、これではすぐに誰かが来てしまう。
スカートに足を通してファスナーを上げ、靴をつっかけて。慌ててブラウスをボタンの
掛け違いになるのはお約束だ。泣きたい気分でまたボタンを外し。
そうしているあいだにも、佳耶の視界はしばしば霞む。
「なんだろう、これ。あたしの目、おかしいかも」
軽い眩暈を感じて俯くと、真名が顔を覗き込んでくる。脇を抱えられて扉の外へ出る。
「わかってるよ。念のためだけど、これからすぐに病院行こう? どこかぶつけたのかも
しれないよ。あなた、ずっとまっくらだって言ってたし。一時的に視力があれなのかも」
そう言って、開いた携帯を佳耶に振ってみせる。携帯の待ち受けには佳耶と真名ふたり
で撮った写真。それを見て佳耶はようやく理解した。真名には真っ暗闇でもなんでもなか
ったわけだ、少なくとも液晶のバックライトで照らし出される程度には。
「うん。明るいとこで見ても、コブとかなってないし。だいじょぶだと思うよ」
ことのほか優しく微笑みかけられて、佳耶は次第に耳まで赤くなっていく。そう考えて
みれば色々と、実に色々と恥ずかしいことだらけだ。
「だいじょぶだよ」
口癖を繰り返し、真名はおどけて言う。
「チョコおごってくれたから、そのお礼ってことで。いわゆるえんじょこーさい?」
「やすっ。チョコバーいっこで言うこときくのか、あんたって子は」
佳耶は苦笑するよりほかない。なにもかもが見透かされていて、手のひらで転がされて
いる気分になってくる。
「じゃあさ、明日もチョコあげる。そしたらマナはまたつき合ってくれるの?」
真名はいかにも真剣そうな顔で考えて。次は明るい場所で、もう少しだけ上品に。そし
て優しくしてくれるならと条件をつけてきたのだった。