09/04/30 17:24:03 sNH0TUm/
警察の取調室では今日も不毛な取調べが行われていた。
被害者は一児の母、被疑者はその一人娘である少女である。
周囲の刑事達から好奇の視線を突きつけられても、少女はただ漠然と
頭を振りながら、うわ言めいた言葉を返すだけであった。
「エノクのデーモンにより授かった贖宥状により
私は全ての罪を許されるようになったのです」
口を開けばこの有体である、現実にはありえない話をとつとつと証言し
刑事達は参った様子で頭を掻いた。
「君の言っていた学校で死体を見たって話……」
「それが、あのデーモンが現実に存在するという証拠です」
「いや、確かにあったよ犬の死体がね、見間違いじゃないのかな」
中年の刑事がそういうなり、少女はうわ言のようにぶつぶつと何かを唱え始め、
”贖宥状”と呼んだビニールの切れ端をつかんだ腕で机を叩き始める。
「アグラリア ピドホル ガリア ……」
「……こ、これはちょっと我々の手に負えんな」
刑事達が互いに顔を合わせ、少女の狂騒を眺めていると
突然取調室のドアが開き弁護士の男が姿を現した。
「彼女の弁護人の杉田です、今すぐこの取調べを中止していただきたい」
「まだ取り調べの最中だ! 何の権限があって……」
「彼女は家庭の問題により精神に疾患を抱えており、事件を起こした以前から通院暦があります。
事件当日の彼女は心神喪失状態にあり、刑事責任能力は無かった
と……考えるのが妥当でしょう、故にこのような圧迫的な取調べは彼女の精神的な治療に
支障をきたす恐れがあります」
第三者からの過失により少女の心身に異常をきたし、事件当日の不可解な行動もそれを裏付けている
彼女が病んだ精神から異常行動に及んだと考えるのが自然な流れである。
また彼女の部屋から押収された読み取れぬ文章で書かれたノートなど、異常性の垣間見える品々が押収され
彼女が犯行当時、心神喪失状態であったことは明らかであった。
「……よって、被告を無罪とする!」
裁判室に渇いた木槌の音が鳴り響くと出廷していた少女がフラフラと頭を揺らしながら
その場から退席する。弁護を終えた弁護人の杉田は弱々しく歩く少女に付き添い、
言葉を交わす内に特別な感情を抱いた少女の瞳を見つめた。
「もう大丈夫だからね」
「私は……エノク…血盟によってその忠誠を誓う」
「きっと……良くなるから」
少女が僅かに表情を緩めると杉田は少女を見送り、ただ迎えに現れた祖母に付き添われ
裁判所を後にする、その背中をただ見つめていた。
そんなある日、弁護士の杉田と交際を始め、自宅療養を続ける最中にある彼女の家を
高校時代の友人の一人が訪れた。
「沙由華、悪魔とかどうとかはもう見なくなったの?」
「バカね……悪魔なんている訳無いじゃない」
少女は名前を変え、今もまだその街で平穏に暮らしている―