10/01/03 23:54:22 iz7xS38c
ある所に、一匹の犬が居た。
その犬は飼い主からろくに餌も与えられず、散歩にすら連れて行かれる事も稀だった。
当然、犬の姿はみすぼらしく、臭いもひどいものだった。
体を洗われない事と、小屋の周辺の排泄物の臭いを飼い主は嫌がり、
犬に対する扱いは更にぞんざいなものになっていった。
ある日、飼い主の元へ周辺住民から苦情がきた。
それもそのはず、犬小屋の周辺は息もまともに出来ない程の悪臭を放っていたのだから。
仕方なしに小屋の掃除をしようとした飼い主は、
かなりの期間犬に餌をやり忘れていた事を思い出した。
犬が死に、その体から放たれている臭いが悪臭の原因かも知れないと思い至った飼い主は、
嫌悪感を露にしながらもしばらくぶりに犬小屋に近づいていった。
一歩一歩近づくたびに、マスクの上からでも悪臭がひどくなっていくのがわかる。
そして、犬小屋にあと数メートルの位置まで来た時、
犬小屋の暗がりの中から力なく横たわった犬の後ろ足が出ているのが見えた。
確実に死んでいる。
飼い主はそう思い、ゴム手袋をして小屋から犬の足を引きずり出した。
だが―
―無かった。
あるのは両の後ろ足だけで、胴体も、前足も、頭も無かったのだ。
引きずり出すことが出来た足は、両方とも腐り果てて蛆が沸き、無残なものだった。
吐き気を催した飼い主はすぐにその場を離れようとしたが、
小屋の陰で動くものが視界に入った。
恐る恐る、慎重に小屋の陰を覗き込んでみるとそこには……
両足と同様に腐り果てた犬の胴体と、ボロボロと崩れ落ちながらも左右に振られる尻尾があった。
息を呑み、叫び声をあげることすら出来なくなった飼い主の耳に、
チャラリッ、という鎖が擦れ合う音が飛び込んできた。
音の出所は、犬の鎖が繋がれていた木の杭―飼い主の真後ろ。
鎖が擦れ合う音と共に、グチュリという肉が潰れていく音も聞こえ、近づいてくる。
飼い主の足は、縫い付けられたようにその場から動かなかった。
だが、ソレは地面に肉を削ぎ落とされながらもゆっくりと、ゆっくりと近づいてくる。
そして、
「ワン!」
……と、一鳴きした。
飼い主は、その鳴き声を聞いた途端、動かなくなっていた足に力が入るようになったのがわかった。
即座に飼い主はその場から逃げ出した。
振り返ることは、一度も無かった。
左右に振られていた尻尾の動きは次第に遅くなっていった。
自らの尻尾が動かなくなっていくのを見ながら、犬は思った。
サイゴニ、ナデテホシカッタ、ダケナノニ……。
おわり