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【自由民権志士】秩父事件の中心部隊「秩父困民党」井上伝蔵(1854~1918)【代書人】
第一条 私ニ金品ヲ掠奪スル者ハ斬
第二条 女色ヲ犯ス者ハ斬
第三条 酒宴ヲ為シタル者ハ斬
第四条 私ノ遺恨ヲ以テ放火其他乱暴ヲ為シタル者ハ斬
第五条 指揮官ノ命令ニ違背シ私ニ事ヲ為シタル者ハ斬
農民たちの窮乏が目立つようになった1883年の暮れから、
高岸善吉や落合寅市ら秩父自由党員が中心となり、秩父郡役所に対し、
繰り返し「高利貸説諭請願」を行うようになりました。しかし、手続きの不備などを理由に毎回却下されてしまいました。
翌年には請願運動とともに、高利貸業者との交渉も実施しましたが、埒があきませんでした。
これらの運動と並行するかたちで、山林集会を開きつつ、水面下で次第に困民党」の組織作りが行われたのです。
この年9月初旬には、いずれも自由党員で、人望も厚かった田代栄助と井上伝蔵が、困民党幹部として迎えられます。
秩父事件の本営が崩壊し、井上は死刑判決を受けるも北海道石狩(?)で代書屋を開業[釧路新聞説]。
明治38年
「代書業取締規則」の施行で、規制が強化され、逃亡中の身であり身分証が提出できず
代書業を廃業せざるを得ませんでした。
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