06/08/26 02:08:22 S/nbTtkB
私は、一律共学化は時代の流れ、という言葉に
ごまかされ押し進めるべきではない、と考えています。
初めて書き込むのは、二高共学化延期あたりから
新聞、テレビが共学化推進に偏り気味の報道を
しているように感じたからです。
同窓生より現役中学生の意見が大切、と言う考えは
年寄りは黙ってろ!的に感じますし、他の県は皆
共学。宮城県は遅れている、といわれると 私が子供の時も
子供を育てるときも「みんなが死んだら死ぬの?」
と言われたり、言ったりした事を思い出します。
他県がそうだから、宮城県もなんて軽薄に思えます。
本当に一律共学化が良いことなのか、分からぬまま
押し進めていく県教委の意図はなんなのでしょうか?
息子が二高から共学化についてのプリント(19年からの共学化
は着実に進めるという内容のもの)を持ってきましたが
こういうやり方もいただけないのです。
これだから、宮城県の文化的レベルが低いのです。
自分だけ良い大学に進学したい女子生徒、保護者は
二高に夢をみるだろうけれど、失われゆく伝統の重みに
何も感じないのですか?大学にはいるための手段ですか?
今、県教委がするべきは、納税者の平等という点で
学区制廃止、教師の質の向上。長期休業期間などの補習の充実。
いろいろあるのではないですか?とりあえず、一年延ばせば
あとは強行に進める、なんて考えているなら最低です。
歴史が教えてくれているように、
時代の流れがすべて正しくはない、と言うことを知るべきです。