09/04/08 17:02:27 PPQM57gr
>>337
>【日本の社会の圧倒的多数が無益かつ残忍な殺生を忌み嫌っているから】
>すなわち、広く浸透してきた愛護精神という美風を背景に動物虐待に対して
>否定的な社会感情を保護法益としたものと言える。
社会(=他者の総体)と無関係に生きることは人間である限り不可能ですからね。
ディルレヴァンガーは、猫を殺していない、と嘘をついた理由として『両親が悲しむから』と述べました。
子供にとってもっとも近い社会(=家族)を構成する他者が「動物虐待に否定的な感情」を持っている、
という客観的な判断ができるだけの能力はあったのに、残念なことです。
たとえ一般に受け入れられない欲望を抱く性質の人間であったとしても、社会規範から逸脱しないよう
自分の欲望をコントロールする術を覚えるのが人としての成長だと思う。
以前「大切な人を悲しませるから猫を殺してはいけない」という意味のことを言って虐ヲタに青少年愛誤と
からかわれたことがあったが、この考えは変わっていない。
自分の中にどうしても「規範」を見出せない人は、親しい他者を悲しませないために虐待をしないのだ、と
考えてほしいですね。家族、友達、恋人、職場・学校・地域の人々…どこまで行ってもそれを見出せない、
想像力の欠如した人に対する最終的な「他者の悲しみ」として法律があるのではないでしょうか。