くるまオタク養成講座 道 ~散開~ at CAR
くるまオタク養成講座 道 ~散開~  - 暇つぶし2ch1:Σ(・*・` ) ふっさーる ◆288GTOD/a2
08/06/27 08:59:38 a2E6olpL0
「それは・・・ おれなんかに聞いても分かんないよ。神様だけが知っているのさ。
君が生まれる時も死ぬ時も、人間には分かんないことだよ。
おれはこんなスレが何の役に立つかは分かんないけど、何かの役には立ってるんだよ。
もしこれが無益なら、すべてが無益さ。空の星だって、おれは同じだと思うよ。
こんなスレだって、何かの役に立ってるのさ。アザミ顔のブスでもね」
--------------------------------------------------------------------------



前スレ くるまオタク養成講座Ⅵ ”La passione ci guida” 情熱が我等を導く
803resでOn Dead End Street.

5. くるまオタク養成講座Ⅴ ~Fun Fun Fun~
4. くるまオタク養成講座Ⅳ(;´Д`)棒力教室(;´Д`) 538レスでEND
3. くるまオタク養成講座Ⅲ9829;飽くなきボーソー9829 568レスでEND
2. くるまオタク養成講座Ⅱ~明日無き暴走~ 541レスでEND
1. くるまオタク養成講座 725レスでEND

全てURLリンク(ime.nu)に保存

2:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/06/27 09:53:25 /iz/jNmiP


3:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/06/27 20:01:08 AzSIUxEHO
♪サーン!

4:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/06/27 23:30:52 udW7jSmiO
車板有数のハードコアスレッドにようこそ。

5:CA4A海苔 ◆2TDfQ/y4j.
08/06/28 01:28:48 KUd6D+Bd0
前スレ>>803
mukashinonamaedekaitemasu
フッサール先生にもご無沙汰してます。
今回はヒトケタよりの参加とさせて頂きます。

6:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/06/28 11:04:23 bfXwJ+4F0
前スレ落ちたんですか。


7:Σ(・*・` ) ふっさーる ◆288GTOD/a2
08/06/28 19:56:14 dZ5Jb4Ba0
>>6

正確にはスレ容量512kbyteオーバーで書き込み不能になりました。
今回は、書き込みの息抜きもかねて充電、雑談、資料置き場として使ってください。

次回、正式に

くるまオタク養成講座 Ⅶ 「仲良くしよう」「友達はいない」

とでもスレを立てたいところです。

8:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/06/29 05:50:45 JujUK2gkO
え?ここって第七板ではないの?

9:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/01 20:22:59 1nj03z5XO
少し古いネタですが
4月にトヨタとスバルが小型FRスポーツを共同開発2011年発売という発表がありました
これ、エクシ-ガ発売に先立ち、「ミニバン屋に成り下がった」と言われたくなかったスバルが
水平対向と並ぶアイデンティティー、FFを捨てるという勇み足では?
仮にFRがスポーツカーには適しているにしても

10:酔いどれエロスパ◎~▽~◎ ◆cAAK5ejJdg
08/07/02 00:37:10 UMKoofPX0
なんでヌバルといひSAABといひシコーキ屋はFFなんでせうかね?
BMWはシコーキエソジソ屋だからともかく。

11:Σ(・*・` ) ふっさーる ◆288GTOD/a2
08/07/02 03:24:35 2GuaIZN20
そりゃ 前でひっぱってもらうという挙動がこのましいからでせうww
さしづめ、ビートル(ぽるしぇ)あたりは震電といったところでせうかww


12:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/02 06:59:00 PsumqraE0
>>9
ウソ書くな
スバルのアイデンティティはシンメトリカルAWDだろ
FFっていつの時代の話だ?

13:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/02 07:59:03 WKaZmfkB0
スバルの場合。まずFFが有り、それの発展として4WDが有った訳だし
FRは一度も作っていない筈だし、
今でも4WDでない車も一部残っている筈だし。
FFこそアイデンティティーで、良いのではないか?

FFの洗練には少なからず貢献したスバルなのに、
FFが多数派の今ではその事への評価が低い気がする。
水辺対向など、他への影響の大きさでは大した事は無いところだけが
個性として言われる現状は間違いだろう。


14:CA4A海苔 ◆2TDfQ/y4j.
08/07/02 09:46:12 AN+muXdY0
>>12
縦置き水平対抗E/GのFWDという構成のFF-1(スバル1000)
有ったればこその現在のAWDシステムなわけで昭和40年代
前半の話でした。当時としてはチョー先進的な設計なのです。

15:Σ(・*・` ) ふっさーる ◆288GTOD/a2
08/07/02 10:04:14 2GuaIZN20
スバルはFFとRRではないかと。
まあ、そんな瑣末なことは俺は問題にしないけれどw

むしろ、なにが大事かってーと
たとえばECVT >>ジャスティ
たとえばエアサス >>アルシオーネ
たとえばワゴン復権 >>レガシィ

他のメーカーがなかなか踏み入ってこなかった領域がスバルによって
再開発されたところもあり。

まぁ、アルシオーネのエアサスは褒められたもんではありませんでしたがww

16:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/02 10:36:24 Bp01zo/60
へぇ

17:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/02 15:18:16 T3c/vPAzO
技術的な部分はそうなのでしょうが
むしろスバルのアイデンティティーって安易に市場に迎合しないで
他社が目をつけないところに新たな商品を提示してきた事かと思います
他所の手垢にまみれたミニバン市場に安直に見えるエクシーガを出すのは自己否定かと

18:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/03 00:34:24 +jpfpP1L0
でも、モーターショーに手を替え品を替え何べんも何べんもコンセプトカーを出品してたって事は
よっぽど作りたかったんじゃないのかな。ミニバンの類を。

19:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/03 00:50:31 +Eq9nyIX0
最初に出品した時点で商品化出来ていれば良かったのかも知れないけれど
市場が収束に向かい、値段で勝負の現状になってから出したのは
印象悪かったかもね。

20:酔いどれエロスパ◎~▽~◎ ◆cAAK5ejJdg
08/07/05 22:33:44 f7+EEJMZ0
>>15
ふさセンセ、つうことはヌバルは12ch(現:テレビ東京)だったつうことでせうか。w

21:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/06 00:17:56 XMLHRxh60
スレタイを見るとYMO(イモ)を思い出す。

22:酔いどれエロスパ◎~▽~◎ ◆cAAK5ejJdg
08/07/06 22:00:07 VWDk/Iyl0
こちら↓のミクさんは散開ライヴ寄りですな。
URLリンク(jp.youtube.com)
URLリンク(jp.youtube.com)

かういふ凄腕見せつけられるとミクさんヤってみやうといふ気が失せますな★。

23:Σ(・*・` ) ふっさーる ◆288GTOD/a2
08/07/07 00:15:40 +wFY1VOH0
>>20
あい。そうです。
いくざくとりぃ、でございますw

>>22
えーと、曲だけなら、まあ負けないものはいろいろ在るのですが
ミク嬢はローラもアンドリューもリンもあるのですがいまいち使いこなせない。
あれだけつかえるひとはちょっとうらやましいのであります。


24:酔いどれエロスパ◎~▽~◎ ◆cAAK5ejJdg
08/07/07 01:22:37 Wpjv1pDy0
リンドラムがあってもオレンヂ大活躍の京城音楽はミクさんでは困難でせうな。

25:酔いどれエロスパ◎~▽~◎ ◆cAAK5ejJdg
08/07/07 01:25:18 Wpjv1pDy0
ぁ、ぃあリンつうのは鏡音リンのはうでしたでせうか?w

26:酔いどれエロスパ◎~▽~◎ ◆cAAK5ejJdg
08/07/07 01:28:09 Wpjv1pDy0
こらこら。w
URLリンク(jp.youtube.com)

27:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/07/10 00:23:45 05bd2OLw0
>>1
大変遅くなりましたがふさ先生、スレ建て乙であります。
資料置き場、雑談の場と書かれておられますが、このスレ自体が雑談ですし。
これまでの書き込み等はURLリンク(briefcase.yahoo.co.jp)
私のアップした画像の類もURLリンク(photos.yahoo.co.jp)に有りますので、そちらで良いかと。


28:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/07/10 00:31:16 05bd2OLw0
さて、前スレは意識的にレーシングカーに話を偏らせたのですが。そこで気にはなっていたものの、
取り上げなかったのが速度記録挑戦車の類。
「自動車の速度記録」とかで検索して得られる以上のこともほとんど知りませんし、
自動車を用いた競技は“走る(加速・巡航)曲がる止まる(減速)”のバランスを競うのが妙味だと思うので
真っ直ぐに走った結果だけの速度記録には、左程の興味も持てないこともあります。

車(記録挑戦車)の方を見ても、ヴィンテッジ期までの“ブリッツェン・ベンツ”とか
有名どころのM・キャンベルの“ブルーバード”やらJ・コッブの“ネピア・レイルトン”までは面白いのですが
ターボジェット推進とかになると、もう何処が自動車と言えるやら・・ですし
ソルトレイク等で出した記録など、地上には違い無くとも路上ですらないですし。

ただ、その時点での絶対速度記録ではない為にWikiの「自動車の速度記録」といったカテゴリーには
掲載されていないものの、30年代終盤にヒトラーの肝いりで、完成したばかりのアウトバーンを用いて
メルセデスやアウトユニオンがGPカーをベースに用いて行ったという速度記録挑戦会等には
一応は公道を用いている事も有って多少の興味も有り。
アウトバーンとドイツ車の両方を国内外に自慢したかったのでしょうが、
38年1月にはこの記録会の最中に突風に煽られ、ベルント・ローゼマイヤーさんっつう名ドライバーが
僅か28才でお亡くなりになっています。その時の記録は430km/hくらいだったそうです。

最高速と言えば、最近では絶対速度とかよりも例のブガッティ・ヴェイロンの400km/h超ってのが
一般には話題となりましたが、実際合法的にその速度を出せるのは世界中で一箇所のみとか。
恐らくは上に書いたローゼマイヤーさんの事故の場所辺りなのでしょう。
400km/hなんてのは(それが可能な車を持っていても)非現実的なモノのようです。
その速度で疾走する事を開発に携わった方は「大変エキサイティングな経験」等と語っておられるようですが
その時の燃費は0.8km/lだとか。
つまり400km/hを維持して一時間走るには500リッターのガソリンが必要。しかしそんなタンクは積んではいない。
こうした事からも、結局はそれが可能な車を持っていてもこの速度は非現実だと思うのです。

29:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/10 21:40:55 wXgyJ9IE0
>>28
> つまり400km/hを維持して一時間走るには500リッターのガソリンが必要。しかしそんなタンクは積んではいない。

つまり無給油でも400km以上走れる最高速度300km/hの日産GT-Rのほうが結果的に速いということでしょうか。

30:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/07/11 00:08:13 VdejvT4s0
>>29
それは、GT-Rでも出せる範囲の速度での両者の燃料消費率の比較やらタンク容量やらを計算してみないと
ナンとも言えないのでしょうが、そこまではデータが無いので判りません(w

昨日書いたアウトユニオンのレコードカー
URLリンク(img.motorpasion.com)
URLリンク(www.autojewel.de)
この車自体は、かのF・ポルシェ博士設計になるGPカー“Pヴァーゲン”
V型16気筒6リッター過給機付きエンジンをミドシップとした“タイプC”
URLリンク(www.audi.es)
これをベースに、過給圧を上げて出力強化したものだそうですが、
例のベルント・ローゼマイヤーさんが事故でお亡くなりになったという記録会の日には
ポルシェ博士は後にVW・ビートルとなるkdf計画の方に忙しくて現地には現れなかったとか。
後にポルシェさん、「あの車は横風に弱く、私ならあの日には絶対に走行を許可しなかった」と
語っておられたそうです。
後輪はキャンバー変化の激しいスウィングアクスルを採用した初期のミドシップ車ということもあり、
かなり唐突な挙動を見せる車だったようです。

実際、運転者をかなり選ぶ(腕云々以上に相性)傾向は激しかったらしく、
ローゼマイヤーさんを失った後のアウトユニオンチームはイタリアからヌヴォラーリ、ヴァルツィといった
超一流のドライバーを補強していますが、アキッレ・ヴァルツィさんとは相性が良くなかったようで
この時期のヴァルツィさんの成績は彼のキャリアの中では芳しくないものです。

ところでこのタイプC・GPカー、最近約1/2スケールでペダルカーが出たそうですが
URLリンク(www.classicrallies.com)
URLリンク(farm3.static.flickr.com)
お値段160万円とか。まぁ買う人は買うのでしょうね・・私なら適当なエンジン積んで暴走道具にしてみたい等と
あらぬ事を考えてしまいますが。

31:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/07/12 00:36:00 hTMi9d8h0
ドイツに於いてアウトバーンと名付けられた道路は初めて作られた自動車専用道路ではなく、
第一次大戦直後にはAVUS(ドイツ語の“自動車専用通行及び練習道路”の略)と呼ばれた
道路が完成していたそうで。
これは二本の長い直線道路を二つのカーブでつないだ形態であり、当初の予定とは異なって
クローズド・サーキットとしてGPレースも行われていました。

この、アウディのショーカーにも名前を用いられたサーキットをあえて用いずに速度記録挑戦会を行った辺りにも
ヒトラーが当時完成なったばかりのアウトバーンの存在を国内外に誇示したかったという意図が見えます。
例え幾ら直線であってもアップダウンの激しいところや荒れた舗装では記録は伸びませんから。
日本の道路でも北海道辺りにはかなり長い直線が有る筈ですけど、
起伏が結構有るのでそんなに遠くまで見渡せる訳でもなく、長い直線であることを実感出来ません。
私が走った中では秋田県の干拓地、八郎潟の中央を走る農道が全くの平坦という事も有り
長い直線の印象が強いのですが、狭い道幅で当然あんまりバカな事は出来ません。つか、しません(本当)

ところで以前にも触れた自動車史家の折口透さんの著書の中で、
世界初の自動車速度記録挑戦の話が何処かに書かれていたと思ったのですが、
知人に貸したままになっている本の中だったのか、ちょっとその記述を見つけられず。
そこでちょっとうろ覚えの所も有りますが、確かその記録会はフランス・パリ郊外の公園の中の直線道路で
19世紀末に行われ、記録は60km/hくらいだった筈。
当時の興味は「自転車の記録を上回れるか?」みたいなのどかな物だったようですが、
考えて見れば現代の都市部の路上ってのもそれと大差無いと言えるのかも。

「どの位の距離までならば、自転車の方が早いだろうか?」って誰しも一度は(または日常的に)
考えるものでしょう。100km/hが現実に考えられる最大の速度だったりと、都市部の一般路は
自動車黎明期の絶対的な記録と殆ど変り無いもの。
120年の歴史を重ねた結果っつうのは結局そんなことなのか?ってちょっと考えてみたり。


32:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/07/13 00:30:55 O5TMtLuj0
アウトユニオンのレコードカーには先日の形以外にも有り。模型の写真ですが、
URLリンク(www.ewa1.com)
これは前年型(1937年)のようですが、形の異様さっつうか不気味さで、私はこちらの方が好きです。
これが更に進化して38年となると全体がひとかたまりの流線形となり
URLリンク(www.modellismorsm.com)
遥か後のルマンで活躍したポルシェのレーシング・スポーツカーなどを連想させる形となります。

こうした形状改変には元となったPヴァーゲンの設計者であるF・ポルシェ博士がどの程度関わったものか。
初期の356のレーシングバージョンやら、前述のレーシング・スポーツカーやらと
空気抵抗の削減には大変熱心な印象がポルシェ一族やポルシェ車には有るのですが、
その割りには空冷時代の911などのボディー設計は空力には案外無頓着だったように思えるのは不思議?

かつてはレースと並び効果的な宣伝材料として速度挑戦を自動車メーカー自らが盛んに行ったようで、
自動車レースやモータースポーツは「嫌いだ」と公言すらしたヘンリー・フォードさんも
フォード社を立ち上げる前には速度記録挑戦を自らの手で行っており
初期のフォード車の広告には「あの、999号(速度記録挑戦車の愛称)を作ったフォードの設計である」と
掲げていたとか。
一部のハイエンド・スポーツ以外では、異常な高速度そのものが悪であるかのような風潮の現代では
考え難いことと思えます。

昔のジャガーのモデル名のように(SS100とかXK120とか)最高速度を売り物にするような車は
今は殆ど見られません。そうした事が実際には大して意味を持たない事に皆気付いてしまったのでしょう。
また、車の能力が格段に上がり400km/hを標榜するブガッティのような車が出ても、
その速度を出せる場所が無いとか、燃料消費率の面から巡航速度には成り得ないとかで現実的ではなく
既に“最高速度”という言葉自体に魅力は失われているのかも。
そのブガッティにしても、400km/hの時の燃費が0.8km/lとかでは、ガソリン高騰の今だと一時間で10万円分を
消費するという割合。吉原辺りの高級店で二輪車遊びするくらいの勢いでしょうか。
そう考えれば、開発者の方の言われる「エキサイティングな経験」がどんな物か、少し想像が(ry

33:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/13 08:11:36 oaFuNYfxO
時速400キロで一時間継続走行するなんて、現実にはありえないですよ。

34:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/13 09:54:57 05/CR77PO
>>33
ご本人も28でそう書かれています
…つか、なんつうオチですか、そりゃw

35:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/07/14 00:41:06 9fNrqjjK0
>>33-34
まぁどれくらいの速度でお金が消費されるかって話ですので・・(w

日本にいれば勿論のこと。欧州にいても一般には400km/hどころか300km/hもほとんど縁が無い速度で、
大体、普通の人は200km/h出るかどうかくらいの車を買って、その7~8割を用いるくらいがいいところでしょう。
この200km/hって速度を最初に公式に出した車は以前このスレでも少し話に出たブリッツェン・ベンツで
URLリンク(www.seriouswheels.com)
1909年に達成しているそうですが、ガソリンエンジン車に限らなければその三年前に
アメリカでスタンレー蒸気車が200km/hの壁を突破しているとか。
また、列車の記録まで手を拡げれば1903年にはベルリン郊外で電気機関車が210km/hを
記録しているそうですが、その辺はまた別の話。

で、この“ブリッツェン・ベンツ”元々アメリカで速度記録に挑戦した時に付けられた名前
“LIGHTNING BENZ”をドイツ語に訳したものだそうですが、ナンと言っても目を惹くのは
その21リッターにもなる四気筒エンジンでしょう。
前スレで話の中に出た、アメリカのウォルター・クリスティーさんの作った24リッター直四なんてのも有って
四気筒エンジンとしては最大の物と言う訳でも有りませんけれど、
このブリッツェン・ベンツについて詳しく書かれたSCG-47の記事を見ると、ボア・ストロークは
180mmX200mmにもなるとか。
幾らツインプラグとされていても、この大径シリンダーで火炎伝播の問題とかは起きなかったのでしょうかと
心配になります。

その巨大なエンジンを除けば、1400kg程度の車重に200HPで最高速度200km/hちょっとですから
現代の2リッター級サルーンと比較すれば、やや空気抵抗の大きい車体の分だけ
強力な出力のエンジンを搭載して同じくらいの最高速度を得ているくらいの車として
意外に常識的、つか理解出来易いスペックではあります。
が、それにしても21リッター。その当時(20世紀初頭)の技術者の方は容積辺りの比出力なんて事には
まだ無頓着だったのでしょうか??


36:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/14 09:45:55 /KoFGka50
車は「馬力」で走るのではありません。
車は「トルク」で走るのです。
21リッターのトルクは相当なものでしょう。

37:CA4A海苔 ◆2TDfQ/y4j.
08/07/14 16:16:06 YcLzn7kn0
馬力=トルクx回転数だから、20世紀初頭の技術レベルでは、
自動車に搭載出来る形の直列エンジンでは四気筒が現実的。
更なる多気筒化、高回転化は困難、又は非現実的?大排気量低
回転高トルクの200馬力を最初から狙っていた。又は他に選
択肢がなかったのでは無いかと思うのですが。ツインプラグも
当時のマグネトー点火システムの信頼性の低さと、気筒容積の
大きさによる火炎伝播スピードの限界を考えれば、高回転化の
為とも考え辛いですし。

38:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/07/15 00:22:39 cx63k7ZE0
>>36
その辺の難しい話は、はっきり言って苦手分野なのですが。
基本的にはそうなのでしょうけれど、今の所、話題にしているのは最高速度ですので、
その車を最終的にどれくらいの速度にまで押し上げられるか
(どれ程の走行抵抗と吊り合せられるか)ってのは仕事量の問題になるのではないでしょうか?
回転の上がらないエンジンはトルクが強大でも仕事量(馬力)が上がらない。
また、高いギア比が与えられないので(オーバードライブレシオでは強大なトルクも減少する)
速度は上がらない。みたいな感じではないでしょうか。

20世紀初頭のレーシングカーと言うと、殆どは四気筒エンジン搭載であったのは確かなようで。
おおよそ1910年代の初頭に至るまではこの傾向が続いていたようです。
転機となったのは恐らく1912年のACF(フランス)GPだったようで、以前このスレの中で触れた
世界初のDOHCエンジン搭載のプジョー(エルネスト・アンリ設計の7.6リッター直8)が
14リッター直4搭載のフィアットを打ち破った時だったでしょう。
これ以来、多気筒の高回転型エンジンの優位が明らかになったようです。

それ以前にも大排気量、大型エンジンであれば常に有利であったと言う訳でもなかったらしく、
4リッター程度のルノーがレースで10リッター超の他車を破り好成績を挙げたり、
また僅か1.3リッターしかないブガッティ“ラ・ピュルサン”が10リッター・フィアットらに伍して上位に食い込んだり
と言う事も有ったようですがそうした小~中型車も、当然のように四気筒でした。
また、ウォルター・クリスティーさんの作った“ダイレクトドライブ前輪駆動車”も
直列ではないものの24リッターにもなるV型四気筒。

四気筒以上の多気筒エンジンがこの時代に無かった訳でもなく、例えばロールス・ロイスの“リーガミット”
なんて車(1905年)はV8搭載でした。
ところがこの“リーガミット”正確には“Leagal-Limit”を略した愛称で、市内通行に特化して
市街地の制限速度(赤旗法撤廃後の20mph/h)程度を常用速度とした低速車。
多気筒=滑らかな回転フィールという特性は知られていても、
高回転型という考え方は未だ生まれていなかったのでしょうか。

39:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/07/16 00:16:54 Y8GhpF/F0
最初に細かいところの訂正。 “Leagal-Limit”→“Legal-Limit”
靴屋さんの名前は“Regal”なんですよね。どういう意味なんでしょう?

さて、レースとは無縁のような印象のあるロールスロイスですけれど、その初期には意外と多くの
スピードトライアルやら何やらに出場し、出来たばかりのブランド名の宣伝に努めていますし、
有名なマン島TT(ツーリスト・トロフィー)レースでは第一回~第二回に掛けて
初期の4リッター四気筒車を出場させ、好成績を挙げているそうです。
メーカー名の前半部でもあるC・H・ロールス卿は富裕な貴族スポーツマンであり、
自らステアリングを握って数々のレースに出場、当時英国屈指のレーシングドライバーだったそうですから
彼が販売を担当するロールス・ロイス車が競技へ参加するのは当然の流れだったのでしょう。

残念な事にロールスさんはロールス・ロイス社創業後数年と経たない1910年に、もう一つの趣味
(以上のものだった)航空機の操縦中の事故により、僅か34才の若さでお亡くなりになり、
それ以降ロールス・ロイス車は徐々にレースの類に参加しなくなっていったようです。
既に高品質の評価が確立したことや、全てのロールス・ロイス車の設計を統括したヘンリー・ロイスさんが
生産車や航空機エンジンの設計だけで(健康を著しく害す程に)多忙であり、
競技用車両の設計どころでは無かったことも原因だったのでしょう。

そんな事も有ってか、初期のロールスロイスがレースの類に参加させた車というのは
資料に有る限りは生産型そのものか、それを軽くチューンして軽量なボディーを架装したもの。
当時大陸で盛んに作られたレース専用の巨大な怪物車は作らなかったようです。
そうした車を最も多く作ったと思えるのは昨日も名前が出たフィアットのようですが、
これは恐らくフィアットが自動車専業ではなく、より大型の飛行船や定置用エンジンを多く作っていた事と
無縁ではないでしょう。

ロールス・ロイスが航空用エンジンでも成果を挙げるようになったのは第一次大戦からであって
既に無謀な都市間レースの類は禁止された後のこと。
それでも、このロールス・ロイス製の航空機エンジンを用いた速度記録挑戦車は存在しましたが
それはメーカーとは関係は薄い、別の話のこと。

40:CA4A海苔 ◆2TDfQ/y4j.
08/07/16 02:01:17 woNJX4aR0
37のレスは>>36車はトルクで、に対してのチャチャ。
「車はトルクで走る」って云いきってしまうのは、
「ハンドルを切ると車は曲がる」ってのと同じくらいの説明不足だと
思うのです。当時の彼らの目標に対する最適解が21リッター四気筒だ
ったというだけ。もし排気量を小さくすれば高回転が狙えるけれど、
もっと効率の高い点火システムが必要になるし、ムービングパーツの
要求精度は更にシビアになる。又高回転化するって事は減速比の拡大
や減速システムの複雑化を招く。20世紀初頭の機械なんだから19世紀
末の治金、加工技術で作られていると思って間違いじゃないと思うの
だけれど、少し乱暴な考えでしょうか?。

41:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/07/17 00:15:10 DNaE98YT0
>>40
成る程。ただ一箇所
>高回転化するって事は減速比の拡大や減速システムの複雑化を招く
ファイナルギアレシオが高くても低くても、大して複雑さに変りは無いと思いますが(自信無し w)

考えてみれば。大トルク低回転型エンジンと高いギア比と高回転型エンジンに低いギア比の組み合わせ。
どっちを取るかは今に至るまで続く問題ですが。
後者を取りたくても、それが作れなかった20世紀初頭には、
前者の考えを進めるのが唯一の方法だったのでしょう。
その最終的な回答(?) 1910年のフィアットS.76(ブルックランズ300HP)
URLリンク(www.piemonte-online.com)
以前にもこの車については少し触れた事が有りましたが、その後に読んだ本(何だったかは忘れた w)に
飛行船用エンジン搭載と有りました。
28リッター四気筒(w)は火炎伝播の遅れを防ぐ為にトリプルプラグとされていたとか。

第一次大戦後にはこの手のモンスターをメーカー自らが作る事に意味を見い出し難くなったのか
製作される事は無くなった様子。しかし大戦中に発展した航空機用の大排気量エンジンは
アマチュアの手により記録挑戦車等を作る為の恰好の素材になったようです。
その代表的なものがマルコム・キャンベル(イギリス)の“ブルーバード”(ネピア23リッター航空エンジン他)
URLリンク(www.bluebird-electric.net)
またジョン・コッブ(こちらもイギリス)の“ネピア・レイルトン”(これもネピア航空エンジン付き)
URLリンク(www.telegraph.co.uk)
同じくジョン・コッブの“サンダーボルト”(ロールス・ロイス航空エンジン搭載)
URLリンク(www.motoringpicturelibrary.com)
また、ルイス・ズボロフスキー伯爵(またイギリス w)の“チティ・チティ・バン・バン”(1から3迄有り)
URLリンク(abinitioadinfinitum.files.wordpress.com)
イギリス人はこういう事が好きだったのでしょうか?
まぁ、日本でもアート商会“カーチス号”なんてのが有りましたが
URLリンク(koume.sakura.ne.jp)

42:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/07/17 00:25:25 DNaE98YT0
↑ 意味不明な文章で失礼。

大トルク低回転型エンジンと高いギア比と高回転型エンジンに低いギア比の組み合わせ。 どっちを取るか
↓訂正
大トルク低回転型エンジンに高いギア比の組み合わせと高回転型エンジンに低いギア比の組み合わせ。
どっちを取るかは今に至るまで続く問題

また、“サンダーボルト”はジョン・コッブではなく、そのライバルであったジョージ・イーストンの車でした。

43:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/17 00:38:18 ToHM0UzcO
長たらしいレスだが何かの参考書をそのまま写したように見える。

44:CA4A海苔 ◆2TDfQ/y4j.
08/07/17 01:38:08 9dv0T/pZ0
>>41
現代の電制技術なぞ望むべくも無い時代、
フラットトルクの高回転型エンジンなんて夢の又夢。
当然ながら変速機構は必要な訳で、どういう機構にせよ
大トルク低回転型を選んだ方が変速段数を少なくできます。
>>43
「何かの参考書を」むさぼる様に読んで、頭のパズルを
少しづつ埋めながら、色々な経験や他者とのやりとりの
中で、ミッシングリンクを繋いで(本当は車オタの仮面を
被った・・・・オタかも?)「逝ってる氏」の様なオタク
が養成されてゆくのです。

45:Σ(・*・` ) ふっさーる ◆288GTOD/a2
08/07/17 02:44:39 Vd+UK/Ca0
>>43

君の意見はもっともだと思う。
だがね。
今までの書き込みを見ても、「まんまうつし」というのはまずない。
たとえばかの自動車エンサイクロペディア。
あれ、俺は持っているんだが、そんなのはいま、ここには関係ない。
勉強の一つの資料として、いろんな書籍を読み、自分なりの考察を加え、
統計立ててその人なりの答えを出す
その結果が、面白いのである。
視点の違いとか、そのようなことが大事なのである。
言い換えれば、書き込みをする人の、人生の経験の一部を享受し、それに浸り、
それを共有し、それを思考しよう、というのである。

きみがそう思うのはかまわない。
だが、それは>>何かの参考書をそのまま写したように見える。
その「何か」を君にもしらべていただきたい。
しかし、「何か」がなかった場合、君はそれでも同じようなことを言うのであろう。
ならばそれでも良かろう。
しかし、そこに他人から同意を得られる君自体の主体はどこに見受けられるであろうか。
おそらく、それはすごく薄いものであろう。

車オタクとは、他人のパズル、自分のパズル、ともに楽しめる人なのだ。
知識という名のテストをしているわけではないのだから、もうすこし別の楽しみ方を
してみてはどうだろうか?

46:CA4A海苔 ◆2TDfQ/y4j.
08/07/17 02:57:52 9dv0T/pZ0
わーい、フッサール先生にかかるとオイラのオチャラケたレスなぞ
吹っ飛んでしまいましたがな。云ってる事は似たような事なんだけど
やっぱ重鎮には敵いませんな。

47:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/17 03:20:47 JuRgHBaL0
>>43
そもそもこのスレの主旨が「少ないレス数で512KB埋める」だから長たらしいレスなんですよ

48:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/17 05:15:21 SDYpW8rcO
↑そう言えば。以前俺、某スレをスペースキーの連打で容量オーバーにした事があったなw



49:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/07/18 00:03:44 DNaE98YT0
ま、実際のところ。
記憶・うろ覚えに頼って書き込んで、書いた後から気になって調べるって悪い癖(w
が無ければ昨日みたいな間違いもしないんでしょうけれどね。
>>47
そう思う?実は何度か私もそれ考えた(w)
私一人で書き込んでいたら恐らく300レス行かないで終わるのでしょうが、でもそんな放置プレイスレは嫌(w
>>44
そういう意味でしたか。
確かに、例のウォルター・クリスティーさんの作った“ダイレクトドライブ前輪駆動”みたいに
ファイナルすら不要な程のトルクが有るならば、変速機も何も無くて済むのでしょうか。
しかし“過ぎたるはナントカ”で、あまりにも回転の上がらないエンジンでは使える領域(回転数)が少なくて、
結局ピーキーな高回転型と同様に多段の変速機が必要となるかも。その辺の話はまた後で。

昨日間違えた“サンダーボルト”(ロールス・ロイス航空機用エンジン二機搭載のモンスター)を企画した
ジョージ・イーストンさんという方もやはりイギリス人。
こうした冒険好きで、思いついたら行動の素早い人がいるのがイギリス人の面白いところでしょうか。
また、航空機に用いるような大型で高価なエンジンを惜しげもなく用いたスペシャルを作る富裕層のいる一方、
鉄パイプを曲げたりロウ付けしたりして組んだフレームに二輪用とか機械動力用等の
小型汎用エンジンを積んだ粗末な“サイクルカー”を作る
町工場が多く現れたのも同時代(第一次大戦後)の英国。

とにかく自分で企画して作るという事が好きな人が多いらしい国民性が最も盛んにこの時期に現れたのか
珍車奇車の類には事欠かない20~30年代英国ですが。
富裕階級から一般人迄に共通するのは、以前エロスパ氏も書かれたような“元は何用エンジンでも構わない”
っつうミもフタもないこだわりの薄さかも知れません。


50:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/07/19 00:07:56 FWcFQWQx0
さて、先日ロールス・ロイスの事など少し触れたら、
丁度新型“ファントム・クーペ”日本でも受注開始なんてニュースが今朝の新聞に書かれていました。
URLリンク(trendy.nikkeibp.co.jp)
最近のロールス・ロイスのデザインは酷く下品になったと思うのですが、これもまたかなりのもの。

私はこの先、何をどう間違っても新車でロールス・ロイスが買いたいと思う事は無いでしょうし
ロールス・ロイス社がどうなろうと知ったことではないのですが。
全く無責任な外野(にもなれない野次馬?)の一人として思うに、ロールス・ロイスってのは地味で
価格の割りには目立たない控えめな印象を持つくらいが丁度良いと思います。
物騒になる一方の世の中ですし、お金持ちが一般の路上で派手な振る舞いをするのは避けた方が
望ましいとも思うのですが、そんな事も無いのでしょうか。

戦後は他の高級車メーカーが軒並み潰れて、
少し前迄は、高級・高価格の点で並ぶ者が無かったロールス・ロイスですが。
今ではダイムラー・ベンツグループからマイバッハという競争相手も出現。
親会社であるBMWとしては、それに対抗出来るだけの押し出しが必要と踏んだのかも知れません。
しかし、ロールス・ロイスは王道を行けば良いのであって、
自ら対抗馬に身を貶めるような必要など無いと思うのですが、市場はそれを許さないのでしょうか。

元々ロールス・ロイス車ってその成り立ちを見ると、目指したのはひたすらに高品質な車であって、
所謂スノッブな人達が好んで求めるような高級イメージってのは後から生まれたものであり
創業者のヘンリー・ロイスさんが望んだものではないように思えるのです。
最初に彼が作ってロールス卿に見せた試作車が、僅かニ気筒の小型車であったことからも
ロイスさんが最初から高級車市場を意識していたという訳ではなかったことを表していると思います。
大型6気筒車をその主力にして高価格車の市場に進出したのは、
恐らく販売を担当したロールス卿の意向だったように私は考えます。
それに対してヘンリー・ロイスさんという方は、一途に自らの信じる最善を尽くした人だったのではないでしょうか。


51:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/19 01:42:55 1YcFJl/f0
先代シルバー・セラフの、
現代の自動車として無理のないプロポーションを備えた高級車らしい格調高さは、
90年代の英国車としてローバー75と並ぶ素晴らしいものだったんですが……
(この時期、ジャガーサルーンは既存モチーフの使い回しでいまいちでしたし)

それにひきかえ、現行ファントムの酷いことといったら……
デザイナーのセンスがないと、伝統のモチーフも醜悪に堕ちるという見本ですな

52:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/19 12:18:13 Ad/4tZzZO
いまのファントムは昔の面影を無理にモダナイズした結果でしょうね。
ま、クライスラー300Cもそこらへんはどっこいどっこいですが。

53:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/07/20 00:27:36 i+SFN3B10
>>51
ローバー75って、発表された時には強い印象は無かったのですが、
そう言われてみると英国的な感覚も有り、また古臭くもなく良い形だったと思えます。
あれもBMW傘下で出来た形だったのでしたっけ。
>>52
クライスラー300Cは少し品の悪い“悪の華”を思わせるのも味の内って事で良いと思うのですが、
紳士の乗り物である筈のロールス・ロイスは常に品良くあるべきかと思うのです。

さて、ロールス・ロイスの歴史とか成り立ちについては他にいろいろと書かれた物が有るでしょうから
今更此処に書く事も無いでしょうが。
創始者であるヘンリー・ロイスさんという方は、若い頃にはかなり苦労された人だったようで、
それこそロールス・ロイス車の顧客となるような上流階級の人々とは無縁だった筈。
それが40才を過ぎてから自動車の世界と関わるようになると、
一切の妥協を排したその真摯な設計・工作が富裕な貴族だったロールス卿に認められて
一躍上流の人々が競って求める高級車メーカーのオーナー兼主任設計士となったようです。

ところが。私は別にそれの何処が悪いとも思いませんし、真面目に高品質を追求したその姿勢は
確かに尊敬に値する物とも考えますが。
手間の掛かる方法を厭わず、また行程内に数多くの検査を設けて確実さを追求した結果、
かつての自らのような労働者階級で日々苦労する人々には手が届かない値段の車になってしまったこと。
ヘンリー・ロイスさんは本当にそれで良かったのでしょうか?

彼は生前「最も良い物は、最終的には最も安い物につくのだ。値段が忘れられた後も品質は残る」と
語っていたそうですが。その値段が当時のベストセラーだったモーリス・オックスフォードの二十倍ともなると、
例え車が二十倍長持ちしても人はそんなに長生き出来ないと皮肉っぽいことの一つも言いたくなります(w
私の個人的な見方ですが、このロイスさんの「最も良い物は~」という言葉って
技術者としての一つの理想を追い求めるという多少のわがままを正当化するというか、
自分に納得させるために出て来た言葉のようにも感じるのです。

54:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/21 09:44:07 qhp+AGpQO
たしかにシルバー・セラフは全体的に控え目な印象だったな。ベントレー・アルナージもいまだあのスタイルを使っている。
いっぽう、ファントムの仰々しさこそロールスロイスらしいという向きもいるからねえ。

55:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/07/22 00:39:20 ckqzKZta0
フィッツジェラルドの有名な小説『グレート・ギャッツビー』にも“黄色いボディーに緑の内装”の
ロールス・ロイスが出て来ますが、当時(20年代)のアメリカ人が好んだロールス・ロイスのイメージってのは
そんな風だったのでしょうか。
高級・高価格な車はやはりそれなりに派手でなければ成功者の証に成り得なかったのでしょう。
キャディラックでもリンカーンでもなく、ロールス・ロイスを買う人にとっては
一目見た時にそれらの車に貫禄負けしてしまうのは大きな問題だったことでしょうから、
ロールス・ロイスの仰々しさという一面はこの頃には既に有ったのでしょうね。

今は閉館中の山中湖高村美術館に所蔵されている、ロールス・ロイスファンタムⅠ
URLリンク(proxy.f2.ymdb.yahoofs.jp)
ちょっとピントが甘いですが(w
この車自体はそんなに派手には感じませんが、実際に路上で見ればやはり結構目立ったでしょう。
また当時マサチューセッツに有ったアメリカ工場製という事も有り(LHD)
アセチレンランプを模したような“太鼓型”のヘッドランプとかホワイトウォールのタイヤ等
細部からは、やはりアメリカ的なセンスを感じます。
もっとも、トヨタ博物館のシルバー・ゴースト
URLリンク(www.toyota.co.jp)
英国でもこんな風にされた例も有る訳ですが、これは普段使いにされた車ではないでしょう(??)

やはり普通は「せっかく高い金払って大きい車買ったんだから、目立たないと面白くない」
って考えるモノなのかも知れませんけど、
それじゃあアルファード辺りに金エンブレム付ける人と考える事は大差無いと思うのですが。
まぁ余計なお世話か・・(w
それにしても、必要以上に目立つ事を嫌う地味で保守的な、しかし立場上安い車に乗る訳にもいかない人は
今のロールス・ロイスがあんな風になってしまった以上、一体どうするのでしょうか?
ベントレーに行くか、それともブリストルに行くのか・・。
ロールス・ロイスの形が下品になった影響を受けて、ブリストルが一躍生産数倍増なんて事になったり・・
(それでも大した数じゃないですが w)

56:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/22 20:45:57 2bhC0KCKO
デイムラーやベントレー・アルナージあたりに乗ってるでしょ。
ベントレーこそ以前のロールスロイスの後継(工場はダービーのままだし)。
そして、今女王陛下が召されるあの、ロンドンタクシーのお化けこそ正統なファントムであります。

57:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/22 21:57:34 2bhC0KCKO
上記訂正します。
(誤)ダービー(Derby)
(正)クルー(Crewe)
例のお化けベントレーは「Golden Jubilee」だかの枕詞だったからたぶん即位50年記念で、LPGかLNGを燃料とするようです。
逝ってるさん、画像をお願いしますww。

58:酔いどれエロスパ◎~▽~◎ ◆cAAK5ejJdg
08/07/23 00:37:41 rGGbtM4F0
まうひとつの75、ローヴァー75は、やはりそれでもアテクシの目からは
やはり”ガイジンが見た英国”に見へます。
中身は兄弟のMG-ZT共々非常に良質の、Zアクスルを持つFFのBMWたる、
そして英車なかんづくローヴァーの伝統である良きドライヴァーズカーであるさうです。
中身の味付けは乗ったことありませんので英国的ドライヴァーズカーであるのか
ドイツ車的良質なのかは分かりませんがそれはともかく形はやはりドイッチャーの思ふ英車、
何が何でも尻下がり風味でなくては英車はいかんのか?w と。
ケツが上がってりゃ何でもイターリャ風味つう困った誤解もありますし。w

英国王室御料車といへばやはり正統はデイムラーでせう。
が、ジャギュアのバッヂエンジニアリングでは・・・。
さりとて例のリムジンでは余りに軽杉る。あれは結婚式場で使ふのが妥当でせうか?w
アテクシは結構嫌ひぢゃ無ひんだけど、王室御料車にはなぁ。

つな訳で品無くケヴァケヴァしくなったロールズですが
これ↓に至る過程と思へば。w
URLリンク(www.oto6.free.fr)

59:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/07/23 00:40:23 1X02C46X0
・・お願いされても・・ねぇ・・その車を知らないですから・・RoyalのPhantomですか?
こんなのかなぁ・・
URLリンク(www.zappos.com)
じゃなくて
URLリンク(www.telegraph.co.uk)
ふと思ったのですが、英王室カラーって競馬では紫なんですが(騎手の勝負服ね)
専用車の類には使わないのでしょうかね。

ところで、雑誌記事などでロールス・ロイス車の試乗記ってあんまり見ないと思うのですが、
やはり基本的にはドライバーズ・カーではないからって事なんでしょうか。
クーペモデルならそんな事も無いと思うのですが。
昔、CG誌で英国車特集が組まれた時にも、中心に取り上げられたのはヴィンテッジ期のベントレーだとか
60年代頃のアストン・マーチンだとかでした。
博物館などには多くのロールス・ロイスが保存されていていますが、それらが事細かに解説されることは
案外と少ないようです。

大体、ロールス・ロイス車の機構的な特徴って、意外と少なくて。
古いロールス・ロイスについて書かれた記事を捜してみても、如何にそれが信頼性を重視して念入りに作られ
数多くの検査工程を経て組み立てられたかに終始するようです。
だからと言って、手間と時間さえ惜しまなければ誰でもロールス・ロイス並みの品質が達成出来ると
考えている訳ではなく、既存の他社製品に存在した欠陥を鋭く見い出し適宜改良する事に長けた
ヘンリー・ロイスさんの眼力や手腕が有って初めて達成されたものなのでしょうが。

この事が端的に表れていると思うのが、初期のロイス車が装備していたというキャブレターの話。
当時未だ一般的だった表面蒸発型では細かなスロットル操作への素早い反応は望めないことから
後に主流となる霧吹き型が装着されていたそうです。
このタイプも決してロイスさんの発明という訳ではないのですが、既存品に存在した欠点を細かに取り除き
静粛なアイドリングや鋭敏なスロットルレスポンズを可能としていたとか。

60:酔いどれエロスパ◎~▽~◎ ◆cAAK5ejJdg
08/07/23 00:49:23 rGGbtM4F0
ところでこのFAB1、やはり時代がさうさせたのか
だうもアテクシにはBMW3.0csやそれ以上にBMW2000csあたりにも
そしてその大元に思へるシヴォレー・コーヴェアのあの気配を感ぢるのです。
殊に逆スラントのライト付近から側面に流れるアクセントモールの位置関係とか。

しかしそれでも尻下がりにするのは英国人自身が英国的を外国に見せる際にはやっぱり手っ取り早く
つひつひ”フジヤマ・ゲイシャ”的”ガイジンが見た”イメージに乗ってしまふんでせうかね?w

61:CA4A海苔 ◆2TDfQ/y4j.
08/07/23 01:56:45 ipXgxZE90
うーん・・・やっぱり其の時代毎の匂いってのは有るみたいで、
旧英資本たる豪州ヴォクスホール・マグナム〔マッドマックス
に出てきた黄色いインターセプター〕なんて豪州アメ車の癖に
そこはかとない英国臭を感じるし、逆に同時期の米資本英国車
は英国人の考えるアメリカナイズみたいな中途半端さが見える。
ところで、我が国産車の匂いってのはどの辺りに在るのでしょう?
皆様のご意見をお待ち致して居ります。

62:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/23 20:41:44 0HMULI1fO
ブリストルなんかアメリカンV8を載せてるけど、それでもまさにブリティッシュそのものですね。国内でしか買えんし。
一方、ファントムやレンジローバーは「英国風」なのかさえ、かなり微妙。ラッパーが乗り回してる時点で、無国籍成金車っつーか…

63:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/07/23 23:59:48 1X02C46X0
FAB1、この手のグラスキャノピーって50年代のアメリカのショーカーには良く見られますよね。
URLリンク(www.kimberlymacdonald.com)
これはビュイックの56年のショーカー“センチュリオン”ですが、そう思えば
60年代初期のアメリカ車に、強引にロールス・ロイスのラジエーターグリル付けたようにも見えます。

ところで、ガイジンが思う英国調というならこれ(ちょっと意味合いが違うか?)
URLリンク(carfan.img.jugem.jp)
更には、ガイジンの思うフランス調
URLリンク(www.damd.co.jp)
ドイツ調(w
URLリンク(www.modest.jp)
まぁ、こういうのは半分冗談みたいなものでしょうが、メーカー自ら平気で英国調やらイタリア調をやらかす。
それが国産っつうものかと。
言わば和・洋・中華なんでも有るけど、どれも本格的なモノとはちょっと違うっつうデパートの大食堂。
と、言うのが年バレ発言ならば、高速SAの大型レストランみたいなもの。
「元々、自動車自体が輸入文化なのだから仕方ない」と言えばそれまでですが、
例えばイタリア調と一口に言っても30年代頃と現代では、全く異なる物であるように
他の国ではその時代毎に新たなデザインを生み出している訳ですが、日本は常に他を追っているのみ。

こう言うと、また貶しているみたいに見えるかも知れませんけれど(まぁ褒めている訳でも無いですが)
確固たる日本的なる物を持たぬが故に、例えば対米輸出用にはアメリカ調デザインを、
欧州向けにはまたそれなりの物を用意する事が平気で出来るってのが日本車の強みでもあるのでしょう。

もしも“確固たる日本的な物”を生み出す事に成功していたならば。
自信を持ってそれにこだわり、そのままの形で輸出もしていたでしょうか。
その場合他国に“熱狂的な日本車マニア”みたいな人は、今よりも確実に多くなっていたと思うのですが
その反面、今程日本製は世界でポピュラーには成り得なかったとも考えるのです。
軸を持たぬ故の軽さは文化的な側面で見れば弱さかも知れませんが、数を売るには意外と便利なのかも。

64:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/24 12:44:21 Uvt2+/e40
ロンドンモーターショーでロータスのニューモデル、エヴォーラ(Evora)がデビューしました。
なぜロータスのモデル名のイニシャルはすべて“E”なのか、相当逝ってる氏は当然御存知ですよね?

65:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/24 14:00:30 yIFP2e0lO
車オタクになりたいのですが皆さん車について1日あたり平均何時間勉強してるのですか?

66:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/24 14:12:49 dcDdILtfO
お勉強してなんぼじゃなくて、小さい時の楽しみの延長で乗り物趣味をやってる。好きだから特に勉強なんて思わなくても頭に入るけど、そこから考察に至るには何十年間もの知識や経験の蓄積、周辺分野についての若干の教養も必要でしょう。

67:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/24 17:45:55 ibCFGQgNO
>>64
知っているなら書いてよ
スゲー気になるw

68:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/07/25 00:21:21 VU4um6320
>>64
そう言えば以前何かで
「アンソニー・ブルース・コーリン・チャプマンという名前の頭文字がA・B・C・Cと偶然にも順序良く並んでいた為、
最後の「C」を「D」に置き換えて、次に来るアルファベットEから全ての車名を始めるようにした」
って話をチャプマン自らが語ったという話を読んだ気がしますが、これは嘘っぽいですねぇ。
大体、本来の順番はアンソニー・コーリン・ブルース・チャプマンでA・C・B・Cになる筈でしょうし。
他の説を御存知でしたら教えて下さい。

もっとも(教えて下さいと書いておいてナンですが)チャプマン氏、マスコミとかインタビューの類は嫌いだったのか
こういう話となると結構いい加減な事を言っていた気味があり。
前スレでも触れたタイプ25のモノコック構造の発想の基にしても幾つか異なる理由を口にしていたようです。
メーカー名の“Lotus”にしても、ホンダF-1チーム初代監督の中村良夫さん相手に語った話では
「東洋哲学に傾倒していた時期があったので、仏教に縁の深い蓮の花を社名にした」
みたいなことを言ったそうですが、
Lotusは(その実を食すると悩みを忘れられるという)ギリシャ神話上の架空の植物の名前でも有りますし
東洋人相手にウケ狙いを言った可能性も有りそうです。

ちょっと昨日の話の続き。
例えばイタリア人・イタリアのカロッツェリアがデザインした英国車。トライアンフのTR-4でも
アストン・マーティンDB-4GTザガートでも良いのですが。それを見てもやはり我々は
“英国的だなぁ”と思うでしょうか。私は結構そう感じます。
それに対して同じくイタリア人のデザインした日本車。例えばいすゞピアッツァだとかスバル・アルシオーネSVX
“イタリアンデザインだなぁ”と思うと同時に、やはり“日本車だなぁ”と思うのであります。

単に私が先入観でそう感じるだけなのか。それともデザイナー自身が“日本メーカーの仕事”と思うと
その人の思う“日本的”なるものが仕事の中に染み出るものなのでしょうか。
もしも後者であったり、多少なりとも後者のような事があったりとするならば。
こうした外国人がデザインした日本車を見るのが>>61で言われるような“国産車の匂い”の存在を考えるのに、
理解し易い見本になりはしないでしょうか。

69:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/26 00:10:01 SVJFAPlzO
ブリストルも、ボーフォート、ボーファイター、ブリタニア、ブリガンド、ブレニム、ブラバゾン、ブルドックなどとBがつく車や飛行機が、全てではないが、やはり多いね。

70:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/07/26 00:59:12 34GFqh470
まぁ、大体のメーカーはそれぞれになんらかのこだわりとか規則性を車名に持っているようですね。

ところで、考えてみれば“英国車らしさ”とか“フランス車らしさ”っつうものを簡潔に表現するのは難しいモノですが。
例えば創業時にはドイツ領だったアルザス・モールスハイムのメーカー、ブガッティには
“ドイツ的なるもの”を感じる事は出来ませんし、そう言う人ってのも見た事は無いように
意外と“ナントカ的なるもの”って実態は無いのかも知れません。
ちなみに、私はブガッティはやはりイタリア人エットーレさんの感覚に従い、イタリア的と思います。

以前、永島譲二さんがCG誌上に於いて「英国車の悲劇は、ガイジンの思う“英国的なるもの”を
英国人自身もそう考えてしまった事に始まるのではあるまいか」といった旨の事を書かれていましたが
そういうことは抜きにして、私が最も“英国的”と感じ、また美しいと思うのが第二次大戦前後に
英国製サルーンに流行した“Knife-Edge”型サルーン
URLリンク(proxy.f2.ymdb.yahoofs.jp)
URLリンク(proxy.f2.ymdb.yahoofs.jp)
上は二玄社の「昭和の東京 カーウォッチング」から抜粋させた貰いました。ディムラー・ストレートエイト
下は自分で撮ったベントレーの写真。いきなりこんなのが走って来るとさすがに驚きます。

ただ、この形はある程度寸法に余裕の無い車でないと成立しないようで、小型車で無理矢理にやると
URLリンク(www.users.globalnet.co.uk)
このトライアンフ・メイフラワーのように、ナンとも珍妙な事になるようです。

また、この手の形は何故かその当時は他の国で真似される事は無かったようですから
“ガイジンが見た”とか、そうした前置き無しに文句無く“英国的”と言って良いでしょう。
例外は80年頃、キャディラック・セヴィルが“フーパー調”と銘打って“懐かしの英国風”のつもりだったのか
URLリンク(www.gmphotostore.com)
こんな形を出しましたけど、フェンダー一体の戦後型スタイルではどうにもならず、
あんまり評判は良くなかったのか、長続きする事は無かったようです。


71:酔いどれエロスパ◎~▽~◎ ◆cAAK5ejJdg
08/07/26 01:13:05 sP4dLWuP0
まぁアレでせうな、イターリャのカロッツェリーアがデザインしやうとも
それを生産型に移す際に日本のメーカなら日本のメーカのやり方があって
それが結果日本臭くさせるのではなひかと。
以前、なんかでジュジャーロ御大がSVXの1/1モックアップかなんかを
自ら修正されてる写真を見たことがありますが、
それでも紙上の(今はPCでせうが)デザインを金属等に置き換へる作業の中で
日本なら日本のメーカのやり方・クセが出てくるんでせう。

ましてやジュジャーロ御大のデザインに相当忠実に作ったと言はれる
(ヌバルは相当苦労したさうです、ヌバルだから苦労したのかなんつっては可哀想w)
SVXはまだしもデザイン画は買ってもその通り作ると例によってコストがとか
見切りがとか乗降性がとかあれこれ難癖付けてゐぢり回して変へちゃうのは
良くあることですし。さうなれば自づと日本色は濃くなって理の当然。

ところでブルドック、ぃあこれではソースwブルドッグと言へばアテクシは
ラゴンダを連想しますな。
確かチャールズ皇太子が手を出したとか出さなかったとかそんな話も聞きましたっけ。
まぁこの英国の王子様も、ひと様の国のことはあんまり言へなひにしても、
まう少しシャキッとしてくれんもんだらうかと
タネ無しお世継ぎ無しお下劣大王は思ふのです。w


72:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/26 10:39:23 xyZScsh90
アストンマーティン・ブルドッグとラゴンダ(リトラクタブルライトのやつ)はペキペキの折り紙細工のようなデザインで
まるでアストンマーティンらしくない変な車だったなあw

73:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/27 07:57:33 5MZfLI3yO
ウィリアム・タウンズの折り紙細工だろ。あの70年代当時としては前衛的だったわけ。
でも90年代からレトロ・ブームがあって、コンセプト・ヴィニャーレはアールヌーボ調だった。

74:CA4A海苔 ◆2TDfQ/y4j.
08/07/27 23:27:33 OOsXLiAE0
宇宙船と云われた件のラゴンダに絡めて。
未来的と揶揄される車は数多いけれど、どれを思い返しても
外側が中身を追い越している車が殆どの様です。見方を変えれば
当時の技術を以って作られたドライブトレーンに近未来的なモード
を着せて、作り手の思い描く未来を見せてくれる素敵な乗り物だと
思うのです。中身まで未来的だった、仏蘭西のお洒落な宇宙船は、
当時の技術すらも追い越してしまっていた様ですが。翻って現代の
車は、行き過ぎた無機質さを回顧趣味なボディーで隠してユーザー
に媚びている様に感じます。生産性やら効率を追求する余り、明る
い未来を見せてはくれません。あのラゴンダを腐す人は数多いので
すが、当時殆ど死に体であったメーカーの都合はさておき、カート
の様なふざけたドライビングポジションの、あの車が、愛すべき最
後の仇花ではなかったかとは思うのです。


75:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/07/28 00:37:40 VRjSmjGm0
ラゴンダ(つい“ラ”の字を“la”と入力し“ぁ”と出て来て一瞬悩む w)前にもこの車の話は出ましたが
URLリンク(www.ssip.net)
まぁ、これを見て“英国的だなぁ”“ラゴンダらしいなぁ”と思う人もいないでしょうね。
ついでにアストン・マーティン“ブルドッグ”
URLリンク(freespace.virgin.net)
これも、一体何処がアストン・マーティンなのかと・・。

・・と、言って片付けてしまえば簡単なのでしょうが。
確かに先日触れたような“Knife-Edge”とかを最後に“英国的なる物”って判り易い形では出来なくなって
60年代の英国自動車って、BMCはピニン・ファリーナ。トライアンフはミケロッティにデザインを委ね。
殆ど英国デザインって実体を失っていたような物なのかも。
アストン・マーティンっつうのもイタリア・トゥリング社特許による“スーパーレッジェラ”工法導入とか
ザガート・デザインのDB4GT・ザガート
URLリンク(www.autocult.com.au)
なんてのも有りましたし、イタリアとの縁は深いのでしょうが。
70年代初頭にディヴィッド・ブラウンが経営権を失いDBの文字が無くなった後も
資金難から暫くは新型投入出来ずにいたアストン・マーティン=ラゴンダ社がそれまでの路線と決別し
全く新たな“英国調”を探ったのがこれらの折り紙モデル・・・・だったのかなぁ・・?

ところで、アストン・マーティンと言えば。
その黎明期には先日も航空機エンジンを搭載した怪物の話の中でちょっと触れた
“チティ・チティ・バン・バン”で有名なルイス・ズボロフスキーさんが大株主で
(先日はこの人を英国人のように書きましたが、正確には英国在住のポーランド貴族)
彼がレース中の事故でお亡くなりになった翌1925年に最初の倒産を経験して以来
今に至るまで倒産すること6回、経営者が代わる事数知れず。それでも何とか名前は残り
スポーツカーメーカーの名門として有名な存在で有り続けているって辺りは
デザインがイタリアだろうと、その渋とさは他のどこよりも“英国的”なのではあるまいか?って
拙は思うのであります。

76:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/28 11:25:39 /dZeiUxF0
70年代的未来デザイン、なおかつ英国の折り紙と言えば「謎の円盤U.F.O.」で
ストレイカー司令官が乗ってた車はどこが作ったんでしょうか。
URLリンク(ufoseries.com)
いずれどこかのコンセプトカーを流用したんでしょうが、ホイールをみると
ベースはポルシェか?

77:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/28 23:01:13 BtIfpEft0
>>76
劇用のアルミ製ワンオフボディで、英フォード・ゾディアックMk.Ⅳをベースに
エンジンは英フォード・エスコートを使ったといわれてます。
でかいゾディアックベースに、1200ccのエスコートエンジンというあたりに
出来るだけボンネットを盛り上げたくない苦労が伺えます。

78:酔いどれエロスパ◎~▽~◎ ◆cAAK5ejJdg
08/07/28 23:29:11 qjLH033+0
チティチティバンバン、
書くのも面倒なので日本語表記でチキチキバンバンと書きますが
実走するチキチキバンバンの勇姿。
URLリンク(jp.youtube.com)
URLリンク(jp.youtube.com)

ぃあこれはチツ礼w、ぢつはアテクシこの映画なかなかに好きなんで。w
しかしこれが股アストンとは因縁浅からぬ不思議な縁であるます。
この映画チキチキバンバンは当時毎年製作してゐた007シリーズが
製作側のゴタゴタで撮れなかった年の埋め草として製作されたもの。
原作は007同様イアン・フレミング、
プロデューサもアルバート・ブロッコリであるます。
つまり荒唐無稽・奇想天外な装備を持つチキチキバンバンは
同様の装備を持つDB5と同ぢメンツによって生み出されたものであるます。

更に余談、”Chitty Chitty Ban Ban”を”チキチキバンバン”と表記したのは
先日お亡くなりになった水野晴郎先生であるます。
それと007のA・R・ブロッコリ氏、彼のご先祖が品種改良で作り出した野菜が
”ブロッコリ”であるます。

79:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/29 10:07:42 dH9g2JRN0
>>77
ありがとうございます。TV番組用にワンオフで作ったんですか。そりゃまたずいぶん贅沢な。
確かにショーカーにしては面が(デザイン、仕上げともに)荒いですね。

80:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/07/30 00:35:28 K9MIiRcm0
>>77
凄いことを御存知ですね。
特別な劇中車・架空の車(キャラ車なんて言い方も有るようですが)の話ってのは、
その内にやりたいなんて以前書きましたけど、考えてみると私はそっちには殆どネタ持っていません。
SFやファンタジーとかはあまり見ないのです。

で、実は「Chitty-Chitty-Bang-Bang」は映画も見ていないですし原作も読んでいないのですが。
イアン・フレミング氏は何故このようなタイトルを用いたのでしょうか?
前にも書いた事が有ったと思いますが、元ネタになったルイス・ズボロフスキー伯爵特製のレーシングカーは
第一次大戦中に流行した艶歌・俗曲から名前を頂いたそうです。
イアン・フレミングさんという方は車に造詣が深かった方のようですから、実車の“チティ”を知らず
歌から直接名前を頂いたとは思い難いところ。
この名前の基になったという歌の方はどんな物だったのか知る由も無いのですけど
最初にズボロフスキー伯がこの歌から名前を頂いたと知った本をはじめとして、後に読んだどれからも
ちょっと下品つか、大人の艶歌みたいなことが記されていたので
あんまり子供も読むような童話に登場する車の名前には相応しくないような感じがします。

そんな訳で、何も資料は無いに等しい中で思うに。
“空飛ぶ自動車→飛行機のエンジン積んだ自動車”みたいな連想でも有ったのでしょうか?
それにしても映画版チティ。あの羽根じゃあ浮力は生じないでしょう(w

さて、オリジナル(実車版)“チティ”のルイス・ズボロフスキー伯爵(ルイ・ズボロウスキーと表記された本も有り)
ですが、先日もちょっと書いたようにレース中の事故でお亡くなりになったそうです。
1924年、モンツァで行われたイタリアGP。アスカーリの駆るアルファ・ロメオP2が優勝したこのレース中に
乗っていたメルセデス2リッターのハンドスロットルにカフスが引っ掛かったのが事故の原因だったとか。
昔のレースでは紳士のスポーツらしく、レーシングドライバーと言えども洒落た格好で臨む方もいたようですが
この人の場合はそれが命取りになってしまったようです。


81:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/07/31 00:21:14 59xG3K6d0
ズボウロウスキー(こっちの方が多数派の様子)伯爵がカフスを引っ掛けたという“ハンドスロットル”という物。
そう聞いて連想する物は人それぞれでしょうが、実物に接した事のある人の中で多数派と思えるのは
冷間時にチョーク代わりにスロットルワイヤーをちょっと引っ張りアイドル回転を少し速めるってモノでしょうか。
今の燃料噴射装置付きの車では見られなくなった代物。
ちょっと検索してみると、クルーズコントロールの微調整を手許で行うものを、そう呼ぶ例もあるようです。

20世紀初頭の、操作系が統一されていない時期にはスロットルペダルって物自体が無く
手許の調整でそれを行っていた車ってのも結構有ったようです。
二輪のエンジンを流用したモーガン・スリーホイーラーのようなサイクルカーでもそうした例が見られますが
更に有名なところではT型フォードなんかがそうで、エンジン回転速度は手許で調整するのみ。

ステアリングに減速ギアを持たぬモーガンのような車であれば、
元々がバーハンドルでも構わなかったようなものですから持ち替えの必要も無く、
常に両手はステアリングの同じ場所を持っていた筈なのでハンドスロットルでも良いのかも知れませんが
T型フォードではそんな訳にも行かず。しかもスロットルレバーはステアリング中央に有ったようですから
操舵と同時のスロットル操作なんて事はまず無理。コーナリング中は常にアクセル一定。

そんな事では困る。つか、乗り難い事この上ないだろうと思うのですが。
直進&徐行しての右左折しか考えていないようなT型ではそれで良かったのでしょうか。
大体が、ペダルで操作するようにしたところでT型のエンジンってそんなにスロットル操作に微妙に
反応してはくれなかったようですし。

この手のハンドスロットルって物、
霧吹き式のキャブレターが一般化する以前の表面蒸発式気化器の時代の名残りだったようで。
燃料が溜まった容器にアルコールランプの芯みたいなのが刺さって、そこからの蒸気を用いるこの形式では
操作に即応して混合気の濃度を変化させる事など出来ず。
故に操舵と同時の操作が可能な場所にスロットルペダル(又はレバー)を置く意味も無かったようです。
もっともズボロウスキー伯のメルセデスはこの型では無かったとは思いますが。


82:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/07/31 07:14:08 WRcKofph0
モデルTのスロットルと点火タイミングレバーは、ステアリングより下です。
ステアリング越しに両指先で調整できますから、同時代の高級車よりコントロールは簡単ですよ。

83:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/08/01 00:00:20 59xG3K6d0
>>82
失礼。書かれた通り、T型のスロットルレバーはステアリングコラムから生えております。
丁度現代の車のワイパースイッチに近い位置。
T型のコントロール類はかなり変わっていて、現代の普通の車と共通なのはステアリングホイールくらいのもの。
以前、ウチの息子にそれが書かれた本を見せたら
「こんな車、運転出来ねぇ!」の一言。
そうかなぁ・・。TVゲームをしている時の彼を見ると、いくらTV画面の中のみとは言えど、
ゲームコントローラーで全て操作する奴の方が私の目からは余程器用に見えますが・・(w

ところで、スロットル操作への反応が鈍いエンジンで問題なのは、コーナリングもさることながらギアチェンジ。
シンクロ以前のギアボックスでは、回転を上手く合わせないことにはギアは噛み合ってくれませんが
肝心のエンジンがスロットル操作に反応が鈍くては、回転合わせも何もあったものではなかった筈で
ヘンリー・フォードさんが彼のT型に、プラネタリーギアを用いた特異な構造の前進(僅か)二段の
ギアボックスを採用したのも、このギアチェンジの困難が自動車の普及そのものを遅らせていた為で、
今の目からは特殊に思える操作系も慣れれば殆どAT並みだったと言われています。

この事に対して更に根本的かつ有効な対応をしたのが、大西洋を隔てた英国にいた、もう一人のヘンリー氏。
話は>>59の最後に戻りますが1905年。ヘンリー・フォードさんがT型を産み出す3年前。
ヘンリー・ロイスさんはその試作車にそれまでに存在した気化器の欠陥を取り除いた
精緻な構造の霧吹き式気化器を取り付けることによって、スロットル操作に敏感に反応するエンジンを実現。
それによって初めてギアチェンジ毎の回転合わせが現実的なものとなり、
(これまた精緻に仕上げられたギアボックスと相俟って)
一旦コツを掴めば極めてスムーズなギアチェンジが可能となったとか。

スポーティーなイメージからは縁遠いロールス・ロイス車ですが、
C・S・ロールス卿が最初にロイスさんの試作車で感銘を受けたのは、そのスムーズさであり
それを可能にしていたのは鋭敏なコントロール類への反応だったというのはちょっと意外つうか
興味深い話であります。


84:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/08/02 00:13:16 Ax8WfUCI0
手許に二玄社の「世界の自動車・ロールス・ロイス戦前」が有り、作家の高斎正さんはこの本の中で
小林彰太郎さんの用語の用い方の誤りを厳しく指摘されていますが
それでもこの本が良書である事に変りは無いと思います。
で、その本の中でも20世紀初頭に存在した多くの車のコントロール類への反応の鈍さが書かれており。
「当時の自動車のエンジンは定置型パワープラントと大差なく、回転速度はほぼ一定であり
変速はもっぱら野蛮なギアボックスに頼っていた」といった記述も見られます。

ギアボックスを“変速機”と呼ぶこと。また四段・五段と言う他に“四速・五速”という言い方が有る事は
もしやこの辺の名残りではないかと考えたり・・。
現代の車でならば、ギアボックスで変化するのは負荷であって。
速度はその段毎に幅は有っても基本的にはそれに変化を与えるのはスロットル操作であり
“ギアチェンジで速度を変える”という感覚は無いでしょうから、ギアボックスを“変速機”と呼ぶのは
考えてみれば不自然なところではないでしょうか。

それはともかく。昨日も書いたように、スロットル操作に鋭敏に反応するエンジンを得て
当時としては容易なギアチェンジを可能にしたロイス車ですが。
それでも正確な回転合わせが出来なかった時には酷いギア鳴りが伴うシンクロ以前の車であったことに
変りは無かった訳ですから、トップギアの柔軟性を“歩むような速度から最高速迄楽に加速出来る”
といった具合に宣伝していたようです。
そんな調子ですからギアボックスはT型フォードの如く発進用と巡航用の二段も有れば事足りそうなものですが
実際には四段を装備。

「例え使わなくともギアは四段無くてはならぬ」という表面的なスペック重視の顧客が多かった為だそうですが
こうした高級車市場の顧客心理ってのは今でも変らないのかも。
前にも話に出ましたが、レクサスの8段ATなんてのがその例で。
大排気量エンジンの効率向上には確かに有効なのかも知れませんけど、
それ以上に目に見え判り易いスペックを求める顧客層ってのが存在する事から
出来た物ではないかと思うのです。

85:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/08/02 08:32:42 ljTmst6A0
>>84
ただ、その二玄社の本を読んだところでは
シルバーゴーストを4速OD仕様で発売したら「トップが使えない」と文句が出て
3速直結に変更せざるを得なくなったみたいですね。

それと、モデルTは最高60km/h程度頭打ちだから2段でも良かったでしょうが、
将来の速度向上を考えるとある程度の多段化は必要であったろうロールスロイスの場合、3段、4段は必然だったでしょうね。
シルバーゴーストはデビュー時から最高100km/h以上ですし。

86:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/08/03 01:10:44 HKbKHE1q0
>>85
その話(シルバーゴーストのギアボックス)他の資料にも書かれていて。
初期型はトップがODの四段だったのが、直結の三段+ODという構造を正しく理解出来ぬドライバー層から
「トップの柔軟性が他に劣る」と苦情が来たとかですが。
「だったら四段に入れなければいいじゃん」と思わず言いたくなるところ。

そこで四段目を取り除き、三段型にしてしまったっつうのは恐らくヘンリー・ロイスさんもまた
「そんな風に言うのなら燃費用の四段なんて無くしてしまえ」って思ったのかも(w
結局後期型ではトップが直結の四段にされたそうですが、
「三段では寂しい」「例え使わなくとも~」って顧客が多かったのか。それとも出力アップに伴い
(前期型は7リッター48HP、後期型は7.4リッターで65HP程と言われています)
クロスレシオ化の必要が出て来た為だったのでしょうか。

ロールス・ロイス・シルバーゴーストとT型フォード。
トヨタ博物館ではこの二台を質と量の象徴として扱っているように
同じ時代に作られていたという時代性を除けば、あまり共通する所はないのでしょうが
敢えて言えば、共にかなりの長寿モデルだったという事があげられます。
設計者は共に元電気技師でヘンリーさんという名前だった訳ですが、二人とも自分の設計したこの車が
“自動車の完成型”と考えていた節があり、基本的にはこれ以上の改良は最早不要と思っていたのか
シルバーゴーストは1906~1925年T型は1908~1927年。単一モデルとして生産されました。

その間に作られた数が前者は6,173台、後者は1500万台というのが
何よりも両者の性格の違いを表していて、確かに質と量の象徴なのでしょうが。
T型も良質だったからこそ大衆からの支持を得て、それだけの多数が作られるに至った筈。
昔のロールス・ロイスについては“技術者の良心”という言葉が多く使われますが
時間や手間を惜しむことなく最良の製品を作りたいというのは、ある種の技術者や職人さんにとっては
良心と言うよりも欲望に近いもの。
それにしても、これらの車が生まれて100年経った現代に原型のまま残る個体の数は
当時の生産量から思うとどれ程接近しているでしょう

87:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/08/03 23:59:15 HKbKHE1q0
シルバーゴーストが現在も愛好家の下に多く残っているところを見れば、設計者ヘンリー・ロイスさんの
「最も良い物は、最終的には最も安い物につくのだ。値段が忘れられた後も品質は残る」
って言葉は確かに正しかったのかも知れないと感じます。
・・値段が忘れられたって訳でもないでしょうが・・。
私は少し前に書いたように、この言葉はやや言い訳じみたところが有るように思います。
もう一つ有名な言葉「我々が悪い車を作ろうとも、門番は決してそれを外に出さないであろう」
ってのも同様。
納得行くまで手間を掛けたいってのは、かなりロイスさんの理想つうか欲みたいなところも有ったろうと。

一方、ヘンリー・フォードさんが残した有名な言葉で
“Every time I see an Alfa Romeo pass by I raise my hat"ってのが有り。
手間を惜しまずに作られた優れた車の象徴として、ここではアルファ・ロメオが挙げられていますが、
ヘンリーさんはその姿を見掛ける度に帽子を持ち上げて見送ったとか。
この言葉には、ヘンリー・ロイスさんと同様に手間と時間を納得行くまで使って優れた自動車を作りたいという
真摯な自動車技術者としてのフォードさんの本音が見えるようで興味深いものであります。
ただ、なんでアルファ・ロメオなのかは疑問。優れた車だった事には疑い無いのですが。
戦前のアメリカで、フォードさんが帽子を取って見送る機会は、そう何度も有ったのでしょうか??

・・そんな事はともかく。
ヘンリー・フォードさんもT型発売以前には様々なクラスの車を試作し、
その中の幾つかは実際に販売もされていて。中には大型高級高価格の物も有り
URLリンク(mythicalplace.com)
T型発売の二年前、ロールス・ロイスからシルバーゴーストが発売されたのと同じ年1906年の“フォード・モデルK”
6気筒エンジンのボア・ストロークは114mmX114mmと、初期型シルバーゴーストと全く同じなのは面白いところ。
しかしこの車、株主でもあったダッジ兄弟からの要求に応じて作られたもので、
フォードさん自らが本当に作りたかった車では無かったようでもあります。


88:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/08/04 01:08:12 dHrt6RII0
こんなもん、作れと言われれば作れる、というヘンリー・フォードの声が聞こえてきそうですね。
しかもこの時、まだキャディラックには直列6気筒モデルがなかったんですから(有名なV8は1913年の登場)、
フォードの技術力も侮れなかったと言うべきでしょう。
モデルKも遊星歯車2段変速だったのはご愛敬でしょうか。

「999」やモデルT初期形でレースに挑んだ経験もあるヘンリー御大ですから、
硬派なレースカーメーカーの代表だったアルファにシンパシーを感じるのはうなずけなくもないですね。
ジュゼッペ・メロージからヴィットリオ・ヤーノに寄って担われていた1930年代初頭までのアルファは、
構造こそやや複雑ですがスポーツ性は図抜けておりましたから、
ヘンリー老、自分ではもはや作りそうもない種類のクルマだけれど、愛でたくなる存在ではなかったか、と思います。


89:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/08/05 00:52:55 yeuR82Jt0
>>88
そう言えば、前スレではヘンリー・フォードさんの言葉で
「記録挑戦などは飽くまで宣伝効果を見込んで行ったもので、実はレースの類は嫌いだった」
みたいなのがあった事を書きましたけれど、その一方では
「フォード家に生まれし男子、一度はインディアナ・ポリスのペースカーのステアリングを握るべし」
なんて家訓を残していたとかですから、やはり本音の部分では決してレース嫌いなんかでは無かったのかも。
そう思えば、スピードへの憧憬みたいなものをストレートに表現した当時のアルファ・ロメオへ
畏敬の念を感じていたとしても不思議無い気もします。

ところでフォードさんが初めて作った6気筒車・モデルKですが。
ちょっと他では見られない特徴として、一気筒ずつ鋳造したシリンダーブロックを六つ並べて
クランクケースにボルト結合している点が挙げられます。

ヘンリー・ロイスさんが最初に作った直6エンジン搭載車は、その試作第一号車(2気筒2リッター)のエンジンを
三つ並べたような構成としたところ、クランクシャフトの剛性が不足したことから捻り振動が発生。
それに代わる新型・シルバーゴーストではクランクシャフトの太さを見直すと共に、
2X3だったシリンダーブロックの構成を3気筒ずつ鋳造した物を二つ並べる3X2の構成として
エンジン長(つまりクランクシャフト長)を短く抑える工夫がされていたとか。
こんな話を読むと、フォードさんの1X6構成の6気筒車、捻り振動の方は大丈夫だったのか?と
余計な心配をしてみたくなるところではあります。
こうした構成を採ることによって何かを試みていたのでしょうか?

ヘンリー・フォードさんという方、その頑固さが災いしたことも主に晩年には多く有ったようですが、
カタログなどの印刷物上では飽くまでフォード社社長とは名乗らず
“フォード車設計者”と名乗り続けていた辺りには、何よりも一人の技術者としての誇りを持っていたようで
企業家としての評価の方が高い現状を知ったなら、不満と感じるかも知れません。
彼が興味深く見送ったという車が商売敵のシヴォレーではなく、アルファ・ロメオだったというのは
そうしたところにも由来しているのでしょう。

90:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/08/07 00:56:32 8Oiinrf00
ヘンリー・フォードさん設計のモデルK、短命だった事も有り少数の生産で終わったようですが。
直6エンジン車には良い印象が無かったのか、その後フォード社は傘下に吸収したリンカーンも含めて
(V12は作った事も有っても)かなり長い事直6エンジン車は作らなかったようです。
次に直6車が生まれたのはモデルKからは四半世紀も経った1941年の事。
大小二種類のV8という大衆車にはかなり無理の有る品揃えの、小型V8に代えての登場でしたから
本当に嫌々出したかのようにも見えます。

前スレでも「アメリカはV8の国、イギリスは直6の国ではないか?」みたいなことを書きましたけど
アメリカ初のV8エンジン搭載車は>>88さんも書かれたGM傘下のキャディラック。
しかしその設計は、当時のキャディラック社社長ヘンリー・リーランドさんがフランスから持ち帰った
ドディオン・ブートン製V8に多くを負っていたとか。
その後リーランドさんはGMの実質的な創立者W・デュラント氏との意見の相違からキャディラックを飛び出し
やはりV8エンジンを搭載する高級車メーカー・リンカーンを創立。
それが経営難からフォードに吸収されて、当時の二大メーカーGMとフォードの両社のトップモデルは
共にV8搭載を売り物にするという事になったようです。

で、フランスではドディオン・ブートン製V8は大成功とは行かなかったようですが、
それを手本にして作られたというキャディラック(&リンカーン)はアメリカで人気モデルとなり
高級車のイメージ作りに貢献。
32年にはフォードが大衆車クラスにもV8を搭載するに至ってアメリカはV8の国となったのだと思われます。

ところで、自動車史家の折本透さんの著書他、幾つかの資料でドディオン・ブートン製のV8を
「史上初のV8エンジン」としているのを見掛けますが、このエンジンの登場は1910年の事とか。
と、すると先日触れたロールス・ロイスの“リーガミット”(1905年)の方が先という事になります。
しかしリーガミットって車について書かれた資料でも
“世界初のV8エンジン搭載車”等としている物って無いようです。
ちょっと不思議。

91:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/08/07 21:47:25 GXK2UTsi0
ロールスのは試作車でしたが(名作・シルバーゴーストの直前に、あんな馬車もどきのヘンな車を考えていたのが不思議)、
ドディオンは一応市販しましたからね。

キャディのV8採用を推したのはヘンリー・リーランド御大の息子ウィルフレッド。
1910年時点で、競合メーカーがどんどん直6を採用する中、高級車の筈のキャディが4気筒のままでは商売に困る。
で、重役陣が直6採用を唱える中、
「今更後追いで直6を採用しても意味がない。高回転に適したV8を採用して、市場に打って出るべきです」
と父を説得。
ヘンリー・リーランドもこれを容れ、かくして1913年の初代キャディラックV8が生まれるわけです。

92:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/08/07 22:43:34 RaTrlCpq0
ピニンファリーナのシャッチョさんが事故で亡くなられたそうです。
ご冥福を。

93:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/08/08 00:18:38 bz20fcv50
>>92
事故ですか・・。何があったのでしょう?
>>91
ドディオン製V8をフランスから持ち帰ったのは息子さんの方だったという事なんでしょうか。

以前、このスレでも“世界初のミドエンジン・スポーツは何か?”みたいな話題が有りましたが、
世界初ナントカ何かって話は意外に難しい部分を含んでいると思います。
ロールス・ロイスのリーガミットって車。>>91さんの書かれたように三台のみの試作で終わったと
二玄社の“世界の自動車 ロールス・ロイス 戦前”に有りますが。
他の資料の中には「一応販売されたけれど、評判良くなくすぐに諦められた」としている物もあり。
(ただし、あんまりアテにならない本 w)
当時、その静粛さから市街地専用として根強い人気の有った電気自動車に対抗して考えられた
“電気自動車にも匹敵する静粛な市街地専用のガソリン自動車”という試みだったようです

元電気技師だったロイスさんは“電気自動車の航続距離を伸ばすのには電池の改良が不可欠であり
それはそんなに簡単な話ではない”と知り抜いていた為に、ガソリン機関を選択した筈。
つまり、複数の都市を結ぶに充分な航続距離を最大の特徴としながら、都市間の巡航走行は全く無視した車(w

ところで、ちょっと気になったので調べてみたら。V8エンジンを搭載した初めての車は
1903年のパリ~マドリード都市間レースに出場したクレマン・アデールって車だとしている資料が有りました。
この車が製造者自らの手によって走ったものか、他者に販売されて走った物かは不明。
またレース以外には使われなかった物なのかも不明。

“市販車”って言葉自体がどう定義して良い物やら、考え出すと判らなくなりそうなもの。
“売りに出したけれど、売れなかった”ってのも一応は“市販車”って呼んでも良いのでしょうか?
同様に“量産車”って言葉も“量産するつもりだったのに、思った程売れなかった”みたいなのも含むべきか
またレーシングカーとして作られた筈が、公道に用いるユーザーが現れたら、その車は
“純レーシングカー”と呼ぶのは正しいのか(例・ブガッティT35)
全く世の中は難しい事ばかり・・。


94:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/08/10 00:40:40 v2kPYFqt0
キャディラックでドディオン・ブートン製エンジンを参考としながら実際にV8を設計したのは、
これもまた元電気技師のチャールズ・E・ケタリングさんという方と、幾つかの資料に見られます。
やはりその当時は電気系統の信頼性が最も問題だったので、
全体の統括は電気技師畑出身者が行う例が多かったのでしょうかね?

このケタリング(ケッタリング)さん、初期の自動車における点火装置の改良に始まり
自動車用速乾性ラッカー・ペイントの開発、有鉛ハイオクガソリンの開発など、
「一体何屋さんですか?」って言いたくなる程様々な分野に多くの発明を残している方のようですが
エンジンに於いてもキャディラックの初期V8とか、戦後型のハイオク使用を前提にした小型高速V8などに
手腕を揮ったとされています。
中には1923年にシヴォレーが採用した銅の冷却フィンを持つ空冷エンジンのような失敗も有るようですが。

前述したように、元々は電気技師だったというケタリングさんの発明の中で、今の我々に最も縁が深いのは
何と言ってもセルフ・スターターの発明でしょう。
1910年、当時キャディラック社社長だったヘンリー・リーランドさんの依頼により開発され
1912年型に初採用されたというこの電気式スターター。
現代の物とは少々異なって、直列式発電機(ダイナモ)がそれを兼ねるという物で
“ダイナモーター”なんつう呼び方をされる事もあったそうです。
これは一見合理的なアイディアのように見えますが、実際にはいろいろと不具合な点も有ったようで
追従する者は少なく、程なくして今のようなセルモーターに代えられたようです。
それでも自動車に於ける電気式スターターの実用化に先鞭をつけたのが
ケタリングさんの業績であることには変りは無いでしょう。

ところが、実は電気式スターターは19世紀末にM・ジョセフ・ミルさんという方がトラクター用として
既に発明していたとする資料も有ります。
まぁ、そういうことも有っても不思議は無いのですが。その資料で説明と共に書かれていた絵
URLリンク(proxy.f2.ymdb.yahoofs.jp)
・・・・何、これ・・??(w

95:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/08/10 09:43:04 +1Y4qBdh0
ダイナモーターは、バイクでは後年までかなり使われた例があったようですね
日本製四輪車では、ホンダN360が該当。エンジンがバイク並だからさもありなんw

大型舶用ディーゼルなどになると、圧縮空気始動の事例も多いんですが、
ガソリンエンジンだと大型トラックならともかく、乗用車でセルフスターターとして使った事例は無さそうな気がする……

96:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/08/10 21:23:26 rkABoiPU0
>>94
> 現代の物とは少々異なって、直列式発電機(ダイナモ)がそれを兼ねるという物で
> “ダイナモーター”なんつう呼び方をされる事もあったそうです。

現代のハイブリッドカーは、スターターと発電機を兼ねたモーターを搭載しています。
もちろんプリウスもそうです。

97:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/08/11 00:29:18 od6flKcv0
>>96
・・あ、そうか・・成る程・・。
・・でも、ハイブリッドカーともなるとエンジン掛けるのが目的でモーター積んでいるって訳でも無いでしょうし、
また話は別かと。

ハイブリッドの話ってのも、いろいろと思うところが有って。例えばその元祖と言われるローナー・ポルシェ
“ミクステ”なんてのは、一体どんな目的の為にそういうレイアウトにしたのか?とか。
私はあれって、全輪駆動にする為にエンジンで発電機回して得た電気でホイール内に置かれた
ハブモーターを駆動する形にしたのだと思うのです。
つまり、走行している内には必ず伸びるチェーンに代えて、ルイ・ルノーさんがプロペラシャフトを採用したように
ポルシェさんは動力の伝達に(元電気技師らしく)電気を使う事を考えたのではないかと。

またハイブリッドと一口に言っても、その組み合わせはいろいろと考えられるものであり、
以前このスレでも触れたガブリエル・ヴォアザンさんが一時期真剣に研究したという、
“エンジンの熱でお湯を沸かし、その蒸気で走る、蒸気とガソリンのハイブリッド”ってのも
ヴォアザンさんの前にも研究された方がいらした様子が有ったり・・。
まぁ、その辺の話はまたその内にまとめて。

で、“その内に”と書いたすぐ後にする話でもないのでしょうが。
>>95さんの書き込み見て、以前由良拓也さんが“人力とエアモーターのハイブリッド自転車”ってネタ(w)を
何かに書いていた事を思い出したり。
エアモーター自体はコンパクトですが効率は大変悪く、その為に大きなエアタンクを必要とするので
乗用車のスターター等には向かないのでしょうが(外付けのポータブルスターターでは昔から有る筈ですが)
由良さんの考えたソレはフレーム内の空洞部分へ圧縮空気を溜め込んで使用するってものだった筈。

更にその話は発展し“サスペンションの動きを空気入れに使えないか?”みたいな事になっていましたが
そんな面倒な事をするくらいならば、圧縮した空気を水と一緒に噴射して
ペットボトルロケットの要領で推進力を得た方が、余程ネタとしては面白いのではないでしょうか。
ロケットと(この場合、何だろう?)のハイブリッド(w

98:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/08/11 12:16:58 dNNpxRo50
ホイールの回転を動力にしてポンプを駆動し、空気圧を常時一定に保つ自転車
ってのを以前どこかで読んだことがあります。
どういう仕組みか覚えていませんが、リムにゴムチューブを一本貼り付けた
くらいの簡単な機構だったような。

99:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/08/12 01:22:45 7dpnwJys0
>>98
そう言えば、それ私も何かで見た記憶が有ります。
しかし、自転車のタイヤってそんなに頻繁に空気入れないといけない程すぐに抜けますかね??
減ったって入れるのも簡単ですし、あんまり有り難味が無いように思いました。

キャディラックに話は戻り。
初期の単気筒や直四を除くと、恐らく80年代のシマロン迄V型エンジンに拘ったキャディラック。
そのシマロンも直四はイメージに合わなかったのか後にはV6が標準となったようで、
やはりキャディラックと言えばV型エンジン。その頂点に位置するのは、何と言っても“あの”V16でしょう。

1930年、世界恐慌の翌年に登場したV16搭載車。当時の日本には、この車を買う人はいなかったのか
輸入された記録は無いようですが、現代では少なくとも二台が生存している筈。
その一台はトヨタ博物館に有り。こちらはOHVの前期型。
URLリンク(gazoo.com)
年に500台の限定車だったとは言え、恐慌後の時代ではさすがに買い手も少なかったのでしょうか。
38年型からは部品点数を減らす為にSVに簡略化され、同時に挟角135度という変った角度に
改められているようです。

この後期型は現在閉館中の山中湖高村美術館に収蔵されていました。
URLリンク(proxy.f2.ymdb.yahoofs.jp)
この車を見た第一印象はとにかく巨大であるという事でした。
これ以上に大きな乗用車は他にも幾つか見た事が有りますが、展示の仕方がそう思わせたのでしょうか。

簡略化してコストダウンした筈も、シヴォレーなら500ドルで買えた時代に8000ドル以上という高価格車。
この後期型は38~40年の間に僅か511台の生産に終わったそうですから
簡略型の筈もかえって現代では希少な存在となっているようです。
そういう話は別にしても、この手の如何にも過渡期を思わせるデザインの大型車自体が希少でしょう。
山中湖高村美術館の再開館を期待します。

100:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/08/14 00:47:15 /Tv4IrL50
ちょっと、ヒマ人はヒマ人なりに忙しいのでこっちはお休み。
一応保守しとこう。

101:酔いどれエロスパ◎~▽~◎ ◆cAAK5ejJdg
08/08/14 01:13:57 gFTeP0S40
申し訳ありませんがアテクシも公私とも多忙につきネタお休み致します。

102:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/08/14 01:31:34 pHYUJ2kL0
クソ暑いですなあ……お二方ともお盆休み乙です。

クルマのエアコンをがんがんに効かせてる人も多いでしょうが
キャディラックと言えば、世界初のカークーラー搭載という快挙をやってのけたブランドでもありますな
(1940年ですぜ。70年近くも昔……
前年のオールズモビル・パワーグライドATといい、シンクロギアボックスやウィッシュボーンサスといい、
我々のイージードライブ生活の相当部分は、GMが先鞭を付けてくれたんじゃないか、と思われます)

文献を読むと、日本では1950年代末期にトヨペットクラウンにオプション搭載されたのが最初で、
それから10年ばかりの後には、360ccパワーウォーズの始まった軽自動車にも一部にオプションで装備可能になったようです。
思えば恐ろしい話。
「当たり前」となったのは80年代のことですけど、「AT、エアコン、AWD」の「3A」がクルマにここまで普及しまくってるのは
日本ぐらいでしょうね。
貧弱なインフラによる渋滞、東南アジアと遜色ないほどの高温多湿、
山がちな超豪雪地帯の存在&農耕車としての軽トラの存在がそれぞれの原因とはいえ、欧米諸国とは一種隔絶した異様な環境、
そしてアレでナニな国民性の産物でしょうか。

103:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/08/14 02:42:10 ZkTJw6vn0
クラウンのデンソー製クーラー、リヤのトレイに当時の家庭用ルームクーラーのような
白いプラスチック製の丸いルーバーが三連装(いや、四連装だっけ)されていて、
トランクはドンとデカいユニットに占領されていました。

1500cc、1.3㌧で100㌔も精一杯の車に、当時の馬力を喰うコンプレッサを載せるのは
当時ののんびりした道路の流れだから何とかなったようなものでw

104:酔いどれエロスパ◎~▽~◎ ◆cAAK5ejJdg
08/08/14 22:48:39 gFTeP0S40
ぃあ弊社は夏休みが無く交代で取るのですが
アテクシ今年はシステム変更の大混乱の真っ只中で夏休み召し上げられてしまひまして★。

その昔、20年か30年ぐらひ前でしたっけ、ポルシェが930や928・924の時代ですから
そんなもんでせうか、ドイッチュからポルシェのディーラ社長が来日したことがあったさうで
シャッチョさん日本では軽の果てまでA/C付ひてるの見て腰抜かしたさうな。
「日本人ってなこんなに金持ってるのか!!」 なにせ欧州ではA/C、クーラなんつな
まづつひ最近まで付ひてなくて当たり前。気候的に要らなひ日が多ひのです。
まぁ昨今は異常気象、猛暑などもあってかサンデンあたりが安く供給するやうになったせひか
付ひてることも多くなりましたが。昔は欧州では需要も少なくA/Cメチャ高かった。
ちなみにアテクシのヌパイダは欧州仕様ですのでクーラ後付けです。w 75は最初から付ひてましたが。

これ股昔々、ロータリー式コンプレッサになる前レシプロ式コンプレッサの時代、
ボルグワーナーあたりのA/Cなんざクラッチが入ったとたん強烈なエンブレかかったやうになったもの。w
当時空調効き膜りで快適この上なかったのはやっぱ大トルクに物を言はせ
イージードライブ命のアメ車でせう。欧米か?wと言ひますが空調大好き米に比べ
欧は気候に因るものが大でせうが空調嫌ふ人も多ひ。
まぁ2㍑あるうちのクルマどもでさへA/C入れるとコンプレッサの負荷に負けて
歴然とモサくなりますし。www やっぱトルクにもの言はすやうなのでなひと。

ところで農耕車、これが股ぢつにお国柄が出て興味深ひものと思はれますが如何でせうか?
我が国の営農サンバーとお腐卵臭の2馬力、イターリャのAPEあたりに
米国はキャデのピックアップ。www 
荷台に載せられるサンバーやAPEやキャデwならともかく
2馬力なんざ肥桶と人が同居するのは平気なのでせうかね?w
さすがおサレなお腐卵臭、田舎の香水の香りに包まれて、でせうか?w

105:CA4A海苔 ◆2TDfQ/y4j.
08/08/15 01:14:49 QDS8HRqK0
>>104
二馬力に屋根が無いのはソンナ理由が有ったのでつか。
溜めになるスレですね。

106:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/08/15 23:51:15 7zQojrP50
↑ そんな訳は無い(w)必要と有ればリアカーでも引くでしょう。

私もあんまりお盆休みとかは関係無いのですけれど、親類の葬式やらでここ数日は多忙でした。
しかし、葬式なんてのは案外と待ち時間ばかり多くて行った先では暇なことも多く。
親類の乗って来た車あれこれ乗り比べさせて貰い、あげくに「いい加減に少しは落ち着きなさい」と
家人に叱られる始末(子供か w)
それにしても、こう暑いと乗り心地云々以上にエアコンが効く事が最も大事(暑いの苦手)
>>102
ウィッシュボーン式の採用については、何時も参考にさせて頂いている自動車史家の折口透さんの著書でも
1934年のキャディラックが最初とされていますが。
これは恐らくキャディラック側がそうしていることからと思われ、ちょっと手前ミソな所も有るように感じます。

アッパーもしくはロワーアームを横置きリーフが兼ねる形のウィッシュボーン式は以前から有りますし。
キャディラックの場合、当時のアメリカ車に流行した乗り心地の改善の為エンジン位置を前進させる必要から
横置きリーフを使えずに上下共にAアームとした物と考えられ、言わば苦肉の策だったのではないかと。
また、そうした事は別にしても上下共にAアームを用いたダブルウィッシュボーン式の採用例としても
同じ頃にはフランスでシトローエンがトラクション・アヴァンの前輪に用いていましたことから
特にキャディラックが世界初を強調する程の物でもないかと思うのです。

しかし、自動車の進化を簡便・快適化と高性能化とに大別した時にアメリカ車が前者の多くに
先鞭を付けたと言われるのには全く同意。
それに対して後者の方となると多くは遅れをとったかに見え、
ディスクブレーキやらターボチャージャー等に至っては、一度は先鞭を付けながらも失敗例とされて
すぐに引っ込め、結局は他に名を成さしめる始末。
やはり、レースに深く関与しなかったこととかが影響しているのでしょうか。
もっとも、ディスクブレーキを市販車で採用した最初の成功例と言うと、これもレースとは無縁な会社
シトローエンのDSでしたが。その辺はアメリカ人とフランス人との運転パターンの違いが表れたのかも。


107:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/08/16 08:06:45 0O41dcYM0
GMでのウィッシュボーンサスの開発経緯は、かの大経営者アルフレッド・スローンの大著「GMとともに」にも記述されてますが、
開発スタート自体はフォワードエンジン化(フォード流に言うと「センターポイズ」)
の先鞭となったクライスラー・エアフロー出現より早いんですよね。

横置きリーフサスと補助アームを使う独立懸架レイアウトは蒸気自動車のボレーの時代からあったけど、
それを剛体化してコイルスプリングなりトーションバーなりを使うダブルウィッシュボーンとなると、
キャデやトラクシオンの時代まで下った、ということになるんでしょう。

何か不足があれば、たいていのことは排気量アップと大型キャブレター追加、ボディ大型化で補えた最盛期のアメリカ車が、
常にそれに頼り切ったことは、本質的な自動車としての進化を妨げたでしょうね。ただでかいだけで。
乗用車用パワーステアリング導入も巨大化故のたまものでしたし。

108:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/08/16 08:10:26 0O41dcYM0
それと1920年代から70年代のアメリカ車の場合、実際の発表年が「年式」より1年早いことが多いのは注意した方がいいかも。
文献だと発売年と年式を混同していることがありますんで。

例えばフラッシュサイドを採用したリンカーン1949年式は、1948年5月頃の発売だったと記憶します。

109:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/08/17 00:22:21 /6kIEX4W0
>>108
> 実際の発表年が「年式」より1年早いことが多いのは注意した方がいいかも。

自動車雑誌の実際の発売日が1~2月早いのと同じようなものですね。
カーグラフィック誌2008年2月号は、実際の発売日が2007年12月であるように。

110:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/08/17 00:45:09 geuyC9wD0
>>107-108
年式と発表年の違いは私も注意しているつもりなのですが、
そう言われるように、混乱したまま書かれていると思われる資料が多いのは悩ましいところであります。

ちょっと前輪独立懸架の話のついで。以前にも少し有った話ではありますが。
この1933~34年頃前輪を独立懸架にするにあたり、GMの技術陣が
大型のキャディラックにはダブル・ウィッシュボーンを小型のシヴォレーやオペルにはデュボネ式をと
使い分けた意図は不明(デュボネが大型には向かないのはなんとなく判りますが)ですが
結局、シヴォレーのデュボネ式は失敗作とされ35年にはリジッドに戻されたとか。
ただ、そこで不思議に思われるのが、オペルは37年迄デュボネを続けたこと。
それ以上に英国GMのヴォクスホールでは、本国のシヴォレーがデュボネ式を引っ込めた35年になってから
デュボネ式(ただしコイルを用いたシヴォレーとは異なり、トーションバー)を採用し
戦後50年代初頭迄それを続けた事は更に不思議。
GM技術陣も意地になってたんでしょうかね??

前にこのデュボネ式の話で私が「どんな形なのか判らない」と書いた所、
「ヴォクスホールのトーションバーを用いた物が判り易い」と教えて頂いたので一応、見つけたその構造図
URLリンク(proxy.f2.ymdb.yahoofs.jp)
確かに既製のフレームを大改造する事無く独立懸架化するには好都合なようで、
1935年にアルファ・ロメオ・ティーポBをスクデリア・フェラーリが前輪独立に改造した際、
この形式を採用したのも判る気がします。

ところで。実は今日は「アメリカではあまりレースに実績をあげても、車の販売には役立たないのではないか?」
みたいな話を書くつもりだったのですが、それで第一回インディーの1~2位のマーモンとロジアー
(Lozier=ロジェ?)の事など改めて資料を見たところ、
マーモンは1908年にV8搭載車を売り出していたという記述にぶつかりました。
それならばキャディラックは勿論、ドデイオン・ブートンにも先駆けている事になりますが
なんだかキリの無い話になって来た気がする・・(w

111:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/08/17 12:54:21 pyueKVq40
オペルはオリンピアと2.5でデュボネ採用してたんでしたっけ。
で、1938年のオリンピアのモデルチェンジ(エンジンもスタイルも大刷新だからモデルチェンジでいいと思う)と
カピテーンのデビューで、ダブルウィッシュボーンになってたんだったかな。

ヴォクスホールはトーションバー式デュボネだったんでバネ下が普通のコイル式デュボネより軽く済み、
トラブルが少なくて1951年モデルまで延命できたと言います。
独英の子会社で、アメリカ本国より更に小型のモデルにも使って、かつ独英でコイルとトーションバーと違えていたのは、
あるいはGMとしては一種のトライアル的な狙いがあったのかも知れませんね。

そういえば、フィアットも1935年の「1500」でデュボネ使ってて、
これが戦後「1400」にタッチする1950年まで続いてたんですよね……
あれだけ上手い設計のクルマ
(軽量なピラーレス流線型ベルリーナ、OHV6気筒1.5L&油圧ブレーキでMax115km/hは当時としては立派ですな)に
デュボネが付いてるってだけで、何か不安になってくるのは先入観のせいかしら。

112:酔いどれエロスパ◎~▽~◎ ◆cAAK5ejJdg
08/08/17 14:51:14 56+Nd13L0
デュボネっつなだうもフルトレに操舵の為の横方向作動用リンクが付ひたものに見へますが
さういふ理解で宜すぃのでせうか?
で、フルトレ同様の動きをするとしたらこらアテクシも怖ひ。
Fダブルウィッシュボーン、Rトラニオン式リジッド/ド・ディオンなどと
対地キャンバー角変化を極めて嫌ふアルファ・ロメオに慣れ切ったアテクシにはとてもとても。
尤も今の扁平でショルダーが張って踏面が平らなのと違ひ当時のタイヤは
ショルダーまで丸く続くものだったので
今のタイヤより対地キャンバー角の変化に寛容だったのでせうか?

それでもアルファ・ロメオは戦前のTipo158アルフェッタ以前に独立懸架を試し
結果宜しく無くド・ディオンに切り替へるなどしております。
股戦後の750系100系でも∀型アームでリジッドを吊るRサスと
(これが105系ではトラニオン式になるのですが)ダブルウィッシュボーンのFサスを持ち
それはやがてアルフェッタ/ヌオヴァジュリエッタ/75/90(w)/ES30まで引き継がれました。
まぁ途中6(セイ)ではリアがセミトレつうご愛嬌もありましたが。w
ここで問題は105系まではともかく続くアルフェッタの時代でさへもまだチンチュラートの
半分バイアスのやうなショルダーの丸ひタイヤがなんぼでもあったこと。
これは踏面の形状ショルダーの形状以前に対地キャンバー角につひて
アルファ・ロメオはなにがしかの見解を持ってゐた、といふことなのでせうか?
やはりコーナリング中のスリップアングルの変化が問題とされたのでせうかね。

さて、横置きリーフ改造と言へばアバルトのOT一派、こひつらが股中身はFIAT500なのですが
その横置きリーフのFサスにアッパーアーム追加で見事にダブルウィッシュボーンに化かしてゐます。
シャシ、フロアパンは500/600(シムカ含む)でありながらそれにちょこっと手を加へ
それだけで超一流のレーサーに仕立てる辺りアバルトの魔法なのか
元ネタFIATの潜在的能力の高さに因るものなのか。

113:名無しさん@そうだドライブへ行こう
08/08/17 20:38:47 A13P7jWQ0
6はドディオンアクスルやん
ミッションが前にあるだけやん

114:酔いどれエロスパ◎~▽~◎ ◆cAAK5ejJdg
08/08/17 21:58:52 56+Nd13L0
ありゃ、こらチツ礼、だうも間違って記憶しておりました。
つか再度確認しましたところだう見てもw確かにド・ディオン。
URLリンク(www.movit.de)
お馴染みワッツリンク援用+インボードブレーキですな。

115:相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ
08/08/18 00:56:31 tMpLbaSR0
>>111
第二次大戦前後のフィアット(つかイタリア車全般)は、三角窓の採用とかコラムチェンジ、
更にはダブルトーンの塗り分けなど、結構アメリカ車に影響されているようですし
デュボネの採用ってのもその一環だったのでしょうか。
もっとも、デュボネ式それ自体はアメリカ人の発明では有りませんけど。
>>112
>フルトレ同様の動きをするとしたらこらアテクシも怖ひ
フロントはリーディングアーム(前向きですから)リアはトレーリングアームの2CVに慣れた人なら平気(w
また2CVって、ソフトなスプリングと低いロールセンターで極端に大きくロールする車でもありますが、
これまた極端に細いタイヤは(或いはそれ故?)案外粘りますし、
何か起こそうとしてもスクラブ抵抗の増加であっさり速度が落ちてくれます(w

それはともかく。アルファ・ロメオも初期の前輪独立型・8C2900(また、その元となったティーポC・GP)では
アウトユニオン流(つう事はポルシェ流)のダブルトレーリングアームで前輪吊っていましたし、
その時代毎のタイヤの影響ってのは結構大きいのではないでしょうか。
更に言えば、この戦前の四独アルファ。後輪はスウィングアクスルでしたし。

今の扁平で幅広いタイヤでは、対地キャンバー角変化を嫌うのが一般的ですが
レーシングカーでもラジアル構造のタイヤが導入される以前(60年代頃迄)は
ある程度のキャンバー変化を許容するつか、むしろ積極的に利用することで、
タイヤをより有効に使おうという考えが大勢を占めていたようでもあります。
“何時も同じところばかり使ってたら勿体無い」みたいなところですかね?

デュボネっつうのは、キングピンより外側にサスペンションアームやスプリングが有り
全てステアリングの度にホイールと一緒に左右へ振れた訳ですから、
ステアリングに変なイナーシャの影響が出たのではないかと思います。
また、キングピンにも余計な負荷が掛かるでしょうから悪路での耐久性に問題が有ったのは当然とも。
戦前の日本のタクシー業界で、デュボネ式前輪懸架のシヴォレーが嫌われ、
コイルスプリングに対する偏見すら生まれたという有名な話もごく当然だったのかも。


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