柴田淳の音楽を語ろう!at MUSICJF
柴田淳の音楽を語ろう! - 暇つぶし2ch471:名無しの歌姫
07/06/27 01:22:09 dmENICYH0
パズルはまだ聴いたことがないのでレビューもなにもできないのですが、
“道端”についてのレビューをさせてください。

―道端―
この頃になって、これは、 ―今夜、君の声が聞きたい― の主人公と
同一人物なのではないかと思うようになった。
根拠は、主人公がひたすら今の自分が、砕け散った破片の一つ一つだとか、
自分がその場所にいなくても何の違和感もなく他の誰かがその場所に入るだろう
だとか、とにかく自分をおとしめている点。
自分を「生き物」としてしまっていることからもうかがえる。

「私が今、ここでこうしていること
    誰が見てて、誰が気づいてるの?」


道端でふと見つけた水溜りをみて、ふと今の自分に疑問を感じた
主人公は、サビ後から次のサビにかけて過去形が繰り返されることが象徴するように、
いろいろなことに好奇心を持って積極的に挑戦し、些細なことで大笑いし、
そして、空が晴れたことを心からうれしいと思っていたかつての自分の姿を回想する。
「宝物だった・・・」この言葉が代弁する思いは非常に重みを持っている。

“自分がいなくても別にいいような世界なら
    いたくない。こんな私じゃ、あの頃の私に申し訳ない。”

主人公は、なくしかけていた自分に気づく。
“あんなにキラキラしていた自分はまだ消えてない。
ここにいる。まだ、輝くことができるはず。”

今までは、日常のせわしさに追われ見過ごしていた足元の空。
今、主人公は自分を思い出させてくれたこの空がとても愛おしく感じる。

もしも、どこかの道端で、こどもが“空が赤い”といったら、
そう見えるまで見上げ続けよう。こどもが見えているのに
自分が見えてないってことは、きっとまた自分を忘れているからなのだから。

自分を思い出した主人公の胸に掠めたのは、また自分をなくしてしまう不安。
現実はそういうものだと心の中であきらめているのが、終わりの歌詞にあらわれる
“それでも世界をありのままで見ることができる自分でありたい”という希望から、
その影の部分として理解することができる。

内容的には ―ちいさなぼくへ― と共通しているとも思える。
もっとも、―道端―の方がアレンジがアレンジなだけに
よりメッセージ性を持って伝わってくるようだ。
―今夜、君の声が聞きたい―・―道端―・―ちいさなぼくへ―
この3曲を通して知ることができるのは、まぎれもなく、
この歌い手柴田淳の人生観そのものではないだろうか。
悩んでは何かの存在を意識して立ち直り、それに誓いをたて、
また歩いていく。そうして、成長していくんだと。


なんだか、とりとめのない文章になってしまいました。
適当に読み流してくださいね。

以上



次ページ
続きを表示
1を表示
最新レス表示
レスジャンプ
類似スレ一覧
スレッドの検索
話題のニュース
おまかせリスト
オプション
しおりを挟む
スレッドに書込
スレッドの一覧
暇つぶし2ch