08/07/26 11:08:01 bATd9N2i
【芸術家高本秀行、栄光の軌跡】 ■第三十二回■
1968年の正月は滞りなく過ぎていった。この年は例年になく
悲惨な正月であった。新聞各紙は正月三が日で発見された
行き倒れ人の数が全国で3471人を記録したと報じた。
秀行少年はそのことを伝える新聞記事を読みながらため息をついた。
秀行少年は1月4日の夜、久しぶりにレコード鑑賞を楽しんだ。
実は前年暮れ以降の悲しい世相に胸を痛め、音楽鑑賞を
控えてきていたのだが、この夜、両親に勧められ、久しぶりに
レコードプレーヤーにレコードを置いた。
重厚なステレオから流れてきた曲はチャイコフスキーの「皮相」であった。
彼はこの曲を聴くたびに嗚咽した。それはこの曲の奏でる旋律が
当時の重苦しく悲しい日本の世相を語っているように思われて
ならなかったからであった。
秀行少年は窓辺に立って夜景を眺めた。その頬には一筋の涙が流れていた。
(第三十三回に続く)