ベートーヴェン ピアノソナタ総合 その12at CLASSICALベートーヴェン ピアノソナタ総合 その12 - 暇つぶし2ch■コピペモード□スレを通常表示□オプションモード□このスレッドのURL■項目テキスト586:名無しの笛の踊り 08/05/06 11:54:42 EByZIo9g >>570 >楽曲をアナリーゼした上で とりあえず諸井三郎先生の本ぐらいでいいですか? 587:584 08/05/06 12:14:34 20k2qrlW さらに>>583 単なる技術上の"個性"から、「獅子王」の渾名は付かないだろう。 「獅子王」として、ドイツの聴衆に迎えられた――演奏は、そのように世間から受止められたからこそ、そういう渾名がある社会のなかで流通したのである。 いまから見れば単に強靱なタッチを持っていただけ、という技術上の問題に還元できたとしても。 ドイツの聴衆を、アドルフ・ヒットラーを 彼のタッチは捉えた――その事実を後家は、真摯に受止め、そこに反省を加えた。 戦後、後家の演奏スタイルには大きな変化が現れた。 なぜ彼は、戦後も「獅子王」であり続けようとしなかったのだろうか? 彼の演奏スタイルが、単に彼の"個性"の問題にとどまらなかった証拠である。 588:587 08/05/06 12:33:33 20k2qrlW いつの時代も、大衆は「獅子王」を求めている―― DGは、ドイツ正統のベト弾きとして、カール・ゼーマンを重用していた。 それがある時、ソ連から西側に現れた、ひとりの優秀なピアニストに、その座を譲らせる。ほかでもない、 エミール・ギレリス 、である。 "鋼鉄のタッチ"をもつと評された彼こそは、 新時代の「獅子王」になる資格をもった男だった。 なぜか? 時代は「獅子」を求めても「獅子王」を求めなかったから、である。 聴衆は、新時代のベト弾き、新時代のベートーヴェン像を求めたからである。 生前のベートーヴェンとは何の関わりを持たなかった我等が日本では、起こるべくもない社会的要求だろう。 日本には、「獅子王」1人だけで満足できる聴衆層が、2008年現在も厳然と存在する。 次ページ最新レス表示レスジャンプ類似スレ一覧スレッドの検索話題のニュースおまかせリストオプションしおりを挟むスレッドに書込スレッドの一覧暇つぶし2ch