07/02/05 11:20:11 dCfaGy46
あのな、本当の精神性とは何かを感じさせてやろう。
例えば>>619はブラームス第4交響曲を出した。
この曲を演奏・感じる為には、東洋人なら次の漢詩を感じられなければ無理だ。
「内も、良寛。」だ。
我生何処来 我が生は何処(いずこ)より来り
去而何処之 去って何処にか之(ゆ)く
独座蓬窗下 独(ひとり)蓬窗(ほうそう)の下に座して
兀々静尋思 兀々(ごつごつ)として静かに尋思(じんし)す
尋思不知始 尋思するも始(はじめ)を知らず
焉能知其終 焉(いずくんぞ)能く其の終を知らん
現在亦復然 現在も亦復(また)然り
展転総是空 展転 総べて是れ空
空中且有我 空中に且(しばらく)我れ有り
況有是興非 況んや是と非と有らんや
不知容些子 如かず 些子を容れて
随縁且従容 縁に随って且く従容(しょうよう)たるに
「随縁且従容」 これが東洋的諦観というものだ。クライバーもカラヤンも落第だ。
これを第一楽章冒頭ハ音で表現できたのはフルトヴェングラー/ベルリンフィルのみ。
精神性とは、こういうことを言うんだよ。
軽々しく「精神性」などという語を使うな。