08/07/14 14:59:27 tbxCbLDs
(つづき)
だが若者はそんなことを苦にしない。一回性の脳の記憶に、まだ、過去の楽園イメージが設定されてはいないからだ。しかしその若者もい
つか中年となり、いまのわたしと同じような愚痴をかこつ。
《 天国(or楽園)は、ただ追憶(or記憶)の中にだけある 》と言った人が、かつてどこかの国にいたはずだ―と思い、今回ネットで検索し
てみたのだけれども、探し方が足りないのか、根気がなくなりつつあるのか、どっちにしても同じことだが、みつからなかった。
ミュッセ(Alfred Louis Charles de Musset)は、1836年の『世紀児の告白』の中で、「我々のさいごのよろこびと慰めは、苦しんだ過去の
記憶(追憶)に他ならぬ」と書いているそうだ。これはゲーテ(1749~1832)の「苦しみが残したものを味わえ。苦難も過ぎた後では甘い」に
インスパイアされての格言なのか? だとしたら、これらは「脳の一回性」に関してわたしが捜索しているそのものズバリな格言とは違う。
〈かつて幸せであった場所に、二度と戻ろうとしてはいけない〉(たいていガッカリするだけだから)……と言った人がどこかにいなかっただ
ろうか? その人は「脳の一回性」が解っているかもしれない。
サミュエル・ハンチントンが1993~96にたどりついている結論(=経済の同一性からではなく、宗教の違いによってこの世界を把握しない
と、諸国民は痛い目に遭う)に、これから日本人は十数年遅れでたどりつくことになるだろうと、わたしは期している。
N先生が「保守」や「右翼」という熟語のイメージを2003年より前においてすっかり柔軟にしてくれなかったなら、この「十数年」はもっと長引
くことになったか、あるいは、ついに日本そのものが失われたか、どっちかだったであろう。
敗戦直後に「反米」になったすべてのご老人たちの「記憶の中の天国」萬歳!
URLリンク(sorceress.raindrop.jp)