08/01/30 23:36:36 ymfxN3qb
(※冒頭は「477」「497」「505」「515」「522」「523」「524」「539」「540」「550」「551」「559」「560」
「567」「568」「569」「570」「571」と継続)
赤松隊長個人を誹謗する事で赤松隊長のイメージをダウンさせ、如いては「集団自決=赤松隊長の命令によるもの」との
印象を植え付けようとする手法は、『人格攻撃』を最も得意とする「市民団体」達の常套手段。
よって、赤松隊長に対する評価の方法として「市民団体」達が「右翼と罵るソース」では無く、「市民団体の連中自身」が
拠り所としているソースを使おうと思う。だから、今日のレスも「市民団体の連中」にとっては急所にあたるところで
とても重要・・・(`・ω・´)
オイラはその「市民団体の連中が拠り所としているソース」として、「鉄の暴風」の著者太田氏の記述を使う事にした。
周知の通り、この「鉄の暴風」こそが「赤松隊長による集団自決命令」を最初に記載し、この本より「集団自決=軍命により
強制されたもの」との認識が広まり、その「真実」を決定的なものとした。
(※現に、あの大江健三郎ですらこの「鉄の暴風」の記述を根拠としている)
オイラはあえて、この狂信的な集団認識本から「赤松隊長に関する事実」を引用する事で、赤松隊長への評価を決定的な
ものとしたいと考えた。
以下がその引用文・・・・
★URLリンク(www16.atwiki.jp)
②赤松隊陣中日誌、沖縄方面陸軍作戦、赤松隊員の証言などから降伏状況をみると、赤松大尉が部下の隊員たちより
一足さきに降伏していることが、はっきりしている。赤松大尉は昭和二十年八月二十三日に投降し、部下本隊が投降
したのは八月二十六日である。
難破船の船長が他の船員たちより、さきに救命ボートに乗り移ったようなものである。
赤松は降伏のとき、確保してあった缶詰類を米軍にプレゼントしたようだ。「ある神話の背景」をみると、兵隊たち
は餓死寸前であったことが強調されている。そうであれば、残った食料は部下の兵隊たちに分けあたえるべきであった。
部下の証言によると、ひと足さきに投降した赤松大尉は、米軍からもらったタバコをプカプカふかしていたようだ。