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社会ファシズム論(Sozialfaschismusthese)とは、とりわけ1920年代後半から1930年代半ばまで、ヨシフ・スターリン、コミンテルンおよび各国の共産党によって主張されていた、社会民主主義とファシズムを同一視し、
ファシズム勢力より社会民主主義勢力への敵対と打倒を優先させようとする主張および運動方針(「社会民主主義主要打撃論」とも言われる)。ナチス伸張期のワイマール共和国時代のドイツ共産党の実践によって顕著であった。
概要
社会ファシズム論とは、社会民主主義とファシズムを双子として同一視する見解である。こうした見解が生じた背景としては、ドイツ革命直後のドイツ社会民主党とドイツ共産党の路線対立や、ネップ(新経済政策)後に左傾する
ソ連内部において、路線対立が先鋭化していたことなどが挙げられる。この種の考え方は1920年代前半よりあったが、コミンテルン全体の方針とされていくのは1920年代末のことであり、1929年の第十回コミンテルン執行委員会
総会は、社会ファシズム論を明示した。