17/05/02 00:28:37.09 CAP_USER.net
(前略)
15日に行われた金日成生誕105周年記念軍事パレードでは、その貫禄ある身を人民服ではなく、スーツで包んでいたことが話題になった。人民服は金委員長にとってある種、ユニフォームみたいなもの。
ユニフォームを着ることで、同じ集団や組織に属していると内部でも外部でも一目でわかり、集団のイメージを作りやすく、仲間意識や結束を強めることができる。警察官の制服を例にするが、それを着ていることで、相手から期待される役割を演出し優先させる効果もある。
(中略)
人民服姿の独裁者からスーツを着た発展する国のリーダーへ、イメージチェンジ。先進国となった中国だって、首脳陣はすでに人民服を脱ぎどこでもスーツ姿だ。宗教的な意味がないかぎり、発展する国のリーダーはみんなスーツなのだ。
(中略)
さて、このスーツ姿、驚くことがもう1つある。その胸にバッジはなかったのだ。祖父を称える生誕記念の軍事パレードに、その肖像が描かれたバッジをつけないってどういうこと?…である。
また、25日の朝鮮人民軍創建85周年を祝う合同攻撃演習で行った、建軍史上最大規模の砲撃訓練を、人民服姿で笑顔を見せて視察する金委員長の胸にも、肖像徽章である金日成バッジが見当たらないのだ。北朝鮮では、公式な場では必ずつけなければいけないはずだが。金委員長だけは、やはり別格ということだろうか?
実は、これまでにも度々、バッジをつけていない姿が見られている。だが、今回はかつてないほど、その一挙一動に各国が注目している中でのことだ。
もしかして自分は、祖父も父も越える存在になりつつある。いや、すでに越えたという思いがあるのではないだろうか。自身が祖父や父より偉大な指導者になったため、バッジは必要なくなったということかもしれない。
※(略)と続きはソースをご覧ください。
zakzak
2017.05.01
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