17/02/22 13:45:55.12 CAP_USER.net
日本語に「臭い物に蓋をする」ということわざがある。悪いことやスキャンダルなどが外に漏れないようにその場凌ぎで隠しておくという意味だ。最近、日本では批判の声が聞こえなくなっている。
悪いことやスキャンダルではないが、健全な批判にさえ蓋をして漏れないように抑えるようだ。特に、政府批判や政治性発言を敬遠する雰囲気だ。
先月8日、第74回ゴールデン・グローブ賞で米国の女優メリル・ストリープさんは障害を抱えた米ニューヨークタイムズ紙の記者をドナルド・トランプ大統領が侮辱したと批判を浴びせた。
彼女は「権力を持つ者がその地位を利用して弱者を困らせようとすれば、われわれは敗北するだろう」と訴えた。一芸能人が政権首脳に向かって批判する姿は日本ではほとんど目にしない。
生半可に発言して憎まれると、そのツケが回ってくるかもしれないということを感覚的に分かっているためだ。
芸能人だけでなく、一般人も批判性発言を避け、大勢に従って行動する。批判を自制して大勢に従おうとする習慣があり、人の前で自分の主張を訴えない大人も多い。
一橋大学の石弘光元学長は、その原因について「目立てばいじめにあうという自己防御を小学校の時から体得し、人の前で目立たないように気を付ける習性が身についた」ということを指摘した(『大学はどこへ行く』中)。
単に小学校の時からの問題ではなく、小学校の教員も、さらにその教員の教員も討論には馴染みのない人々だった。目立つ行動を敬遠するのは、先祖から受け継がれた習性だ。
学問でも甲論乙駁を通じて発展する社会科学よりは、論争の余地が少ない物理・化学などの自然科学や医学・生理学分野で大きな力を発揮してきた。
韓国が平和賞を1人しか受賞していないノーベル賞を日本は25人も受けた。日本人が受けたノーベル賞を分野別で見れば、物理学賞11人、化学賞7人、医学・生理学賞4人、文学賞2人、平和賞1人、経済学賞0人だ。
日本のノーベル賞受賞結果でもどうのこうのせず没頭できる自然科学や医学・生理学分野で優れていることが分かる。ノーベル賞受賞には根気のあるチームワークも一翼を担った。
日本人は構成員と一体感を感じて働くことでやりがいを感じ、完ぺき性を追求しようとする。十種類のうち大部分を評価して一つや二つの弊害を指摘することも苦手だ。
批判することがあっても大慨は沈黙するため、議題として登場した事案は「異議なし」という全会一致で進められる。個人の批判的意見は聞こえなくなり、それに集団の決定という蓋をする。
日本で多数決はやむを得ず活用される最後の手段だ。そのため、多数決で決めた会議場では気まずい雰囲気が漂う場合もある。
批判や反対の意見に蓋をしたまま、全体が一つになれば国力(または、集団の推進力)は強くなることができる。
一方、個人の批判能力の低下につながりかねないが、本来の日本ではこれを深刻な問題として受け止めていないようだ。
個人の批判能力を育むよりは、国家の利益を優先するためだ。安倍晋三首相は10日、トランプ大統領との首脳会談の準備のためにトヨタ自動車の社長に会って事前調整を行った。
トヨタがこれまで米国で雇用創出をしてきたことを強調し、今後受けるかもしれない不利益を避けようとしたものだ。
トヨタは営利企業だが、安倍首相とトヨタ社長は国益のための方法が何かを一緒に悩んだ。
私益を追求したという「崔順実(チェ・スンシル)ゲート」とはその思考の枠が正反対だ。
2017年02月21日11時06分
[韓国経済新聞/中央日報日本語版] 鞠重鎬(クク・ジュンホ)横浜市立大学教授
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