17/01/05 13:44:28.69 CAP_USER.net
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▲1924年1月5日キム・ジソプ義士が二重橋に手榴弾を投げた。(図イ・ムソン韓国画家)
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▲キム・ジソプ義士の義挙を扱っている<東亜日報>記事。1924年4月25日2面。
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▲キム・ジソプ(1884〜1928)義士
[新韓国文化新聞=キム・ヨンジョ記者]「朝鮮人は朝鮮独立のために最後のひとり、最後の瞬間まで戦うだろう。死刑でなければ私を無罪で釈放せよ。」これは1924年の今日(1月5日)日本東京の真中で日王が暮らす皇居前の二重橋でキム・ジソプ義士が皇居に向かって手榴弾3個を投げた日です。
当時、手榴弾の不発で偉業は失敗したが皇居を爆破しようとする朝鮮青年の行動に日帝は驚き、すぐ目の前の警視庁の警察の肝を冷やしました。近い桜田門からすぐ皇居に入る門では1931年1月8日イ・ボンチャン義士の手榴弾投下がありました。
キム義士は現場で捕まって裁判を受け、結局無期懲役を宣告されました。しかし「死でなければ無罪を主張したのでいたずらに命を求めない。」と弁護士の上告を止めるほど堂々としていました。その後、服役中nおキム・ジソプ義士は1928年2月20日、脳溢血で千葉刑務所で殉国しました。
韓国人も日王が暮らす皇居を観光しに行きます。しかし韓国人なら二重橋と桜田門前で私たちの英雄、キム・ジソプとイ・ボンチャンの二人の義士を必ず記憶しなければなりません。
(後略)
キム・ヨンジョ記者
ソース:新韓国文化新聞(韓国語) 今日はキム・ジソプ義士が東京皇居二重教に手榴弾を投げた日
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