09/01/26 19:30:02 gDv7uX3n0
感情的な衝動ではそうなるでしょうが、実際には、職業としての
知識や技能を駆使した競争というものがあって、職業倫理や生活
道徳という前提において、公正な態度が要求されている。
職業倫理や生活道徳を破戒する行為に快感を感覚しているのは、
逃避であり堕落に過ぎない。
政府や企業でも規制という存在があり、それを打破や破壊(緩和
)をする行為を「改革」とした結末は、「金融自由化」の名目に
おいて、金融部門の暴走が惹起され、経済が破綻する事態となる。
そのような破戒あるいは破壊への衝動を煽動して、価値があった
のかどうか、小泉劇場の失敗は多くの人々の人生を狂わせている。
道徳や倫理が、他人から付与され強制される他律的な理屈である
のか、職業や生活をするにおいて自分の行動規範とする自律的な
規範であるのか、それは、子供と大人との違いとなる。
このような意味において、「道徳への屈服」と言うのは、幼稚な
駄々に過ぎない。青春時代の反抗期のままで、止まってしまって
いるのでは。>>667