08/05/28 16:53:04
「テクノ・ポップ」とは何か
1978年に作られた。
大阪が拠点のロックマガジンという雑誌の編集者、
阿木 譲(あき ゆずる)が雑誌内のディスクレビューでクラフトワークのMAN MACHINE(邦題:人間解体)を解説した時に作った言葉である。
ちなみに阿木 譲は現在ダンス/クラブカルチャーの方で活躍しているそうだ。
「TECHNO」(読み:テクノ)とはなにか。
未来学者アルビン・トフラーが自著「未来の衝撃」内で「Techno-rebels」という言葉を使った。
日本語に直すと「テクノの反乱軍」「テクノの反逆者」あたりか。言葉の意味を書くと長くなるので割愛する。
この本に感動したアメリカ人青年ホアン・アトキンスが自分の曲に積極的に「TECHNO」の言葉を使っていく。
1988年に既にエレクトロで成功していたホアンがイギリスのメディアの取材を受け名言を吐く。
インタビュアーがあなた方の音楽をどう呼んだらいいのかとの問い掛けに、「我々はTECHNOと呼んでいる!」と答え、
同年に出た「Techno! - The New Dance Sound Of Detroit」というコンピレーションがイギリスのヴァージン傘下から出た。
このアルバムのヒットにより、TECHNOの名は確固たるものになったのである。
ホアン・アトキンスは今も現役でエレクトロ、ハウス、TECHNOなんでも回すDJである。