08/11/10 00:34:53 huk1k4n30
>>254-255
南●●は前にも書いたのをそのままコピペ。
例の乞食谷戸は100%純粋なスラムかといえばそうとも言い切れない。
明治20年ごろ菅原寅吉という男がドンドンの奥の谷戸に小屋掛けしたのが起源という。
資料によっては乞食頭の・・と出ているところからすると、非人系(野非人?)らしい。
幕末外国人居留地の警護や外国人経営の屠場には県内の部落出身者が集められたというから
その流れという可能性もあるが、人物の詳細はよく分からず。
限りなくスラムに近いけど、ほんのちょっぴり部落の血が混じっているというか。
以降、周囲から遮断された谷戸の地形を利用して、ばくち打ちのヤカラの巣窟ともなり、
谷戸の入口には屈強の男たちが見張りに立っていたという。
ここにはハンセン病患者も多数いたという報告があり、久保山墓地の参拝者に喜捨を乞うところから
乞食谷戸という名称がついたという説もある。もちろん普通の貧乏人も大勢いて、
昭和初期の調査によると1000人ほど、彼らの大半の職業は屑拾いであった。
”襤褸屑王国”という表現も資料によっては見られる。
>>270
モーニングひなインターチェンジちょい手前の国道下のくぼ地も追加しといて。>>202であぼーんされちゃったので。
その先の相○隧道建設工事の飯場小屋が起源だそうで。