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“派遣切り”で仕事も住むところも失った男性(39)が今月初めから、川崎市の自立支援施設で暮らしている。
昨年末に三菱ふそうトラック・バス(川崎市幸区)が解雇した川崎工場の五百人近い非正規労働者の一人だ。
一時は公園で野宿生活もした。四十歳近くまで“派遣”に甘んじていた過去を悔い、再起を模索している。 (堀祐太郎)
「落ちるところまで落ちてしまった」
男性は後悔をにじませながらそう話した。頭髪には白いものがいくらか目立つが、血色は悪くない。
北海道旭川市出身で高校を卒業後、地元の陸上自衛隊に六年間在籍。その後、同市内を中心に仕事を転々とした。
生活費の穴埋めで、消費者金融から借りた百六十万円の返済に困り故郷から逃げた。
正社員の仕事は無理だったが、車好きで整備士の経験もあったので、愛知県にあるトヨタの下請け工場に派遣労働者として勤務。
一年半勤めた二〇〇四年、派遣元から「給与も良く労働環境も悪くない」と誘われ、三菱ふそう川崎工場に移ってきた。
三菱ふそうでは、車体の組み立てに従事した。トラックの部品は、一つ一つが巨大で重い。
体力的にはしんどかったが、プラモデルを作る感覚で楽しんだ。
職場の環境も良く、休日には、正社員らと一緒にパチンコに行ったり飲みに出たり。今までで一番楽しい職場だった。
「もう不安定な仕事には就きたくない」と職安で就職相談する男性(右)=川崎区で
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東京新聞
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