09/01/14 18:18:08 zlht9GEv0
223 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2008/11/29(土) 23:02:51 ID:5f7qbk4x
太平洋戦争の戦前戦中、三度総理大臣の座に就いた近衛文麿は、昭和天皇に政務を
上奏するとき、椅子に座り、足を組んだままで、涼しい顔をしていたという。
もちろん周囲の顰蹙をかったが、このような不謹慎が許されたのにはわけがある。
近衛家が藤原五摂家の筆頭だったからに他ならない。
中略
これは余談ながら、藤原五摂家の末裔は、現代社会にも、大きな影響力をもっている。
中略
文麿の夫人は豊後佐伯藩主家の千代子で、千代子との間の二女・温子が細川護貞に
嫁いだ。細川は、熊本藩主の流れであり、細川ガラシャで名高い。護貞と温子の間に
生まれた子が、元首相・細川護熙で、さらにその弟の護輝が、近衛家に養子に入っている。
『藤原氏の正体』 P.58