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★「なんで自分がホームレスに」 派遣切り、急増の年末
・最低気温が3度台まで下がった11月下旬の週末。買い物客でごった返す名古屋駅前で、
大きな荷物を抱えた女性2人が立ちつくしていた。
自動車部品工場を20日ほど前に解雇され、寮を追われた沖縄県出身の女性(46)と、寮で
同室だった鹿児島県出身の友人(48)。
電球100万個のイルミネーションが2人を照らす。女性は目の前にそびえる高層ビルを
見上げている。トヨタ自動車の営業部隊が入る高さ247メートルの「ミッドランドスクエア」。
07年春に全面開業した。その年、トヨタの生産台数は世界一に躍り出た。
あの絶頂期からわずか1年半。世界的な経済危機で、トヨタは赤字の瀬戸際にまで追い込まれた。
減産の波は下請け、孫請けへと広がる。市街の炊き出しの列には20~40代の働き盛りが目立ち始めた。
女性も今夏まで数カ月間、トヨタの工場で請負社員として働いた。内装部品の組み付けは重労働だった。
ある日、せきが止まらなくなった。肋骨(ろっこつ)にヒビが入っていたことがわかり、職場を変えた。
「あのトヨタがこんなに景気が悪くなるなんて」
風が強くなり、女性はしわが目立ち始めたコートの襟を立てた。「夜、屋根のないところでじっと
してるとね。なんで自分がこんな目にって考えちゃう。悔しいよね」
◇
3年前の秋。女性は那覇市のバスターミナルにいた。人材派遣会社の面接会場だ。夫の
暴力で離婚、小さな子どもが2人いた。沖縄では月10万円も稼げない。子どもを施設に預け、
出稼ぎに行くと決めた。求人誌は、東海地方の製造現場の仕事で埋まっていた。簡単な面接で
採用が決まり、そのまま人材会社から旅費を受け取って愛知に向かった。
最初の職場はペットボトル工場。1日10時間以上、休日返上で働き、給料は月30万円近くになった。
子どもには月3万円、季節の変わり目には洋服を送った。(>>2-10につづく)
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