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新潟の古代人も九九に苦戦?
新潟市秋葉区の大沢谷内(やち)遺跡で出土した7世紀後半のものとみられる木簡は、和島村(現長岡市)の
八幡林遺跡で見つかった8世紀前半の「沼垂城木簡」よりも古く、県内最古の文字資料となる。
まだ謎が多い渟足柵(ぬたりのき)をはじめとする新潟平野周辺の古代史の解明につながる資料として注目されそうだ。
同遺跡は国道403号の新設工事に伴い、同市埋蔵文化財センターが2005年から調査している。木簡は縦約20センチ、
横3・5センチ。大きい数の「九九八十一」から始まり、「八九」「七九」と掛けられる数が小さくなる。
同市埋蔵文化財センターが近くで出土した須恵器などから年代を判断した。九九の木簡は全国で出土しているが、
まとまった記載のものは少なく、9の段が全部読める木簡は「全国初と思われる」という。
当時は律令(りつりょう)国家の初期に当たり、税を徴収する役人が九九を暗記するために記したとみられるが、
「七九四七」「三九二十四」など間違いも多い。
この発掘で同遺跡が新潟平野周辺では647年の渟足柵の設置以降にできた数少ない遺跡であることが分かった。
同センターは「渟足柵の設置に近い時期から、文章を使った行政が行われていたことが分かり、意義は大きい。
当時の新潟平野周辺の社会情勢が変わってくるかもしれない」と分析している。
新潟日報2008年10月8日
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