08/09/13 01:45:29 r253+Q2H0
>>431 続き
私が改ざんしたと称される『松井大将の陣中日誌』と私の記述とのズレは、
板倉由明氏が中公出版の「歴史と人物」(60年冬期号)でくわしく指摘しているが、
氏の推定箇所以外はほぼまちがいありません。専門家が二ヶ月かけて、
松井大将の日記と私の文章を対比したと言いますが、それをごらん頂いてもおわかりの通り、
「南京事件」を隠すために、意図的に改ざんしたものでは毛頭ありません。
だいいち大将の日誌には、南京に“虐殺”事件があった、なかった、などということとはまったく無関係なのです。
隠さなければならぬことは何もないのです。そのほとんどは、私の筆耕の誤植、
脱落、あるいは注記すべきところをしなかった等の不注意によるものであります。
それを「『南京虐殺』ひたすら隠す」といかにも私が実在した“虐殺事件”を秘匿したかのごとく誹謗したのです。
なにぶんにも兵馬こうそうの間に走り書きされた日記で、
しかも大将独特の難解な草書体で読みとることのできない不明の箇所が多く、
その中の一字を判読するのに、三時間も四時間も要し、
それでもなお読みとることができなかった例がいく箇所もありました。
このほかに、不鮮(すくなからず)、如此(かくのごとき)、不詳(くわしからず)、
併(ならびに)、方(まさに)、不審(つまびらかならず)、仍而(よって)、太(はなはだ)、此(かかる)、
遽(にわか)・・・・・・・等々数えあげれば際限ありませんが、これらの漢文調の文字を、
現代の読者に読みやすくする配慮から、かなまじり文になおし、
あるいは新かなづかいにそって、おくりがなを付したり、句読点を付すなど、
語句の扱いに配慮を欠いた点は認めますが、
原文を勝手に書き直して、虐殺事件を隠したとか、大将の不利を補ったとかいったようなことは毛頭もありません。
その他きめ細かく〈注〉を付して、日記以外に大将が弁護人に与えたメモの挿入(二ヶ所)を
日記本文と峻別しなかった等、づさんな点のあったことは認めます。