08/08/23 13:34:50 0
(>>1のつづき)
― 願うと現実社会で実現すると思ってしまうという。虚構と現実を切り分けて考えられるのと
そうでないのとは、大きく違いますね。「自分はやればできる子」というのは、今の若い人の
キーワードのひとつかもしれません。
アニメ作りの現場で感じる、同じような変化もあるんです。
新人に将来アニメのどんな部門に関わりたいか聞くと、時代が下るに従って、語られる夢がどんどん
変わってきているんです。
昔の新人は、「演出」志望が多かったんですね。それからしばらく経つと、「脚本」志望が増えてくる。
今は「企画」をやりたいと言っているんです。
演出は集団作業の現場のど真ん中にいないといけないので、端から見てもきつそうに見えると。
― 「きついかどうか」も選択する上での条件に入り始めたと。
そうです。演出志望が減った後、次に増えたのは脚本志望です。「脚本なら、作品作りに関われるし、
文字を書くだけだから演出よりは楽かな?」と考えるところからきているんです。
脚本家は文字を書くだけでしょうと、私は日本人だから日本語が書けますという。もっと言うと、
脚本さえ書けば、人と話をしなくていいんでしょう、みたいな感じですね。
楽してできる職業がいちばんいい。
その発想は、声優志望の人からも感じます。
昔は、純粋に声の仕事がしたい、もしくは役者としての幅を広げたい、だから声優をやりたいという
志望動機が多かった。でも、今は違うんですよね。
声だけなら何となく楽にできそうだと。加えて、歌を出したりイベントに出られたりすると。
特に今、声優さんのステータスは年々上がってきています。声優グラビア誌もあるし、普通の
テレビ番組にも出られそうだという。監督も脚本家もアニメ誌のような媒体で取材されるわけだけど、
声優はさらにメディア露出が多い。
日本語をしゃべることが声優の条件であれば、自分にもやれそうだという気になっちゃうんですよね。
― 実際には志望者が多く、かなり狭き門だという話も聞きますが。
当たり前です(笑)。でも、「夢のようなスゴイものを、努力をしないで獲得できる」という思い込みが
今の若い人にはあると思います。(以上、抜粋。ソースはかなりの長文です)