08/08/10 10:55:07 0
外国に暮らして、その国の人と話していると「あれ、まずいな」と感じる時がある。
まるで日本の代表とみられている時だ。日本の政治、経済から歌舞伎、捕鯨あるいはマンガ。
あらゆる話題について説明と意見を求められる
▲多くの場合、相手にとって日本は謎に満ちたアジアの島国だ。
でも、こちらもよく知らないテーマもある。できれば、日本を好きになってもらいたい。
話しているうち、本来の考えとずれていく。公式答弁風になり、建前でしゃべっている自分に気づく。
「あれ、日本の代表じゃないのに」
▲おととい、日本記者クラブで中国人芥川賞作家、楊逸(ヤンイー)さんの話を聞いた。
五輪、民主化、日中関係。質問する方は目の前のニュースについて問いただす。
「民主化はいいと思うけど、中国は人口が多いし、少数民族もいるとか事情もあるし」と口ごもる。
「中国の幹部になっているような感じですね」と苦笑いになった
▲いまや日本一有名な中国人だ。そのひとことが意図しない波紋を呼ぶかもしれないという警戒心もあるだろう。
望んでもいない中国代表の役回りを求められ、演じている。そんな自分への戸惑いがわかる
▲北京五輪に世界から集まった1万1193人の選手。それぞれの出身国を代表して競うことを要請される。
だが1万人にはスポーツに人生を懸ける1万の理由がある。国家を背負う誇りを感じる選手もいれば、
息苦しい重荷から逃れたい若者もいるだろう
▲中国人と日本人は同じか違うか、と聞かれて楊逸さんは答えた。「人間として同じ。違うのは国籍かな」。
選手は「代表」の重圧に縛られず、同じ人間として、自分の限界に挑戦してほしい。
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