08/06/24 08:50:14 0
「アホの顔」は、「変な顔をしている」とは思ったものの、「障害者の顔だ」とは思わない。
そもそもこの芸は、キリッとした真面目な顔から、急に崩れた変な顔になるというその
ギャップが面白いのではないのだろうか? アホの顔をそのまま出して笑いが
取れるわけでもない。何かと組み合わせることによって「おかしさ」というのが出るのだ。
この芸は、それがカウントだったというわけだ。
最近、こういった障害者を差別しているから云々という意見をよく耳にする。
「しょうがいしゃ」という言葉も、「障害者」から「障がい者」に変わろうとしている。
「害」という字に悪いイメージがあるため、本人や家族に不快感に与えてしまう
恐れがあると言うのがその理由だ。私は思う、そこに何の意味があるのだろうか? と。
誰も障害者にはなりたくないし、本人たちも喜んでなったわけではない。
文字をやわらげたところで、障害者そのものが持つイメージは変わらないし、
このようなことが報道される度に、「特別扱い」されているというイメージがまとわりつく。
この「特別扱い」が問題だ。
障害者差別を声高に叫ぶ人ほど、障害者を「特別扱い」する傾向がある。
私は知人の女性から、駅で知的障害者の男性に抱きつかれたという話を聞いたことがある。
驚いた女性は、その抱きついた人を力を込めて押しのけた。至極、当たり前の行動だろう。
しかし、その男性の付き添いの方には怒鳴られたそうだ。「この子は障害者なのよ!」と。
つまり、障害者だから許せというのだ。
>>3以降に続く