08/06/17 17:45:46 0
・宮崎勤死刑囚からの手紙を掲載した雑誌「創」編集長、篠田博之氏コメント。
◇
10年以上も付き合いのあった相手なので、とにかく驚いた。こんなに早いとは思っていなかった。
宮崎死刑囚は、犯罪の外形的事実は認めていたが「実行したのはもう一人の自分」
だと思っていたようだ。罪と向き合っておらず、最後まで反省と贖罪の意思表明はなかった。
もしかすると、死刑の意味を十分に理解していなかった可能性がある。そういう意味で死刑執行は
残念。罪と向き合わせて反省させる必要があった。
死刑が確定した平成18年には「絞首刑は残虐だからやめてほしい。薬を使ってほしい」
との手紙をよこしてきたのには驚いた。死刑を意識して、少しずつ置かれた立場を理解して
いったのかもしれない。(一部略)
URLリンク(sankei.jp.msn.com)
・死刑判決後に宮崎勤死刑囚と面会した長谷川博一・東海学院大教授コメント。
◇
死刑確定から執行までが早かったというのが率直な感想。宮崎死刑囚とは平成18年
1月の最高裁判決後に8回にわたり面会したが、その中で死刑判決について「何かの
間違いだ」と淡々と話していた。何が間違いかを具体的に尋ねると、「(裁判官に)
残虐だと勘違いされた」と答えた。この発言は恐らく、自分が行った犯行を残虐だと
認識していないとうこと。罪の意識がないようにみえた。
裁判は終わって確定しても、宮崎死刑囚の犯行の動機や犯行当時の精神状態が
分かっていない。事件が解明されたわけではなく、執行には違和感を覚える。裁判は
量刑判断とともに、犯行への経緯を明らかにする場とすべきではないか。そうでなければ
凶悪事件も減っていかないと思う。
この事件で「オタク」などの言葉がクローズアップされた。その後に起きた若者による
凶悪事件、最近で言えば秋葉原の通り魔事件などとの共通点は「リアルな人間関係を
持てない人間の犯行」ということができるだろう。そうした、空想への親和性が強く、
対人関係が苦手な若者の犯罪という意味では、その“はしり”だったといえるかもしれない。
URLリンク(sankei.jp.msn.com)