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瀬戸内寂聴さんが、尊敬する先輩作家の宇野千代に、かかわりのあった男性について
尋ねたことがある。名前を挙げると間髪を入れず、「寝た」あるいは「寝ない」の
答えが返ってきた(『奇縁まんだら』日本経済新聞)。
▼「寝た」の方がずっと多かったが、梶井基次郎については、「寝ない!」だった。
宇野が夫の尾崎士郎と別れたのは、梶井との噂(うわさ)が広がったからだ。
それなのにどうしてと聞くと、「あたし面喰(めんく)いなの」の一言で片づけたという。
▼東京・秋葉原の無差別殺傷事件について、山口二郎北海道大学教授が東京新聞のコラムに
書いている。「生きる希望をまったく持てないような社会をつくりだした側が、真剣に反省する
ことから事件の解明は始まるべきである」と。確かに加藤智大容疑者(25)は、職場に対する
不満を語っていた。
▼ただ、携帯サイトの掲示板にはこんな言葉を書き込んでいる。「顔だよ顔 全(すべ)て顔
とにかく顔 顔、顔、顔、顔、顔」「彼女さえいればこんなに惨めに生きなくていいのに」。
彼女ができない孤立感を、社会のせいにされてはたまらない。
▼肺結核のために31歳の若さで世を去った梶井の肖像写真を見ると、宇野のいうことも、
なるほどと思う。梶井が一時自堕落な生活を送った背景には、容貌(ようぼう)に対する
コンプレックスもあったかもしれない。ただ、それを社会に直接ぶつける代わりに小説に
昇華させた。爆弾に見立てたレモンを丸善に置いて立ち去る『檸檬(れもん)』をはじめ、
奇跡のような名作を残した。
▼金がない、勉強ができない、異性にモテない。昔から青春時代につきものの悩みを、乗り越えて
こその人生である。やはり加藤容疑者には、「甘ったれるな」と一喝(いっかつ)するしかない。
MSN産経ニュース(2008.6.17 03:24)
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