08/06/11 10:15:55 Ah5TWRei0
今回起きた東京秋葉原の無差別殺人は犯人個人の生来的な虚弱さもあるのだろうが、
その暴発した無差別さによって、本来であれば犯人の生活史に同情したかも知れない人達まで殺害して
しまった可能性もある。
社会に参加している以上必要最低限の常識と行動は必須であり、その結果には責任を負う義務がある。
今回の責任は重大であり、それは山口県光市で起きた母子殺害事件の犯人と同じく極刑は免れないだろう。
しかし、運命として個人では抱えきれなかった何かのために結果として重大犯罪を行った人に、
死刑を適用せよと主張し死刑を支持するのであれば、社会参加の責任と同じように人間を死刑にする
という責任を負う義務が生じるのであり、その責任とは、同じような犯罪の再発を防ぐために、
犯罪に至った原因を追究して明らかにすることを、他人に依存するのではなく自らも考え行うことである。
それすらもせずただやみくもに、重大犯罪者は死刑にせよと叫ぶ者はそれ以上の凶悪者だ。