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■リアリズムも超越した不敵な野心作
一作ごとに話題を集める作者の新刊である。「無人島への漂着」という古典的なモチーフを、
現代文学においてどう料理してみせるのか?
那覇港を出帆したクルーザーがほどなく難破、一組の夫婦が見知らぬ無人島に流れつく。
3カ月後には、離島でのきついバイトから逃げてきたフリーターが23人、その後には日本への
密航中に捨てられた中国人が10人余り、漂着して自給自足の生活を始める。唯一の女性が
セックスの力で島に君臨し、リーダーが入れ替わり、中国勢との対立や裏切りがあり、かくして
救出を待って5年、女は父親の定まらない子を孕む。
18世紀の『ロビンソン・クルーソー』は、無人島の自然と生活を克明に描写して、近代リアリズム
文学の起点となった。『東京島』はそれへの挑戦状かもしれない。片方だけ残った靴を描いて
持ち主の死を表現した『クルーソー』のリアリズムに対し、本作は止まった腕時計が「喪失」を
暗示したりするものの、作品の主眼は現実の「リアルな」描写にはない。船は波間であっというまに
バラバラになり、人は崖から転落すると次には白骨化している。無人島作品が必ず直面する文字の
筆記手段の問題にしても、島に唯一の帳面をめぐって「紙と言葉の物語」が展開しかけるが、作者は
そんな約束事をも悠々と覆してしまう。
さりとて『蠅の王』さながらのサバイバル劇かといえば、島には食物が豊富で、日本の若者たちは
アクセサリー作りなどをゆるゆるやっている。舞台は無人島ながら、そこに描かれるのは作者が
得意とする都市型の底辺生活なのだ。
凡庸な小説であれば、リアリティーを云々されかねない。ところが、『東京島』はリアリズムなんてものを
振り落とさんばかりの力で突き進む。しまいには、桐野夏生と近代リアリズムの一騎打ちの様相すら
呈してくる気がしてゾクゾクした。本作の魅力と凄みは現代ノベルのそれというより、始めのテイル
(tale)のものなのだ。この存在感をリアルと言わずになんと言おう。またもや不敵な野心作が登場した。
[評者]鴻巣友季子(翻訳家)
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きりの・なつお 51年生まれ。作家。『柔らかな頬(ほほ)』で直木賞。『メタボラ』ほか。
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