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東シナ海に沈む夕日が望める―。那覇市新都心に昨年12月、そんなうたい文句の
25階建てマンションが完成した。最上階の3LDKは1億6千万円。3千万円台が中心の
141戸が完成前の9月までに完売した。購入者のうち4割は県外居住者が占めた。
建設したのは大和ハウス工業(本社・大阪市)。担当者は「都会的な空間とリゾートが
同時に手に入る。セカンドハウスや移住先として、ご好評をいただけたようです」。
全国を100とした場合の那覇市の物価指数は95・9(06年)で全国の県庁所在地で
最も低い。それが沖縄の「住みやすさ」の一因だった。
しかし、沖縄への移住がブームになり、転入者が転出者を2千人前後上回る状態が
10年近く続いた。その結果、「分譲マンションの価格は上がる一方。福岡市の天神に
次ぐレベルになった」(地元大手不動産)。
「復帰前はアメリカに土地を取り上げられ、今はヤマトに買われて、ウチナーンチュは
住めない。ワジワジーする(腹が立つ)」
新都心で賃貸マンションを経営する内間安晃さん(55)の思いは複雑だ。
父は戦前、東に首里城を望む高台に約3千平方メートルの畑を持っていた。しかし、
沖縄戦の激戦地となり、戦後は米軍基地として接収された。内間家は近くに家を建て、
父は役所勤め、内間さんは電器店を開いて生計を立てた。
土地が返還されたのは87年。新都心の開発が進み、近くにモノレールが開通する
前年の02年に、安定収入が見込める賃貸マンションを建設した。9階建てで家賃は
2LDKで6万円台。この辺りでは低めだが、入居者の3割は本土からの移住者だ。
「収入が増えるのはありがたいが、気持ちがいいもんじゃない」
URLリンク(mytown.asahi.com)