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物語日本史(上) 平泉澄
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昭和27年4月、占領は解除せられ、日本は独立しました。長い間、口を封ぜられ、きびしく
監視せられていた私も、ようやく追放解除になりました。一年たって昭和28年5月2日、先賢
の80年祭に福井へ参りましたところ、出て来たついでに成和中学校で講和を頼まれました。
その中学校を私は知らず、中学生は私を知らず、知らぬ者と知らぬ者とが、予期せざる対面
で、いわば遭遇戦でありました。講和は極めて短時間で、要旨は簡単明瞭で
「皆さん!皆さんはお気の毒に、長くアメリカの占領下に在って、事実を事実として教えら
れることが許されていなかった。今や占領は終わった。重要な史実は、正しくこれを知らね
ばならぬ」
と説き起こして、2、3の重要なる歴史事実を説きました。その時の生徒の顔、感動の輝く瞳、そ
れを私は永久に忘れないでしょう。生徒一千、瞳は二千、その二千の瞳は、私が壇上に在れば
壇上の私に集中し、話終わって壇を下りれば壇下の私に集中しました。見るというようなものでは
なく、射るという感じでした。帰ろうとして外に出た時、生徒は一斉に外へ出て私を取り巻き、私が
タクシーに乗れば、タクシーを取り巻いて、タクシーの屋根の上へまで這い上がってきました。
彼らは黙って何一つ言わず、何一つ乱暴はしない。ただ私を見つめ、私から離れまいとするよう
でした。ようやくにして別れて帰った私は、2、3日後、その生徒たちから、真情流露する手紙を、
男の子からも、女の子からも、数通貰いました。私の一生を通じて、最も感動の深い講演でありま
した。