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・15日、生徒約900人が生き埋めになったとされる都江堰市の聚源(じゅげん)中学校では、朝に
なっても救出作業は始まらなかった。「子供を置き去りにできない」。地震発生から「72時間」が
経過した午後も、生徒の親たちは手作業で懸命にコンクリート片を取り除いた。
午前8時。地元住民や遺族ら約50人が学校の前にいた。倒壊したのは築20年以上の鉄筋
コンクリートの校舎。直径約1センチの鉄筋がぐにゃりと曲がっていた。「建築がしっかりしてない。
腐敗した人間が、こんなのを造っている。責任者は遺族に謝罪すべきだ」。男性(40)は訴えた。
聚源中は生徒数約1700人。地震発生時は18学級の約1000人が授業を受けており、9割が
生き埋めになったとみられる。
午前9時過ぎ。成都市の疫病コントロールセンターの白いワゴン車が到着。遺体が多数埋まっている
場合、感染症が発生するおそれがあり、白衣を着た職員が校舎のがれきに向かってホースで
消毒液の散布を始めた。
午前11時過ぎ、死者を弔う爆竹が鳴った。赤いろうそくが2本供えられていた。生徒の親ら数人が、
手作業でがれきを掘り返し始めた。「建物から離れなさい」。警察官の指示で、がれきの前から
いったん人が消えた。午後2時28分。発生から72時間が経過した。直前に医師や看護師が姿を
見せたが、早々に立ち去ってしまった。
「1、2、3!」。午後3時半、男性数人が再びがれきの撤去作業を始めた。現場に散乱する金属製の
タライにコンクリート片を入れ、バケツリレーのようにして運び出す。時間とともに人が増え、夕方には
20人近くになった。ほとんどの人は素手のまま。男性の指には血がにじんでいた。
「何の説明もなく救出を打ち切るなんて許せない」。解秀英さん(38)は涙ながらに憤った。
「スポーツが得意な子だった」。がれきの下にいるかもしれない2年生の息子、巴飛君(15)を
丸3日、思い続けている。近くでは、授業を休んでいて難を逃れた李力君(16)ら3年1組の4人が
死者に贈る紙銭を燃やしていた。(一部略)
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