08/05/12 22:59:27 2bmqagXt0
大戦末期には日本軍迎撃機は上がってくる数も少なくB29は高高度で爆撃する必要が少なかった。
それまでは偏西風に乗って機速800キロで富士山目当てにして来ていた。
日本軍は飛行機温存作戦みたいなものをとるし燃料も少なくあっても米軍に比べればオクタン価の低い粗悪なものだった。
飛燕は上空待機してB29の斜め上死角や機銃の標的半径外から背面で上から突っ込む形で迎撃に入った。
体当たりも同じ。
飛燕の機速で上空2000メートル~4000~5000メートルで体当たりなんて生きて帰れると思わないがやるしかないって気持でやったんだろうな。
あの速さで空中衝突で生還なんていくら金もらっても今のスタントマンは誰もやらないだろうな。